29 暗殺者の天敵

 アメリアの後ろに突如として現れた暗殺者は彼女の首を流れる様な手捌きで切り裂いた。それを受けた彼女は傷口から勢いよく噴き出る血と共に地面にバタリと倒れ込む。彼女の首からは未だ血が流れ出ており、それが彼女の死をこれ以上ない程に証明していた。

 そして、アメリアを殺した暗殺者は楽な仕事だったと言わんばかりに、ゆっくりとした足取りで依頼主であるデニスの元へと近づいていった。


「やった、のか……?」

「ええ、間違いなく」


 デニスは、アメリアを殺した暗殺者に恐る恐る問いかけていた。そして、暗殺者はデニスの言葉を肯定する。あれだけの傷と失血だ、あれで生きていられる人間は居る筈がない。暗殺者のその言葉を聞いたデニスの口元は大きく歪んだ。


「く、くく、くくく、くはははははははは!!!! どうだ!! あれだけ自信満々の様子で現れて、こんな呆気なく殺された今の気分は!! くくくく、あははははははははっ!!!!」


 デニスはアメリアの死体を見ながら、彼女の事を嘲るように高笑いをする。


「私が雇ったのはあの高名な暗殺者集団『鋼牙』だ。王宮の外壁を破壊する程の力を手に入れたと聞いたが、流石のお前もあの『鋼牙』の暗殺者には勝てなかった様だ!! といっても、既に死んだお前には聞こえないんだったな!! くははははははははは!!!! あはははははははは!!!!」


 デニスはアメリアの死体の前でまるで演説するかのようにネタバラシをしていく。それもこれも、全てはアメリアが死んでいると確信しているからだ。彼は新品のおもちゃを友達に自慢する子供の様にベラベラと喋り続ける。

 アメリアをこれ程に簡単に始末出来た事で悦に浸っているデニスはまるで自分に酔ったかのように飽きるまで高笑いを続けた。


 そして、高笑いを終えると、今度は彼女の死体の処遇の検討を始めた。


「デニス様、彼女の死体はどうしますか?」

「……この女は私の愚弟である忌々しいディーンの忘れ形見だ。すぐに処分を……。いや殿下に献上して王都にて晒し首にさせるという手もあるな……。そうすれば、殿下の覚えも良くなるやもしれぬ。さて、どうするか……」


 だが、彼女の死体をどうするかで彼等が悩んでいると、突如アメリアの死体に変化が起きる。最初に、辺りに散らばっていたアメリアの血が先程出来た傷口から彼女の中へと戻っていった。


「な、何が起きているのだ……?」


 その光景を見て呆然とするのは、アメリアの首を切った暗殺者とデニスだ。そんな光景を見せられて呆然とするのは仕方がないだろう。そして、彼等が呆然している間にも辺りに散らばっていた血は彼女の傷口から彼女の中にドンドンと戻っていく。

 彼女の血が全て首元にある傷口の中に戻ると、今度はその傷口がまるで時間を逆再生したかのようにドンドンと元の状態に復元されていくのだ。


 そして、アメリアの傷が完全に復元すると、彼女は目を覚まして、何も無かったかのように起き上がった。


「やはり、暗殺という手段を取ってきましたか」

「ば、馬鹿な……、お前は確かに死んだはずで……」

「誰かが暗殺という手段を取るだろうとは思っていましたが、正直に言うと伯父様がそれをするとは少し予想外でした」


 そう、アメリアは誰かが暗殺という手段を取るであろうことは想定していた。真正面から殺すことが出来ない程の力を持つなら、相手が察知できない奇襲で殺せばいい。至極当たり前の発想だ。だからこそ、アメリアも誰かが暗殺という手段を取ると考える事が出来たのだ。

 そして、アメリアが今行使したのは『時間回帰』の古代魔術だ。その魔術を自分が死ぬ直前に発動するように予め仕込んでおいたのだ。誰かが暗殺という手段を取る事が分かっていたから予め仕込む事も忘れていないのだ。


「伯父様。貴方は自分を囮に使いましたね?」

「っ!?」


 アメリアの指摘は図星だった様でデニスは言葉に詰まった。

 神出鬼没である今のアメリアを暗殺しようとするなら、復讐の対象となっている彼自身を囮に使い、彼女が現れた直後を狙うしかない。『鋼牙』の長にそう提案された時、デニスは怒り狂ったが、それしか方法が無い、自分の安全は必ず保証するといわれた事で何とか受け入れたのだ。


