第74話『ロマン会議』

 新防衛大綱の草案を定めるにあたり、防衛装備庁は例年にない招集を計った。


 通常であれば一つの装備品ごとに各メーカーと各自衛官によってプロジェクトを立ち上げていくのだが、今回に限っては陸海空全ての装備品を扱う企業を一堂に召集することとしたのだ。


 その目的は異地の技術で一番注目されているレヴィロン機関の均一取得。



 和名で『吸熱発電式立体浮遊機関』とつけられたレヴィロン機関は各自衛隊全てが取得することが決定し、それぞれの目的に合わせたプロジェクトが進められるのだが、レヴィロン機関の規格だけは均一にする必要があった。


 そうすれば各自衛隊で融通が利くし、それぞれで派生した技術を統合しやすい利点があるからだ。なによりレヴィロン機関はフィリア社会で国際規格が定められており、日本独自の技術で新規開発するとその分遅れが出るばかりか、ガラバゴス化してしまえばイルリハランとの共同もまた難しくなる。



 ならば、最初から既製品を理解して取り組む方が、あらゆる意味で合理的なのだ。


 そしてもう一つの目的として、日本がレヴィロン機関を取得した場合に誕生する兵器についても検討したかった。


 地球の航空力学を完全に無視する浮遊技術に加え、バスタトリア砲などフォロンが生み出す力場を利用した物理現象。



 それらを使えば、日本が長年夢見てきたフィクションの中の超兵器を実現することが出来るかも知れないのだ。一体どの段階までの兵器を取得できるのかを早期に見定める必要があり、装備品の製造メーカーの人々に異例の一斉招集をかけたのだった。


 もちろん、レヴィロン機関は国防軍が独占するわけではない。



 民間でも異地への輸出や日本領ユーストル内での活用を見込んで取得しなければならず、そこは経産省主導によって別途セミナーを全国各地で開く手はずになっている。


 安全保障上、国防軍の取得が急務なので優先的に行われるが、レヴィロン機関そのものは官民問わず流通させるのが日本の方針だ。


 で、一同が集まってまずすることは一つ。



 名刺交換だ。


 中にはすでに繋がりを持つメーカー同士もいるだろうが、扱う品が違えば関わることはない場合もある。今後役に立つかはさて置き、同じ部屋に来た以上は繋がりを保つのは社会人として自然の習性だ。


 伝統の名刺交換を終えるに合わせ、会議場の壇上に陸自の迷彩服を着た自衛官が近づいてマイクのスイッチを入れた。



「えー、皆様遠路はるばるお集まりいただいてありがとうございます。私は防衛装備庁、装備官の井端朝樹技官です。今回の会議にて議長役をやらせていただきます。どうぞよろしくお願いします」



 マイクを片手にお辞儀をすると、席に座る参加メンバーも頭を下げ、所々小声であいさつをする。



「今日は皆さんの知っての通り、フィリア社会で一般的に活用されているレヴィロン機関についての講習とその活用、発展性について話し合いたいと思います。すでに各企業にはレヴィロン機関について、防衛省が入手した仕様書は送らせていただきました。その仕様書はイルリハランに限らずフィリア社会全般で定められている国際規格に則っている物であり、十分な歴史と実績を持ったもので、イルリハラン軍の監修でも間違いはないと言われています」



 つまり、この仕様書の通りに作れば日本でもレヴィロン機関を得られるということだ。



「皆さんはもう十分にレヴィロン機関について、その仕様書をご覧になって把握しておられると思いますが、再度簡単ながら講習をさせていただきます」



 そう言うと会議室全体が暗くなり、井端技官の後ろにスクリーンが降りるとプロジェクターが起動して防衛装備庁のロゴが映し出された。



「レヴィロン機関はその名の由来となった二つの物質、熱エネルギーを電気エネルギーに変換するレヴィニウムと、電気エネルギーを受けると物理的事象を起こす力場を生成する結晶フォロンの組み合わせでなっています」



 スクリーンに一辺五センチと表記された立方体が映し出された。



「レヴィロン機関そのものはキューブ状で、これ一つだけで乗用車を浮遊させる力を持っています。使用している結晶フォロンは0・1gです」



 例え仕様を理解し、現地で知っているとはいえ、地球の常識とは違い過ぎて少なからず驚く声が出る。



「レヴィニウムと結晶フォロンの複合システムがレヴィロン機関ではありますが、このキューブ内に両方が収まっているわけではありません。この中にあるのは結晶フォロンと固形化した間質液が入っています。結晶フォロンは電気を受けると、常に発している非貫通性の波動が貫通性のある力場へと変質する特性を持ち、結晶フォロンの質量によって広がる範囲が決まります。レヴィニウムは電源として外部に設置し、変換した電気をこのキューブに送電することで力場を展開。大気中の気体フォロンに干渉することで浮遊を可能とするのです」



 スクリーンでは日本車の中心にキューブが取り付けられた画像が表示され、そのキューブに送電されると円が車を包み込み、その周りにある気体フォロンと干渉して宙に浮いた。



「レヴィロン機関にとってレヴィニウムは電源に過ぎず、ありていに言えば今我々が使っている従来のバッテリーを繋ぐだけでもレヴィロン機関は機能します。フィリア社会ではレヴィニウムによる熱電源方式を採用しているため、内燃機関によって生じた熱と発電機による電気を利用しています。バッテリー技術はあるにはありますが、地球のそれと比べれば三十年近い開きはありましょう」



