おばさんの気持ち


 蝉の声が運動公園に響き渡る。周りのみんなも自分も、競技の前から汗ダラダラだ。

 七月後半にもなると毎日こんな感じの光景が繰り返され、梅雨の頃あんなに待ち望んでいた太陽が、今度は少し恨めしくなる。人間って勝手な生き物だ。


 だけど、と競技場を眺める。

 公園の中央にどしっと構えて、白い外壁が輝かしく光る。


 このときめくような色が出せるのは、やっぱり夏の太陽だけだ。


「さやか」


 優しく呼びかけてくる女性の声。振り向けば、おじさんとおばさんが立っていた。


「早くない? まだ競技まで時間あるよ」


「ううん、忘れ物」


 おばさんが鞄から「それ」を取り出した。おじさんはタオルで首元の汗を拭きながら「緊張しすぎ、忘れちゃダメだよ」とおおらかに笑う。私も照れ臭く笑いながら、「ありがとう」と言って、


 お弁当箱を、受け取った。




 あのカップ麺を食べた日、家に帰ってから、私はおばさんと色々な話をした。

 私の思っていたこと、学校であったこと、包み隠さず全部。おばさんも話してくれた。自分でなんとかしようとしている私の邪魔にはなりたくなくて、だけどとても危うく見えて、どうすればいいのかずっと考えていた、と。


 その日の晩、いつものようにカップ麺を手に取ろうとして、あれ? と思った。

 もしかして、と使っていなかった自分のお茶碗を戸棚から取り出し、ご飯をよそってテーブルに着いた。

 恐る恐る、息をつきながらご飯を口にすると、久々の甘味に、私は心躍った。


「おばさん」


 私は、思わず台所の彼女に声をかけていた。


「カップ麺、いらない」


 そのときに流れた彼女の涙を、私はきっと一生忘れない。


 お母さんと同じ目から流れ続ける、おばさんの本当の気持ちだった。

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