第51話米
朝から街道をバイクで走る。
ここは森の国アズゥホルツ。どこもかしこも森だらけ。
だが昨日ぐらいから景観に変化が出てきた。
明らかに森の密度が薄くなっているのだ。
今に至っては街道にちらほらと木が生えているのみ。
目に付くのは稲田だ。
金色に輝く稲穂が風に揺れる。
その美しい光景に目を奪われてしまう……
「パパー! あれってお米なの!?」
都会っ子の桜は稲田を見たことが無いのかな?
俺の実家に連れてった時に見せたことがあると思うんだけどな。
でもあれは桜が小さい時だ。あの時は凪も生きてたしな。
「そうだ! あの色だともう収穫出来る頃だな!」
今度はフィーネが話しかけてくる。
「あれがイリュザの実ですか!? あれからお酒が出来るんですね!」
「俺の世界では米って言うな! 俺の世界でも酒の原料になるんだよ! でもそれだけじゃない! 食べても美味しいんだ! フィーネもおにぎりの美味さは知ってるだろ!?」
「はい! 色んなオカズに合うんですよね! 食べるの楽しみです!」
俺も楽しみだ! 米が手に入ればアレが食べられるからな!
「よし! 飛ばすぞ! しっかり掴まってろよ!」
アクセルを深めに回す! 目的地のテッサリトまでもうすぐだ!
◇◆◇
バイクで走ること更に一時間。ようやくテッサリトに到着。
中々遠かったな。王都からここまで十日はかかっただろうか。
道中戦闘もあって距離を稼ぐことも出来ないこともあったが一日平均五、六百キロは走っているだろう。
こんなにバイクに乗ることになるとは思ってもみなかったな。
普段は通勤で一日一時間乗るぐらいだ。
一応家には車もあるのだが、学生の頃からバイクで通学してたから俺にはこっちの方があってるんだよね。
凪とのデートももっぱらバイクで移動してたし。
昔のことを思い出しながらテッサリトの町へ。
この町は…… 今まで訪れた町と違い、塀に囲まれていない。外堀も無い。
ということは、あまり魔物が出ないってことなんだろうか?
比較的平和な町なのかな? 町っていうよりは農村って感じだな。
商店や家が立ち並ぶ先には広大な田園が広がっている。
古き良き日本を思い出させてくれる光景だ。
さてと、どこで米は買えるのかな?
町を三人で散策していると…… なんか大きな倉庫の扉が開いてるな。
そしてこの匂いは……
みんなでこっそり中を覗いてみる。
中では大きな樽に獣人が乗って樽の中を棒でグルグルかき回している。
やっぱり。酒を作ってるんだ。昔テレビで見たな。
この人達は日本でいう杜氏なんだ。
「パパ…… あれって何をしてるの?」
「酒造りだよ。俺もテレビで見た知識しかないけどね。ああやって発酵を促してる……んだろうな。多分」
「へー、ああやってお酒が出来るんだね」
見てて面白いな。しばらく観察していると……
「ちょっと? あんた達何をしてるんだ?」
うおっ!? 突然後ろから声をかけられる。かなりびっくりしたよ。
後ろを振り向くとそこには赤い髪をした人族タイプの猫獣人が立っていた。
長い髪を邪魔にならないようにまとめている。
女だな。かなり美人だ。つり目と荒い言葉遣い。いかにも姉さんっていう雰囲気だ。
「す、すいません。酒造りに興味があったもので……」
「へぇ、人族が私らの酒にねぇ? なんだ? 酒を買いに来たのかい? なら大事なお客さんだ。よかったら家においでよ。最近いい酒が出来たんだ。少し飲ませてやるから気に入ったら買っておくれ」
ほう。試飲させてくれるのか。言葉は荒いが真っ当な商人みたいだな。
そうだ、せっかく知り合ったんだから自己紹介と行くか。
「ありがとうございます。俺は来人といいます。こっちは娘の桜。この子はフィーネ……」
「な……!?」
俺が自己紹介をしていると…… なんだか猫獣人の様子がおかしい。
なんかアワアワし始めた。どうしたんだ? 何かしたかな?