 その際たる理由が地下資源の採掘不足にある。電池の原材料には様々な金属が使われているが、その原料の採掘が地球と比べてはるかに少ないので研究もまた捗らないのだ。


 結果的に地球のバッテリー技術からは大幅に遅れたものしか生産されていないのだが、レヴィニウムの熱転換が有能であるため、蓄電性能はわずかでも問題なかった。


 なにせ常温でも電気への変換が行われてしまうので、例えばリモコンなら手の温度だけでも十分動くのだから仕方ないとも言えた。



「レヴィロン機関は、コアである結晶フォロンの大きさで展開する力場と持ち上げられる重さに違いがあります。ご存知のラッサロン浮遊基地は結晶フォロンを五キロ使用し、それだけで天空島を持ち上げる範囲とパワーを生み出します。注意点として、五キロ単体と五キロ相当では生み出す範囲もパワーも違います。細かな結晶をどれだけ密集させようと、それぞれの結晶フォロンはサイズに応じた力場を生み出すだけで、広範囲まで作用しないからです」



 以前ムルートの誘導策で、細かい欠片ではなく一塊の結晶を利用したのと同じだ。重さこそ同じであっても、それが複数に分かれているのか単一であるのかで大きく違う。



「なお、レヴィロン機関の一つの利点に改修のしやすさがあります。レヴィロン機関は対象物に固定するだけでそれを一体化したものと認識して浮遊させることが出来ます。その固定する強度もネジ一本だけで十分であり、極端に言えば、レヴィロン機関を護衛艦の中心部にネジ一本で固定するだけで、異地の空を飛ばすことができるのです」



 ある意味レヴィロン機関の最大の利点と言える。


 常識的に考えればレヴィロン機関に揚力が発生し、その力を取り付け具を介して物や乗り物に作用させることで持ち上げられるものと思うが、フォロンの特性は自身から放出した力場内の物を浮遊させるというものである。


 その『力場内の物』をレヴィロン機関がどう認識するかは、強弱に関係なく『固定』されているかどうかによるのだ。



 ただ床に置いたり、浮遊したレヴィロン機関単体が天井に当たって押し付けられても固定されているとは認識されないが、ネジ一つでも打ち込めばレヴィロン機関は対象物と一つと認識して浮遊する。


 これが何を意味するかは、ここにいる人々ならすでに分かっているはずだ。



「試算した結果、護衛艦いずもを浮遊化させるのに必要な資金はハード面だけで五百万程度。ソフトも合わせても二千万程度としています」



 格安で日本の乗り物を浮遊化することが出来るのだ。


 一般人からすれば高い金額も、護衛艦クラスの改修であれば格安と言えた。


 それも、組み込み用部品を新たに開発する分の費用を含めた額であり、開発が済んで成熟すればより安く改修することができる。



「電圧など詳細なところは仕様書を参照していただきたく、何か疑問があるところはありますか?」


「東菱重工業の間口です。仕様についての疑問ではないのですが、レヴィロン機関を搭載した乗り物は航空機になりますよね? そうしますと安全性を徹底しないといけませんが、国交省からガイドラインはあるのでしょうか?」



 異地にとって飛行車は日本の乗用車と変わらないため、免許証を取れば運転することができる。だが日本の乗用車を飛行車にするということは航空機として扱わなければならず、パイロット免許を別途で取得する必要が出る。


 護衛艦を飛ばすにしても、水上から空中に浮くのであればパイロット免許は必須だ。


 しかもヘリとセスナ機は免許が異なるので、車種によっては又別途で免許が必要になる恐れがる。



「そのことについては国交省で協議を重ねています。最終的には自動車免許に『飛行』の項目が付くと思われますね。レヴィロン機関は不動性に優れており、容易に高度を維持できますので、自動運転を利用して高度設定をすれば問題ないと考えていまして、管制とのやり取りも不要にできると見込まれます。国防軍に関してはまた別ですが」



 いくらなんでもここから多数の一般人に新規でパイロット免許の取得を必須とすれば、日本領ユーストルの活動に大幅な制限が掛けられてしまう。そうならないように有効利用するのなら、その制限はかなり緩くしなければならない。


 ただ、ユーストルはともかくフォロンの無い日本国内ではパイロット免許は必須だ。


 他にも法に関わる質問がいくつか飛ぶも、想定された質問なのか井端技官は即座に答えていき、質問は出なくなった。



「それではレヴィロン機関の講習はここまでとしまして、次に参りたいと思います」



 いよいよ本題その一に入る。


 まずは日本が現在保有している装備の更新について話し合い、次は異地仕様を前提とした新規設計について。最後はいよいよ想像上の産物だったものの実現性を議論する。



「先ほども説明した通り、レヴィロン機関は乗り物を始め様々なものに容易に取り付けることができます。その上でどのような改修が出来るのか、浮遊化した場合に想定される不具合など、製造メーカーである皆さんの意見をお聞かせ願えますか?」



 国防軍は装備品の点検や整備は出来ても製造は出来ない。新システムを既存の装備品に拡張するのであれば、運用する側だけでなく製造する側から聞くのは当然だ。


 しかも陸海空全ての装備品に該当するため、一同全員にこうした質問をする。


 最初に挙手をしたのは東菱重工業の間口。



「改修するにあたって確認したいのですが、改修する場合は元々の機能は維持するのでしょうか? ヘリならローターを。戦車なら横Gで落下の恐れがある履帯を外したりするのですか?」


「それぞれのエンジンにレヴィニウムによる冷却発電を追加すれば、アイドリング時の発電量と熱量だけで全ての乗り物が浮遊することが分かっています。ですのでローターは外さず、主力戦車の履帯は落下するかしないか検証して判断をします」



