第125話『青天の霹靂』
漸くスタートラインに立つことができたイルリハランと日本。
しかし事件解決と言うゴールラインを超えるには、越えなければならない障害物がいくつもあった。
いかに証言ビデオを手に入れたとはいえ、不正に入手した証拠品は法廷ではマイナス要素でしかなく、これだけでバーニアンを捕らえることは出来ない。
そうなると決定的証拠を現地で発見せねばならず、現地潜入が余儀なくされた。
バーニアン側も当然警戒するので、潜入捜査としても終始疑われ続けられるだろう。
例え証拠を手に入れたとしても、次の問題としてチャリオスの軍事行動が予想される。
五十年もの長きに渡って計画して来たのだ。容疑を突き付けられたところで諦めるはずもなく、強硬手段としてユーストルを実効支配しようと全力をぶつけてくることも考えられた。
チャリオスは民間企業だが兵士も商品として他国に派遣しているため、私兵を保有して常に訓練を重ねている。その数は十万人を超えており、普段は分散しているが集まれば小国にとって大変な脅威となる。
それだけでなくチャリオスは世界中に工場を持ち、自国生産よりも安く汎用兵器を量産してもいた。建造中はともかく艤装終了して納品待ちの飛行艦は常に二十隻以上あり、兵器弾薬も量産していることから事実上の軍事国家と言って差し支えない。
もちろんバーニアン以外の人は『仕事』として勤めているリーアンばかりだから、ユーストル侵攻に大人しく従うとは限らない。ある程度離反するだろうが全員とは限らないだろう。
そして、チャリオスやバーニアンを撃退できたとしても、最後にバーニアンの情報とすでに生まれているであろう次世代のバーニアンを処理しなければ真の解決にならない。
ただの過激派によるテロ事件であれば首謀者を捕らえれば終わるが、この事件に関してはこれだけのことを処理して尚、未来に対して警戒をし続けねばならない。
異星人である日本が存在する限りバーニアンの問題は異地社会に付きまとい、この問題は必ず再燃する。
真の解決をするならばバーニアンを抑止か共存か、何らかの決断をしなければならない。少なくとも隠し通すのには限度があるのだ。それは誰もが分かっていて、先送りにしてきた。
六年前とはまた違う複数の針に糸を連続で通す精密なコントロールが余儀なくされる。
*
『ようやく回線がつながりましたね』
エルマ達が成果を上げ、その報告を受けてから一週間後。
テロ直後から意図的にしていなかったパソコンのモニターにエルマ達が表示された。
ルィルやリィア、その他転移直後の交流時に会った兵士たちの顔も見える。
「お待たせしました。AEの安全確認に時間が掛かりましたが、確認が取れたので要約のスタートです」
片側ヘッドホンとインカムを装着した羽熊が、パソコン画面にとりついているカメラに向かって話しかける。
『この一週間でそちらも色々と変わったようですね』
モニター越しでも意識が羽熊の後ろに向いているのが分かり、羽熊は振り返った。
そこには制服を着た自衛官を始め、星務省職員に内閣府職員と十数人が羽熊と同じように画面を覗いていた。
「世間には公表していませんが、チャリオスが容疑者であることは共有しています。ここにいる人たちは全員チャリオスを逮捕するため、皆さんに協力するべく若井総理の命で集めてもらいました」
この一週間、羽熊と若井は裏で色々と動いた。
さすがに現職の総理大臣と民間人の二人で秘密裏な組織づくりは出来ないため、一連の裏で動いていたことを閣僚らに話し、エルマたちのバックアップとして非公式の組織として本来の捜査チームとは別に立ち上げたのだ。
いわばエルマ達と同じと言っていい。
もちろんハーフの意味のバーミアンは話さず、エルマ達がチャリオスの容疑を固める証拠を手に入れたとして閣僚らを納得させ、最重要国家機密としてメディアには洩らさないのとエミエストロンがにらみを利かせているとしてアナログでの収集を計り、一週間と掛かって準備が整ったのだった。
その間にAEが安全であるかを国防軍のデジタル技術士官に見てもらい、ウイルスやバックドアがないことを確認してインストールをした。
これで少なくともバーニアンに日イ間での情報が抜かれることはないだろう。
