第62話情報収集

「それじゃフィーネ。行ってくる」

「はい。お気を付けて……」


 フィーネを置いて宿を出る。

 昨日も言ったが今日は一日を情報収集に費やそうと思う。

 宿を出ると…… 


 カッ


 う…… 日差しが強いな。じわっと汗がにじみ出る。

 照りつける陽光が肌を焼くのを感じる……


「パパー! こんなんじゃ日に焼けちゃうよー! 私の自慢の白い肌がー!」

「たしかにこれはキツイな。どこかで服を買うか」


 町行く人々を見ると、皆一様に長袖の砂漠でよく見る民族衣装のような服を着ている。

 この強い日差しを遮る砂漠地帯での知恵なのだろう。

 見た目はすごく暑そうだけどね……


 適当な服屋を見つけて中に入る。そこには…… 


「…………」


 首輪を付けられた人族タイプの猫獣人の少女が無心で機を織る姿が…… 

 その奥では人族の店主らしき中年男性が帳簿に記入をしている。


「おや? いらっしゃい。服をお探しかな?」

「あ、あぁ…… すまんがあんたが着ているような服が欲しいんだが」


「ん? あんたサハーも知らんのか? さては旅人だな? この国は初めてか?」

「そうなんだ。俺とこの子のと…… もう一着欲しい。頼めるか?」


「お安い御用だ。おい! チシャ! 裏からサハーを取ってこい!」

「…………!?」


 店主の怒鳴り声を聞いた猫獣人の少女がびくっと体を硬直させる。


「早くしろ! また鞭で打たれたいか!?」

「…………」


 少女は怯えた様子でその場を去っていく…… 

 桜はその光景を苦い顔をして見つめている。

 桜、ここは我慢だ。そっと桜の手を握る。


「パパ…… 大丈夫だよ……」


 大丈夫なもんか。握る手が震えてるじゃないか。

 そうだ、一つこの店主に聞いてみるか。


「なぁ。俺はこの国は初めてって言ったんだが奴隷を見るのも初めてでね。奴隷ってのはあんな扱いなのか?」

「いや、俺は優しいほうだ。ちゃんと餌も与えてるし、躾だってしてる。鞭で打つのだって仕事をさぼってる時だけだしな」


 でもあの怯えようは…… 

 チシャと呼ばれるあの少女。恐らく十歳前後だろう。

 怒鳴られた時の表情。日常から暴力を受けてるのだろうな。

 恐怖が顔に滲み出ていた。


「奴隷ってのはさ…… いつからこの国にいるんだ?」

「詳しくは知らん。聞いた話だと少なくともこの国が建国された時から奴隷はいたらしい。深く聞きたきゃ教会に行くんだな。神父様が詳しく教えてくれるさ」


 教会か…… どんな教義なんだろうな。


「この国の宗教だが、なんて名前なんだ?」

「あんた、そんなことも知らんのか? この服と同じ名だよ。サハー教。太陽の神にして唯一神サハーを信仰してるのさ」


 サハー教ね。覚えておこ。

 少しすると猫獣人の少女がそのサハーなる服を持ってきた。

 それをおずおずと俺に渡す。


「ありがとね。いい子だ」

「…………!?」


 少女に笑顔でお礼を言う。

 頭を撫でると少しびくっとされたが、無言で微笑みを返してくれた。


「お嬢ちゃん、お名前は?」

「…………」


 あれ? 返事が無い。

 チシャと呼ばれていたので名は知ってるのだが、この子から直接名前を聞きたかったのに。


「すまんな。そいつはしゃべれないんだ。五年前こいつを奴隷商から買ったんだけどな。寝泣きがうるさかったんで、つい舌を切っちまったんだ」


 え……? 舌を……? 


 体に力が入る……


 目の前にいる男に殺意が沸き起こる……


 お前…… こんな幼い子に対して……


 許せな……


「パパ!」


 桜? 桜が俺の手を強く掴む。どうした?


「落ち着いて…… すごく怖い顔してる……」


 俺が? ふと店に置いてある全身鏡を見てみると…… 

 ははは…… なるほど、かなりやばい顔してるわ。俺の顔じゃないみたいだ。

 それにしてもこれだけ我を忘れて怒るのは久しぶりだな。

 少し落ち着かなくちゃ。深呼吸して…… よし、俺は大丈夫だ。


「奴隷だが…… 亜人が多いんだな。でもこの国の隣はアズゥホルツ、獣人の国だろ? 獣人は何も言ってこないのか?」

「詳しくは知らん。だが奴隷法が施行された当時の法王は寛大でな。この国に住むのが嫌だったら逃げていいって言ったんだとさ。どこへなりともな。でも獣人達の多くはこの国に残ったのさ」

「なぜ……? いや、分かったよ……」


 逃げなかったんじゃない。逃げられなかったんだ。

 この国の気候のせいだろうな。

 国外に逃げようにも広い砂漠を突っ切っていく必要がある。

 幸いにして俺にはバイクがあったし、フィーネの魔法で水を確保することが出来た。

 力無い者があの砂漠を徒歩で抜けられるわけが無いんだ。

 僅かな望みに賭けて死の砂漠を突っ切るか、奴隷として生きるかだ。


 こうして残った多くは奴隷として生きることを選んだわけだ。

 いやこの考えは間違っていない。生きていればいつか活路が開けるからな。


「色々と教えてくれてありがとう。それじゃそろそろ行く……」

「ねぇパパ……」


 桜が俺の手を引く。なんだ?


