第100話成仏
ナタールにある宿、ファザン亭。今日はここで一泊だ。
ルチアーニが宝石の換金を申し出てくれたので、それに甘えることにしたが、なんせ七十億オレン以上の金だ。
用意するのに時間がかかるだろう。
なので俺は半日の猶予を与えることにした。
首都ナタールを訪れるのは三回目だが、泊まるのは初めてだな。
宿に入ると獣人の女の子が出迎えてくれた。とても嬉しそうに笑ってるな。
「いらっしゃいませ! お泊まりですか?」
「あぁ。そうだな、二部屋空いてるかな?」
「二部屋? 一部屋じゃなくていいんですか?」
体はフィーネだが、今は杏奈が体を支配しているからな。
中身は十代の日本人の女の子だ。俺みたいなおっさんとベッドを共にさせる訳にはいかん。
獣人の女の子の案内で部屋に行く。
この子は終始笑っているのだが…… 理由は恐らく……
「ずいぶん楽しそうだな。良いことでもあったのか?」
「はい! 先日法皇様が私達奴隷に対しての暴力の一切を認めないと宣言なさったんですよ! あれ? お客様はこの国の人じゃないんですか?」
この子の笑顔の理由、想像した通りだったな。
暴力から解放され、安心して生活出来る。
それだけでもこの国、いや、奴隷達にとって大きな進歩だろう。
「そうか、それじゃお祝いだ。取っておきな」
俺は財布から銀貨を一枚取り出し、女の子に渡す。
「一万オレンも! だ、駄目です! 御主人様に叱られてしまいます!」
「なに、それぐらいいいだろ? 心配なら帰る時に主人に一言いっておくよ。だからね…… もらっておいてくれ」
「は、はい…… うふふ……」
女の子は困った様な、嬉しい様な、複雑な表情を浮かべ下がっていく。
さて、ゆっくり休むか。
「杏奈、俺はもう休むが君はどうする?」
『わ、私ですか? どうしようかな…… 興奮して眠れないかも……』
「そうか、眠れなくても横にはなるんだぞ。それじゃ俺も部屋に行くかな」
『え? 来人さん、行っちゃうんですか? あの…… その……』
ん? 杏奈がモジモジしてる。
ははーん。分かったぞ。今度こそ……
「トイレなら……」
『違いますったら! なんで私が言葉を詰まらせたらトイレだって思うんですか!?』
なんだ、違うのか。女心は分からんな。
『あの…… 一緒にごはん食べに行きません?』
ごはんか。そういやお腹も空いたな。
今夜は簡単に済ませてさっさと寝るつもりだったが…… まぁいいか。
「いいよ。でも俺さ、この町の美味しいレストランとか知らないけど…… それでもいい?」
『はい! それじゃ準備してきますね!』
杏奈は嬉しそうに部屋に入っていく。それじゃ俺も支度をしますかね。
三十分後……
さて、杏奈は支度出来ただろうか? 女の子は出掛ける前の身仕度に時間がかかるからな。
杏奈の部屋をノックすると……
『はーい、どうぞー』
中に入ると、お化粧バッチリ、髪も綺麗に結わえたフィーネ…… いや、杏奈がいた。
『うふふ。フィーネさんって美人ですね。羨ましいです』
「そ、そうか。まぁ確かにかわいいとは思うが……」
『ほら、来人さん! 行きましょ! お腹空いちゃいました!』
杏奈は強引に俺と腕を組んで宿を出る。
フィーネは恋人だから問題無いが、中身は杏奈なんだよな…… 大丈夫かな?
杏奈と腕を組みつつ町を歩く。
時折、通り過ぎる人が俺に奇異の視線を投げかけてくるのはフィーネが人族ではないからなんだろうな。
『ふふ、みんな私達のこと見てますね。美男美女カップルだからですね!』
「違うだろ…… さて、どこの店に行くか…… お? あそこはどうだ?」
視線の先に食堂らしき看板が見える。
通行人の視線も痛いのでさっさとごはんを食べて宿に戻るか。
店に入ると中は夕食時なのだろう。多くの客でごった返している。
俺達に気付いたウェイトレスが笑顔で寄ってくる。
「いらっしゃいませ! お二人様ですか?」
「あぁ。席は空いてるか?」
「申し訳ありません。只今満席でして…… そうだ! 個室のお席でしたらご用意出来ますが…… 別料金がかかりますが、いかがでしょうか?」
個室か。普段ならお断りするところだが、今日は時間も無いし。そこで良しとするか。
「頼むよ」
「はい! こちらにどうぞ!」
ウェイトレスに連れられ食堂の二階に。
そこは全て個室専用スペースとなっているようだ。
中は八畳ほどの大きさ。窓も付いており、明かりの灯った大聖堂が見える。
綺麗だな…… 中で奉られてる神様はアレだが。
「お料理はいかがされます?」
「そうだな…… 一人一万オレンで適当に見繕ってくれないか? この国の料理に詳しくなくてさ」
「はい、かしこまりました! おかけになってお待ち下さいね!」
注文もしたし、後は料理が来るのを待つだけ。
おや? 杏奈が窓の外を見ている。
『うわぁ…… 綺麗……』
「そうだな。でも杏奈が生きてた時も大聖堂は見たことあるだろ?」
『そうですね、でも千年前ですし、当時は建設の途中で、あまり綺麗な建物っていう印象はありませんでした』
しばらく二人で夜景を楽しむ。
ふと昔を思い出す。大学生の頃の思い出だ。