「どうしたんですか……?」
「あんたら聖女様だろ!? 間違いない! やった! この町にも聖女様が来たんだ!」
そうか、そういえば俺達ってこの国では噂になってるらしいからな。
でも南の端にあるこんな町でも噂ってのは広まってるとはね。
「まぁ、一応聖女ってことになってるらしいですが…… 特に何をしたってわけじゃ……」
「あんた! 聖女の父親だろ!? あのむかつく耳長皇子をケチョンケチョンにしたって強者じゃないか! おい! みんな! 聖女様が来たよ! 町をあげて歓迎するんだ!」
その声を聞いて町の人がワラワラとやってくる。
あはは…… なんか囲まれちゃったよ。
「あれが聖女様か…… ちょっと舐めてみてもいいかな……?」
「ママー、あのおじさんとっても強いんでしょ? まほー使いなんだよね? かっこいー」
「お付きの女は…… 耳長か。中々可愛いな」
「おぉ…… これでこの町も救われるわ……」
なんか色んなことを言われてるな……
突如、あねさん猫獣人は町人に向かい怒号を放つ。
「歓迎会は今夜開く! それまでは町長のあたしが聖女様を預かるよ! あんたらはしっかり準備しておくんだ! わかったね! それじゃ散った散った!」
町長なんだ。ただの気風のいい姉さんかと思ったが……
「さぁ聖女様方! 歓迎会まであたしの家で休んでてくださいな!」
「あ、ありがとう。その前に…… 町長さん、名を教えてくれないか?」
「名前? あたしの名はフワルってんだ。よろしくな聖女様方」
フワルか…… きつい見た目と反してなんだか可愛い名前だな。
彼女に連れられて彼女の家に着くと……
町長をしてるって言ってたが、酒屋もやってるのかな?
中は所狭しと酒瓶が並べられている。
フィーネがそれを興味深そうに見ているな。
「なんだい、耳長のお嬢ちゃん。あんた酒に興味あんのかい?」
「え、えぇ。こないだ初めてこの国のお酒を飲んだけど…… すごく美味しかったです」
「へぇ、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。それじゃこれを試してごらん。今年の自信作だ」
フワルは一本の酒瓶を取り出し、コップに注ぐ。
それを俺にも渡してくるのだが……
「悪いね。俺酒が飲めなくてさ」
「へぇ? 耳長皇子をのしちまうぐらい強い男がねぇ。ははは! 酒が飲めないなんて恐れ入ったよ!」
むぅ…… 下戸なのをバカにされた気分だ。
しょうがないでしょ!? 体質的にアルコールがだめなんだよ!
でもそれを理解してもらえなくて、未だに会社でも下戸なのをいじられるんだよね……
今ではアルハラなんて言葉もあるんだぞ! まぁ異世界人に言っても通用しないだろうが。
フワルは俺と桜にはお茶を用意してくれる。
フィーネは一人渡された酒に口を付ける。
フィーネの顔が驚きに変わる。どんな味なんだろうか……?
「美味しい…… 原料はイリュザのはずなのに、果物の香りがする……」
「ははは! 分かってくれるかい! イリュザを出来る限り磨いて作ったんだ! もっとよく味わってごらん! カーシャの花の香りもするはずさ!」
フィーネは言われるままにもう一口。
驚きから笑顔に変わる……
「ほんとだ! カーシャの香り…… これがイリュザから作られてるなんて信じられない!」
専門的な単語が出てきてよく分からんがフワルはイリュザ…… 米を磨いたって言ってた。
つまり大吟醸ってことなんだろうな。俺は飲めないけどな。
フィーネが酒瓶を抱えて俺のもとにやってくる。
なんだか恥ずかしそうにしてから……
「ラ、ライトさん…… このお酒、買ってもいいですか……?」
そういうことね。そんなの俺の許可なんて必要無いのに。
「もちろんだ。でも飲み過ぎないようにな」
「ありがとうございます! フワルさん! ここにあるお酒を全部買います!」
おまっ!? 飲み過ぎるなって言っただろ!
全部買うってどういうことだよ!?
「あー…… 全部は勘弁しとくれ。王様に献上する酒がなくなっちまうからね。それ以外だったら別に買ってくれて構わないよ」
「やったー!」
フィーネが飛び上がって喜んでるな。
気に入った酒が手に入って嬉しいのだろう。それじゃ俺の番だな。
「なぁフワルさん?」
「フワルでいいよ。さん付けなんてこそばゆくって仕方ない」
「ははは、そうか。それじゃフワル。俺も買いたい物があるんだけどいいかな?」
「酒が飲めないあんたがかい? 何が欲しいんだ?」
酒が飲めなくたっていい。
俺はそれを求めてこの町に来たんだ。
「米…… いや、イリュザの実を買いたいんだ。売ってくれるよな?」
「イリュザを……? 変わった人だね。生のイリュザなんてどうするのさ?」
「食うんだよ。美味いぞ」
フワルはキョトンとした顔をしてるのだが。
「は…… ははは! イリュザを食うとは恐れ入った! 流石聖女様方は一味違うね!」
「それじゃ早速……」
「だがまだ売れないんだ…… 悪いね……」
なに!? 米を売ってくれないだとぉ!?
予想外の答えに驚きはしたが…… フワルは申し訳なさそうな顔をしてるな。
理由があるのだろう。
「理由を聞いてもいいか?」
彼女はため息を一つ吐いてからポツポツと話し始める。
「もうすぐ…… ハガーブがやってくるのさ……」
ハガーブ……? 一体なんのことだろう。
だがフワルの表情を見るとかなり深刻な事態だということが伝わってくる。
困ってるんだろうな。よし、米を手に入れる為だ。
俺達がハガーブとやらを何とかしてやろう!
って、フィーネ、なんでそんな青い顔をしてるんだ?
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