13.
リンクの前まで来ると、福原さんの奥さんが壁の前でぽかんと立ち尽くしていた。
「おばさん、どうしたんですか」
「いや、え、あれどういうこと?」
彼女の指さした先には、スケートリンクを眺める男の姿があった。蓮のような背格好、蓮のような顔立ち、だけど黒いダッフルコートの下にはうちの学校の制服。一瞬、俺もだまされかけた。
「あれ、蓮じゃないんですよ」
「え? そうなの、やっぱり」
「ええ、同級生です」
うそー、そっくりねえ、と首を伸ばす彼女を置いて、俺は彼の所へと向かう。
「須田、なんでここに?」
「ああ、え、大和田? お前も滑りに来たの?」
「いや、てかここでバイトしてて」
彼の格好は、どう考えてもスケートをする感じではない。見つめていた先にはたどたどしく滑る女の子の姿があって、あの日階段で会釈した子だ、と気付いた。
「二人で来て、一人にスケートさせてるのか?どういうことだよ」
「俺は脚をケガしてるから」
ちょいちょい、と右脚を指さす。脚を引きずって歩いていたのはやっぱりケガだったのか、と納得したが、
「いや、ますます意味分からないから。普通二人で滑りに来るもんだろ」
「それがな、今日は安神さんに言われてここに来たんだよ。こっちも部活の練習予定立てたりとか色々忙しくて、でもなんとか終わらせてさ。たまたまアイツに話したら、ついていくって言ってくれて」
あーあ時間外労働だ、と彼は苦笑した。
「でも、そういうことだったのか。大和田がここにいるから様子を見てこいってこと、なのかな」
俺は、かもな、と呟いて、先日の屋上での会話を思い出していた。
――あなたは、まだスタートラインに立っていないから。
『調べたよ』
「えっと、何を」
『大和田って、フィギュア、結構がっつりやってたんだな』
営業時間が終わってから、事務室で俺は須田と電話をしていた。
バイトや従業員はみな帰ってしまい、福原さんは酒の空き缶を片手に椅子にもたれて爆睡している。ついさっきまで、ほおお面白いこともあるんだな、と野次馬丸出しで須田にいろいろ尋ねていたのに。テンションを上げすぎて疲れたのだろうか、やっぱりもうおっさんだ。
「ああ、まあ一応な」
『そんな謙遜するなよ。あの幸村蓮って人と一緒の大会に出たりもしてたんだな。だから俺を見る度にれん、れん、って言ってたのかって』
レンジ、レンコン、レントゲン、なんなんだろ、って思ってたんだぜ、という突っ込みにくいボケは、笑って受け流した。
『てか、いい結果残してたんだな、驚いたよ』
「昔の話」
『だって、その幸村連とも張り合ってたんだろ、なんでやめたんだ?』
蓮と似た顔の奴から蓮の名前が出るのが、とてもおかしい。
そして、蓮。お前の影はどこまでも俺に付きまとうんだな。
「才能だよ。アイツの才能が百だとして、俺のは八くらい」
これでも少し高い見積もりかもしれない。ゼロだとは言いたくないけれど、必死で手を伸ばしてやっとアイツの足下をかすめるくらいが限界だろう。登山で言うと一合目にも達していない。
『つまり、自分の才能を言い訳にした、と。メモメモ』
「おいおい言い訳って。実際、見せつけられたんだ。圧倒的な差だった」
あの大会で感じたことを話した。ちゃんと人に話すのは初めてで、だけどあまりに遠い過去で、もう関係ないとしまい込んでいた過去だから、意外と客観的にすらすら話せた。
もしかしたら相手が蓮と似た顔だから、代わりにぶつけたくなったのかもしれない。
「って感じ。大体どういう経緯か分かっただろ」
『ああ、分かったよん』
「助かる。遅いしもう切るぞ。あ、魔法はまあ何か適当に」
電話を切ろうと動いた親指が、次の瞬間固まってしまう。
『お前がいかに周りに恵まれていて、恵まれていなかったのかが分かった』
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