第48話祝勝会

 城に到着してから楽な恰好に着替える。

 これから宴会が開かれるのだ。

 桜とフィーネはそわそわしてるな。


「桜、こういった席は初めてだよな? 酒は駄目だが、雰囲気だけでも味わっておくのはいい勉強になる。楽しめよ?」

「う、うん。ところでフィーネちゃんはお酒好きなんでしょ? 普段はどんなところで飲んでたの?」


「私? そうね…… 酒屋でお酒を買って一人で飲むことが多かったかな? ほら、私ってソロで冒険者やってたでしょ? だから誰かと飲むのってほとんどやったことが無いのよね……」


 一人酒か。日本でも最近は流行ってるらしいな。

 某ワインが有名なファミレスでも女性客が一人でワイン片手に料理を楽しんでるのを見かけたことがある。


「そうか。すまんな。俺が酒を飲めればフィーネはもっと楽しめただろうが……」

「い、いえそんな! お酒が飲めなくたってライトさんといるだけで……」



 コンコン



 フィーネが何か言いかけたところでノックする音が聞こえる。

 準備が出来たのかな? 扉を開けるとメイドさん…… ならぬ、浴衣っぽい服を着たシーザーがそこにいた。


「な、なんだかラフな格好ですね……」

「がはははは! せっかく美味い酒が飲めるのです! 窮屈な鎧なぞ宴の邪魔ですからな! これは我が国の伝統的な衣装でしてな! 祝い事があるときはこのようなゆったりした衣服を着こむのです! そうすることで酒がより美味く飲める! 皆様の衣装も用意しましたぞ! これを!」


 これをか…… どれどれ? 

 シーザーから渡された衣装を着こむが…… 

 ははは、まんま浴衣じゃん。今から温泉にでも行くみたいな恰好だ。


 桜は日本人なのであまり違和感が無い。

 フィーネは…… かわいいな。

 日本に観光に来た外国人観光客が浴衣を着てる感じだ。


「フィーネちゃん、かわいいー! あ、そうだ。こっち来て!」

「ん? なに?」


 桜はフィーネの後ろに回り、髪を結わえ始める。

 長い金髪をお団子にまとめ…… 

 おぉ…… フィーネの美人度が増した。

 普段はキリっとした美人だが、それに加え艶っぽさが出た。


「これってサクラの世界の結わえ方? 不思議な髪型ね。でもかわいいかも……」


 鏡を見てフィーネは言うのだが…… 

 うん、その髪型は俺も好きだ。

 桜め、やりやがったな。


「むふふ。これはね、私のママが好きだった結び方なんだよ。ママは髪が長かったからよく私が結わえてあげたの」

「サクラのお母さんが? ってことは……」


 フィーネがチラッと俺を見つめる。

 あ、少し顔が赤くなってる。


「さぁ! 準備が出来たら行きますぞ! 美味い酒が我らを待っている!」


 そう言ってシーザーは俺達を強引にエスコートする。

 俺達の部屋は城の二階。

 ここから階段を使い、三階に上がり、とある一室の扉を開けると……


 中には王様、この国の偉い人なんだろうな。獣人が十名ほど。そして俺達か。

 参加者は十五名程度の小さな飲み会か。これぐらいがちょうどいいな。

 一階で行った挨拶の場くらいの規模だったら落ち着いて料理を楽しむことも出来ないだろうし。


 豪華だな…… 

 長さ十メートルはあろうかというテーブルに所狭しと料理が並べられている。

 酒瓶もいっぱいあるな。この世界の酒か。どんなものがあるんだろうな。


「ライト殿! お待ちしておりましたぞ!」


 テリア顔の王様が寄ってくる。

 相変わらず尻尾を千切れそうなほど振り回している。かなり喜んでるな。


「あなたは聖女の父として我が国民に祝辞を与えてくださっただけではなく、武道大会に参加して祭りを大いに盛り上げてくれた! 私が王位を継承してから毎年建国祭を行っておりますが、今回が一番盛り上がっております! それもこれも皆様のおかげ! ささやかながら聖女様御一行の歓迎会! 並びにライト殿の勝利を祝して宴を催させて頂きました! 今宵は大いに楽しんでください!」