「くそっ、お前は死んだはずだ!! 先程の一撃は間違いなく致命傷、なぜお前が生きていられるのだ!!」

「何故、と言われましても……。今の私は殺されても死なないとしか答えられないのですが……」

「ふざけるな!! 殺されたら死ぬのが当たり前だろう!! 答えになっていない!!」


 そうだ、意味が分からない。道理が合わない。あれだけ綺麗に首を斬られたら、人間が生きていられるわけがない。

 デニスの脳内は今のこの現実を受け入れる事を拒否し、アメリアに対して今迄の人生で一度も感じた事が無い様な恐怖を覚え始めていた。


「それにしても、気配をあれだけうまく消す技量や殺された時のあまりにも慣れた動きといい、相当な手練れだとは思っていましたが、あの有名な『鋼牙』の暗殺者だったとは。私も名前は聞いた事がありましたが、まさか相対する日が来るとは思いませんでしたよ」


 アメリアは何か納得した様に頷いているが、デニスの内心はそれどころでは無かった。


 人間は殺されたら死ぬ。それが当たり前で不変の法則だ。どんなことがあろうともそれを覆す事は出来ない。それが常識だ。だというのに、今のアメリアはその法則に喧嘩を売っている様にしか思えなかった。


「ねぇ、伯父様? 殺したと思った人間が、実は生きていたと知った今の気分はどうですか?」

「くそっ、くそっ、くそっ!! ふざけるなよ!!」


 アメリアの皮肉の言葉にデニスは地団太を踏み怒り狂う。だが、当の彼女はその光景を、愚か者を見る様な目で見つめていた。


「お、お前達っ!! 早く、早くあの女を殺せぇ!!」


 デニスのその声と共に、この屋敷に隠れ潜んでいた『鋼牙』の暗殺者達が次々と現れた。総勢十人以上はいるだろう。

 だが、姿を見せた暗殺者は真の意味で暗殺者たり得ない。

 無論、アメリアは彼等に比べれば、戦闘や殺傷といった経験や技術という面では彼等に圧倒的に劣るだろう。熟練の暗殺者と非力で戦った経験など一度もない令嬢だったアメリアを比べるなど烏滸がましいにも程があるだろう。だが、姿を見せたのならば十分にやりようがあるのだ。


 暗殺者の一人が懐から短剣を取り出した。その暗殺者は、今度はアメリアの心臓を狙っていたのだ。首がダメなら心臓を、そう考えるのはある意味当然の帰結だ。暗殺者はアメリアの知覚できる速度を超えた速さで移動し、彼女の死角から構えた短剣を心臓目掛けて突き出した。戦闘経験が皆無のアメリアでは暗殺者の動きを完全に捉える事が出来なかった。アメリアの死角から放たれた短剣は胸部から心臓へと到達する。今度こそ、殺ったと確信した暗殺者は口元を歪めるが、その直後アメリアはまるでこう来るだろうと予期していたと言わんばかりにその暗殺者の手を掴んだ。暗殺者の方も、短剣を振るった直後でアメリアの手を振り払うことが出来なかったのだ。


『煉獄の炎よ、我が敵を燃やし尽くせ』


 そして、アメリアが魔術を行使したその瞬間、暗殺者の体が漆黒の炎で覆われた。その炎は暗殺者の体を表面から焼き尽くしていく。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 漆黒の炎に焼かれた暗殺者の口からこの世の物とは思えない絶叫が上がった。


 今、アメリアが行使したのは古代魔術の一つ、『煉獄の炎』だ。この魔術は相手の全て、それこそ肉体や魂まで燃やし尽くす漆黒の炎を生み出す事が出来る。そして、この炎に焼かれれば体を焼かれる苦しみと共に、肉体は灰と化し、魂でさえも焼かれてこの世から消滅してしまうのだ。


 そして、暗殺者の一人が『煉獄の炎』で灰も残らず燃え尽きた直後、先程アメリアに新たにできていたはずの大きな傷は綺麗サッパリ消え去っていた。


「な、何が……」

 

 そう呟くのは、先程の絶叫で怒りが覚めたデニスだ。だが、デニスと違い、残りの暗殺者たちにあまり動揺は見られなかった。人殺しを生業としているだけあって、仲間が殺されても動揺しない様に特殊な訓練を受けているのだろう。仲間が殺されたというのに声一つ上げなかった。

