第139話バルゥの想い 其の二

 おかしな展開になった。桜を救いに来たはずが、俺は今バルゥと一緒にコーヒーを飲んでいる。

 気分を落ち着かせるためにもコーヒーを一口…… 

 少し甘味を感じさせる香り、口に含むと苦みより酸味を感じさせる。

 間違いない。これはブルーマウンテンだ。


「美味いな。飲むのは久しぶりだ」

「はは、それは良かった。アメリカのコーヒー専門店で見つけた最高級品だ。収納魔法のおかげで鮮度を損なわず保管出来る。だが備蓄が少なくなってきてな。もう一度地球に仕入れに行ってもいいかもしれん」


 アメリカにも行ったのか…… こいつ底が知れないな。

 俺はコーヒーを飲み干す。喉の渇きも癒えた。


「話の続きだ。お前は日本に転移して、原爆投下の場面を見た。それで世界を壊そうって決意したんだよな? 世界を壊すって…… 

 何を考えてる? 個人でそんなことが出来ると思ってるのか?」


 バルゥもコーヒーを飲み干す。

 カップの中のコーヒーを自分のカップに注いだ後、俺にお代わりを勧めてきた。


「飲め。話はまだあるからな。私は広島を覆うキノコ雲を見て感じた。絶望を…… だが一つだけ希望も見つけたのだ。この世界には私が望むものがあるはずだと確信した。

 私は同船していた部下を皆殺しにして一人日本に降り立った。目立たぬよう変化の魔法を使い、耳を隠し、日本人になりすましてな。

 世界大戦が終わり、渡航制限が解除された時、私は原子爆弾を作り出したというアメリカに渡った。そこで多くを学んだよ。

 その中で世界をやり直す方法として選んだのが…… 膜宇宙論だ」


 膜宇宙? テレビの宇宙特番で見たことがあるな。

 文系の俺にとっては何のこっちゃがよく分からなかったがね。


「あれだろ? ひも理論だか何だかで生まれた説だったよな? 俺達が住む宇宙とは別の宇宙があって、俺達とは違う世界があるっていう……」

「はは、知っていたか。あまり理解はしていないようだがお前が私の世界にいるということが膜宇宙を証明しているとは思わないか?」


 たしかにそうだ。転移転生なんてものは違う宇宙に飛んだってことなのかもな。

 でもネグロスは異世界に任意で転移出来るんだよな。

 これはどういうことなのだろう。そしてこれが世界を壊す? 膜宇宙論を使って? 

 いや…… 分かったぞ。特番の内容はよく分からなかったが、一つだけ鮮明に覚えている物が……


「ビッグバン。そうだな?」

「知っていたか。そうだ。膜宇宙同士を衝突させる。そうして世界は消滅、再生を繰り返してきた。私は世界を壊す。そして生み出すのだ。新しい命を。やり直すのだ。世界をな。その世界を私の思う理想郷に作り上げる。争いの無い…… 誰もが幸せに暮らすことの出来るエデンを……」


 膜宇宙同士が衝突することでビッグバンが発生する。

 だがそれは宇宙の膨張が関係していて、個人の力で任意で引き起こすことなんて……


 そういえば…… バルゥは言っていた。

 ルカを殺した理由を。

 一つは転移船の起動方法が分かったこと。

 そしてもう一つは俺達がこの国に来たということ。


「お前が世界を壊すことと、俺達がこの国に来たこと。これが何か関係あるのか?」


 俺の言葉を聞いてバルゥの表情が暗くなり、すっかり冷めたコーヒーを一口飲んでから語りだす。


「異世界転移。お前も知っているだろう。転移する方法も説明した通りだ」

「あぁ。生贄が必要なんだろ? 発動には触媒となる者の魔力が必要だって」


「その通り。空間転移には莫大なエネルギーが要る。その為にも触媒となる者の魔力の他に命を使わねばならん。

 お前知っているか? 人は死んだ時に体重が減ることを。だがな、アルブの民は逆なのだ。我らの生命というのはマイナスの質量を持っている。これはお前の世界で学んだことなんだがな。