「お気持ち感謝します。ほら、桜とフィーネもお礼を言いなさい」


 二人は俺に促され王様に挨拶をする。


「王様、ありがとうございます」

「おぉ! 聖女様! ご参加ありがとうございます!」


 そう言って桜の手を取って再びキスを……

 いや、またペロペロ舐め始めた。


「うへぇ~……」


 なんだろうか、手をペロペロするのはきっと獣人にとっての特別な挨拶みたいなものなのだろう。桜、我慢な。


 王様のペロペロが終わり、桜が逃げるように席に着く。

 俺達も各々用意しれた席に着いてから杯を持つ。


「では宴を…… そうだ! ライト殿。開会の儀で行ったような挨拶をお願いします!」


 えー、またやるんですかいな。まぁ王様のお願いなら断れまい。

 ちょっと面倒くさいが…… 一人立ち上がる。


「ただいまご指名を頂きました渋原 来人でございます。大変僭越ですが乾杯の音頭を取らせていただきます。

 今朝も言いましたが今年の祭りはこの国の記念すべき生誕五百年祭です。これはひとえに国民の皆様がこの国の発展に協力、団結してきた結果だと思います。しかし、ここがゴールではありません。あくまで通過点です。今後もこの国は発展を続けていくことでしょう! 

 それでは杯の準備も整ったようですので…… 皆さま杯をお持ちください! この国のこれからの発展を願って……」


「「「乾杯っ!」」」


 グラスが掲げられる! 各々杯に口をつけて一気に飲み干す。

 俺は果実水だけどね。


 席に戻ると隣に座るシーザーが俺を讃えてくれる。

 顔は怖いがニコニコ笑顔だ。


「素晴らしい挨拶でしたな! ライト殿は異世界人ということですが、貴殿は一体何者ですか!? まるで貴族のような話術をお持ちだ」

「いや、社会人を二十年近くやってたらこれぐらいは言えるようになりますよ」


 実際飲み会の幹事だったり、結婚式の司会だったり、さらには重役の前でプレゼンだったり。

 大人になればなるほど人前で話す機会が増える。

 最初は緊張したけど、嫌でも慣れるもんだよ。

 挨拶だって定型文を覚えて、単語を適当に入れ替えりゃいいだけだし。


 楽しい会話を楽しみつつ、宴会は進む。

 あ、シーザーも杯が空になるな。杯が空いた所で…… 


「ま、お一つ……」


 シーザーの杯に酒を注ぐ。


「ラ、ライト殿? これは……」

「いやお酌をしただけですが」


「い、いや酌をしていただくなど恐れ多い。目上や立場が同じ方からの酌などはこの国ではありえないことですので……」

「まぁまぁ。今日は無礼講ということで…… ささっ、遠慮なさなず」


「そ、それでは……」


 シーザーは酌をされた杯に口を付ける。

 あら、また一気なの? 杯が空いた時を見逃さず再び酌をする。


「あ…… ははは! ライト殿は気が利きますな! だが残念だ! あなたと酒を飲みかわすことが出来たらどんなに楽しいことか!」


 それは時々俺も思うんだよね。酒が飲めたら楽しいだろうなって。

 でも体質的にアルコールを受け付けないんだよね。

 こればっかりはしょうがない。


「はは、俺は果実水でも充分楽しいですよ……? ん? そういえばこの酒…… どこかで嗅いだことがあるような匂いが……」


 ちょっとだけ酒をもらう。指先に酒をつけてペロっと舐めてみる。

 これはもしかして……?


