21 第一章エピローグ

「ここに来るのも、本当に久しぶりですね……」


 第一の復讐を終えたアメリアがいた場所は、かつて彼女が王都で暮らしていたユーティス侯爵邸の跡地だった。

 跡地の名の通り、この場所に建てられていた筈の屋敷は既に取り壊されており、もうその残骸すら残されていない。


「本当に、本当に何も残ってはいないのですね」


 子供の頃に遊んだ庭も、家族の思い出が詰まった屋敷も、何もかもがもう既に無くなっている。何処がどの場所にあったのかさえ今のアメリアにもおぼろげにしか分からない程に真っ新な更地になっていた。

 この場所の新たな所有者がいるのだろうか? それとも、国家への反逆を企てた貴族が所有していた屋敷があった場所など誰も手を出さずに所有者が誰もいない状態なのだろうか? そんな事すらアメリアには分からない。


 ただ、今のアメリアには赤の他人にこれ以上、この地を土足で踏み入れられる事など耐えられなかった。だから、彼女はこの場所に自分が作る事が出来る中でも、最も強力な結界を張った。

 恐らくは、彼女の死後であってもこの場所に入れる者は誰もいないだろう。結界には内部の劣化防止の能力も付与してある。この場所は、結界が解けるまで永遠に何も変わらず、このまま残り続けるだろう。


 そして、アメリアは敷地の片隅に手製の墓標を作っていく。全て、アメリアを生かす為に犠牲になった護衛や侍女達への弔いの物だ。

 作り上げた無数の墓標の一番先頭には一際大きな墓標が二つ並んでいる。この二つの墓標は言うまでも無く、アメリアの両親の為の物だ。

 墓標といっても、この下に死んだ者達の亡骸が埋まっている訳では無い。ただ、少しでも彼等の慰めとなれば、と思い作っただけだ。

 せめて、あの幸せだった日々を過ごしたこの場所に皆を帰してあげたかった。ただその一心で、この墓標を作り上げたのだ。


 だが、出来上がった墓標を見てアメリアの心に浮かぶのはとてつもない程の無力感だけだった。


「今の私には死者の蘇生すらできるというのに、どうしてこれほど無力なのでしょうね……」


 今のアメリアには死者を蘇生する事も出来、その為の術も複数ある。だが、アメリアの使える死者蘇生にはどうしても最低条件として蘇らせたい者の遺体が必要になる。いくら死者を蘇生できるからといっても、その蘇らせたい者の遺体が無ければどうしようもないのだ。

 その為に必要な両親の遺体は既に火葬されて、灰となり世界中に飛び散っている。故に、両親の蘇生はどうあがいても絶対的に不可能なのだ。

 彼女の為に死んだ護衛や侍女も同じだ。彼等の遺体は何処にあるかもわからない。両親と同じく火葬されたのだろう。そうなればアメリアでもどうしようもない。

 死者すら蘇らせる力を持つのに、自分の大事な人達だけはどうあがいても蘇らせる事が出来ない。これ程、無力感に苛まれる事は無いだろう。


 そして、出来上がった墓標の前にアメリアは手を合わせた。


「お父様、お母様、貴方達を処刑した黒幕への復讐は終えました。まだ、裏切り者達は数多く残っていますが、それでも最大の黒幕はもうこの世には残ってはいないでしょう」


 アメリアは両親の墓標を前に、今迄あった全ての出来事をゆっくりと語っていく。それは、アメリアにとっても自身のここまでの旅路の振り返りでもあったのだろう。


「それと、これも取り返しておきました」


 アメリアは懐から指輪二つを取り出すと、それぞれを両親の墓標の前に置いた。この指輪は彼女の両親の結婚指輪だったが、処刑される時に国に没収されてしまっていた。それをアメリアが取り返してきたのだ。


「二人の大事な物だったのですよね。いつも身に着けていましたよね」


 両親はこの指輪を自分達が一番大事にしている物だと教えてくれた。両親の形見でもあるこの指輪はやはりこの場所にあるのが一番だろう。それ以外の場所にあるなどアメリアには考えられなかった。


「……お父様、お母様、皆、せめてこの瞬間だけは、弱音を吐かせてください」


 誰も、誰も見ていないこの瞬間だけ、アメリアは弱音を口にする。それは紛れもなく彼女の本心であり、心の慟哭でもあった。


「どうして!? どうして私も連れて行ってくれなかったんですか!? もうこの世界にいたくない。二人が、皆がいない世界なんてもう耐えられない!! 私も皆と一緒に逝きたかった、私だけがこの世界に残りたくなかった!! どうして連れて行ってくれなかったんですか!? もう耐えられないの、もう生きていたくない、死にたいの!!」


 そう、アメリアは結局の所、死にたいのだ。大切な何もかもが失われ、全てが無くなったアメリアにはこの世界にいる事はもう耐えられないから。

 だけど、安易に自殺する事も選べない。それをすれば、命を犠牲にして自分を守ってくれた者達の思いを裏切ってしまう事になってしまう。裏切られ続けたアメリアには、彼等の思いを裏切る事など到底できなかった。だから、自殺をする時は、どうしようもない程に追い詰められた時だけだと決めていた。

 それは力を手に入れ、復讐という目的が出来ても変わらなかった。だから、死を求めていたアメリアは自分の死に復讐対象全てを道連れにするという選択したのだ。裏切り者達がのうのうとこの世界に居座る事も耐えられないから。だからこそ、復讐対象が苦しんで、苦しんで、泣き叫びながら地獄の底まで落ちていく為ならどんな代償も支払おうと決めていた。

 アメリアは復讐の果てに死が待っていようとも構わないと思っている。いや、それこそ彼女にとっての本望だろう。


 だが、同時に彼女の心の奥底ではほんの少しだけ、復讐途中で命を落としても構わないという思いも抱いている。何故なら、それは自殺ではないから。早く死んで、皆がいなくなったこの世界に別れを告げたいから。

 だからこそ、寿命という代償を支払ってマーシア達を蘇生させた様な、自分の命を蔑ろにした様な使い方をする。

 復讐を成し遂げたいが、心の奥底では早く死んでこの世界に別れを告げたい、その様な矛盾が彼女の心の中に渦巻いている。

 その結果、今のアメリアは復讐という行為そのものに自分の死をも見出してしまったのだ。


 そして、アメリアは弱音を口にした後、ただただ両親の墓標に手を合わせる。そんな時、彼女の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。その涙はまるで、彼女の慟哭を慰める様な、そんな不思議な涙だった。


「……お父様、お母様、どうか、どうか安らかにお眠りください」


 最後に、両親への鎮魂の思いを告げたアメリアは、墓標に背を向け歩き出す。


「さぁ、復讐劇の第二幕を始めましょう。皆様、どうか引き続きご観覧くださいませ」


 復讐すべき相手全てを地獄の底に叩き落すまで、アメリアの復讐は止まらない。その果てに、自分自身の死が待ち受けようとも。

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