第25話 追憶

二十五

 約束の日になった。本田は車に乗って、藤原の実家に向かった。藤原の実家は本田の家から1時間くらいかかるところにあった。本田は藤原と出会った日のことを思い出していた。


 大学の図書館で、テーブルを占領していた藤原がいた。その藤原は10冊くらいの本を重ね、ずっと本を読んでいた。本田はその光景を何度も目にしていた。最初、本田はその男が学業に打ち込んでいる真面目な人だと思うだけだった。


 テスト期間になると、大学の図書館は学生でいっぱいになった。そんな中でも、藤原の近くにあるテーブルは埋まることがなかった。まるで、藤原が積み重ねた本が結界のようになっていたのである。


 仕方なく、本田は藤原の隣のテーブルに座った。そして、テスト勉強に精を出した。


 自分は手を動かして必死に勉強しているにもかかわらず、藤原はずっと本を読んでいた。なんだか、楽しそうだった。本田は気になって、藤原が並べている本を眺めた。カント、聖書、夏目漱石といった文字が目に映った。そして、藤原が読んでいたのはドストエフスキー『地下室の手記』だった。本田も読んだことがある本だった。


 本田はドストエフスキーを読む人なんているのかと驚いた。単純に珍しいと思った。


 テスト期間中、いつも通り藤原のテーブルの近くは空いていた。だから、本田は藤原の近くのテーブルに座った。テスト勉強に嫌気がさして、本田は『地下室の手記』を読み始めた。


 「ああ、『地下室の手記』」

藤原は小さい声を上げた。

「読んでましたよね?」

本田も同じく小さい声で答えた。

「こないだまでね」

「面白いですよね」

「一回読んだことあるの?」

「あります。これで、二回目です」


「珍しいね。みんなドストエフスキーといったら、『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』だと思っている。でもねえ、実際面白いのは『地下室の手記』だよ。君は当たりを引いたんだよ。中には陰気でつまらないという評価をする人もいるがねえ」

藤原は語り出した。本田はただただ頷いた。

「まあ陰気だとは思いますが」


 そう言いながら、本田は人差し指を口に近づけた。藤原は場の空気を察して、黙り始めた。


 それ以来、本田は藤原と話すようになった。


 「また会ったね。オレの隣のテーブルはガラ空きだからかい?」

「まあ、そうですね」

「君、なんていうの?」

「心理学1年の本田です」

「哲学3年の藤原だ」


 こうして、二人は親交を深めていくのだった。

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