『日本の皆さん、非公式の作戦に協力していただいてありがとうございます。基本的に皆様にお願いするのは後方となりますが、孤軍奮闘故に協力が不可避です。どうかお願いします』
「もちろんです。軍事的な支援は出来ませんが、日本から出来る支援は可能な限り行うと若井総理から言葉を貰ってます」
『ありがとうございます。一同一層の励みとなります』
「エルマさん、基本的に私こと羽熊が双方のやり取りを担当します。それで、この一週間で色々と議論が行われたと思いますが、これからどう動かれますか?」
やり取りをするなら秘密を知る羽熊が窓口をすればいいということで、総理の判断で日本版別動隊の窓口を担当することとなった。
ちなみに指揮官はまた別にいて、羽熊はチームに助言こそしても決定権や投票権などは持ち合わせていない。あくまで秘密を守るため人為的に検閲するためにいる。
『この一週間でアンチエミエストロンの有効性はこちらでも確認しています。そしてソレイ陛下に入手した情報の一部をお見せしたことで許可を得ました。チャリオスへの潜入捜査を行います』
前々からそれしかないだろうとしていた方法をついにすることに羽熊は何とも言えない感情を覚え、そのやり取りを知らない職員たちは各々の声を漏らす。
「勝算はあるのですか?」
相手が天才集団でなくても、この時期で来た人は全員警戒をするだろう。さすがに潜入直後に捕まることはないだろうが、証拠を掴まされるような自由行動はまずないとみていい。
『実は六年前よりチャリオスから引き抜き打診を度々受けているメンバーがいます。この引き抜きが今回のことと関連しているのか、それとも無関係なのかは分かりませんがその打診は今も続いているので利用しようと考えています』
「そうなのですか?」
『それに合わせてこちら側でも転職を余儀なくする流れを作って、向こうのエミエストロンに情報をわざと拾わせてもいます。これら全て工作と見破られるかもしれませんが、話し合った結果自然に潜り込ませるにはこれしかないのでしようと思います』
「……それはどなたとか方法とか聞いてもいいものですか?」
『いえ、無意味かも知れませんが察知されると困るので秘密とさせてください』
「分かりました」
さすがの羽熊も誰でどうやってかは見当も付かず、しかし無鉄砲な案でもなさそうだからエルマ達を信じるだけだ。
『明日から作戦を開始します。日本からなにかありますか?』
「横やり失礼します。エルマさん、覚えているかは分かりませんが陸上自衛隊所属の雨宮です」
羽熊の横からカメラの視野角に入ったのは、異地仕様に装備更新のため陸上自衛隊から防衛装備庁の陸上装備研究所に出向している雨宮だ。
チャリオスとの紛争があると見越して防装庁に出向していた自衛官も数人参加している。
『お久しぶりです雨宮さん。六年ぶりですね!』
「お久しぶりです。思い出話をしたいところですが、まずは仕事から」
『分かりました。お話を伺います』
「敵地のど真ん中に潜入捜査をするのであれば身の危険が及びます。いかに向こうから勧誘があるとはいえ警戒をしない理由にはなりません。万が一目的がバレて銃を突き付けられた場合、どのような対処を想定していますか?」
『潜入捜査員には我が国が開発した探知不能の発信器を埋め込みます。一方通行ですが音声を送信することが出来まして、もちろんアンチエミエストロンも組み込んであります。それで動向を常に監視しつつ、身の危険がある場合はその情報を根拠に強制捜査に移ります。テロでは検挙できませんが、それが最短での身の安全と連鎖的にペオの確認を取る算段ですね。可能ならそれではなく直にペオの資料を得ることですが』
「……ならアレが使えるな」
『アレとは?』
「秘密兵器みたいなもので、その件については後程説明します。受け渡し許可の手続きをしたいので自分はこれで」
雨宮の中でなにか考えがあるのだろう。かき集められたメンバーはそれぞれ機密情報を持っており、守秘義務から話すことも出来ない。
その中で雨宮は手伝えることがあるとして席を外した。
『秘密兵器とはなんでしょうか』
「私も分かりません。ですがきっと役に立つものでしょう」
部屋を後にする雨宮を見送りながら羽熊は自身の感想を述べる。
『話は変わりますが、アンチエミエストロンの扱いで日本政府の回答を聞かせてもらっていいですか?』
「それはどの範囲までインストールをさせるかですか?」
