第17話ダンジョンへ 其の八

 ダンジョン四十一階層。戦闘開始だ。

 相手は蟲の魔物。昆虫が苦手な子だったら卒倒するであろう光景が広がっている。

 うじゃうじゃとひしめくGによく似た蟲…… 

 大きさは中型犬ぐらいあるな。


 俺は蟲に近づき続ける。

 蟲が動きを止め、一斉に俺に視線を送る。

 数万を超える視線が、いや死線って言った方がいいかな? 

 明らかに殺気がこもっているのが分かったから……


 だが俺はひるまない。

 手に持つは集団戦に特化したフルオートのショットガン。

 集弾性は低く、弾は広範囲にばらけてしまう。

 PVPならば使えるはずもない弱武器として有名だった。

 だがPVEならば…… 


 俺は歩みながらショットガンを構える。



 ギチギチギチギチギチギチッ

 シャカシャカシャカシャカッ 

 


 蟲との距離が近くなる。

 足元から…… 壁から…… 天井から…… 

 あらゆる方向から蟲が俺目掛け飛びかかってくる。


 俺はトリガーに指をかけ…… 



 ドドドドドドドドドドンッ



 グシャッ ドチュッ バシュッ



 10連発の散弾が放たれる! 

 ある程度距離を取っておいたので弾は広範囲にばらける。

 込めた弾はバードショット弾。

 薬莢の中には二百を超える散弾が詰まっている。

 それが十発連続で足元から一斉に放たれる。


 二千を超える散弾が蟲を襲う。

 ショットガンの一撃を食らった蟲は地面にひっくり返って動かなくなった。

 殺した蟲は百を超えてるかな?

 だが仲間の死をものともせず、次の一団が俺に迫ってくる。


 俺はマガジンを創造し、すばやく交換。

 再びトリガーに指をかける。



 ドドドドドドドドドンッ



 鳴り響く発砲音。

 天井からボタボタと落ちてくる蟲の群れ。

 俺はそれを掻き分け蟲がひしめく中に進んでいく。

 そろそろかな……


 蟲との距離が更に近くなる。

 蟲は動きを止める。やおら蟲の背中が割れ……



 ブブブブブブブブブブブブブブブブッ



 羽が飛び出してきた。一斉に飛びかかってくるつもりだな? 


 桜、フィーネ。攻撃は任せたぞ……


 そして……


 蟲は一斉に飛びかかってくる! 

 ショットガンでも対処出来ない数だ! 

 よし! ヘイトはしっかり取れてるな! 


 俺は視界が真っ黒になる距離まで待つ。

 オドは既に練ってある。



 発動する。


 俺はこの能力でクラメンを数々の危機から救ってきた。


 彼らは俺がいればどんな高難度ミッションも攻略出来るなんて言ってくれたな。


 それは俺がPVPでそこそこ強いからではない。むしろ俺の真価はPVEで発揮される。


 ディフェンダー。ヘイト管理を行い、パーティの盾として存在する。


 そしてこれが俺の力だ!



【障壁!】




 ブゥゥンッ



 バシュッ



 両手を広げ、球状になったバリアーを生み出す! 

 飛びかかった蟲はバリアーに弾かれ天井、壁に叩きつけられる! 

 ぐちゃっという音を立て、壁に張り付いた。

 うへぇ、気持ち悪……


 でも俺は今からもっと気持ち悪い物を見なくちゃいけないんだよな。

 俺は出来る限りの大声で……! 


「桜! フィーネ! 攻撃だ!」


 俺の怒号を皮切りに火の玉が! 桜の矢が放たれる! 



 ドゴォッ ドゴォッ


 ゴゥンッ ゴゥンッ



 それを食らった蟲達はジュワジュワと音を立て燃え始める。

 桜の爆散の矢だろうか、大きな爆発があちこちで起こる。

 爆風を食らい、吹っ飛ばされた蟲は壁や天井に叩きつけられ、柔らかい中身が飛び出す…… 


「もっとだ! ありったけ撃て!」


 二人の攻撃は有効なようだ。

 だが決定打に欠けるな。

 恐らく蟲は数千を超えるだろう。

 それをちまちま攻撃していては時間がかかってしょうがない。

 俺は再び大声で……


「桜! 踊れ! 強くなれるよう願いながら踊れ!」


 俺の声が聞こえたのか、桜の攻撃が止まる。

 だが、数十秒もすると体に異変が現れた。

 筋肉が肥大し…… 気力が溢れるのが分かる。

 舞の効果だ。すごいな。

 桜をヒーラー兼エンチャンターにして正解だったわ。


 その後もフィーネの魔法、桜の矢は蟲を退治していく。

 未だ蟲のヘイトは俺にある。足元には大量の蟲の死骸が転がってるな。

 生きている蟲は…… 前方に見える二十匹ってとこだろうな。


「撃ち方止め!」


 俺の掛け声を聞いて二人の攻撃が止まる。

 仲間の死をものともしない生き残りが俺を食い殺そうと障壁にへばりつく。

 このまま障壁を解除すれば俺は蟲にたかられることになるな。

 死にはしないだろうがダメージは受ける。

 そして何より気持ち悪い。


 だが俺の障壁は特別でな。解除する時に衝撃波を放つ。



 バシュッ


 グシャッ



 その衝撃波を食らい、最後の蟲達は爆発四散して虚空へと消え去った。


 ふぅ…… 俺達の勝ちだな。

 突如、体に力がみなぎるのを感じる。

 付与効果とは違う力。体の根底から力が溢れる。

 そうか…… レベルアップだな。

 これだけ大量の蟲を倒したんだ。

 どれくらいレベルが上がったのだろうか? 

