第101話 出来得る限りのささやかな抵抗
「エレナだって? エレナって言やカナンの実家から紹介されたって言う、あのエレナか?」
エレナ失踪の事を話した途端、オーディックは驚きの声を上げ立ち上がった。
他の二人も似た様な表情をしている。
「えぇ、そのエレナよ」
思いもよらないオーディック達の驚き様にそう返したものの、なぜそこまで驚くのか?
ローズはそれが気になっていた。
『ちょっと皆して驚き過ぎじゃない? そりゃエレナは最近このラウンジに居る事が多かったとは言え、表向きにはただの一介のメイドの筈よ? なんだか大切な人みたいに驚いてない? いつの間にイベントを進行させていたと言うの? 恐るべし
注意深く観察していたローズの恋愛アンテナを持ってしても、エレナとイケメン達との間で好感度イベントが発生していたなど全く気付かなかったのだ。
それなのにこの慌て様。
実は影でゴリゴリ進行していたのかと、改めて無敵の主人公に恐怖する。
「ど、どうしたのですか? エレナが気になったりするのですか?」
「い、いや、あいつ個人はどうでも良いんだが……なぁ」
どうにも煮え切らない態度のオーディックがシュナイザーに向けて目配せで何かの確認している。
やはり裏でイベントが進行してそれを誤魔化そうとしているのか? と思わなくもないが、『あいつ個人はどうでも良い』と言う言葉が気になった。
どう言う事だろう? もしかしてイベント進行は勘違いで、今日はホランツだけでなくカナンも欠席している事から、仲の良かった二人が駆け落ちをしたとでも思ったのだろうか?
実際ローズとしてもその可能性はいまだ否定出来ずにいるので、エレナがゲームの主人公だと知らないオーディック達がその様な考えに至っても仕方無い事だとローズは納得しながら安堵の溜息を吐いた。
「ふむ、今この状況で姿を消す理由……か……」
シュナイザーは顎に手を当てて考え込む。
オーディックとディノもそれに倣うかのように考え込んでしまった。
一人取り残されたローズも、そこまで悩む事なの? と首を捻る。
「そう言えば……」
ディノが何かを思い付いたのか急に顔を上げてそう呟いた。
それを受け皆がディノに注目する。
「ローゼリンデ様。エレナは昨日店で買い物をした以降の足取りが掴めないと仰られてましたね」
「えぇ、そうよ。使用人の話では買い物を済ませた後に行く所が有るからと言って店の人に配達を頼んだみたいなの」
「なるほど……。実は昨日の午後、街の巡回をしている際にエレナらしき人物を見掛けたのですよ」
「な、なんですって! ど、どこに居ましたの?」
いきなり見つかるとは思わなかった手掛かりの情報に、思わずローズは抱き付かんばかりの勢いでディノに縋りついた。
そして興奮気味にディノを見上げる。
「え、そ、その……」
よもや護るべき愛しき主人であるローズとこれ程までに密着する機会が訪れようとは思わなかったのだろう。
そんなローズの行動にディノは顔を真っ赤にしてしどろもどろとなった。
エレナ目的情報の事で頭がいっぱいなローズは訳が分からず首を傾げる。
「おいおいローズ。近い近い。ディノが困ってるじゃねぇーか」
「え? あっ! す、すみません!」
オーディックの言葉でディノの顔が急に真っ赤になった理由を知ったローズは慌ててディノから飛び退いた。
そして恥ずかしそうにモジモジと身体を揺らす。
それを見たオーディックは半ば不貞腐れた態度で溜息を吐いた。
「おい、ディノ。続きを頼む」
「え? あっはい。エレナですが街の商業地区から大通りに向けて歩いているところでした。ただ……」
ディノはオーディックに促され言葉を続けたが、ローズはと言うと前世のみならず生まれ変わったこの世界でも、剣の稽古やダンスと言ったある意味部活動的なノリと違いプライベートな事柄で男性と密着する機会に乏しかったローズは、いまだモジモジから立ち直れないでいた。
