第104話結局……
別れの朝がやって来た。
この数日、俺達は心残りが無いようチシャと思いっきり遊んだ。
チシャがやりたいと言ったことは何でもやった。
楽しかった…… 一緒に料理したり、勉強したり。
チシャが入りたいと言ったのでプールも再び作ったりしてな。
チシャと遊びながらも隙を見て
全ての準備は整った。後はこの国を出るだけだ。
だがそれはチシャとの別れの時が来たことを意味する。
そのチシャは俺の隣で気持ちよさそうに寝息を立てている。
昨日も一緒に寝たんだよな。
いつもだとフィーネが嫌な顔をするのだが、今回ばかりは快くその役目を譲ってくれたようだ。
「チシャ、起きな」
「ん…… お父さん…… おはよ……」
「おはよ。ほら、着替えて」
ベッドから起きて二人で着替える。今日は二人で朝ご飯を食べる約束をしてたんだったよな。
最後ではないだろうが、この食事が終わったらしばれくチシャと食卓を共にすることはない。
だが特に豪勢にいこうとは思わない。敢えていつも通りの料理を作る。
パンを焼いて、ソーセージと目玉焼き。
俺はブラックコーヒー、チシャはミルクたっぷりのカフォオレを用意した。
テーブルに特製のモーニングを並べる。
「食べようか」
「うん!」
二人で朝ご飯を食べる。幸せの食卓。
ここ最近四人で食べることが多かったけど…… これから三人になるのか……
複雑の思いの中、朝食を終える。
俺は昨日のうちに旅立つ準備は終えている。
世話になった人に挨拶に行かないと。
部屋を片付け、クロンがいる地下の会議室に行く。
そこにはクロンとアーニャ、ノアが居て俺達を出迎えてくれた。
「ライト殿…… 行かれるのですね……」
「あぁ。色々と世話になったな。それと…… チシャのことよろしく頼むぞ……」
これからチシャはクロン達と過ごすことになる。
同じ獣人同士だ。悪い扱いは受けないはず。
「ライト殿。チシャのことはお任せ下さい。ですが、この子はあなたを親と慕っているのは聞いております。必ず…… 必ず迎えに来ることを約束して下さい」
「分かった…… それじゃ俺は行くよ」
「道中お気をつけて…… あなたに聖女リアンナの加護があらんことを」
リアンナには、こないだ会ったばかりだけどな。
今思うとこの国では色んなことがあったな。
奴隷という存在を知り……
チシャと出会い……
フィーネと結ばれ……
聖女リアンナとして生きた転移者の杏奈に会った。
そして今度はチシャと別れなければならない。
いい思い出も嫌な思い出も混在している。
総合的に考えるとこの国に来て良かったとは思うけどね。
クロンと別れを告げ会議室を出る。見送りにノアが来てくれるようだ。
地上に上がる道中でチシャが抱っこを求めてきた。
「いいよ。おいで」
「うん……」
チシャを抱っこする。しっかりと抱きついてくる。
チシャ…… 俺も寂しいよ……
チシャを抱いたまま地上に上がると、桜とフィーネが俺達を待っていた。
俺はチシャを下ろす。桜は目にいっぱいの涙を溜めてチシャを抱きしめる。
「チシャちゃん…… ちゃんとごはん食べるんだよ、クロンさんの言うことを聞いていい子にして待ってるんだよ……」
「サクラお姉ちゃん…… あのね…… 怪我を治してくれてありがとう…… とっても嬉しかった……」
そうだ。チシャが俺達とついてくるきっかけを作ったのは桜だったもんな。
チシャは桜が大好きだ。俺以上にチシャの面倒を見ていたのは桜だしな。
二人はひしと抱き合う。今度はフィーネがチシャを抱きしめて……
「チシャ…… 私の仲間を助けたら迎えに行くからね。そしたら二人でライトさんの帰りを待ちましょ? だから少しだけ待っててね……」
「フィーネお姉ちゃん……」
そうだ。フィーネも最終的には置いていかれる側なんだよな。
俺はこの世界に帰ってくる。
だがアルブ・ネグロスが持つ転移船がどういう物かも知らず、必ずこの世界に帰ってこれるかどうかも分からない。
不安に思ってるのはフィーネも一緒なんだよな……
フィーネはチシャへの別れの言葉を終える。今度は俺の番だ。
しゃがんでチシャと目線を合わせる。
「おいで」
「お父さん……!」
チシャが俺の胸に飛び込んでくる。
俺はチシャをしっかりと抱きしめる。
離れたくない。それが俺の本音だ。
連れて行きたい。この子とも家族になりたい。
だがそれを達成するには苛烈な戦いに勝利する必要がある。
チシャを護りながら戦うことなど俺には出来ないだろう。
もっと強くならなくちゃ……
フィーネの仲間を救い、一度日本に帰り、そしてみんなで家族になる。
だから……
少しの間だけ……
待っててくれ……
チシャのおでこにキスをする。
目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「行ってきます……」
