第69話 ゲームシステム

「ありがとう。エレナ。とても美味しいお茶だわ」


 エレナの入れてくれたお茶を一口飲み、そう感想を述べた。

 それを聞いたエレナは「ありがとうございます」と返して頬を染め嬉しそうにしている。

 その表情にローズは複雑な思いだった。


 『この子こんなにのんびりしてて大丈夫なの? 元のルートでも少なくとも今の段階から攻略を始めないと、色々間に合わないわよ?』


 などと、いつまでもゲームの攻略を開始しようとしない目の前の主人公に少々ヤキモキしている。

 この世界に来る寸前まで自分がエレナの立場だったのだから仕方ないとは言え、今の自分の立場を忘れているかのようなこの心配は、面倒見のいい彼女生来の性格によるものだろう。


 『まずシュナイザー様攻略の為の同情ポイントが足りなくなるわ。本来勝手に貯まるものだけど、多分あたしがエレナを叱咤しないんだもの。おそらく0ポイントのはず。ディノ様だってそう。このあたしがディノ様のフラグを立たせる『卑しい平民の娘の癖に』なんて言葉を言う訳ないし、あれからカナンちゃんにも特にアプローチ掛けていないみたい』


 この隠しルート上のエレナは、カナンとまさかの幼馴染と言う衝撃の新事実を知って警戒をしたものの、その後交流が進んでいると言う情報はなかった。

 フレデリカからの情報もそうだし、カナン自身に聞いても『困った事が有ったら何でも聞いてねって言ったのに特に何も言ってこないんだ。彼女は別に困ってないみたい』と、エレナに対して別段興味が有るような素振りも無くそう言っていた。

 

 通常ルートのカナンは一周目では絶対に攻略出来ないキャラである。

 いや、少し語弊が有る表現だ。

 そもそも一周目は大抵のイベントの発生条件に必要能力値が届かずに、バッドエンドに直行であるのでこの表現は正しくない。

 言い換えるならカナン攻略に必要な能力値だけを重点的に上げたとしても絶対に攻略出来ないキャラである。

 仲良くなる事は出来るものの、どうやっても友達ENDまでしか発展しない。

 とは言え、ローズは最初はそれがカナンとのハッピーエンドだと思っていた。

 他のバッドエンドと違い、ちゃんとエンディングのスタッフロールも流れたのだから。

 ただ、友達ENDでは『こうしてエレナは、これからも大好きなカナンの屋敷で働く事が出来るようになりました』と言う微妙な内容だったので、ローズとしては釈然としないものを感じていたのは確かだった。

 それでもローズは『やっぱりショタキャラだから結婚までは発展しないのかもね』と思っていたのだが、ある周回の事、ふとした切っ掛けで結婚ENDに辿り着く事に成功する。


 その方法とは、ゲーム開始直後だけに発生するイベントをクリアする必要があると言う物だった。

 魅力値と献身値、それに体力値の三つが一定値を超えてEDを迎えた次の周回からイベントのフラグが立ち、最初の一週間分の仕事選択時に全て『中庭の手入れ』を選択していた場合、平日最終日の金曜日にそのイベントは発生するのだ。

 平日に選択出来る仕事の内『中庭の手入れ』は初期に選択出来る仕事の中でも特に能力値の上昇が低く、ともすれば幸運値が大きく下がると言うデメリットが大きい選択するメリットが全く無い仕事であった。

 能力値上昇にてイベントフラグ開放が条件になっているこのゲームにおいて、『中庭の手入れ』は本来選択肢にさえ入らない仕事である。

 能力値をカンストさせたローズだからこそ気まぐれで『中庭の手入れ』を選択したのだ。

 初めてそのイベントを見たローズは、この開発者の底意地の悪さに思わず窓の外に向かって吠えた程である。


 検証の為、あえてゲームデータをロードせずに最初からやり直したところ、一周目では発生しなかった。

 三つの能力値がどれだけ高いと発生するのかまでは調べてないが、このゲームはイベントが発生する時に関係する能力値が一瞬光る仕様なので、それらが必要だったと分かったのだ。

 『能力未達時にも光りやがれ』と悪態付いた回数は数知れず、いまだにローズはその事を思い出すと嫌な気分になる。


 肝心のイベント内容は、エレナが中庭の手入れをしている最中に不注意で蜂の巣を箒で叩き落してしまい蜂に襲われると言うドジイベントなのだが、そこに駆け付けたのがカナン。

 最初はエレナを助けようとするカナン、しかし蜂が怖くてその場で蹲ってしまう。

 そんなカナンに襲い来る蜂の群れ。

 それをエレナが身を挺して守るという展開だ。

 何とか蜂を追い払ったエレナは、自分は男として情けないと泣くカナンに対して『そんな事ありません。私を守ろうとしてくれたではないですか。とても男らしくて勇敢であられますわ』と手を取りながら優しく微笑む事によって、カナンはコロリと恋に落ちてしまうと言うもの。