オーディックがもう一度大きく溜息を吐く。
そしておもむろにローズに近付き肩に手を回して自らの元へギュッと引き寄せる。
「ひゃ! ど、どどうしましたのオーディック様」
今までの二つの人生でも男性に肩を抱かれた事が無いローズは、突然のオーディックの行為に驚きの声を上げた。
いや、部活動や爺ちゃん先生の道場で円陣を組む際に兄弟子や弟弟子達と肩を組んだ事は有るが、それは勘定に入れるものではないだろう。
所謂ノーカンと言う奴だ。
結局ご破算になった舞踏会の前日にイケメン達とダンスも踊ったが、体育会系な青春を送ってきた悲しさか途中から部活動のノリでトキメキよりも爽快さに変っていたので、これもローズ的にはノーカンのようだった。
「なっ! オーディック! いきなりローズに抱き付いて何をするつもりだ!」
シュナイザーもオーディックの行動に険しい顔で抗議の声を上げた。
ディノは立場上貴族であるオーディックに対して何も言えずに少し悲しい顔をしている。
テンパりながらも二人の顔を見たローズは、自身の持つ優秀な恋愛アンテナをフル回転させた。
そして二人の表情が何を意味しているのか高速で分析する。
『まぁ! お二人ともオーディック様が私を抱き締めた事に嫉妬しているのね! これはまるで夢にまで見た私を取り合うシチュエーションじゃないの!』
先程思い出し掛けた記憶でも自分を取り合う場面は有ったのだが、やはりオズが二人居ると言う有り得ない状況ではなんだか気分が乗り切れない。
不確かな記憶よりも今現在の方が大切である。
そう思ったローズは少しばかり険悪なムードの中、一人上機嫌であった。
「おまえら落ち着けっての。これはボケっとしていたローズに活を入れる為だ。おい、ローズ! しっかりしろ!」
そう言ったオーディックはローズの背中をバシンと叩く。
その音がラウンジに響くと皆の顔から毒気が抜けたかのようにポカーンとなった。
「痛っ! 酷いですわオーディック様」
「へ~ん、ぼーっとして赤くなってるお前が悪いんだよ」
背中を叩かれたローズは、叩いた後すぐにそっぽを向いてしまったオーディック向かって抗議した。
抱き寄せた理由がロマンチックな理由ではなかった事を知ったローズは色々と妄想していた自分に恥ずかしくなる。
ローズの位置からはそっぽを向いたオーディックの顔は分からないが、どうせしてやったりと言う顔をしているのだろう。
そんなオーディックに呆れながらもシュナイザーとディノの嫉妬顔が見れた事だけでも収穫だったと、熱血キャラらしい幼馴染の行動に心の中で少しばかり礼を言った。
だがしかし、もしローズが現在そっぽを向いているオーディックの顔を見たとしたら違う感想を抱いた事だろう。
何故ならばオーディックの顔は先程のローズやシュナイザーと同じく真っ赤であったからだ。
彼としても肩とは言えローズを抱き締めた事など今まで一度もない。
口では活を入れると言ったが、本当の理由はディノに密着して顔を真っ赤にしたローズを見た途端、身体が勝手に動いたからだ。
それは
「おーい、ディノ。話を続けてくれ。『ただ』ってなんだよ。気になるじゃねぇか」
いつまでも皆から顔を背けている訳にもいかず、オーディックはわざとおどけた様な口調でディノに話の続きを促した。
「は、はい。それは……。その前にすみません、ローゼリンデ様。本日シャルロッテ様はお越しにならないのでしょうか?」
我に返ったディノは話を再開したのだが、すぐさまローズに質問を投げ掛けて来た。
いきなり話が飛んで訳の分からないローズだが、取りあえず自分の知っている事を話すことにする。
これは数日前からシャルロッテ本人により聞いていた事なのだが、どうやら悪女時代の罪滅ぼしの為に修道院へ奉公しに行く事にしたらしい。
