27 過去③

 アメリアが教会の騎士達に捕えられてから数日が経過していた。彼女は、捕まってから教会の地下にある牢獄に投獄されていた。

 彼女の手足は枷で縛られ、自由に身動きも取れない。こんな牢獄に身動きが全く取れない状態で投獄されたアメリアの精神は当然の如く衰弱していた。

 そんな時、突如としてアメリアが投獄されている牢の前に教会の騎士が現れる。騎士は牢の中に入ってくると、彼女の両足を縛っている枷だけを取り外した。

 どうやら、騎士はアメリアを何処かに連れて行く為に、両足を縛っている枷を外した様だ。

 

「おい、立て。これから移動するぞ」

「私を、何処に連れて行くつもりですか……?」

「審問場だ。今からお前の異端審問が始まるんだよ」

「異端、審問……?」

「そうだ。そこでお前が『魔女』かどうかを判断するんだ。早くしろ、とっくに準備は終わってるんだ。お前の到着を待っている者達が大勢いるんだからな」


 そして、足だけが自由になったアメリアは騎士達に半強制的に審問場へと連れて行かれるのだった。




 騎士達に審問場に連れて行かれると、そこには異端審問官数名と今回のアメリアの異端審問を見に来たであろう多数の傍聴人がいた。傍聴人の中には見覚えのある令嬢達もいる。アメリアはまるで自分が裁判に掛けられているような気分を味わっていた。

 実際、アメリアの感覚は間違いではないだろう。異端審問は裁判に等しいと言っても過言ではない。国が行うか、教会が行うか、その程度の違いでしかないのだ。

 アメリアは騎士に連れられて被告席まで移動していく。


「ではこれより、アメリア・ユーティスの『魔女』の嫌疑に対する異端審問を開始する!!」


 すると、異端審問官が異端審問の開始を宣言した。そして、次に述べられていくのはアメリアに対する数々の『魔女』の疑惑だ。


 この異端審問は教会が独自に行う裁判の様な物ではあるが、国が行う裁判と違う点が存在する。それは、国が行う裁判と違い被告には異端審問中に発言の権利を一切与えられていないのだ。表向きの名目は『魔女』の言葉には力が宿る、故にその力で異端審問官が操られない様にする為、という理由だ。

 だが、実情はそんな生易しいものではない。異端審問とは、言うなれば教会が自分達の目障りな者を排除する為に行われる大義名分のある私刑だ。そんな私刑に被告の反論を許す訳にはいかない。反論を許せば、それだけで異端審問は長引くからだ。教会の都合の良い様に異端審問を円滑に進めたいからこそ、普通の裁判と違い、異端審問には被告の発言が一切許されないのだ。

 この異端審問は只の茶番劇、あくまで形だけ執り行う裁判なのだ。アメリアの事を邪魔だと思った何処かの誰かが、この異端審問の裏にいるのだろう。


 異端審問官はアメリアにありもしない疑惑を次々と述べていく。だが、その全てがアメリアにとって身に覚えの無いものだ。その光景は、まるであの婚約破棄を告げられた夜会を彷彿とさせるものだった。

 当のアメリアは異端審問官の上げていく罪状を黙って聞いている。

 もし、ここで何かを反論しようものなら、すぐに後ろにいる騎士達に取り押さえられるだろう。そもそも異端審問に掛けられた時点で、処刑は決まっているも同然なのだ。異端審問に掛けられて助かった例など聞いた事が無い。だったら抵抗しない方がましだ。そんな無意味な行為をする必要が無いと考えたアメリアは只々沈黙を保っていた。


「以上の証拠を持って、アメリア・ユーティスを『魔女』として認定。明日、日の出と共にその処刑を行うものとする!!!!」


 そして、異端審問官が締めくくる様に高らかにアメリアの処刑を告げる。これでアメリアの処刑は確定的なものとなった。余程の事が無い限りこの決定は覆ることは無いだろう。

 そして、異端審問が終わったアメリアはそのまま再び牢獄に戻されるのだった。




 異端審問が終わり、処刑が確定したアメリアは牢獄に戻された。再び両足にも枷を付けられて、身動きが取れない状態となる。

 そんな時、こんな汚い場所には全く似つかわしくない豪華に飾り付けたドレスを身に纏った一人の金髪の令嬢がアメリアの捕えられている牢の前まで現れた。


「ふふっ、アメリアさん、お久しぶりですわね。どうですか、今の気分は?」

「マーシア、様……」


 アメリアの元まで現れた令嬢、それはマーシア・ファーンス公爵令嬢だった。だが、何故彼女がここにくるのか分からなかった。アメリアは、マーシアがこんな汚らしい場所には決して来ないプライドが高い令嬢だと知っていたからだ。


「ねぇ、『魔女』として明日処刑される今の気持ちはどうですか? 今の気持ちをわたくしに教えてくださいませんか?」

「……ここに来たのはどういった用なのですか?」

「折角なので、一つ面白い事を教えて差し上げようと思いましたの」


 マーシアは扇で口元を隠しながらも、顔に浮かぶ愉悦の笑みだけは隠せては無いかった。アメリアはマーシアのその笑みに不気味な物を感じる。


「貴女を『魔女』として告発したのは、わたくしですわ」

「なっ……」

「わたくし、ずっと貴女が目障りでしたの。ですから、お父様にお願いしたのですわ。貴女を排除したいって。そうすると、お父様は、教会に貴女が『魔女』であるという告発をすればいいと教えてくださいましたの」


