第36話 憤慨

三十六

 「なあ、藤原、今日、お前の後輩が来たぞ」

長岡は藤原の写真を前にして、話を始めた。


 「お前、最低だなあ。ただ死んだだけでなく、可愛い後輩にも迷惑をずっとかけ続けているぞ。あの後輩くん、今年も橋に行ってきたらしい。もう、十五年も経っているのに。お前、けっこう好かれていたんだなあ。そんな優しい人がいたのに、ほんともったいない奴だ。


 今日、お前の書いた小説を渡したよ。あれを読んで、彼はどう思うかなあ。俺は間違ったことをしたかもしれないなあ。でもなあ、彼は本当のことを知りたがっていた。真実なんか知らない方がいいかもしれない。

 

 だって、お前が死にたい理由なんて、あんまりにも大したことがないものだからなあ。そんなんで、死んだと彼が知ったら、どう思うかなあ」


 長岡は日本酒を飲み始めた。

「なんで死んだんだ。そもそも、死ぬ以外に何か思い浮かばなかったのか。折角、知性があるんだから、有益なことに使えよ。小説なんか書く前に、どうして俺に何も言ってくれなかったんだ」


 長岡と藤原は高校時代の同級生だった。大学生の時に、二人は別の県の大学に通った。長岡と藤原の間のやりとりは電話だけだった。男同士としては珍しく、長電話になることもあった。どんなに長いやり取りをしても、長岡は藤原の苦悩など知りえなかった。何の前触れもなく、長岡のもとに遺書が来たのである。


 長岡は藤原の死にショックを受けた。けれども、藤原が書いた小説を読めば読むほど、彼の死んだ理由にただあきれるだけだった。それゆえ、長岡は本田ほど後悔しなかった。むしろ、長岡は死んだ藤原を責め続けた。


 それでも、長岡の心は晴れなかった。ただ、やり場のない怒りを抱えるだけだった。


 「後輩くんが、橋の上に花が手向けてあったと言ってたよ。誰だろうなあ。お前には分かるはずだ。小説の中に出てくるあの人のはずだ。お前のせいで苦しんでいるのは、後輩くんだけじゃない。俺もそうだ。そして、小説の中の人たちだって、未だに苦しんでいるかもしれないぞ。なあ、なんであんなことをした。それでいて、お前が本当は死ぬ気じゃなかったってことを知ってるぞ。お前の下らないわがままにみんな振り回されたんだ」


 長岡は写真立てを吹き飛ばした。そのまま、長岡は酒を飲み続けた。

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