 間口は資料に目を配る。


 レヴィロン機関の利点にはもう一つあり、それは燃費の良さにある。


 端的に言って燃料満タンの日本製の乗用車が十日間は連続で無補給で動くことができるのだ。



「そうか、終始アイドリング状態ならローターは折りたたんだ状態でも浮けるか……」


「護衛艦を改修した場合、なにか不具合は起きますか?」


「荒天くらいの揺れ……いえ角度ですか。であれば特に障害は起きないでしょうが、レーダーによる地面方向の探知は出来なくなります」



 当たり前だが地球の軍艦は水面から上をレーダーで探査するよう設計されていて、喫水線から下の様子はソナーによって探査している。


 それを宙に浮かべた場合、天下のイージスシステムを以てしても、真下の探査は出来ないのだ。


 異地の飛行艦はそれを考慮して固定式のパッシブ・フェーズド・アレイ・レーダーを前後上下に六つないしは八つを付けている。



「メーカー側としては、護衛艦に限って言えば低空での行動か、次の議題である新規設計によって次世代艦を話し合うしかないと考えます。船底にレーダーを取り付けることは出来ますが、代わりに着水が出来なくなりますね」


「戦闘に於いて上を取ることは何より大事なことです。それは昔も今も、星を変えても変わらない。いくら浮けるようになっても、下からの攻撃を避けて地面すれすれを移動するなら水上艦と何も変わりませんよ」



 そう答えるのは航空自衛隊所属の美藤一尉。転移当初、レーゲン艦に襲われた際にスクランブル発進したF‐22に搭乗していたパイロットだ。



「私はラッサロン基地で空戦に関わる武器や戦術を見させてもらいました。飛行艦や戦闘機を駆使した戦術の一部を。護衛艦を浮かせれば行動範囲こそ広がるでしょうが、高度を得られなければただの的に過ぎません」


「しかし戦闘機の浮遊化もまた考えなければならない問題があるだろ?」



 空自が海自に意見したことで、返しとばかりにイージス護衛艦ひえい副長である海自の伊草三佐が言った。



「ジェットエンジンとレヴィロン機関を合わせればよりトリッキーな機動を取ることはできる。だが九Gを超すGを受けたら一発で体が壊れるだろ」



 人間の体はその構造上九Gまでしか耐えられないとしている。一Gが普段の重さで、一つ上がることに倍の体重がかかっていく。つまり二Gだと六十キロの人が百二十キロとなり、九Gになると五百四十キロとして自分を襲うのだ。


 ちなみに戦闘機は十Gくらいから機体に異変が起こり、十五Gで完全に分解する。


 レヴィロン機関は航空力学を無視した機動が可能なので、マッハで飛んでいる状態で突如上下左右にスライド移動することができる。


 しかし、機体もパイロットもそんな挙動を想定した設計はしていないから、普段の飛行中であってもダメージは負う。



「そもそも通常の機体操作とレヴィロン機関の操作は一本化出来るのか?」



 伊草三佐の問いに間口が答える。



「取り付けるレヴィロン機関が大きくなければ、モードの切り替えで操縦桿は一つのままで出来るとは思います。アビオニクスとソフトウェアがうまく機能するか……ですね」



 航空機は特に精密機器の塊だ。操縦席を見れば一目でわかるように、計器やスイッチ類が山ほど隙間なく詰め込まれていて、レヴィロン機関用の操縦桿を置く場所などない。


 そうなるとすでにある操縦桿で操作せねばならないが、従来のジェット機とレヴィロン機関をどう調整するのかが重要になる。



「それ以前に戦闘機にわざわざレヴィロン機関を取り付ける必要はないのでは? 戦闘機の売りは音速を越えての戦闘だろう。レヴィロン機関は立体機動こそ優れても、出力に関係なく時速約七百キロしか出ないのでは弱体化につながらないか?」



「確かにジェットエンジンとレヴィロン機関が一体化していなければ、いざ空戦をする時にお互いの長所を打ち消してしまいます。ですが、この改修で分かった問題を解決できれば次世代戦闘機に繋がるはずです」



「だが戦闘機は虎の子だろ。F‐22やF‐35を浮遊化したところで、不具合起こして落ちたらどうする。金を積もうが新しいのは出来ないだろ」



 日本は自国だけで戦闘機の生産は出来ない。技術大国と謳っても出来ないことは多々あり、その際たるものが航空機だ。


 日本で運行している航空機の多くがアメリカや欧州の航空機メーカーのものであり、機体の半分近くは作ることは出来ても主要部分は外国に依存していたのが航空機業界の状況であった。


 しかし、日本のみでこの世界に来て他国がいない今、代替が用意できない戦闘機に安易な改造をするには覚悟が必要だ。



 特にF‐22やF‐35は地球世界でも最新鋭のステルス戦闘機。浮遊化に失敗して大破してしまえばどうにもならない。


 それを証明するように、以前のレーゲン率いる多国籍軍とラッサロン艦隊が激突した際、オスプレイが一機奇襲で大破し、その数は減ったまま補填されていない。


 今回の改修は主戦場となる空に日本が十全に対応できるよう、重力に縛られる陸自と海自の戦闘の乗り物を浮かべるのが目的だ。元々空を主戦場とする空自まで巻き込む必要はないと言えばない。


 リスクとコストを考えればそう考えてもしかたがないのだが、空自はそうは考えなかった。



「空自が考えるのはその先です。異地の戦闘機は航空力学に縛られていませんが、地球の戦闘機はそれに縛られる。その縛りで戦況が左右されるなら、いかに軽減するかが重要でしょう」



