第33話フィーネの怒り

 ユサユサッ



 ん……? 誰か俺の肩に手をかけて…… 

 声をかけてくる?


「もし……? 申し訳ございませんが、起きていただけますか?」


 あれ? いつの間にか寝てしまっていたか。

 新たに訪れたアバルサの町だが、そこは戦場さながらの凄惨さだった。

 今にも死にそうな怪我人が多数おり、俺達は能力を使って治療してたんだったよな。

 夜が明けるまで治療を続け、そのまま寝てしまったんだ。


 俺の目の前には犬獣人が立っている。

 その姿は…… 人族タイプの獣人だな。

 女だ。黒髪のショートボブ。キリっとした顔つき。

 大人の女性だな。


「おはようございます。そして我が同胞を救っていただいたこと、大変感謝しております。私はこの町の代表を務めますアイシャと申します。どうぞお見知りおきを……」


 そう言ってアイシャは一礼する。

 代表? 町長でもやっているのだろうか。

 トップが出張って来てくれたんだ。

 失礼がないようにしなくちゃな。

 俺は立ち上がって埃を払い……


「ご丁寧にありがとうございます。私はシブハラ ライトと申します。この度はお慰めの言葉もありません……」

「いえ、あなた方は多くの仲間を救ってくれたと聞いています。そのお礼がしたいのですが…… よろしければ私の家に来ていただけないでしょうか?」


 そうだな。

 面倒事はあまり首を突っ込みたくはないが、ここまで関わってしまったんだ。

 俺達に出来ることがあるならしてあげたい気持ちもある。


「分かりました。あ、そういえば…… 桜、いえ、人族の少女がいたと思うのですが、どこにいるか分かりますか?」

「あぁ、あの娘ですか。とても疲れていたようで治療を終えた後眠ってしまったようです。今は私の家のベッドに寝かせてあります。どうぞご安心を」


 そうか…… 

 桜がんばったんだな。

 後で褒めてあげなくちゃな。

 さて、フィーネを起こさなくちゃ。

 俺の足元でグーグー寝てるフィーネを起こす。


「ほらフィーネ。起きな」

「んむぅ…… あ、おはようございます……」


 フィーネは気だるそうに目を擦る。

 かなり疲れてるな。しょうがないか。

 MPが尽きるまで魔法を使わせてしまったんだ。


「町長さんのところに行くぞ。ほら、立って」

「ふぁ~い……」


 あくびをしながら立ち上がる。

 後でコーヒーでも飲ませてシャンとさせるか。



◇◆◇



 町長のアイシャの家に到着。中々大きい家だ。

 リビングに通されるとそこには桜が座っていた。


「パパ!」

「桜! 大丈夫か!?」


「うん…… 私は大丈夫だけど…… う…… 全員は助けられなかった…… ぐす……」


 そう言ってボロボロと泣き出してしまう。

 お前はよくやったよ。救えた命だってあるんだ。

 それを誇ればいい。


 桜を抱きしめる。

 俺が桜を誉めようとする前にアイシャが声をかけてきた。


「サクラさん。泣く必要はありませんよ。それどころか私達はあなたに感謝しているんですから。あなたが治療した多くは命を取り留めることが出来ました。助かった者は三代に渡るまであなたに感謝し続けるでしょう」

「で、でも…… 死んじゃった子もいるんだ…… 小さい子がね…… ママ、痛いよって言って……」


 そう言って桜は…… 

 気を失うように眠ってしまった。まだ疲れてるんだな。


「アイシャさん。申し訳ないがこの子を寝かせてもいいかな……?」

「はい。こちらに……」


 アイシャに連れられ、寝室へ。

 大きなベッドだ。抱きかかえた桜を寝かせてっと……


「少しお話がしたいのですが、よろしいですか?」

「はい。俺も聞きたいことがありますので……」


 リビングに戻りソファーに腰をかける。


「さて。どこから聞いたらいいのか分かりませんが…… まずは一体何があったのか教えてくれませんか?」


 アイシャは暗い表情をしてから口を開く。


「オークです。町の多くの者はオークにやられてしまったんです……」

「オーク!?」


 フィーネが驚きの声を上げる。

 オークなら俺も知ってる。

 大柄な体を持つブタみたいなやつだっけ? 


「詳しく知っているのか?」

「はい…… ですがオークはこの百年は目撃情報は無いはずです。オークが人前に出てきたということは……」

「お察しの通り、オークが発情期に入ったということです……」


 ん? 発情期に入った? 

 そりゃ動物なんだから発情することもあるだろう。

 昔飼ってた猫だって発情期には太い声でニャーニャー鳴いてたもんな。

 でもそれがこの町で起こった惨状とどう繋がるのだろうか?