『そうです。チャリオスが保有するエミエストロンの有効範囲が日本国内にまで広まっているのかは、手に入れた情報では分かっていません。情報提供者は一応日本対応版のアンチエミエストロンを作成してもらいましたが、日本国内のデジタル情報はすべて拾われている前提で考えた方がいいのがこちらの方針です』
「防衛省の矢追です。その件については私がご説明します。デジタル戦術で最上位の権限と性能を持つエミエストロンは、防衛のみならず社会基盤を含めて脅威です。しかしAEの性能が不確定であり、解読しきれていないバックドアやウイルスが仕込まれている可能性も捨てきれない今、防衛装備全てや社会インフラにインストールはリスクの観点から出来ません」
『では自衛隊はアンチエミエストロンをインストールしないと?』
「いえ、接続地域を護衛する異地方面隊と政府の情報センターにはインストールします」
異地方面隊は従来の関東を守護する国防軍東部方面隊から独立して設立された方面隊だ。
異地は現在の日本に於いて全てで重要部分であるため、極めて局所的な地域でも方面隊として守護する運びとなっていた。
浮遊化装備もこの方面隊に限られているので、するならそこに限られると言うわけだ。万が一AEが罠だったとしても国防軍全てが被害を受けない安全策でもある。
ただ、防衛装備は国家機密だらけだからエミエストロンで情報が今も抜かれていると思うと気が気ではない。
『分かりました。日本政府の判断を尊重します』
「……エルマさん、素人目線の考えですがやはり向こうから見て新人が捜査程度でペオにしろテロの明確な証拠を見つけられるとは思えないんですが、それで情報が手に入らなければ次はどうされます?」
ウィスラーの証言ビデオでは五十年計画はチャリオス全体の認識ではなく、羽熊たちと同じように限られたバーニアン達しか知らない。
ならばチャリオス本社にしろ支社にしろ情報を簡単に見られるはずがない。いかにチャリオスに入れたとしても見つけられるとは思えず、ただただリスクだけを負うしか思えず羽熊はそう疑問を問うた。
『奥の手はまだあります』
「そうなんですか? そっちを先に使うのは……」
『いえ、その奥の手では検挙こそ出来ても別件でテロそのものの立証は出来ないんです。家宅捜索も出来ますが、まず証拠の入手は出来ないでしょうね。我々の目的はあくまで式典会場爆破テロの首謀者を捕らえることですので』
エルマの口ぶりから別の罪でチャリオスの幹部を捕らえられるのだろう。しかしそれではその別件だけでテロとは無関係で法は処理をしてしまう。
おそらく一番簡単に捕らえられるが、メインとは異なるからエルマは嫌ったのだ。
試合に勝って勝負に負けるようなものだろう。
その考えが失敗に終わらなければいいが、捜査の主導権はイルリハランにある。
『博士の考えは理解しています。兎にも角にも捕らえるならするべきではないかと。ですがそれではテロの犠牲に遭った人々が浮かばれません。綺麗ごとだったり偽善と言われようと、テロの主犯として捕らえることこそが弔いと考えています』
「分かりました」
決意は固く、友人の言葉でも揺らぎはしないだろう。
犠牲者の弔いのためにも妥協逮捕はしない。画面越しでも熱意は伝わり、意を唱える者は日本側はもう出なかった。
『それでは定時連絡は以上とさせてもらいます。定時連絡の他、何かわかりましたら時間を問わず連絡をしましょう。連絡員は常に置くようにします』
「分かりました。エルマさん、皆さん、ご武運を」
通話は終わる。
「どんな結果になるにせよ、チャリオスとの紛争は起こりそうだな。装備更新と製造の促進。防衛準備待機命令をいつでも下令してもらえるよう準備を進めよう」
ことが上手く進んでも証拠を手に入れたてから逮捕までのタイムラグを利用して進軍が予想される。証拠の入手と逮捕が同時に行えない以上、チャリオスの一部または全部との戦闘は不可避だ。
出来れば避けたいものの、可能性が高いのに楽観主義に走って何もしないわけには行かない。
集まったメンバーはいつでも初の戦闘をスムーズに、そして勝利を得るべく日本国内で出来ることをし始めた。
*
午後六時を回った頃、羽熊は表札が鍬田と書かれた一戸建ての敷居を跨いだ。
「ただいま」
「おかえりなさーい」