「シーザーさん! この酒って何から作られてるんですか!?」

「ど、どうなされた? この酒…… イノプネヴマですな。これは確かイリュザの実から作られているはずです」


「イリュザ…… それはこの国ではメジャーな食べ物なんですか!?」

「いえ、私達はイリュザを食すことはありません。イノプネヴマの材料として栽培しているだけですな」


 これは絶対に手に入れる必要がある。

 この酒の香りは…… 間違いないんだ。これがあれば一つの野望が達成される。


「イリュザはどこにいけば手に入りますか!?」

「この国では、南方でしか栽培されてませんな。王都付近ではイリュザは育たないのです。たしか南方の町テッサリトはイリュザの産地として有名なはずです」


 テッサリト…… 次の目的地か! 

 やった! 俺は運がいい! 必ずイリュザを手に入れてやる!


「シーザーさん! 貴重な情報をありがとう! ささ! もう一杯!」

「おっとっと。はは、なんだか知りませんが喜んで頂いたようだ」


 二人楽しく酒を交わす。

 むふふ。これは王都に来た甲斐があるってもんだ。


「あ~ん、ライトさん、ずる~い。私もお酌してほしいの~」


 ん? フィーネか? でもこの声は…… 

 後ろを振り向くと…… あ、完全に酔っぱらってるな。

 耳を真っ赤にして目がすわってる。


「私もライトさんの隣に座る~」


 なんか強引に桜と席交換をして俺の隣に座ってきた。

 俺の腕にしがみ付いてから顔を見上げて……


「ライトさ~ん。お酒飲ませて~」

「いや…… 一人で飲めるだろ」


「やだ~。ライトさんに飲ませて欲しいの~」


 フィーネの隣にいる桜が申し訳なさそうな顔をしてるが……


「ごめんね! なんかフィーネちゃんのペースが速いなと思ったんだけど…… 久しぶりのお酒だからって言って止められなかったの」


 あ、なるほど。駄目な飲み方だな。

 ペースも考えず、自分の限界を知らず。そして最後には潰れる。

 これは後で介抱が必要なパターンだ。酒が飲めない俺の役目でもある。

 潰れた同僚をタクシーで家に送るなんてのはしょっちゅうだったからな。


 ここは水でも飲ませるか。少ししゃっきりさせないと。


「ほら、酒はお休みにして水にしな。体の中のアルコールを薄めないと」


 杯に水を注ぎ、フィーネの口元に。


「んふふ~。お水でもおいし~。ライトさん、ありがと~」


 フィーネって甘え上戸だったか……



 ギュッ チュッチュッ



 抱きついてきて、俺の頬をチュッチュし始めた。


「ライトさん? お礼にチューしてあげよっか?」

「いや、もうしてるじゃないか……」


「あ、そうか…… それなら~」



 ギュッ ガジガジ……



 今度は俺の膝に乗って、再び抱きついてから耳を噛んでくる……


「フィーネ、無礼講にも程があるぞ……」

「んふふ~。ライトさんのお耳おいし~。もっと噛んじゃお~」


 いかんな。甘え上戸の人間はこうなってしまっては止められない。

 もう好きなようにさせておこう。

 隣にいるシーザーも苦笑いをしている。


「ははは…… そういえばフィーネ嬢はライト殿とはどういった関係なのですか? その様子を見るに深い関係なのは分かりますが。フィーネ嬢はライト殿の耳を噛んでいる。あなたはその意味をご存知ですかな?」

「詳しくは知りませんが…… まぁ何となくは分かります」


「そうですか。アルブの民にとって耳を噛むという行為は好意を伝える意味合いを持ちます。それも最上級の。はは、男冥利に尽きますな」


 やはりか…… フィーネの俺への気持ちは…… 


「と、とりあえず一旦席を外させて頂きます。フィーネは酔いすぎているようですので……」

「そうですか。ですが必ずお戻りください。まだあなたと話したいことは山ほどありますので!」


「はい、フィーネを部屋で寝かせてたら、また戻りますので…… ほらフィーネ! 飲み過ぎだって! 少し酔いを冷ませ! 行くぞ!」


「や~ん。もっと飲む~……」


 しょうがないのでそのまま抱っこして宴会場を抜け出す。

 部屋への道中フィーネは俺の頬にキスをしてくるのだが…… 

 もう気にしていられなかった。

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