アキノヒ

 時計の針が午後三時を指している。最近は眠っていることが多くてあまり出掛けていない。優には何度か心配されたが大丈夫とだけ伝えるとそれ以上は何も言ってこなくなった。

 とはいえこのまま1日を過ごしてもまた優に心配をかけてしまうかもしれないし、久しぶりに外にでも出てみようかと思い立ち家の周りを歩くことにした。

 外はすっかり夏から秋の装いに変化していて少し驚く。暫く出ていなかっただけの筈なのに、随分と時間が立っていたらしい。

 新鮮な気持ちで歩いていると近くの公園にさしかかったところで見覚えのある後姿が見えた。

「ゴロちゃーん!」

 名前を呼ぶと背中がくるりと振り向く。やっぱり、と見たことのあるその顔を見てニコリと笑えば、それとは対照的に私を捉えたその目が徐々に怒りを露にした。

「ミカ!お前……今までどこで何してやがった!」

 こちらへ走ってやってくるなり怒鳴り付けてきたのはご近所に住むゴロちゃんという。ちょっと短気で調子に乗りやすいところがあるけれど、私が落ち込む度に話を聞いてくれて、厳しいことを言いつつも最後はいつも慰めてくれる。ちょっと不器用なだけで本当はとても優しいのだ。

「お前はいつもいつも心配ばっかかけやがって」

 重いため息を吐きながらゴロちゃんが私の頭に軽くゲンコツを入れた。

 本当は痛くもないけれど、何となく頭をさすってみる。

「ごめんごめん、何か最近眠くて仕方ないんだよねえ。何でだろうね?」

 笑ってそう言うとゴロちゃんが呆れたような複雑な表情でため息を吐いた。

「笑ってんじゃねえ、バカヤロウ」

「ごめんなさい……」

「ったく最初から素直に謝ってりゃ良いんだ」

「はあい」

 小さく項垂れる私にゴロちゃんが小さな声で「生きてたなら良かったよ」と、呟くように言った。

 ぱっと顔を上げた私から視線をそらすようにゴロちゃんがくるりと背中を向けて先を歩き出す。素直じゃないんだから。ついつい緩んでしまう口元を見られないように私もゴロちゃんの後ろを歩いた。

「そういや一ヶ月前くらいに言ってたあの男にあげるっていうプレゼントは決まったのか?」

「うーん、考えてはいたんだけどなかなか思い付かないから諦めた」

「諦めんのか」

「まあね」

「そうか」

「うん」

 会話が途切れて、暫く二人で静かに歩いていると不意にゴロちゃんがこちらを振り向いた。その目はしっかりと私の目を捉えていた。

 思わず視線を逸らすと、ゴロちゃんがいつもの調子で尋ねてくる。

「あのさ……お前、あの男が好きか」

 言葉の意味を理解するのに一瞬の躊躇いを覚えた。それに気づかれるのが怖くて口元に精一杯の笑顔を浮かべる。

「は……え、何言ってんのゴロちゃん……」

「誤魔化すんじゃねえ、真面目に聞いてんだ」

「……っ」

 まるで何もかも見透かされているようだった。大きな丸い瞳が、私の心臓を真っ直ぐに突き刺す。最早これ以上はゴロちゃんを騙すことが出来ないのだと悟った。そして自分自身すらも、認めるしかないのだと気づく。

 黙りこくる私にゴロちゃんが大きなため息を吐き出した。

「まったく、バカヤロウだな……お前は本当に」

「えへへ……」

「笑うな」

「だって、ゴロちゃん何か怒ってるし」

「それはお前がつくづくバカな奴だからだろうが」

「バカじゃないよ、たぶん」

「いいや、お前はバカだ。あの男にはもうお前以外の大切な奴がいるんだろうが。それなのにお前はそんな奴のことを……」

「仕方ないじゃない、だって優が好きなんだもん」

「バカヤロウ!もしあいつに大切な奴がいなくてもお前は……」

「分かってるよ!」

 思わず大きな声が出てしまった。

 だけど今のはゴロちゃんが悪いのだ。私にだって自覚くらいあるし、もし優に大切な人がいなかったらなんて、そんなことを考えたところで仕方がない。だって優に大切な人がいるのは事実なんだから。

 だけど、それでも、私はそんな優が好きなのだ。今の優がどんな優であっても、その全てが好きだ。私の知らない誰かを愛する優であっても、それすらも私の好きな優だから。

 ……だから、たとえずっと一緒にいられないのだとしても、私は────。

「ミカ?」

 背後から聞き覚えのある声がした。振り返ると優がふわりと笑って、私のもとまでやってきた。

「こんなとこで何してるの……って、あれゴロ?久しぶりじゃないか、元気にしてたか?」

「ふん」

「ちょっとゴロちゃん!」

 何も言わず不機嫌顔でその場を去って行ったゴロちゃんに優が心底不思議そうに「俺、何かしちゃったかな……」と呟いた。

 寂しそうに眉根を寄せる優が何だかおかしくて思わず笑ってしまう。

「優、お仕事お疲れさま」

「今日はゴロと遊んでたのか?」

「うーん、まあね」

「そっか良かったな。そろそろ日も暮れるし家に帰ろうな」

「はーい」

 優の隣に並んで家路につく。

 大したことはしていない筈のなのに今日は何だか随分と疲れてしまった。家に帰ったら優が用意してくれるご飯を食べてゆっくり過ごそう。 そんなことを思いながら隣を歩く優を見上げる。

 ずっと、なんて贅沢は言わない。ただ、後もう少しでいいから、こんな時間が続いてくれますように。そう願いながら、夕暮れに染まる秋の空を見上げた。

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