 その直後、彼等は先程殺された暗殺者の仇と言わんばかりに各々、得意な方法でアメリアを殺めんと次々に襲い掛かってくる。彼等もプロだ、どうあがいてもここは引けない。引けば、間違いなくデニスは殺されるだろう。依頼者を囮にしたというのに暗殺できず、更にはその依頼者が殺されたとなれば、『鋼牙』の名にどれだけの傷がつくかわからない。ここで逃げ帰ったとしても、それを知った他の仲間たちに粛清されるのは明らかだ。だからこそ、彼等は何としてでもアメリアを殺さなくてはいけないのだ。


 だが、彼等が得意とする刺殺、斬殺、毒殺等々、どれをとっても今のアメリアを真の意味で致死に至らせる事は出来なかった。彼等が何をしようとアメリアは自身の時間を巻き戻す事でそれを無効にしてくるからだ。彼等にはどうあがいてもアメリアの使う時間回帰による蘇生への対抗策が見いだせなかった。

 そして、アメリアは自分に襲い掛かってくる『鋼牙』の暗殺者を一人、また一人と『煉獄の炎』で燃やしていく。


 アメリアの使う時間回帰はどれだけの時間を巻き戻すかで、寿命の消費が変わってくる。巻き戻す時間が長いとそれに比例して寿命が削られるのだ。逆に言うなら、時間を巻き戻す時間が短いと寿命の消費も少なくて済む。先程蘇るのに消費した寿命で言うなら数日、或いは数時間といったレベルだろう。


 勿論、どんな傷も治ると言っても彼女に痛みが無い訳では無い。致死のダメージを追うたびに、彼女には相応の激痛が走っている。毒を浴びればそれだけの苦しみが全身を駆け巡る。

 だが、その痛みも今の彼女にとっては福音でもあった。


(そう、そうです、その顔です。その顔が見たかったのです!!!!)


 何故なら、アメリアが致死の傷を負う度、そしてその傷が何事もなく回復する度にデニスはアメリアに対して覚えている恐怖が増していき、それが彼の表情へと如実に現れているからだ。

 当たり前だ、命を狙われているとはいえ自分の姪であった人間が致死の傷を負い、そして次の瞬間にはそれが再生している。そんな普通ではありえない光景が幾度も繰り返されてきたのだ。傍から見れば、それこそ無限の再生能力を持った人の姿をした怪物としか思えないだろう。そして、そんな人間に対して恐怖を覚えない者はそうはいない。


 そして、アメリアはデニスのその恐怖する表情をこそ見たかったのだ。


 今のデニスにはアメリアが彼女の姿と記憶を持った別の生物だとしか思えなくなっていた。そして、デニスがアメリアに恐怖している最中でも『鋼牙』の暗殺者は次々とアメリアの手に掛かっていく。それが、更に彼の恐怖心を増していくのだ。

 暗殺者という、先手を取り相手を急所を狙い、一撃で殺す事に特化した者達の天敵が、今のアメリアの様な殺しても死なない者であるというのは、かなり皮肉が効いているだろう。


「ひぃ!! アメリア、お前は一体っ!? やめろ、やめろっ、やめろっ!!!! 殺すな、これ以上殺すなっ!!」


 デニスはそう叫ばずにはいられなかった。何故なら、彼にとって『鋼牙』の暗殺者は、アメリアを殺す為の剣であり、同時に自分の身を守る為の盾でもあったからだ。だが、その剣であり盾であったものが一つ、また一つと失われていくのだ。

 一人、また一人と『鋼牙』の暗殺者が殺される度、自分の足場に少しずつ、だが確実に罅が入っていくような気がして、デニスは動く事すらままならなかった。彼は、次々と減っていく暗殺者の末路をただ茫然と眺めるしかできなかった。


「さて、これで最後の様ですね」


 そして、恐怖に怯えるデニスを横目にアメリアは残酷な言葉を告げる。それはデニスの精神を限界まで追い詰める、最も大きな一言だった。


 アメリアは最後の一人に『煉獄の炎』を浴びせる。これにて、この屋敷にいた『鋼牙』の暗殺者たちは全滅、デニスを守る者はもう誰もいなくなってしまった。

 結局の所、『鋼牙』の敗因は殺しても死なない人間を暗殺しようとした事であった。

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