「少しだけチシャとお話したいんだけど…… いいかな?」

「お話って…… チシャは喋れないんだろ?」


「でもいいの! 少しだけだから! おじさん! ちょっとだけチシャを借りてもいい?」

「お客さんの頼みだ…… でも少しだけな。こいつにはやってもらわなくちゃいけない仕事が山ほどあるからな」


 桜はチシャの手を引いて外に出ていく。一体何をする気だろうか? 

 戻ってくるまでもう少し話を聞いておくか。


「でもさ、この国とアズゥホルツも国交ぐらいはあるんだろ? アズゥホルツの獣人がこの国に来た時はどうするんだ?」

「ははは、そんなのは簡単だ。何もしない。ほらチシャには首輪がついてただろ? あれが奴隷の証なんだ。特殊な魔法を使っててな。一生取ることは出来ない。それを見て奴隷か森の国の犬っころかを区別するのさ」


 犬っころね…… まぁ理解は出来た。

 つまり奴隷として生まれたら一生奴隷のままで終わるってことか。 


 話が終わる頃に桜がチシャの手を引いて戻ってきた。

 あれ? チシャはすごい笑顔だ。ちょいちょいって俺に手招きしてる。

 何だろうか? チシャの前でかがむと彼女は俺の耳に手を当てて小声で……


「あのね…… サクラちゃんがね…… 舌を治してくれたの…… とっても嬉しかったの……」


 桜…… 魔法を使ったな? 桜しか使えないエクストラヒールだ。

 あれは欠損箇所を再生してくれるチート性能を持つ回復魔法。

 あれを使ってチシャの舌を元通りにしたか。

 はは、でかした桜。今度は俺がチシャの耳に手を当てて……


「いいかい…… あのおじさんの前では喋っちゃ駄目だぞ……」

「…………」


 チシャは黙って頷く。はは、いい子だ。

 それじゃそろそろ行くとするか。


「それじゃあな。世話になった」

「あぁ。また来てくれ。チシャ! 仕事に戻れ!」


 チシャは黙って機織りに戻る。店を出る前に彼女と目が合った…… 

 悲しそうな瞳だった……


 店を出て次の目的地である教会を探す。

 場所はさっきの店主に教えてもらった。この近くのはずだ。

 教えてもらった通りだと白い壁の建物で屋根に円を模したオブジェクトが乗ってるんだよな。

 あ、あれだな。


 桜と二人で教会に入ると…… 

 そこには教会に似つかわしくない甲冑を着た一団が。

 あれ? こいつは……


「おや、タケオ殿ではないか」


 やべ。昨日あったクロイツってやつだ。

 そうか、たしか聖堂騎士団とか何とか言ってたもんな。

 名前からして教会所属の騎士団ってことなんだろう。

 ならこいつらがいてもおかしくないよな……


「クロイツさん……でしたっけ? ここで何を?」

「あぁ、私はこれから昨日捕えた獣人の尋問をな。全く…… リアンナ奴隷解放戦線が最近勢力を拡大しつつある。亜人風情が仕事を増やしおって……」


 ちょうどいい。どうせこの宗教の教義なんかに興味は無い。

 こいつに話を聞くか。


「すまないが…… そのリアンナ奴隷解放戦線ってのは、名前の通りだろうけど奴隷を解放するための組織ってことなんだよな?」

「如何にも。全くそんなことが出来るはずもなかろうに」


「でさ、リアンナについてだが。俺達はアズゥホルツでその噂を聞いてね。なんだかそのリアンナの再来ってやつらが現れたそうじゃないか。あんたは知ってるか?」

「…………」


 口を閉じたままだ。知ってるが言えないって感じだな。


「それじゃ他に聞きたいことがあるんだ。リアンナっていうのはこの国では魔女なんだろ? でもこの国を捨て他国の人を救ったんなら別にいいんじゃないのか? そこまで彼女を嫌う理由って……」

「リアンナはな…… この国に戻ってから首都ナタールを襲ったのさ。当時の法王を暗殺しようとしてな」


 なるほどな。つまり……


「革命か?」

「ふん。その言葉は使いたくないがな。まぁリアンナの企みは我が神の前には通じることなく革命は成功しなかった。リアンナは己が愚行を悔やむことなく火あぶりにされたよ」


 まじか…… これは俺達が聖女の再来だってことがばれたら…… 

 いいや、もうばれてるかもしれないな。

 ルチアーニは俺がヴェレンで死の迷宮というダンジョンを突破したことも知っていた。

 何らかの方法を使って俺達の動きを探っていたのだろう。

 もしかしたらルチアーニは俺達がこの国に辿り着いたことも知ってるのかもな……


 だが末端であろうクロイツは俺が聖女の父だとは知らないみたいだ。

 このまま黙って旅をすれば正体を知られることは無い……と願いたい。


「それでは私は仕事に戻らねば。タケオ殿、ゆっくりしていってくれ」

「あぁ。時間を取らせてしまって悪かった。ありがとう」


 クロイツは教会の奥に向かう。きっと尋問室とかがあるんだろうな。

 これで特に聞くことは無くなったな。そろそろ帰るとするかね……


 宿に帰る道中、桜は黙ったままだ。

 色々とショックなのだろう。

 今まで平和な日本で過ごしてきたこの子にとってこの国の在り方は刺激が強すぎたか……


 そのまま俺達は無言でフィーネが待つ宿に到着した。

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