第21話 衝動

二十一

 「僕のことよりも、先生はどうなんですか?」

「どうだと思う?」

「どうって言われても」

「どういう風に見えるのかなあと思って」

なんと答えるべきなのかが分からなかった。


「誰かお付き合いしている人がいると思いますけど?」

「そう見えるんだあ」

先生は軽くうなずくだけだった。

「実際、どうなんですか?」

「想像に任せます」


 そう言ったきり、この話題に戻ることはなかった。はっきりと断言しないからこそ、余計に興味が湧いた。


 けれども、先生にはどこか男の影があった。誰かのモノであるような気がしてならなかった。だからこそ、一層寂しい気分にもなり、自分のモノにしたくなるのだった。


 「ごちそうさま」

先生は皿をシンクの上に置いた。僕もそれに続いて、皿を置いた。

「スポンジって、これを使っていいの?」

「はい」

「洗剤はこれでいいの?」

「僕が洗いますよ」

「いいよ。毎度洗ってくれているんでしょ」


 先生は皿を洗い始めた。僕はその後ろ姿をテーブルの椅子に座りながら、ずっと眺めていた。その背中はあまりに無防備だった。長い茶髪が胴の中間辺りでとまっていた。右手と左手をその胴を囲うように伸ばしたくなった。


 けれども、僕はずっと椅子に座り続けることにした。自分の手が自分の手ではないような気がした。


 二人分の食事だったこともあって、皿洗いはすぐ終わった。

「拭くのは、自分でやってね」

「はい」

「じゃあ、また来週ね」

「はい」


 皿を拭き終えて、僕は二階へと上がった。僕はベッドに横たわった。どうして、手を伸ばしたくなったのだろうか。僕は自分の中にあるバケモノじみた衝動を感じた。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。自分自身が気持ち悪いと思った。


 もしあのとき先生の体に触れたら、先生はどういう顔をするのだろうか。表情をこわばらせるに違いない。僕を汚いものとして軽蔑するに違いない。そして、もう二度と会えなくなる。


 何も起こらなくて、良かった。たんに自分の頭の中で生じたことにすぎない。けれども、いつの日か現実の世界に現れて、悪さをするかもしれない。そうなったら、どうしよう。僕が悪いに決まっている。


 けれども、僕が悪いわけではない気もする。僕の中にある醜い衝動が悪いんだ。僕は悪くないんだ。そんなこと言って、自分を正当化することはできないくらい理解している。けれども、会うたびに先生は美しくなっているような気がした。

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