 兵器の間ではどうしても次世代を設計する際にはその中間の世代が生まれる。主力戦車にしろ戦闘機にしろ、次世代を見据え新機能を盛り込んだ三・五世代や四・五世代がある。


 空自は地球と異地の中間世代を作るのが改修の目的なのだ。


 リスクを承知で踏み込まなければ、日本製異地専用戦闘機は生み出せない。



「ならパイロットはどうする。機体は今後どんなGにも耐えられるとしても、中の人間は持たないだろ」


「それを含めての改修です」



 様々な意見を交換し合うのがこの会議の目的だ。畑が違えば見える景色も考えも違う。そうした意味では今のやり取りは有意義と言えよう。



「ところで海自は潜水艦の浮遊化はするのですか? 空気抵抗から見て護衛艦よりは潜水艦のフォルムのほうがいいのは異地の飛行艦からも分かっていますが」


「自衛艦にどこまでの運動性能を与えるかによるな。さすがに時速七百キロまで出したらマストもレーダーも折れちまう」



 護衛艦は三十ノット(五十五キロ)を最大速度として設計している。台風下での航行も視野に設計されているとはいえ、速すぎれば現代の技術で作られた軍用のマストも折れてしまう。


 ましてや時速七百キロともなれば船体すら持たない。もちろんそれは最大速度であって普段はもっと落とすとしても、水上艦の想定を超えた速度が当たり前になるだろう。



「潜水艦は船体からして高機動が期待できるし、魚雷ではなくハープーンを撃てば対艦攻撃も可能だろうな」



 大海から切り離された日本にとって、世界有数の性能を誇った潜水艦は最早お荷物でしかない。なぜなら、相対すべき敵艦は水上ではなく空中にいる上に、リーアンの性質上、敵艦が水上移動をすることは無いのだ。


 相手がいない以上、潜水艦としての目的が果たせない。


 しかしレヴィロン機関と合わせることで、その潜水艦にも役割が与えられる。



「問題なのが防衛手段がないことだな。ただ浮かせただけじゃチャフを発射することも妨害電波(ECM)を出す事も出来ないから的になる」



 日本が所有する潜水艦のそうりゅう型は全長八十四メートル。対して異地の飛行艦は似た形状でも百五十メートルとあり、その倍近い大きさと用途の違いで持ち合わせる装置に大きな違いがある。


 少なくとも日本の潜水艦を浮かせて対艦ミサイルを撃つことはさほど難しくはないが、戦闘を行うなら様々な改修が必須だ。



「ただ浮かすことと戦闘するのとは違うか」



 井端技官も浮遊化は格安と言っても戦闘可能とは言っていない。


 そもそも国防軍が浮遊化した上で戦力とするのに二十年は掛かるとし、新規設計の兵器を運用するのもそれくらいと想定している。


 政府としても短期間で異地からの脅威と渡り合おうとは考えていないのだ。



「雨宮一尉、陸自からの意見はなにかありませんか? 陸自の装備でも」


「……そうですね。陸自としては戦車の浮遊化に強い関心を持っています。貶すわけではないのですが、戦闘機や護衛艦よりは浮遊化への手間は少ないでしょう。元々悪路を移動しますし、小銃弾や対戦車ミサイルに耐えるよう防御力もありますから。ただ、それでは空を飛ぶだけで的には変わりません。攻撃力増加として砲弾にレヴィロン機関を搭載して精密誘導が出来ないかを期待しています」



 一般的な認識として、銃弾や砲弾は回転して撃ちだされていると思われている。そうすることで安定して直進するからであるが、実は近年の戦車の砲弾は回転しないものが主流となっている。


 今でも回転によるジャイロ効果で弾道の安定性と命中率を確保する砲弾は一般的だが、こと戦車においては限られた搭載重量の内で高威力化を突き詰めていった結果、回転がむしろ邪魔となる弾が誕生し、滑腔砲と言う溝が刻まれない砲身と組み合わせて運用されるようになった。



 その回転しない砲弾にレヴィロン機関を取り付ければ、速度を殺さずに発射後に円錐状に軌道を変えることが可能になる。陸自はそれを期待しているのだ。


 コストの問題から異地ではその砲弾は採用していないが、もし発射後の精密誘導が可能であれば日本にとって有効的な武器の一つとなる。



「もう一つに、普通科の浮遊化もまたするのか気になるところですね。主戦場が空となると、普通科の隊員たち全員にレヴィロン機関を装着させる必要があります。その時にどうやってコントロールをするのかが重要になりますが」



 雨宮の発言に井端技官が答える。



「資料ではリーアンには介護用としてスーツがあるようですね。ただコントローラーを握って操作をする物ですが」



 それでは片手が塞がってしまい、軍人にとって致命的な問題だ。



「脳波、または筋電によって操作できればコントローラーを持つ問題は解消されますが、解決するのは大分先となるでしょう。まずは数年以内に実用可能なアイデアが欲しいですね」



 脳波による物の操縦は研究されているが、現代では集中して考えることでどうにか動かすことができるレベルである。いちいち『動け』と念じるのではなく、自分の手足のように無意識に動かすレベルには程遠い。


 軍用にしろ民用にしろ、自分の手足のように自然に体を浮かせて動かすのが、日本側にとっての人体用外部出力浮遊装置のゴールだ。


 だが軍事はまったなしなので、短期で実戦運用可能なコントロール方法の開発が求められる。



「手袋にスイッチを仕込むのはどうですかね。指先に圧力センサーを仕込んで、圧力具合でコントロールをするとか」


「それでは無意識に力み過ぎて誤作動を起こすぞ。安全を第一にしたものにしないと」


「なら加速度センサーをとりつけて、普段しない指の動きのみ反応して手を向けた方向に進むのはどうでしょう。それなら多少不便さはあっても誤作動はすくないですが」


「それでも片手が塞がれる。銃を構えたままでは使えないだろ。足ならどうだ?」



 どうやったら外部入力で人を立体的に浮かすことができるのか、色々な人が自分が考える案を言い合う。


 だがどれもこれも片手が塞がれたり不便性があったりと、コレと言ったアイデアは出ない。


 十分ほど意見が出されただろうか。すると議長の井端技官は、一言も発さずにいた羽熊に視線を向けた。



「羽熊博士、博士はなにか意見はありませんか?」


「へ? 私ですか?」



 はっきり言って羽熊の軍事知識はネットで知ることができるレベルだ。詳細な部分など知らないし、原理すら知らないのが半数以上と言える。男である以上、そうした軍用物は嫌いではないが、表面的なところまでしか知らなかった。


