アルファル聖国編

第57話海水浴 其の一

 テッサリトを出て今日で十日目。

 いい天気ね。風が気持ちいい…… 

 私の前でライトさんがバイクを走らせている。

 最初は怖かったけど、今はバイクに乗るのがすごく楽しい。

 だってずっとライトさんに抱きついてられるんだもん。


 腰に回す手をライトさんは時々撫でてくれる。

 ふふ…… 嬉しい。

 手を撫でてくれるのはライトさんがテッサリトで気持ちを伝えてくれた次の日から始まった。

 ほんとはもっと甘えたいけど…… サクラもいるしね。

 それに私達はまだ旅の途中なんだ。あまり気を抜くべきじゃないよね。



 ポンポンッ



 ん? サクラが私の肩を叩く。

 まさかライトさんに甘えてるのがばれちゃった?


「フィーネちゃん! 見て! 海が見える!」


 よかった。違ったみたいだ。

 海? そういえば潮の香りがすると思ったよ。

 ここはアズゥホルツとアスファル聖国の国境付近よね。

 地図だと陸地はかなり狭くなってたはず…… 

 干潟なのかな? 干潟は時間によって水没してしまうものもある。

 まだお昼前だから大丈夫だと思うけど……



 キキィー



 ライトさんがバイクを停める。どうしたんだろ? 

 バイクを降りて地図を見始める。なんだか難しい顔をしてるな……


「桜、フィーネ。今日はここまでだ。野営の準備に取り掛かろう」

「え? どうして? まだお昼前じゃん」


「いやな。多分このまま進めば途中で干潟が沈むからな。詳しい縮尺は分からないけど…… 数百キロはあるはずだ。だから明日干潟が顔を出したらすぐに出発する」


 そうか。ライトさんは先を見越して判断したんだね。

 やっぱりこの人って大人だなぁ…… 

 私も長いこと冒険者をしてるけど、この人みたいに賢明な判断が出来ない。

 やっぱり頭いいんだろうな。

 ライトさんは元居た世界ではカイシャというところで働いていたらしい。

 その中でかなり上の立場だった……みたい。仕事の内容はよく分からなかったけど。 


「ねぇパパ! せっかくだから泳ごうよ! 海なんて久しぶりなんだからさ!」

「泳ぐね…… でも水着なんて持ってきてないだろ? そういえばフィーネ。この世界では水着っていうものはあるのか?」


 水着か。一応あるにはあるんだけど。

 でもそれを着るのは一部のお金持ちだけ。

 一度ヴェレンの服屋で見たことがあるんだけど…… 一着十万オレン以上だった。

 買えない値段ではないけど、どうせ着る機会なんて無いし。


「はい。ありますが……」

「なら買いに行こうよ! パパ! 地図を見せて!」


 サクラはライトさんから地図を奪って……


「ほらここ! 今は多分ここでしょ? 近くに町は…… あった! ちょっと東に戻ればローンラクって町があるよ! きっと水着も売ってるよ!」

「おいおい。俺達は遊びに来たんじゃないんだから……」


「パパ! お願い! だって海なんて久しぶりなんだもん! いいじゃない! 海に入るなんてさ、小学生の時に湘南に行ったきりじゃん! ねー、いいでしょー?」


「ははは、分かったよ。でもその町に水着が売ってなければ諦めろよ?」

「その時は服を着たまま海に入るよ! ほら行こ!」


 サクラがすごく興奮してる。海ってそんなに楽しいものだったかな? 

 浜辺には、かわいい水着を着た獣人の親子の姿。

 結構賑わってるみたいね。みんな楽しそうに笑ってる。

 いいな…… 私は今まで海で遊ぶなんて考えたこともなかった。

 でも今は…… 

 みんなで海で遊べば楽しいだろうな。


 再びみんなでバイクに跨る。

 来た道を一時間ほど戻るとサクラの言った通り、ローンラクの町がある。

 バイクを降りてから収納魔法でバイクをしまうとライトさんがお礼を言ってきた。


「いつも悪いな」

「ふふ、いいんですよ。これは私の仕事ですから」


 三人で町に入る。みんな綺麗な恰好をしてる。

 きっとお金持ちが多いんだね。なんか私浮いてないかな? 

