第22話 落胆

二十二

 ふと、本棚が目に映った。本棚に薄いピンク色のものがあった。何かと思って、本棚に近づいた。スマホだった。


 どうしてこんなところにと一瞬だけ、不思議に思ったが、先生の忘れ物であることがはっきりした。


 僕はそっとそのスマホに触れようとした。けれども、触れること自体がなんだか悪いことのような気がして、手を引っ込めた。僕はまじまじとそのスマホを見ることしかしなかった。 


 どうにかして、先生にこの忘れ物を伝えたいと思った。けれども、連絡する手段が思い浮かばなかった。おそらく、先生は僕の家にスマホを忘れたことに気づくはずだ。そして、この家に戻ってくるはずだ。その場面を想像するだけで、落ち着かなくなった。


 けれども、戻ってこない可能性もあった。だから、戻ってくる可能性に賭けてみたくなった。早く、来てほしい。


 「ごめんね」

「大丈夫ですよ」

ただこんなやり取りをするだけで終わる。それなのに、無性に恋しくなった。


 玄関のチャイムが鳴った。僕はスマホを持って、階段を駆け下りた。胸が踊るような気分だった。玄関のドアを開けると、そこには先生がいた。

「ごめん、スマホを忘れて」

「大丈夫ですよ」

僕はスマホを手渡した。

「ありがとう」


 先生の後ろには車が止まっていた。先生が車を運転してきたのかと思ったが、運転席には人影があった。夜だったこともあって、はっきりとした人相は分からなかった。けれども、それが男であることだけは分かった。


 先生は用事が済んだため、助手席に乗った。先生は僕の方にこれといった反応をすることもなかった。白い車は何事もなかったかのように僕の家から離れていった。僕は茫然とそこに立ち尽くした。


 とぼとぼと僕は自分の部屋に戻った。先ほどまでの感動が冷めた。興奮と落胆の落差をずっしりと感じた。先生の隣にいる男が憎らしい。先生はその人のことをどう思っているか知らないが、こんなわずかな時間で車に乗せてくれるような人なのだから、それなりに仲の良い人なのだ。この距離の近さが妬ましかった。


 自分は単なる一人の生徒であることを改めて知った。


 本当に現実の世界はままならない。僕は恥ずかしいくらい空想に耽りたくなった。


 「ごめんね。スマホを忘れて」

「大丈夫ですよ」

「今から空いている?」

「空いているって、どういうことですか?」

「文字通りだけど」


 自分でもどうしてこんなことがポンポンと浮かんでくるのかが分からなかった。

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