 マイナスの質量を持つ物質をお前達の世界ではエキゾチック物質と呼ぶ。それを使う。エキゾチック物質をエネルギーにすることで空間と空間を繋ぐワームホールが出現する。

 これが転移の正体だ。だが、ビアンコの民を触媒にするだけでは異界に転移するだけしか出来ない。膜宇宙を衝突させられるだけのエネルギーを満たせないのだ……」


 訳の分からん単語が飛び交う。

 バルゥの目的を果たすには今までの触媒では足りないらしい。

 まさか…… いや、そのまさかだろうな。

 ここでバルゥの言った言葉が理解出来た。つまり……


「お前は俺と桜を触媒に使うつもりか……?」

「…………」


 バルゥは静かに頷く。悲しそうな目をして……


「すまん…… この世界に稀に迷い人という異世界からの客人が現れることがある。その者は大いなる力を持つ。聖女リアンナ然り、お前達然りだ。

 迷い人は我らと同様の魂を持つ。いや、それ以上か……

 お前達が触媒になってくれたなら膜宇宙同士を衝突させることが出来るはず。お前達には悪いが…… 我が理想のために命を貰わねばならん……」


 なるほどね…… これで全部理解出来たわ。

 バルゥは世界を憂い、一度世界をやり直す。

 でもその為には触媒となる俺と桜の命が必要って訳か。

 納得いったよ。


 でもな……

 

 黙って命を差し出すとでも思ってるのか!!


「お前の気持ちは分かった。基本的には良い奴だ。世界を憐れむ気持ちも分かる。でもな、やっぱりお前とは相容れない。俺はお前が間違ってると思う。

 確かに人は馬鹿だよ。俺も含めてな。俺の世界でも争い事ばかりだよ。場合によっちゃ子が親を、親が子を殺すことだってある。歴史なんてのは死の上に成り立ってるのかもしれない。

 でもな…… それでも人は前に進んでるんだ! 三歩進んで二歩下がる。それが人の進歩だ。少しずつでも前に進んでるんだよ! それをお前に絶望に巻き込むんじゃねぇ! お前自身が世界を変えようと思ったことは無いのかよ!? 

 嫌だから初めからやり直すなんてガキの考えだ! そんなガキの考えに付き合ってられるか!」

「はは…… ガキか。そうかもしれん。だがな、私が産まれてから数千年…… 多くの死を見続けてきたのだよ。人の愚かさもな。私が若い時にお前のような男と出会えていれば考えも変わったかもしれんな。

 だが…… 考えを変えるにはいささか歳をとり過ぎたようだ。お前が納得して触媒になってくれるとは思っていない。ならば…… 力で従わせるのみ!!」


 バルゥは立ち上がり、剣を抜く。

 戦いの時が来たか。


「心配するな。例え死んでも数時間なら体を触媒として使うことが出来る。お前が死んでも娘も触媒として後を追わせてやる」

「死ぬ気は無いんでな。その気遣いは無用だ」


 俺は高周波ナイフとハンドキャノンを構えつつ分析を発動。

 俺のレベルも上がった。攻撃が通りさえすれば勝機はあるはずだ。



名前:バルゥ

年齢:6421

種族:アルブ・ネグロス

Lv:509

DPS:1093477

HP:890622 MP:203630 STR:786501 INT:108521

能力:剣術10 武術10 全属性魔法10

異界の知識10 限界突破



 なに!? DPSが百万を超えている! 

 以前こいつのDPSは五十万程だったはずだ…… 

 分かった、限界突破か。これがバルゥの能力を底上げしているのだろう。

 対して俺のステータスは……



名前:ライト シブハラ

種族:人族

年齢:40

Lv:211

DPS:32247

HP:3E+7 MP:3E+7 STR:3E+7 INT:3E+7

能力:剣術10 武術10 創造 10 料理10 結束 分析10 作成10 障壁10 閃光10 指圧10 

魔銃10(ハンドキャノン ショットガン ロケットランチャー スナイパーライフル アサルトライフル TLS)

特殊:血の輪舞 アルブの恩恵8 守護者 CQB 破殴拳

亡き妻の加護:他言語習得 無限ガソリン 無限メンテナンス 無限コーヒー 無限タバコ サイドカー 馬力向上



 DPSは三万か。ダメージは充分に通る。勝ち目はあるな。

 なら自分を信じて戦うだけだ。


 俺はCQBの構えをとる。


「準備は出来たようだな。負けるつもりは無い。己が理想のためにお前を倒す」

「そうか。なら俺は家族のために戦おう。かわいい娘達の未来と将来の嫁さんとの明るい未来のためにな」


「ははは! そうか、ならばお互いの想う未来を賭けて!」


 バルゥも剣を構え…… 


「「勝負!!」」



 バルゥの剣と俺の高周波ナイフが火花を散らす。



 最後の戦いが始まった。

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