 なのに話を振られ、羽熊は素っ頓狂な声を上げてしまった。



「博士は専門外の方でありますが、なにか思いつくところがあれば話してはもらえませんか?」



 周囲から視線が向けられているのが分かる。以前なら逃げの発言をするところだが、ここに来た以上はこうしたこともある覚悟は出来ていた。



「そうですね……皆さんのお話を聞いていて思ったことなんですけど、銃にコントローラーを取り付けることって出来ないんですかね」



 羽熊の脳裏には昔からあるゲーム機のコントローラーが浮かび上がっていたが、それが全く出なかったため尋ねてみた。



「ゲーム機で銃の形をしたコントローラーってありますよね? シューティングゲームやVRゲームで、より実戦形式でゲームができるようにモデルガンにコントローラーをとりつけた物です。それを実銃に取り付けられれば、銃を構えた状態でも浮遊操作ができるんじゃありませんか?」



 羽熊はあまりゲームはやらないが、そうした物が販売されていることは知っていた。コントローラーを取り付ける分、新規開発や強度など問題はあるだろうが、それなら銃を構えた状態のまま立体的な移動が可能だ。


 雨宮は脳内でイメージしてか、小銃を構えるボーズをして左右の指を小刻みに動かす。



「小銃を構えている時と、構えていないときの二通りのコントローラーがあれば訓練次第でスムーズに浮けるかもしれない」



 そう聞いて空自の美藤一尉と海自の伊草三佐も銃を構える仕草を取った。



「案としてはありですね。でもそうなると銃の新規開発になりますけど」



 国防軍が採用している主力小銃は八十九年に制式化されて以来、今現在でも使われている歴史ある物だ。


 銃はその原理上ほぼ完成形に達していて、レールガンや特殊弾薬と言った発展形はあれ、弾丸を射出すると言う基本原理は、銃と言う概念が誕生して以来変わっていない。


 さらに最大の天敵である財務省が立ちふさがるため、自衛隊発足以来一度も実弾を使用した実戦を経験していないこともあり、使わない武器に多額の予算は回せないと許可が下りないのだ。



 今回は異地に適応するために予算が降りやすくなっているとはいえ、まず優先されるのは最初に議論された護衛艦や戦闘機と言った大型装備になる。


 実際は他国なら歩兵に当たる普通科がより戦場を駆け回るのだが、周りにはなかなか理解してもらえない。


 それはなにより国防軍こと自衛隊が、自衛隊らしい活動を続けた成果ともいえる。


 しかし護衛艦など大型装備を浮遊化するのなら、安全のため隊員たちにもレヴィロン機関を装備させるのは絶対だ。パラシュートよりも小型で自在に飛べるのなら、隊員全員がそれを選ぶ。



「銃の新規開発と言えば、バスタトリア砲みたいにレヴィロン機関で加速した弾丸を撃つことは出来ないのか? もしできればレールガンよりも強力になりそうだが」


「初速が秒速三百キロですよ? 艦砲や戦車砲ならまだしも、素手で撃てば即肩から千切れますよ」



「いやいや、レヴィロン機関は座標固定が可能だから、引き金を引いた瞬間に銃の移動を固定すれば無反動で撃つことは出来る」


「そもそもバスタトリア砲は日本での所有は禁止されてますし、異地でも宇宙戦艦の波動砲のように艦全体を砲台にする規模ですよ? 小銃程度の大きさに纏めるのは不可能でしょう」


「だが速度調整が可能で、有効射程が五百から三千と調整できれば、一丁であらゆる場面に対応できる。予算を考えても価値はあるだろ」



 火薬推進である以上、装薬の増減でしか弾丸の速度調整は出来ず、調整幅も狭い。しかしバスタトリア砲は十倍と速度調整が可能なので、小銃から狙撃銃と複数の銃の能力を持たせることができる。


 わざわざ別々の銃を持ち替える必要がないから、予算も抑えられるわけだ。



「例えハチキュウまで大きさを抑えられたとしても、異地側から反発は来ます。それ以下には落とせないんですから」


「なんで最低出力が秒速三百キロなんだ。レヴィロン機関は時速七百キロで上がらないし」


「まるでその間があるみたいですけどね」


「……なんかギアチェンジだな」



 誰かが言った呟きで、多くの技術者がハッとした顔をした。



「ひょっとして、レヴィロン機関とバスタトリア砲は別々のシステムではなく広義的には一つのシステムで、その二つの間には別の機関があるんじゃありません? で、レヴィロン機関を一速として、バスタトリア砲の間の機関で二速か三速。バスタトリア砲で三速か四速にギアシフトしていくとか」



 つまりレヴィロン機関はマニュアル車のように、段階的にギア比を変えて高速していくことができるかもしれないわけだ。



「なるほど、バスタトリア砲も基本原理はレヴィロン機関だから、理にかなってると言えるな」


「だから初速で秒速三百キロになってそれ以下に出来なくて、レヴィロン機関では時速七百キロしか出ないのか」



 一人の技術者が自前の電卓で計算をする。



「時速七百キロを秒速にすると約一九四メートル。バスタトリア砲はメートルだと三十万メートルから三百万メートル。レヴィロン機関は遅速と最速が二百倍。バスタトリア砲は十倍。もし中間があるなら、段階的に倍数が減るかもしれませんね。二速が百倍で、三速が五十倍とか」


