第56話 乱歩

五十六

 これで、僕に醜い支配欲があることが君に伝わったはずです。しかし、ただ支配欲があるだけではないのです。


 僕は昔から本を読むのが好きでした。小学生の時に、江戸川乱歩の少年探偵団シリーズを愛読していました。幼かった僕にとって、乱歩というと、怪人二十面相と明智小五郎の対決といった子供向けの本を書く小説家でした。


 しかし、乱歩は子供向けではなく、大人向けの小説も割と書いているのです。


 中学二年生の時だったと思います。タイトルに惹かれて、『人間椅子』という本を読みました。この本は僕の中にあるおぞましい欲望を呼び覚ましました。


 そこでは、椅子の中に人が入っているのではないかという恐怖感とともに、ある種の女性に対する執着が描かれていました。単純な恋愛感情と言うことが許されない恋。そこには、明らかに間違った恋の形があったのでした。乱歩はその醜い恋を文学的に美しく書いていたのです。


 逆説的な言い方ですが、僕はその文章を美しいと思ったのです。


 僕はこんな醜いものを芸術として、昇華させることができた乱歩に敬意を持ちました。それと同時に、僕は自分の心の中に性欲があることを知りました。


 おそらく、性欲というものがなかったら、こんなにも『人間椅子』に感銘を受けることはなかったはずです。


 『人間椅子』を皮切りに、僕は乱歩の作品を立て続けに読みました。『蟲』、『蜘蛛男』、『芋虫』。どれも反社会的で許されざる欲望を描いています。


 表面上、僕はこの作品の中にある反社会的な要素を軽蔑し、断罪していました。しかし、心の中ではどうしようもない快楽を感じていました。他者とは共有することができない喜びなのです。


 喜べば喜ぶほど、僕は自分が怖くなりました。こんな作品に耽美的な喜びを感じる僕は、人間として大切な何かを欠いているのではないか。今の僕はたんなる読者にすぎないが、あるとき、この作品が描く快楽を実現したいと願い、行動に移してしまうのではないか。僕は何もしていないのにもかかわらず、罪人になったような気分になりました。


 僕は罪人という意識を持ちつつも、どうにかまともな人間であろうとしました。冷静に考えれば、出来事として何も起こっていないのです。たんに、読書をきっかけとして、自分の汚らしい欲望に気づいてしまっただけです。


 そう考えているうちはよかったのですが、僕の欲望の輪郭が年を重ねるごとに鮮明になっていくのです。

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