 ステータス鑑定が楽しみだな。


「桜! フィーネ! もう大丈夫だ! 生きてる蟲はいないぞ! 先に進もう!」

「「…………」」


 ん? 返事が無い。一体どうした? 

 まさか…… フィーネがいる所に蟲が出たとか!? 

 俺は急いで二人のもとに走る! だが…… 二人は無事なようだ。

 ただ足を震わせ立ち尽くしているのだが。


「なんだ、二人共無事じゃないか。ほら、先に進むぞ……」

「無理……」


 桜とフィーネが涙目で俺を見つめる。

 おいおい、無理って何がだよ。


「何言ってんだ。もう蟲はいないんだ……」

「だって! 死んだ蟲とかいっぱい転がってるんでしょ!? そんな中歩きたくない!」


 あちゃー…… そういうことか。

 生きてようが死んでようが気持ち悪いものには変わりないからな。

 でも流石にフィーネは大丈夫だろ。

 蟲が苦手とは言っていたが銀級冒険者だ。

 魔物退治なら俺達より慣れてるし。


「フィーネは……」

「私も嫌です……」


 おま…… それでよく冒険者やってこれたな。

 しょうがないか。俺は桜を強引におんぶする。


「なっ! パパ!? もしかして!?」

「そうだよ。怖けりゃ目を閉じていろ。蟲が見えないところまで連れてってやるから」


「う、うん…… でも早くしてね……」


 桜は背中越しにぎゅっと抱きついてくる。

 俺は桜をおんぶしたまま、蟲の死骸の中に入っていく。

 足の踏み場もないほどの死体の海だ。

 やむなく死骸を踏みながら先を進む。

 むにゅっとした気持ち悪い感触を感じる…… 

 後で靴を洗わなくちゃな。


「パパ…… まだ着かないの……?」

「もうちょっとだ。そのまま目を閉じてろよ」


「は、早くしてね……? なんかもう漏れそうなの……」

「おまっ!? ビビり過ぎだって!」


 背中でお漏らしされてはたまらない。

 俺は急ぎ蟲が見えなくなるところに到着した。

 桜を降ろし、来た道を戻る……のだが、桜に止められた。


「パ、パパ! どこに行くの!?」

「いや、どこって。フィーネを迎えに行かなくちゃ」


「でもフィーネちゃんを迎えに行ってる間、私は一人でしょ!? やだよ! 蟲が出たらどうするの!?」


 お前なぁ…… 

 しょうがない。俺は桜に向かい……


【障壁】



 ブゥゥンッ



 障壁が桜を包む。

 キョトンとした表情で桜が障壁を見つめている。


「これで大丈夫だ。蟲は障壁の中には入って来られない。それにこの障壁は俺のMPが切れるまで無くなることはないし、俺の意思でしか解除出来ない。その中にいれば安心だ。それじゃ行ってくる」


「ちょっ!? パパ! 待って!」


 桜が何か言っていたが、これ以上フィーネを待たす訳にもいかん。

 俺は急ぎフィーネの所に向かった。



◇◆◇



 蟲の死骸を掻き分け、フィーネのもとへ。

 彼女は不安そうに俺を待っていた。


「すまん、遅くなった」

「もう…… 遅いですよ…… 一人で怖かったんですから……」


 フィーネは涙目で俺を睨むのだが…… 

 お前、ほんとに冒険者か? まぁいいか。

 今度は桜を一人で待たせてある。急いで桜の所に戻らないと。

 俺はフィーネの前にしゃがむ。


「ほら乗って」

「え…… はい…… でもおんぶって背中ががら空きになるので怖いんです…… もしかしたらおんぶされてる時に私の背中に蟲が降ってくるかも……」


 考えすぎだって…… 

 でもおんぶが出来なければどうやってフィーネを連れていけばいいのか?


「ごめんなさい…… 抱っこしてくれませんか……?」


 抱っこ……? まさかお姫様抱っこをしろと!? 

 そんなもの結婚式でかみさんにしたことしかないぞ! 

 歩くのは駄目、おんぶも駄目。そして抱っこならいいと…… 

 しょうがないか。


 フィーネの腰に手を廻し、彼女をお姫様抱っこする。


「ひゃあんっ!?」

「ほら行くよ。蟲の死骸がたくさんある所を通る。怖かったら目を閉じてて」


 かみさん以外の女にこんなことをすることになるとはね…… 

 俺はフィーネを抱っこしたまま蟲の死骸の中を歩く。

 フィーネは俺の腕の中でガタガタ震えてるな。

 よくもまぁ、こんな調子で冒険者なんてやってこれたもんだ。



 ギュウゥゥゥゥッ

 ブルブルッ……

 ムニュッ



 フィーネは震えながら俺に抱きついてきた。

 おおぅ…… 前回は背中で感じたあの感触が…… 

 フィーネは胸が大きい。

 俺の中ではエルフってのは痩身でモデル体型、おっぱいも小さいもんだと思っていた。

 でもフィーネはエルフじゃなくてアルブって言ってたもんな。

 種族が違うんだろうな。


 蟲の死骸を掻き分け、桜のもとに到着…… 

 って桜が障壁の内側を叩いて出してくれ的なジェスチャーをしてくる。

 一体どうしたんだろうか?


【解除】


 俺が一言発すると障壁が消え去る。

 桜は青い顔をして俺達の視界から逃げるように走り出す…… 


「桜! どうした!?」

「来ないで! もう漏れそうだったのよ!」


 あ、そうか。桜をおんぶしてた時言ってたもんな。漏れそうだって。

 しまったな。フィーネを迎えに行く前に用を足させておけばよかった。


 まぁ手遅れではなかったし、桜の尊厳は守られた。

 未知の領域とはいえ、コンビネーションも上手くいった。

 このまま最下層まで無事に辿り着けそうだな。

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