頂いた鍵を使って戸を開け、中に入ると毎日聞いている癒しの声が玄関に響く。
「ただいま」
声の主である最愛の妻の美子に再び挨拶をして靴を脱いだ。
「今日もお疲れ様」
「美子もね」
「ご飯できてるけど先に食べる? それともお風呂?」
「ご飯にするよ。亜季は?」
「いま寝ててお母さんに見てもらってる」
「そっか」
ご飯を食べたらお風呂に入る前に一目見ようと思いつつ、荷物を置きにいま寝泊りしている美子の自室へと向かった。
永田町で活動するようになったことで、住まいを茨城から東京へと移した羽熊家。
幸い美子の実家が勤務先からほど近い事と、義両親が側にいれば子育てもしやすいと言うことで実家に住まわせてもらっていた。
美子の部屋は元々十畳はある大きな部屋だったのと、結婚したことで私物や家具を撤去したことで空き部屋になっており、そこに羽熊家が仮住まいすることとなったのだった。
美子の父親は防衛省のキャリア官僚をしており、まだ定年前なので今日も防衛省へと出勤している。靴が無いことからまだ戻っていないのだろう。
いま防衛省は表向きはテロが発端の秩序不安から天手古舞だ。装備の更新が途中での事変で性急な対応を求められ、裏向きのチャリオスとの紛争の懸念でも仕事や山のようにある。
定時なんて言葉は捨て去られ、皆深夜になっても仕事をしている。
そう考えると波はあれど定時で買えることもできる羽熊は優遇されていると言えた。
部屋に入ると美子の母とベビーベッドで眠る亜季が視界に入った。
「あら、お帰りなさい」
「ただいまです。亜季、ただいま」
さすがに起こしてはならないとささやく声で愛娘に声を掛ける。
声には無反応でももごもごと動く唇とかを見せて思わず抱き上げそうになる。
「亜季の様子はどうですか?」
「特に変わりないよ」
「そうですか」
「二十分くらい前に寝たから抱き上げるのは我慢してね」
「そうします。美子も大丈夫ですか? 日中側にいてあげられないから……」
「代わりばんこで見てて美子も十分休めてるから安心して」
「すみません。本当は私が積極的に子育てに参加しないといけないのに」
「仕方ないよ。日本のために働いているんだから。美子も分かっているわ。でもせめて家にいる時だけ側にいてあげてね。あの子、顔には出さないけど辛いのは全部抱え込むから」
「ええ、身に染みて分かってます」
伊達に六年と側にいたりはしない。二十年以上側にいた両親には敵わずとも、夫として見てきたつもりだ。
晩御飯を用意している美子をいつまでも待たせるわけにはいかず、上着と鞄を降ろして手洗いをしに部屋を後にした。
手を洗い、ダイニングに行くとダイニングテーブルに美子は座っていてテレビを見ていた。
テーブルには二人分の夕食が置かれていて、カレーライスだった。
「亜季は寝てた?」
「ぐっすり寝てたよ」
「そ。それじゃあ食べよっか」
鍬田家では夫婦そろって食べる習慣があり、義母は義父が帰るまでは日を跨がない限り待つそうだ。なので羽熊家は先に夕食を頂く。
「テレビでもやってたけど野菜が値上がってるんだよね」
「元々輸入に頼ってるところでテロで検査量が跳ね上がったからね。コストだけが上乗せされるから値上げるしかないんだ」
いかに日本の海周辺のユーストルを日本領に割譲されても、バーニアン問題と巨大動物問題が解決出来ていないので接続地域周辺以外での展開は出来ないのが現状だ。
よって資源の大半は異地からの輸入で、日本独自の自給自足率は過半数を少し上回るくらいとされる。
その中でのテロによって危険物が紛れ込んでいないか検査を増やしたことで運送コストが上がり、結果全国規模での値上がりとなったのだった。
転移から六年経ってようやく転移する半年前くらいの水準に戻ったのに、転移直後の景気にぶり返してしまった。
「早い所テロの首謀者が分かって捕まればいいんだけどね」
「そうだな」
いくら妻であっても最高機密の情報を示唆するレベルで伝えてはならず、羽熊は普段の相槌を心掛ける。
「世界中が探してるからどこか取っ掛かりでも見つけられれば一気にいくさ。まあ日本は大っぴらに活動できないから後手に回るけどね」
実は世界も知らない最新情報を知ってるとなれば美子はどう思うだろうか。と邪念を抱いたりする。
「ルィルさん元気にしてるかな。もうテロが起きてから話が出来てないし、電話しても留守電になっちゃうし」
