第50話 他者

五十

 物心ついたときから、僕は他者という生き物に関心がありませんでした。僕にとって、他者とはたんなるこの世界の背景にすぎませんでした。


 そんな僕は世界のあらゆる現象に興味を持ちました。じょうろで花に水をかけたとき、七色の虹が現れたときの感動を今でも覚えています。自然の神秘を身近に感じたのです。幼い時は純粋にこの世界が綺麗だと思ったものです。


 花に水をかけたときと同じような虹の煌めきが空でも同じように登場することに驚きました。どうにかして、虹の端に行こうと、無我夢中で虹を追いかけました。

 

 しかし、いつまで経っても、虹の端にはたどり着けない。今思うと、僕の人生とはたどり着くことのできない虹の端という幻想を追いかけていただけなのかもしれません。


 小学生になったばかりの僕は他者というものを意識せずに生きていくことができました。自分の隣に人がいるという認識しかなかったような気がします。それくらい、他者とはどうでもいい無害な存在でした。そのため、自分の思うがままに生きることができたのです。


 しかし、僕はあるときを境に自由に生きることができないことを知りました。おそらく、自習の時間だったはずです。


 先生のいない教室は小さな話し声に溢れていました。僕は静かに自習をしていました。そんな折、先生がどこからか教室に戻ってきました。


 「静かにしていたのか?」

と先生はクラスの全員に向かって言いました。教室中がシーンとなりました。誰も何も答えないのにしびれを切らした先生は少しだけイライラしていました。


「廊下から、声が聞こえたぞ」

と言って、先生は僕の前にいる児童を指さしました。

「コイツもしゃべっていた」

とその児童は僕も道連れにしようとしました。

「二人とも教室から出ろ」

そう言って、僕とその児童は教室から中庭に追い出されました。その後、先生は窓を閉めました。大げさに言えば、僕とその児童は閉じ込められたのです。


 幼かったために、これといって、何か心に傷を受けたというわけではありません。


 しかし、今から思い返すと、このとき、僕は生まれて初めて、疎外感というものを意識した気がするのです。より正確に言えば、窓を仕切りにして、僕は他者と切り離されたという虚しさを感じたのです。そのときになって、僕は他者がたんなる背景ではないことを知りました。


 それ以来、僕は孤独というものを理解するようになりました。

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