「結晶フォロンもレヴィニウムも、質量によって出力が桁違いですから当てはまりますね」



「物体の強度は度外視して、もし中間の加速方法を見いだせれば時速七百キロを超えて秒速三千キロまで加速が出来るかもしれないわけか。ならトップギアもあると考えるべきか」


「ひょっとして光速とか?」


「いやー、相対性理論から光速は無理でしょ。せいぜい亜光速では?」


「トップギアはもう分かっているでしょう? それも四ヶ月も前から」



 一つの呟きで一気に盛り上がる会議の中に、羽熊は一つの結論を確信をもって混ざった。



「日本が何光年も離れたこの星に瞬時で国土ごと転移したんです。これを超える速さと規模はないですよ」



 レヴィロン機関の到達点は転移現象とする考えに、会議場全体に衝撃が走った。


 日本列島が海ごと地球からフィリアに転移してから約四ヶ月。まったく取っ掛かりもなかった現象に、果たして帰ることができるのか悩まされていたが、今、その取っ掛かりが出来た。



「落下してきたレヴィアンに結晶フォロンがレヴィニウムと一緒にあったのか分かりませんし、転移先にあるからかは分かりませんが、状況から見てないとは言えないでしょう」


「確かにそれはありえる。まさか転移現象の糸口がここで出るとは思わなかった」


「これは早急に専属の研究チームを結成する必要がありますね」


「このこと、イルリハラン王国に伝えるのか?」


「難しいですね。もしレヴィロン機関の終点が転移現象であれば、史上最悪の兵器になってしまいますから」



 日本にとっては地球帰還のためとして考えるが、異地社会からすれば兵器としてバスタトリア砲を上回る最強の部類と見るだろう。


 なにせ前兆無しで爆発物を送り付けることが出来るのだ。


 敵国の政府中枢や軍司令部を爆破してしまえば、指揮系統が途絶えて一気に有利に立てる。


 ピンポイント爆撃だから核の報復のような広範囲の被害はないだろうが、自動報復をすれば一瞬で世界から『政府』が消失する。


 ただ、平和利用限定として日本が保有するとしても、イルリハランを含む異地社会は認めないだろう。



「そもそも仮説に過ぎないので、伝えるかどうかは原理が確立してからですね」


「レヴィロン機関の終点が転移かもしれないのは納得出来るんだけど、ラッサロン天空基地のような天空島を軽々作れる異地社会で、レヴィロンとバスタトリアの中間の存在に気付かないものかね?」


「博士、そのようなことは聞いてますか?」


「いえ、一切話されてはいませんね。渡された書物でもそうしたものは何も書いてはいませんでした」


「情報統制して気づかせないこともあるのでは?」



「それはないと思います。調べるにあたって意図的に避けている様子はありませんし、あれば転移してすぐに日本を地球に帰しますよ」


「または、開発特区に持っていくために日本を国土ごと拉致したか」


「……イルリハランや異地を擁護するわけではありませんけど、転移してから今日までが全て演技であれば、とんだ役者たちですね。私は一番リーアンと接してきましたが、彼らの反応はまさに自然な物でした。私はあれを演じているとは思えません」



 少なくともこの会議室で、リーアンと接触した累積時間で羽熊に勝る人はいない。次点では雨宮だが、それでも何日分と少ないだろう。


 羽熊もリーアンが国ごと拉致した可能性については会った時から頭に入れていたから、今となっては演技ではないと断言できる。



「今ここで国土転移の真相を考えたところで答えは出ません。今は博士の見解を前提で行きましょう。さて、話が少し脱線しましたが戻しますが、小銃の話でしたね。もし秒速二百メートルから三十万メートルまで加速できる新レヴィロン機関が存在し、尚且つ小銃規模に収められるなら日本でも使用は可能でしょう」



 アルタランが提示したのは核兵器の新規生産の禁止とバスタトリア砲の保有禁止。


 バスタトリア砲の定義は秒速三百キロから三千キロに砲弾を加速させることだから、それ以下であればバスタトリア砲とは別種となり、保有しても言い逃れをすることができる。



「もし規模が大きくなっても戦車や速射砲に取り付けられればいいので、特に問題はないですね」



 護衛艦に使用されている速射砲は初速で秒速千メートル。千メートル以上三十万メートル以下で発射できて、速射砲より高性能に出来るなら置き換える価値はある。



「ちなみにレヴィロン機関で銃弾にしろ砲弾にしろ、発射する時は火薬を使うのか?」


「バスタトリア砲は火薬推進ですね。なにせ初速が速すぎるので、火薬で初速を出した上で基本弾速である秒速三百キロに加速します。どこまで耐えられるかは検証しだいですが、少なくともレールガンレベルなら問題ないと思われます」



 砲弾自身にはレヴィロン機関はないから、初速を得るには火薬推進をするしかない。実に三百分の一しか加速しないが、0から三百より、約一キロから三百に加速するほうがいいのというのが異地社会の判断だ。



「ならそれ以下なら火薬無しでも撃つことができるわけか。大幅なコストダウンにつながる」


 薬莢と装薬が不要になるからだ。実際砲弾の多くが薬莢と装薬で占められているため、不要となれば砲弾の数が増える上に被弾による誘爆も防ぐことができる。


「ではそうした方向で検討していきましょう」


「……あー、一ついいですか?」



 ふとあることに気付いた羽熊は挙手をする。



「なんでしょう?」


「これは政府や防衛省が考えて法改正をすると思うんですが、今後三自衛隊全てが異地に適応するため浮遊化するのであれば、陸自は国土防衛があるので残るとしても、空自と海自はそれぞれ別々のまま活動をするのですか?」



