パズルのピース


 花火が色鮮やかに燃える。

 誰かの手持ち花火は緑色の閃光を発し、誰かの物はオレンジ色、誰かの物は白色、誰かの物は少しずつ色を変えている。


 俺の手には、オレンジの小さな線香花火。目の前の少女の手にも、同じ色。自分の白いシャツ、黒い短パン。彼女の青いワンピース、水色サンダル。桜の木々は深緑、地面は土の黄色、雑草の明るい緑。


 ねえ、広大。


 恥ずかしそうな笑い声が聞こえる。


 今日、ありがとうね。


 うっすら赤くなった頬が照らされる。


 広大と会えて、本当に良かったよ。


 なあ、俺さ――。


 次の瞬間、光と共に視界が弾けた。

 吹き飛ばされ、黒い闇夜に打ち上げられてわずかの間意識が吹き飛ぶ。ハッとして下を見ると、そこは枯れ木しかない、真っ白な世界だった。水墨画のような無色の世界に向かって、俺は落下していく。もう、止められない。


 もう、手遅れだ。




「大丈夫か?」


 真の顔が距離三十センチの位置にある。俺は息を止めながら、こういうときって動けなくなるもんなんだな、と思っていた。


「須田起きたか? 十分休憩で寝るとはなあ」


「まあ、ここの木陰気持ちいいけどさ」


 グラウンドの一番奥の木陰、桜の木にもたれながら、俺は眠っていたようだ。

 ぼんやりと見つめるグラウンドは、こう眺めると意外と広く感じる。右側で野球部とハンドボール部が、左側で陸上部が練習し、俺たちのスペースだけがぽっかり空いている。


「須田、調子悪いなら保健室行くか?」


「いえ、大丈夫です、先輩――」


 立とうとした瞬間、バランスを崩して木に背中をぶつけた。赤い葉が一枚落ちていき、地面に散らばる茶褐色の葉たちに寄り添う。


「おいおい、もう少し休むか?」


「いえ、明後日試合ですし、そうも言っては」


「明後日試合だからこそ、だろ。ちょっと見学しておけ」


 三嶋キャプテンのその一言に、みんなが同調した。俺は仕方なく、不満たっぷりに「はあい」と答え、木に背中を預けた。


 試合形式の練習が始まる。明日は軽めの調整と諸連絡で終わるだろうから、今日休むのはあまりにも痛い。汗で固くなった髪をかさかさとすると、同時に動いた足が落ち葉をくしゃりと潰した。

 最後の試合形式、と呟く。体は疼き、連携の乱れを見る度に、自分がいれば、と苛立つ。


 こう俯瞰すると、自分の動きは思った以上にチームに貢献できているんだ、と自覚が出てくる。

 今の布陣では真の前線の動きがすぐに止められてしまう。キャプテンも前に出にくそうだし、ボールのキープ率も全体的に今一つだ。

 それでもがむしゃらにボールを追う先輩たちは、かつて身体能力が中学生レベルだった俺を鍛えてくれて、俺が試合に出るようになってからは、多少の生意気を許してくれた。自惚れかもしれないけれど、彼らのためにも、チームのためにも、俺はできる所まで貢献したい、改めてそう思う。


 しばらく眺めていると、グラウンドの向こう側からキーパーが高くボールを蹴り上げた。高い秋空に流れるその軌道を目で追っていて、眩しさを白く塗りこめた校舎の四階に人影を見る。

 最初は美術室かと思った。だから窓から人の姿が見えても、キャンバスを置いて絵を描いているだけだと思った。


 だけど、違う。あの窓の位置は生徒会室だ。

 ちゃんとは見えないけど、目に当てている黒い物は双眼鏡ではないだろうか。その小柄な生徒は時々双眼鏡を離して、眼鏡をかけて何か手を動かしている。


 でも体調不良で休んでるって、さっき誰かが……。




 今まで見てきた、聞いてきた、一つ一つのピースが繋がっていく。


 まさか、そういうことだったのか?


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