それを聞いた時、伯爵令嬢なのに殊勝な事だとローズは感心したのを思い出す。
そう言えば『二週間会えなくなるのは寂しいからたまには遊びに来て』と言っていた事を思い出した。
『エレナの事が落ち着いたら遊びに行ってあげようかしら』と、心の中に浮かぶ別れ際のシャルロッテの涙顔に向けて呟いた。
「シャルロッテですか? えぇ、今日はと言うか暫く来ないの。昨日から王都より少し離れた地方の町にある修道院へご奉仕に行く事になってるんですよ。それよりシャルロッテがどうかしたの?」
「そうですか……。いえ、昨日エレナを見掛けたと言いましたが、大通りの人混みの中その存在に気付けたのは、シャルロッテ様と一緒に歩いていたからなのです。だから何か知っているのではないかと……」
「えぇっ! エレナがシャルロッテと歩いていたですって!!」
ディノの目撃情報に驚きの声を上げるローズ。
最初の情報と合わせると、どうやら目撃したのはエレナが買い物を終えて商業地区から大通りに向かうタイミングだったようだ。
これこそ望んでいた手掛かりではないか! とローズは興奮して更なる質問をディノに投げ掛ける。
「それで二人はどんな感じでしたか?」
「そうですねぇ……。シャルロッテ様はエレナに対して笑顔で話し掛けておられましたが、エレナの方はどことなく困ったような顔をしていたように感じます」
ディノの言葉にその様子が目の前に浮かぶようであった。
悪女と言う汚名返上を目指すシャルロッテは、生来からそうだったのかもしれないが最近色々と世話を焼くようになっている。
その相手はローズだけに留まらず、最近では自分の使用人達や果てはローズの使用人にも声を掛けている場面を見る事が多くなっていた。
もしかしたら、買い物途中に思い詰めた顔をしたエレナを見掛けたシャルロッテが、気になって声を掛けたのではないだろうか。
なによりローズに相手にして欲しいが為に、悪落ちした程の構ってちゃんでもあるのだ。
一度食い付いたらなかなか引き下がってくれないシャルロッテの世話焼き振りから逃れるには一苦労するだろうと思われる。
とすれば、シャルロッテはエレナから何かを聞いている可能性が高い。
それどころか、話を聞いたシャルロッテが一時的にエレナを匿う為に一緒に修道院へ連れて行った可能性さえ考えられるではないか。
そう思い至ったローズは勢い良く立ち上がった。
「だとすれば、シャルロッテがエレナの行方を知っているかもしれないわ」
ローズは独り言の様にそう言って扉に向かって歩き出す。
突然の事に唖然としたオーディック達だが、理由を言わずに部屋から出て行こうとするローズの姿を見て我に返り、慌ててその後を追い駆けた。
「お、おいローズ。どこ行くんだよ」
「決まっていますわ。今からシャルロッテが居る修道院に向かいます。もしかしたらエレナもそこに居るかもしれません」
「ちょっと待てって、それなら俺達も……」
「それは結構です。メイドに逃げられたなんてお家の恥ですもの。あまり大事にしたくありませんわ。皆様は王都でお待ちになっていて下さい」
尤もらしい理由に、返す言葉もないオーディック達。
しかしながら、ローズのこの言葉には嘘が混じっていた。
同行を断った本当の理由はイケメン達がこれ以上エレナに対して変なフラグが立たせない為だ。
これがエレナを心配しながらも、無敵の主人公に対し悪役令嬢として出来得る限りのささやかな抵抗だった。
「分かった。しかし気を付けろよ。あと俺達の方もエレナの行方を捜してみるぜ。勿論秘密裏にな」
「ありがとうございます。それではお願いしますね」
ローズはそう言ってラウンジから出て行った。
行方不明の主人公の手掛かりを探す為に。
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