「…………」
チシャは声に出さずに泣いている。
最後にチシャの涙を拭ってあげてから……
「桜! フィーネ! バイクに乗ってくれ!」
二人は名残惜しそうにチシャを見てからバイクに跨る。
そして俺は後ろを振り向くことなくバイクを北に向け走らせ始めた。
チシャ…… 必ず迎えに行くからな……
ブロロロロッ……
どのくらい運転したのだろう。気が付くと辺りは夕闇に包まれていた。
後ろから桜が俺を呼ぶ声が聞こえる。
「パパ! 今日はこれぐらいにしておこうよ!」
桜の声を聞いてバイクを停める。二人はバイクを降りて……
「ライトさん? どうしたんですか? 話しかけても黙ったままで…… 具合悪いんですか?」
「え? 何か言ってたのか? 全然聞こえなかった……」
うわの空だったのだろうか。
そうだよな。時計を見るともう六時だ。
気付かないうちに八時間以上バイクを走らせていたのか。
「すまなかった。お前達も疲れただろ? 今日はここで一泊しよう」
作成で地下室を作る。最近はテントで寝ることが無くなった。
砂漠だとテントは暑くってな。
今日は料理を作る気力も無いので桜におにぎりを出してもらう。
適当に食事を済ませる。あとは寝るだけだ。
横になった途端に眠気が襲ってくる。俺も疲れてるんだな……
「おやすみな……」
二人の返事を聞く前に俺は寝てしまった。
◇◆◇
『来人。起きなさい』
俺を呼ぶ声がする。誰だ? 俺はまだ眠いんだ……
そのまま眠ろうとするが、何かが俺の鼻を舐めてくる。
ザリザリした感触。猫の舌だな。
目を開けると昔飼っていた猫がそこにいた。先日夢で会った猫だ。
「どうした? もう会えないかと思ったよ」
『私もよ。でもあなたが心配でまた会いに来ちゃったの。ねぇ来人。あなた、迷ってるでしょ? チシャを置いていったことであなたは苦しんでいる』
「なんだよ…… お前、俺の選択を尊重するって言ってたじゃないか。それともやっぱりチシャを連れていけなんて言う気じゃないよな?」
『事と次第によってはそう言うかもしれないわ。あなたは正しい選択をしたと思う。でもね、それはあなたが本当にしたかったことなの?』
何を今更…… 俺はチシャの幸せを願って泣く泣く置いていくことを選んだんだ。
「そうだ。これがチシャの為にもなる。俺は間違ってな……」
『嘘。それはあなたの本音じゃない。大人としての仮面を被った仮初の言葉。誰かのためとかじゃない。あなた自身がどうしたいか。それが重要なの』
俺の本音……? だがそれを言ったところで何の解決にもならない。
危険な戦地にチシャを連れていくことなど出来やしないんだ。
「でもさ。お前はそう言うけど、俺はチシャを護れるかどうかも分からないんだぞ。もしチシャの身に何かあったら……」
『それは離れていても一緒。安全だと思ったあの場所に置いていったチシャが死んでしまったらどうするの? きっと後悔するわよ。私が死んだ時みたいにね……』
そうだな。俺はこいつの死に目に会えなかった。
俺の人生の中で最も後悔していることの一つだ。
でも…… 俺はどうすればいい?
大人としての判断に従いチシャをアジトに預けておくか。それとも……
猫はそんな俺を見て……
『来人。こういう時は直感に従えばいい。もしそれが間違っていたとしても受け入れられるはずだから。その直感がチシャをそのままにしておくことを選ぶのであれば何も言わないわ。でも今のあなたはどっちを選んだとしても後悔する気がしてね。あなたのことが心配なの。だからまたあなたに会いにきたのよ』
お前…… 猫のくせに生意気だな。ははは、でも目が覚めたよ。俺のやりたいことか。
「ありがとな。またお前に救われたよ」
『そう、良かったわ。あなたの顔を見れば分かる。本当にしたいことを見つけた時の顔ね』
「全く…… 俺の母さんじゃないんだから……」
『ふふ、そうかしら? 私はあなたの子であり母であり、恋人のつもりだったけど?』
そういやこいつは俺が大人になってもトカゲやらモグラやらを捕まえてきては俺にプレゼントしてくれたもんな……
怒るに怒れずに、対応に困った覚えがあるわ。それにしても恋人とまで思ってくれていたとはね。
はは、飼い主冥利に尽きるってもんだな。
『それじゃ私は行くわね。来人、また会いましょうね』
「あぁ。じゃあな。タマ……」
『ふふ。名前を呼んでくれたわね。嬉しい……』
そう言って猫は光に溶ける。
俺のやりたいことか。
目が覚めたらチシャを迎えに行かないとな!
愚かな選択だとしても構わない。腹はくくった。
何があろうと桜もフィーネもチシャも俺が護る!
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