 但し、これによって追加のラブラブイベント等は発生せず、エンディングだけ友達ENDから結婚ENDに差し換わるだけの手抜き仕様なのにはローズも呆れ果てた。


 ちなみにこのイベント発生条件である中庭に有る蜂の巣はローズの手によって全て除去済みである。

 蜂の巣がどれくらいの周期で作られるのかは分からないので、庭師には定期的に除去するように頼んでおり、少なくともカナンとの結婚ENDは潰したと安心していた。

 そんな矢先に降って湧いた幼馴染設定には正直驚いたのだが、何故かそれを生かそうとしないエレナの態度にローズは首を捻っている。


 『本当に何を考えてるのかしらね。残りの方達と言えば、ホランツ様とオーディック様だけど……』


 これに関しても少々気になる事が有った。

 特にホランツに対してのエレナの態度。


 『エレナって何故かホランツ様に対してどことなく避けてる感じがするのよね。まぁこれに関しては何となく分かるわ。ゲーム中のほのぼのお兄さんとこのルートの誑しな色男ではキャラが違い過ぎてるのですもの。私も今のホランツ様は少し苦手かも。となると、残る相手はオーディック様。エレナの狙いはオーディック様って事なのかしら……?』


 他のイケメン達は大なり小なりキャラに相違が見られるが、オーディックだけは裏表の無い性格故か、ローズでもゲームとの違いが分からないほど一緒だった。

 ならばその攻略法も変わらないのでは? とローズは考える。


 自分より遥かに少ない回数でこのゲームをクリアしたと思われる現エレナの中の人。

 それが意味する事はオーディックの攻略法も把握していると言ってもいいだろう。

 何しろ自分が三桁回数このゲームをクリアした時間は、オーディック攻略に失敗した歴史と言っても過言ではないのだからと、ローズはしみじみとこの世界に来る前の地獄の三日間の事を思い出していた。

 残念な事にオーディックの記憶喪失イベント発生時には能力値の項目がどこも光らなかった。

 要するにオーディックの攻略は単純な能力値上昇が開始条件ではないと言う事を表している。

 少なくとも複数の行動選択によるフラグ立てが必要なのであろう。

 あと数回検証すればそのフラグ順序も判明したかもしれないが、今となってはそれを知る手段は永久に失われてしまった。

 

 そう言う訳で、他のイケメン達ならいざ知らずオーディックに関してだけは自分の知識ではエレナからの攻略を防ぎきれないのだ。

 兎にも角にも、二人の接触を極力妨害するしかないだろう。

 しかしながら、そうしていればエレナは誰とも結ばれずゲームのタイムリミットを迎える事となる。

 それは即ちこのゲームシステム的にエレナをバッドエンドに叩き込む事と同義だ。


 そう、このゲームは何もエレナが不幸になる事だけがバッドエンドとは限らない。

 例えばそこら辺の適当な使用人と結婚して、更にそれでエレナ本人が幸せであったとしても、スタッフロールが流れなければバッドエンドである。

 最初の内こそ自分は没落必須の悪役令嬢なのに、それを差し置き勝手に主人公に転生しやがってと、憎い気持ちは有ったものの、そんなローズの生活も慣れてしまえば快適である。

 更にその主人公は自分に懐いてくれている。

 これでは憎む気持ちも薄らぐと言うもの。

 最近ではなんとか没落を回避したシュタインベルク家のメイドエンドでも良いのではないかと思う始末。

 そしていつか、元の世界の事を語り合う仲になれれば……。



「……あの、お嬢様? どうされました? そんなに見詰められますと、あの……その恥ずかしいです……」


「え?」


 ふと目の前のエレナが顔を真っ赤にして照れながらそんな事を言ってきた。

 どうやら頭の中でこれからの事をあれこれと考えている間、ずっとエレナを見詰めていたらしい。


「あ、ご、ごめんなさい。少し考え事をしていたのよ。びっくりさせてしまったわね」


「いえ、そんな。お嬢様が謝りになられる事はありません。驚きはしましたが、それは嫌と言う訳ではなく……」


 と、二人してそんなやり取りのなか少し照れていると、なにやら鋭い視線が自分に刺さっている事に気付いた。


「あ、あら? 二人共そんな怖い顔してどうしたの?」


「お嬢様、なに二人して自分達の世界を作って見詰め合っているのですか」


「そうよ。ローズちゃんは私の物よ~」


 いや、別にあなたの物じゃないのだけどと、シャルロッテの言葉に心の中でツッコミを入れるローズだが、それを実際に口にすると、この前とても悲しい顔をされたので黙る事にしている。


「ちょっ、落ち着いて二人共。本当に考え事をしていただけなのよ」


「もう、本当にローズちゃんて目を離すといっつもふらふらと別の人を見てるんだから」


「そ、そんな事無いって」


 それって恋人の浮気に嫉妬している彼女みたいじゃない? と思いながらも、やはり否定するととても悲しそうな顔をするのでツッコミを入れられないローズだった。

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