かみさん…… 凪とよく夜景を見に行った。
二人とも高いビルの上から見る東京の夜景が好きだった。
他のお客に見つからないよう、こっそりキスなんかしてな。
夜景を楽しんでいるところ、ノックする音が。
「失礼しまーす! お料理お持ちしました!」
「ありがとう。杏奈、食べようか。夜景は後だな」
『はい! もうお腹ペコペコです!』
席について食事を始める。
テーブルに乗ってるのはサラダと前菜なんだろうな。さて頂きますかね。
◇◆◇
『それで、奥さんとはどこで知り合ったんですか!?』
「大学の一般教養の授業でさ、俺も凪もいつも同じ席に座ってたからね。気になって声をかけたのさ。そこから付き合いが始まったな」
『いいなー。私も大学行ってみたかったー……』
食事を終え、お茶を飲みながらお互いの思い出を話す。
杏奈は俺の話を夢中になって聞いている。
『それで!? 告白はどっちから!?』
「俺だよ。でも凪も俺のことが好きだったって言ってたな」
『いいなー。両想いだったんですね…… 羨ましいです……』
今度は俺から質問だ。杏奈にこれを聞くのはかわいそうだが……
「すまないが話を変えるぞ。杏奈、君の心残り…… もう満たされたんじゃないか? そろそろフィーネから離れることは…… 出来そうか……?」
『はい…… 私がやろうとしたこと。この国の奴隷に自由を与えることは来人さんがやってくれましたからね。思い残すことはありま…… ごめんなさい…… 一つだけあるんです……』
心残りがまだあるのか。
早くフィーネを解放してあげたいのだが、杏奈自身も助けてあげたいのも事実だ。
最後まで彼女のやりたいことをしてあげよう。
「俺に出来ることがあれば何でも言ってくれ」
『ふふ、フィーネさんを早く助けてあげないといけませんもんね』
「そうだな。でも杏奈を助けたい気持ちもある。同じ日本人だしな」
『そうですか…… 来人さん、一緒に夜景を見ませんか?』
また夜景を? 別に構わんが。
二人窓辺に移動に夜景を眺める。
スッ……
ん? 杏奈が俺に寄り添ってきた。
いや、寄り添って来たんじゃなくて、抱きついてきたんだが……
『…………』
「杏奈……? ん!?」
チュッ
キスをされた…… 唇を軽く合わせるだけの軽いキスだ。
杏奈の鼓動が伝わってくる。
緊張か興奮か分からんが、とにかくドキドキしている。
ゆっくりと杏奈の唇が離れて行く……
「杏奈……?」
『ふふ…… これでもう思い残すことはありません…… 私の心は満たされました…… 意識が遠くなっていくのを感じます……』
「そうか…… ここでお別れなんだな」
『はい…… 来人さん…… 迷惑をかけてごめんなさい…… でも…… 来人さんに会えて嬉しかったです……』
「俺もだよ……」
そう言って杏奈を抱きしめる。中にいるのは十代の日本人の女の子だが……
この子の気持ちは伝わった。最後だ。彼女を満足させたまま逝かせてあげたい。
『来人さん…… 光が見えます…… 私はあそこに行くんですね……』
「あぁ…… きっと天国だ。杏奈、君は頑張ったよ。だからもう休んでいいからな……」
『はい…… あの…… 来人さん…… あの…… その……』
「なんだ? モジモジしちゃって。トイレか?」
『ふふ…… 違いますよ…… もう一度キスしてもいいですか……?』
「…………」
答えない。行動で示すのみだ。杏奈の顔に手を添えて……
チュッ
口付けを交わす。
『ん…… 嬉しい…… 来人さん…… 好き…… です……』
フィーネの体から幽体となった杏奈が抜け出す。
その姿…… 黒髪の笑顔がかわいい女子高生か。
杏奈は俺に向かって口を大きく開く。
あ り が と う
ははは、どういたしまして。
じゃあな、杏奈。
ゆっくり休んでいいからな……
杏奈の幽体は微笑んだ後、虚空に消え去った。
さようなら杏奈……
「ん……? ライトさん? あれ? ここは?」
「フィーネか? よかった…… もう大丈夫だからな」
「…………」
あ、なんか怒った顔をしてる。
「どうした?」
「何でもありませ…… やっぱり言います! あのアンナっていう子! ライトさんのこと好きだったでしょ!? きー! 悔しい! ライトさんは私のなんだから! ところでライトさん! アンナとキスしたでしょ! バカ! バカ!! ライトさんの浮気者!! ふぇ~ん…… ライトさんなんて嫌い……」
泣き出しちゃった。そうか、フィーネが不機嫌だった理由はそれか。
杏奈の気持ちに気づいてたんだな。
「フィーネ?」
「ふぇ~ん…… ライトさんのバカ~……」
「フィオナ?」
「ふぇ~…… ん……」
キスをする。想いが伝わるように長めにね。
口を離してから……
「お帰りフィーネ。愛してるよ」
「え? あ? は、はい…… 私もです…… んふふ……」
ははは。もう泣き止んじゃったよ。
こうしてフィーネは聖女リアンナの亡霊から解放された。もう安心だな。
さて明日は金を受け取ってアジトに戻る。これでこの国でやることは……
最後に一つだけあるか……
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