 二人は平然と町を歩く。


「パパー、なんか原宿っぽい町だね」

「原宿ねぇ…… 確かにそれっぽいな。人は多いし、変な服着てる人もいるし」


 ハラジュク? ライトさんの世界の町だろうか? 

 慣れたように歩く二人。もしかしてライトさん達もお金持ちだったのかな?


「ライトさん…… 恐らくこの町は富裕層が住む町です。でも二人はなんでそんな平気そうなんですか?」

「ん? 気後れしてるのか? ははは、気にすることはないさ。たしかに俺も初めて東京に出てきた時はドキドキしてたけどな。ほら、水着を買うんだろ? フィーネも店を探して」


 ライトさんは服屋を探し始める。

 ちょっとサクラ、武器屋に水着は売ってないわよ。ビキニアーマーならあるけど。

 少し町を散策する。綺麗な町…… 

 どの家も店もヴェレンとは比較にならない。やっぱりなんかドキドキしちゃうな。


「この町は観光客から収益を得てるんだろうな。俺達が住んでた国でもこんな感じの町はあったよ。汚い町だったら観光客は金を落とさないだろうからね。あ、あそこ。多分服屋だ。行こうか!」


 ライトさんは服屋を見つけたみたいだ。サクラと二人でライトに着いていく。

 すごく高級そうな店だ。

 中にはドレス、上着、スカート。ダブレットなんかも売ってるね。

 まぁ着ることなんてないんだろうけど……


「あー、あそこ! 水着コーナーがあるよ!」

「お? どれどれ…… うっわ…… 結構きわどい水着だな。桜、お前こんなの着るの?」


「いいじゃん! だって私スクミズしか持ってなくてさ! かわいい水着に憧れがあるの! ねぇパパ! これ買っていいでしょ!?」


 サクラの持ってる水着は…… ビキニタイプだね。

 青い生地を使ってセットでパレオが付いてる。

 いいな。すごくかわいいと思う。


「わー! これすごいセクシー! ねぇフィーネちゃん! これ買いなよ! これでパパをね……」


 えー? これってほとんど裸じゃないの。

 ライトさんとは一緒にお風呂に入ることはあるけど、体が見えないようにタオルを巻いてるし…… 

 これを着るのは恥ずかしいよ…… 

 それにこれ二十万オレンもするじゃないの。アンコモンの防具が買える値段だよ。


「ちょっとサクラ! これは駄目よ! 高いし、恥ずかしいよ……」

「えー、いいじゃん。二人はもうお付き合いしてるんでしょ? それなら問題無いって!」


 サクラの言葉を聞いて顔が熱くなると同時に少し不安になる。

 お付き合い…… ライトさんは私のことを好きだと言ってくれた。

 すごく嬉しい…… でもあれ以来何も進展してないのよね。

 そりゃ少しはスキンシップは増えたと思うわよ? 

 キスだって…… でもキスは付与効果を付けるために一日一回してもらってるんだよね。

 それじゃ前と変わらないか……


「これを着ればライトさん、私のこと見てくれるかな……?」

「うん! きっとこれならパパはイチコロだよ! さ、買いに行きましょ!」


 財布を預かるのはライトさんだ。水着を持ってライトさんのもとへ。

 ライトさんは私達が持ってきた水着を見てびっくりしてるけど……


「桜にはこの水着は早いんじゃないか? それにフィーネ…… ほんとにこれ着るの!?」

「ねぇいいでしょー。お願いー」


 ライトさんは何だかんだサクラに甘い。

 ふふ、サクラはライトさんの扱いに慣れてるわね。これは親子にしか出来ない。

 ちょっと羨ましいな。でも私もちょっとは甘えてみてもいいかな? 

 サクラを見習って……


「ライトさん…… 私もこれ着てみたいです……」

「うぐぅ…… 分かったよ。しょうがないな」


 ライトさんは水着を持って会計を済ませる。

 あ、全部で四十五万オレンだ。かなり高い買い物になっちゃったな。


「よし、それじゃ海に戻るぞ」

「はーい」


 店を出て再び海を目指す。ふふ、海で遊ぶなんて初めて。

 どんなことするのかな? すごく楽しみ。

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