私たちのきらきら
演奏会は問題なく進行した。
ポップスのソロも、吹奏楽のオリジナル曲も、直前の練習まで追い込んだメイン曲も、もちろん細かいミスはいくつもあったけど、決して悪くはなかった。
本番前にはガチガチで、お弁当を食べる動作が「ロボットみたい」と心配されていた私自身も、指揮がロボットダンスのようになることもなくちゃんとこなせた。
最後のメイン曲が終わると、大きな拍手の中、一度舞台裏に引っ込む。お手伝いのOBさんたちと興奮した声で一言ずつ会話をして、また光溢れるステージに私は向かった。
「アンコールですが、実は今回、私が作曲した曲を演奏いたします」
打ち合わせ通りに喋ると、何百人と集まってくれたお客さんが一斉にどよめく。こうやって狙った通りに反応が返ってくるのは、とても愉快だ。
「曲名は『芽吹きの時に』、春にぴったりな雰囲気の曲です。どうぞお楽しみください。本日はありがとうございました」
拍手を背に受けて、私はみんなを見る。
練習時間は、正直足りなかった。完成度が上がらなくて、難しくしすぎたかな、みんなを不安にさせたりしてないかな、とも思っていた。
でもみんな、微笑んでいる。ホルンのかなちゃんや、亜純や、他にも何人かすでに目元が赤くなっている子がいて、だけどその子たちも笑顔を浮かべている。
みんなの顔が見られるこの位置が、私は大好きだ。
みんなの声に、表情に、演奏に、私は励まされてきたんだよ。だから今、私は芽吹いた思いを全て、この曲で咲かせる。
指揮棒で余拍をイチ、ニと振った瞬間、ぴかっと棒の先に光を見た。
まるで、暗い夜道で行く先を照らす灯火のように。錯覚かもしれない、でもこれが魔法の始まりだ、となぜだか確信した。
棒を振り下ろすと、想像以上の音がホールに広がった。
みんな驚いたような表情をしている。響きが、リハーサルの時と全然違うから。
そしてそれは、私の指揮棒の動きが今までと全然違うから。
私は棒を操りながらみんなを先導する。私が頭の中で思い描いていた音楽が、今、この棒の先から広がっている。
棒が軽い。理想通りに動いてくれる。みんながその灯火についてくる。
楽しかったよ。
軽快な第一マーチにはそんな思いを込めた。色々なことがあったけど、今私の中に残っているのは、みんなと一緒に二年間部活ができて楽しかった、そんな気持ち。みんなの笑顔が弾けている。きっと私の声が届いて、それが音の輪郭をクリアにしている。
ありがとうね。
穏やかな中間部のトリオではそんな気持ちを綴った。目の前にいる部員一人一人から、私は励ましてもらえたから。
そして、クラリネットとチューバにはソロも作った。中音域のまろやかな音を出しながら、亜純は涙を流している。技巧的で難しいソロなのに軽やかに吹く杏は、とっても嬉しそうだ。
そして、みんなで。
緊張感のあるブリッジを挟み、最後は全員合奏だ。みんなで、最高の音楽を。心を一つにした、私たちにしかできない音楽を。両手で煽る度に、音の厚みはどんどん増していく。
ホールの天井から降り注ぐ照明のキラキラ。金管楽器やサックスの金ぴか。フルートや打楽器の縁も銀色に光って、クラリネットでさえ銀色のキーが渋く光る。私の指揮棒も、眩い光を灯し続ける。ホールには、今、キラキラが満ちている。私たちはキラキラを振り撒いている。
ラスト直前の木管の連符が入る。もう終わってしまう。寂しい。でもそれ以上に、こんな最高の音楽、嬉しい。
私、こんな音楽を紡げたんだ。
私、今はもう、みんなとこんなキラキラを作れるんだ!
完璧なユニゾンで曲が終わると、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、私はみんなを立たせて、お客さんに礼をする。
割れんばかりの拍手の中で、ありがとう、ありがとう、と何度も口に出していた。
切れたミサンガは、左手でぎゅっと握っている。
右手の指揮棒からもすでに光が消えていて、だけど代わりに私の汗と涙が伝っていた。
つるつるの表面に、私の努力の証が、眩いばかりに輝いている。
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