 アメリアはマーシアにとってずっと目障りな存在だった。それは、アメリアが王太子であるヴァイスからの婚約破棄を告げられても、アメリアが目障りだと思う気持ちは全く変わらなかった。だからこそ、マーシアは教会にアメリアが『魔女』であるという告発をしたのだ。


「クスクス。ねぇ、アメリアさん。知っていましたか? 教会って、少しばかりの寄付をして、誰かを『魔女』だと告発すれば、その人に対する異端審問をすぐに執り行ってくださるのですわ」


 そう、教会も王国の上層部に負けず劣らず、かなり腐敗していた。今回の異端審問という茶番劇がいい例だ。

 異端審問といえば聞こえはいいかもしれないが、それは言い換えれば排除したい相手を、異端という大義名分を掲げて排除する為の手段の一つだ。そんな都合の良い物を貴族が利用しない筈がないだろう。

 貴族は教会に献金をして、教会はその見返りとして異端審問を行う。そんな腐敗している構造が今の教会の内情だった。

 更に言えば、教会の上層部は異端審問の見返りとして受け取る金銭でかなりの私腹を肥やしている。教会が行う異端審問は、今や教会の上層部が私腹を肥やす為の道具に成り下がっているのだ。

 今回の件も、アメリアを排除したいマーシアが、実家であるファーンス公爵家を通じ、教会に大量の献金をし、その見返りとしてアメリアを異端として処刑する、裏にそんな取引があったという事は想像に難くない。

 

 貴族側も金銭を支払うだけで、大義名分を掲げて目障りな相手を排除できるのだからこれほど便利なものは無いだろう。実際、現状の貴族と教会の上層部の癒着はかなり酷いものだった。今回の異端審問はその典型例と言えるだろう。


「この異端審問は、全て……」

「ええ、全て、わたくしが貴女を排除したいと思ったから始まったのですわ」

「そん、なっ……」


 つまり、これは徹頭徹尾全てが茶番、最初からアメリアを排除する為に仕組まれた事だったのだ。そして、その全ての始まりは目の前にいるマーシアがアメリアを排除したいと思ったからに他ならない。

 全てが仕組まれていたと知ったアメリアの表情は絶望に染まる。それを見たマーシアは満足げな表情を浮かべて、扇の奥でクスクスと笑った。


「ふふふふっ、貴方のその絶望する顔が見られただけで満足ですわ。わたくし、明日の処刑を楽しみにしておりますの。では、ごきげんよう、アメリアさん」


 そして、絶句するアメリアを尻目に、マーシアは満足げな笑みを浮かべたまま牢獄から立ち去るのだった。




 とうとう時刻は夜を回った。あと半日もしない内に彼女は処刑されるだろう。ここで寝れば、起きてすぐに処刑される事になる。


(私の命もこれまでの様ね……。ここで寝てしまえば、次に起きたら死刑台の上、かしら……)


 この異端審問という茶番劇は全てが仕組まれていたモノだった。つまり、アメリアは嵌められたのだ。ここまで来てしまえば、もうアメリアの命は風前の灯火であった。最後にアメリアが思い残すのはルナリアの事だ。


(どうしてルナが裏切ったのか、それを知れなかった事が一番の心残りね……)


 だが、その答えを知っているルナリアはここには一切姿を見せなかった。


(お父様、お母様、私の命は明日で終わりの様です。あの世で、お二人の無事と無罪をお祈りいたします)


 アメリアは明日で自分の命が終わる事を確信し、最後に両親の無事を祈った後、眠りに着こうとしたその時だった。

 アメリアが捕らえられている牢獄の前に、突如として一人の女性が現れたのだ。


「お嬢様、ご無事ですか!?」

「メイ、ア……?」


 アメリアが捕らえられている牢獄の前に現れたのは、アメリアの侍女を勤めていたメイアという女性だった。

 メイアは、実はアメリアの侍女兼護衛という役割を務めており、戦闘能力は意外と高い。教会の騎士に囲まれたあの時は数が違い過ぎたのでどうしようもなかったが、こういった潜入に関しては特に適性が高いのだ。今回もその能力を生かしてここまで侵入してきたのだろう。

 メイアの姿を見たアメリアは、彼女が助けに来てくれたのだろうと思った。その瞬間、アメリアの絶望に染まっていた心に一筋の希望が生まれる。


「遅れてしまい申し訳ありません!! すぐにお嬢様をそこから解放いたします!!」


 メイアは懐から鍵束を取り出して、アメリアが捕らえられている牢獄の扉を開けた。どうやら、メイアは何処からか鍵を盗み出して、ここまで来た様だ。彼女はそのままアメリアの元まで駆け寄っていき、アメリアに付けられている手枷足枷の鍵を次々と解いていく。そして、アメリアは全ての戒めが解かれた事で身体を自由に動かせるようになった。


「もう時間がありません!! 早く逃げましょう!!」

「わ、分かったわ!! でもこれからどうするの!?」

「お嬢様を慕う者達がこっそりと亡命の準備を進めています!! 彼等と合流し隣国まで亡命いたしましょう。そこでお嬢様の親類の貴族を頼るのです!!」


 その後、アメリアとメイアは教会の牢獄から抜け出し、彼女を慕う者達と共に隣国までの逃避行を始める。だが、ここからアメリアの苦難は更に激しさを増していく事をこの時の彼女達はまだ知る由もなかった。

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