「やっぱり間近なところでテロが起きたから忙しいんだよ。少し待ってやって」
「うん」
そんな会話をしながら夕食を食べていく。
ピロリロリン、ピロリロリン。
音楽替わりにニュース番組を流していたテレビから、速報を知らせるアラームが鳴り響いて来た。
六年前は異地の新情報が判明する度に流れていたが、ここ数年は自身もなく情勢も比較的安定していたから聞かなかったばかりに、羽熊夫妻は反射的にテレビに視線を向けた。
『速報。イルリハラン王国、防務省所属のルィル・ビ・ティレナー少尉が、機密情報を流出させようとしたことにより不名誉除隊に処すを防務省が公表した』
「ごふっ!」
大企業か芸能か、はたまた政治関連と反射的に考えていたばかりに、予想の斜めを行く速報に咀嚼していたカレーを中途半端で飲み込んでしまった。
気道に入ってしまってひどくせき込んだ。
「ごほっ! ごほっ!」
「ルィルさんが機密情報を流出ってどういうこと!?」
「知らない。ごほっ! 今初めて知ったよ」
次の瞬間、数時間前に話をしたエルマの転職を余儀なくさせる意図に気付く。
潜入捜査をするのはルィルで、堂々とチャリオスに転職させるための説明づけで不名誉除隊にしたのだ、と。
異星人とのファーストコンタクターであるルィルなら知名度は随一だし、功績も数えきれないほどある。その彼女が秘密裏ではなくはっきりと速報で流すならば嘘とは思われにくい。
恐らくエミエストロンを欺くため、本当に機密情報を流そうとしたはずだ。
組織のバーニアンからすれば真実が偽装かを見極める必要があるが、後ろ盾となる組織から正規の手続きで不名誉除隊となれば信じやすく、逆に取り込むことを考えるかもしれない。
エルマが言っていたチャリオスから勧誘を受けていたのはルィルだったのだろうか。なんであれ信用と警戒が極端な方法だ。
『ただいま入りましたニュースです。イルリハラン王国の軍所属のルィル・ビ・ティレナー少尉が、機密情報を国外に流出させようとした疑いで逮捕。軍法会議には掛けず不名誉除隊に処す判断を防務省が下した模様です。ルィル・ビ・ティレナー少尉は六年前、日本が国土転移した際に初めて接触した異星人で、イルリハラン王国との国交樹立に大きく貢献しました』
「不名誉除隊って、軍隊の中じゃ一番ヤバいことじゃん」
スマホで不名誉除隊を検索した美子がその重大さを話す。
「年金とか制度とか色々な権利全部はく奪されて、再就職も相当大変みたい」
「日本で言う懲戒免職か。向こうでも同じかは分からないけど」
「あなたはなにか聞いてた?」
「いや何も」
察しはしたがこれは青天の霹靂だ。想像の範囲外だから素で驚いた。
美子はスマホを操作して電話を掛ける。おそらくルィルにだろう。
「……ルィルさん電話に出ない」
「速報が出たんだ。色々な所から鳴って出られないんだよ」
「ルィルさんが機密情報を流すなんて、それって軍とか国への裏切りだよね? ルィルさんがそんなことする!?」
一切真相を知らない美子はルィルの性格からそんなことはしないと信用しようとしない。
羽熊も前情報を得てなければ信じはしないだろう。疑いを掛けられてハメられたと考えたはずだ。
フリとして羽熊もスマホでルィルに電話を掛けるが、コール音が鳴るだけで出ることはない。
「分かるか分からないけど明日聞いてみるよ。星務省か防衛省に話しが言ってるかもしれない」
組織的にルィルは一尉官に過ぎないが、その知名度は要人レベルだ。偽装とはいえ信ぴょう性を上げるために色々と手回しをしているだろう。
真相を知るのはエルマたち別動隊のみで、他はルィルは驚愕と悪評を世間に振りまいて退職する。
フィクションでそうした潜入捜査は見たりするが、こうも退職を公表することはないからどうなるのか想像ができない。
「とにかくご飯を食べよう」
「うん。なんか一気に食欲無くなったけど」
「きっと何か理由があるはずだよ」
「そうだよね。日本やイルリハランのために頑張ってたルィルさんが、そんなことするはずないよね」
真相を話せない以上そう励ますほかなく、羽熊夫妻は夕食を食べた。
通夜とまでは行かなくとも、静かで味のない夕食時だった。
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