 羽熊の疑問は今後の航空自衛隊と海上自衛隊の組織についての事だった。


 元々日本の空を守るのが空自であり、海を守るのが海自だ。


 だが浮遊化して異地で活動をするようになるのならその土俵は同じになる。同じ場所を異なる組織が守る意味はない。いくら同じ日本を守る組織であっても考えは違うから、連携の乱れや反発があったりと足を引っ張りかねない。



「いえ、ある割合まで浮遊化が進んだところで、陸上自衛隊の水陸機動団と一部、海上自衛隊と航空自衛隊は一つの新しい自衛隊に統廃合される予定です」


「と、統廃合……」



 さらっと井端技官は言うが、これはかなり大きな話だ。


 自衛隊の発足以来、陸海空の自衛隊が日本を守ってきた。


 守る世界が大きく変わった以上、そうしたことも仕方ないとはいえ七十年以上とありつづけた組織を壊さなければならないのだ。


 とはいえ浮遊化した装備が戦力になるのは二十年後だから、統廃合もその頃になるだろうが。



「名前とかはどうなるんですか?」


「そこまでは政府も考えてはいないみたいですね」


「なら日本の海はどこが守るんです? 海自の船は全部異地に出すんですか?」


「海保が担うそうです。日本の海に異地の船は入れないので、違法操業や不法出国の監視をするらしいですね。ああ、このことについては防衛大綱に盛り込むそうなので、それまではオフレコでお願いします」



 いったんここで休憩となった。


 まだ何一つ形のないものだが、レヴィロン機関の存在で日本の装備品に幅広い広がりを見せた。よって技術者たちは休憩の間から動きを見せる。


 技術者同士で話をしたりどこかに電話を掛けたりと、じっとしている人は少ししかいない。


 言語学者として来た羽熊からすれば話し相手は多くなく、一人静かに休めるはずなのだが、この場にいるのはほとんどが異地に足を踏み入れてはいない人たちだ。


 そうなるとまだ知らない異地を知ろうと人が群がる。



 徹底的に人前に出ることを避けた反動だ。駐屯地内では皆見知っているからとやかく言われなくても、外では知らない人が多いから詳しいことを知ろうと近づいてきた。


 客観的に言えば転校生に群がる同じクラスの同級生である。


 ただ、そこは頼れるボディガードとして雨宮達陸海空自衛官に間に入ってもらい、比較的穏便な形で解散に持ち込むことが出来た。


 約三十分ほどの休憩時間を挟み、会議の後半が始まる。



「それでは会議の続きを始めたいと思います。ここからは普段はしないことを話し合いたいと思います」



 前半の会議も大変有意義であるが、技術者たちにとってはここからが本題その二と言えよう。


 いよいよフィクションの世界に現実が触れようとしているのだ。


 集まった人々の年齢からみて、幼少時代は羽熊を含めてロボットアニメの全盛期の八十年代後半から九十年代だ。


 アニメや特撮で活躍した架空の超兵器を、いかに現実に顕現させられるかを夢見て技術者やその手の企業に入社した人は多い。


 羽熊も幼少時代は夕方のアニメを楽しみにして育った。



「はっきり言いましょう。アニメや特撮、または映画に登場した物を、異地の技術と合わせて誕生させることを馬鹿にする人は今すぐ帰ってください。これは実現可能かどうか話をするので、出来ないと念頭に置く人はいりません。実用性の有無も問いません。出来るか出来ないかを話したいので、その前提でお願いします」



 防衛省の上級官僚がはっきりと言うあたり本気度が窺え、馬鹿にする人も笑う人もいない。


 集まった人は全員知っているのだ。レヴィロン機関があれば多くの架空の兵器を作り出すことができることを。



「ではまずは分かりやすいところから行きましょうか。五メートルから二十メートル級のロボットを作り出すことは出来るか、ですね」



 やはり最初に来るのはこれであった。会議室にいる人々は姿勢を正す。



「ロボットで一番の問題は関節でしょうね。高出力のエンジンでもモーターでも大型化して図太くなるし、関節は強度も不足して破損しやすい」


「戦闘機の可変ウィングも強度不足から採用されなくなりましたからね。いざ戦闘するならパンチよりはミサイルや砲弾を撃った方がいい」


「そもそもロボット同士の戦いはそういう演出を見せるためであって、実際には重火器がメインでしょう? 撃ち尽くしたらありえても、その時は後退するのが普通だ」



 ある意味子供から大人になった弊害ともいえる。男のロマンとしてロボット兵器は欠かせないが、実際にあったところで実用性はないのだ。


 二十メートル級の人型ロボットがあったところで、質量も大きいから動きが緩慢でミサイルや大砲を避けることは出来ないし、二足歩行は戦闘では不向きだ。重心が上半身にあるから一度倒れれば起き上がるのも難しい。


 レヴィロン機関によって浮遊したとしても、なら小型である戦車や戦闘機で戦う方が勝機がある。



 ロマンと現実は一致しないのだ。



「技術的には可能かで議論をお願いします。人型ロボットに実用性がないことは分かっていますので」


「レヴィロン機関を動力源に使うなら、筋肉部分にとりつけるな。で、関節から関節の間に力場を展開させて関節の可動範囲だけ動かせば、高出力エンジンを積まなくても人と同じ動作は出来る。しかもレヴィロン機関は小型だから、その空いた部分に武器を搭載することが出来るな」