「つまりどういうこと?」

「そうか、ライトさんは魔物にはあまり詳しくないんですよね…… オークは長寿な魔物です。個体差はありますが数百年から千年は生きると言われています。普段は森の奥で大人しく暮らしています。ですが…… オークに雌はいないんです。奴らは個体数を増やすために…… 人を襲うんです。そして女性を攫ってから……」


 フィーネが言葉を濁す。

 言わなくても分かったよ。 

 つまり個体数を増やすために女性を攫って苗床にするってところか。


「雌を求めてこの町を襲ったってことですよね? 攫われた女性は?」

「今のところ大丈夫ですが…… 女性を、町を守るために多くが死にました。今回はオークを追い払うことが出来ましたが、次来られたら……」


 そう言ってアイシャは黙り込む。

 やばいな。ガロの町は死者を出すこと無く救うことが出来たが、この町では既に多くの人が殺されている。

 ここで手を打っておかなければ……


「この町に戦える人は残ってますか? それが駄目なら王様に助けを求めるとか?」


 悲しそうに顔を横に振るアイシャ。


「恐らく助けを求めても間に合わないでしょう。王都はここから馬を使っても一月はかかりますし…… 自分達で何とかしようにも多くは今も怪我をしてまともに動くことは出来ません……」


 八方塞がりか…… 

 この町は森で囲まれている。身を隠す場所が多い。

 オークは森を利用しては全方向から襲い掛かってくるだろう。

 ハンドキャノンでは対処しきれない。

 ショットガンも一緒だ。威力は高いが射程が短い。

 ロケットランチャーは…… 威力は申し分無いが、あれは一日一回しか使えないよう制約を課してある。

 手持ちの武器では対処出来ないか…… 


 って、あれ? なんか俺、この町を助けることを前提で考えてるな。

 隣を見るとフィーネがブツブツ言いながら何か考え込んでいる。


「私が剣を使って戦えば…… でも…… 数で押し切られたらダメでしょ……? じゃあ魔法なら…… ん? ライトさん? どうしましたか?」


 ははは、フィーネも同じ気持ちか。


「フィーネ…… 気持ちは一緒だね。ありがとう……」

「え? え!? だってライトさんだったらきっとこの町も助けるって言うと思って…… 私はライトさんのお役に立ちたいですし……」


 俺達のやり取りをアイシャが不思議そうな顔で見ている。

 この人を安心させてあげなくちゃな。


「アイシャさん。どこまで出来るか分かりませんが…… 俺達はこの町を助けようと思います」

「そ、それって……? 私達のためにオークと戦ってくださるということですか!?」


「はい、先程も言いましたが、どこまで出来るか分かりません。俺達は目的があります。もし自分達の命が危ないと感じオークを倒しきれないと判断すればそこで助けることを止めるかもしれません。それでもよろしければ」

「…………」


 アイシャは言葉も無く俺に近づいて……


 なんか抱きしめられた! 



 チュッ……



 そして頬にキスをされる!? 驚く俺に対して……

 

「ライト様、感謝します…… 私達に出来ることがあれば何でも言ってください。なんでしたらこの身をあなたに捧げてもかまいません……」


 おおぅ…… なんかすごいこと言われたぞ!? 

 まぁ美人さんに抱きしめられるのは嬉しい。

 アイシャは実際好みな顔つきしてるからな。

 おっぱいも大きいし。何より大人の女性だ。二十代後半から三十ぐらいかな? 

 年齢的にもばっちりストライクゾーンだ。

 まぁ恋愛はまだする気は無いので気持ちだけ受け取っておこう。



 ゾクッ……



 ん? 殺気を感じる…… 

 横を見ると何故かフィーネが鬼の形相で俺を睨んでいるのだが…… 

 どしたん?


 フィーネは強引に俺とアイシャを引き離し……


「ライトさんのバカー!!」



 バチーンッ



 そう言って全力でビンタする! 超痛い! 

 俺が一体何をした!? 

 フィーネは泣きそうな顔をしてから桜のいる寝室に飛び込んでいった……


「いたた…… まぁこの町は可能な限り助けますので…… そうだ、その間、ここでご厄介になってもいいですか?」

「はい…… ライト様、大丈夫ですか? ちょっと見せてください……」


 アイシャは心配そうに俺の頬を撫でてくれる……のだが距離が近い。そんな顔を近づけないで…… 


「そ、そうだ! 今後についてみんなで話をしなくちゃ! ちょっとフィーネのところに行ってきますね!」

「あ! ライト様ー!」


 そう言ってアイシャから逃げるように部屋を飛び出す。

 ふー、なんかずいぶん積極的な人だな。ドキドキしちゃったよ。

 さておき、今後についての話をしなくちゃいけないのは事実だ。

 桜とフィーネがいる寝室に行くが……



 ガチャッ ガチャガチャッ



 鍵がかけられてる……

 

「フィーネー、俺だー、開けてくれー」

『ライトさんなんて嫌い! もう知らない!』


 すごく怒ってる。

 なんかフィーネの怒りが収まるまで小一時間寝室の前で待機するはめになった……

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