「であればロケットパンチが出来ますね」



 巨大人型ロボットにロケットパンチは欠かせない。


 理論上ロケットパンチは可能な上に再装着も出来るので、技術者たちは「おお」と声を上げた。



「それに自重を下半身が支えるのではなく、全身のレヴィロン機関で支えれば人間並みの機敏な反応も可能ではないかと。というか地面から少し浮いて移動もできますね」


「高機動性を重視するなら、二十メートル級よりはそれ以下のサイズの方が翻弄できるんじゃありません?」


「まあなんであれ、アニメみたいな運動性能を発揮されたらパイロットは死ぬけどな」



 猛スピードの車に乗る人間が、シートベルトをしても急ブレーキをかけて制動を掛けたらろっ骨が折れる。シートベルトをしていなければフロントガラスを突き破って外に放り出されることから、高機動で尚且つ立体的なアクロバット運動をすれば、パイロットは戦闘機よりもすさまじいGを受け、全身をコックピットの壁にたたきつけられて死んでしまうだろう。シートベルトをしていても体の損傷は免れないはずだ。



「であれば無人にすればいいんじゃありません? 戦闘機だって第六世代は無人を目的としてますし、5G通信で遠隔操作すればタイムラグなしで動けますし」


「ドローンじゃロマンがないだろ」


「ロマンを求めて何十億から何百億もする機体とパイロットを死なせるわけにはいかんでしょう。ロボットにロマンを乗せるなら土木用とか民間で使うべきだ」


「土木作業をするロボットはなんかダサいな」


「だが、フォロン採掘を控えているからやらせるのもアリだろ。日本人は特にそういうの好きだし、ショベルカーよりも捗るぞ。だけじゃなくても傾斜問題もあるし」


「例えロボットが出来てもフォロンの無い国内じゃ意味ないのでは?」



 そう色々と脱線と本線を繰り返しつつ出された結論は、無人であれば各種アニメ相当のロボットの運用は可能である。


 ただ、そこまでして開発と量産資金を使うより、戦闘機タイプのを量産する方がノウハウもあって効率がいい。


 稼働する巨大ロボットは、複数の民間企業が協力して土木かイベント用で建造するだろう。日本中で愛されている人型巨大ロボットは、平和的に愛でてこそ活きるというものだ。



「宇宙戦艦のほうはどうですか? むろん宇宙での活動は考えていませんし、銀河系を出たりもしませんが」


「行くなら太陽系でしょう」



 と誰かが言って笑いが出る。


 みな童心に帰っているようだ。



「さすがに波動砲やエネルギー砲は無理でしょうけど、それ以外であれば艦載機含めて再現は可能と思います」


「それこそ波動砲はバスタトリア砲で、主砲は準バスタトリア砲でしょう。それならワープ以外は宇宙戦艦ですよ」



 こればかりは皆同意のようで反発意見は出ない。


 ただ、それでも船体から下に向けての攻撃手段が少ないので、下からの攻撃に対する防御は低い。なんにせよ、次世代護衛艦の何割かは参考になるかもしれない。


 地球時代でもフィクションだった物が実現してより発展していった。今回もまた空想が実現


して日本の力となろう。


 その日本の力第一号となるかもしれない案が、宇宙戦艦の話題のあとに出た。



「ところでドローンが出たことで思ったのですが、ドローン使えませんか?」


「と言いますと?」


「グローバルホークやプレデターではなくて、撮影などで使われてるドローンのほうです。それを防御用として大量に製造して護衛艦や戦闘機、普通科の隊員を護衛をさせれば生存性が比較的に上がると思うんです」


「ドローンを盾にするということですか?」


「ええ、戦車のような複合装甲を表面に施して、ミサイルに二発か三発耐えられるようにするんです。で、AI制御で自律的に対象からの脅威を守るようにするんです。負傷したらそれに乗せたり大荷物を載せるのにも役立ちます。形状はそうですね……複数のドローンを連結して巨大な壁にできるように正六角形がいい。この先ユーストルでの活動を考えるなら、国境監視としても使えますし、巨大動物の侵入を防ぐことも出来ます!」



 ドローンの有効性に気付いた技術者は興奮しながら熱弁をする。


 確かにレヴィロン機関はドローンには最適な機関と言えた。


 超低燃費だから高性能バッテリーだけで一日から数日は浮遊するし、フォロンの不動性を利用して突破不可能な壁にもできる。


 護衛艦や戦闘機に装着する形で共に移動し、いざミサイルの命中軌道だったら切り離して身代わりも出来る。


 装備を整えれば日本を全周超長時間監視も出来ると良いことづくめだ。


 フィクションの物を実現できると興奮していた技術者たちは、より現実的な道具を想像してか言葉を失う。


 異地に於いて万能に近い機能を持たせるドローン。言うなれば多目的防護板だ。



「レヴィロン機関を利用したドローンは我が国の理念に十分合いますね。どれも優先度は高いですが、これが一番高そうですね」



 そう井端技官が推すのも予算を考えてのことだ。日本全周を守るにはさすがに数が必要だが、攻撃能力を持たず防護のみに徹すれば費用は抑えることができる。


 しかも日本だけでなくイルリハラン王国に輸出もまた考えられるから、一つ当たりの値段は産業用ドローンより少し高価くらいになるかもしれない。


 なんであれ、専守防衛を守る日本にとっては一番のアイデアなのは間違いなかった。



「ただ……犯罪にも使われやすいので、便利だからとすぐに手を出すのはどうかとも思いますね」


「今のドローンは音が大きいから近づけば気づくけど、レヴィロン機関は無音だから真後ろに付けられても分からない。異地限定とはいえ、必ず民間はレヴィロン機関搭載ドローンを販売するから、盗撮とか被害が出るだろうな」



 どんな素晴らしい技術も、使う人によっては凶悪な使い方をする。


 ドローンも構想の段階では簡単に立ち入ることができない場所を撮影したり、災害現場で偵察させて生存者の有無をいち早く発見することだった。


 それが悪意ある使い方をすれば、プライベートを無許可で撮影したり取られない高い場所にあった物を取られたりしてしまう。



 高性能であればあるほど善悪の使い方による結果は大きくなる。


 だから規制を設けて自在にできないよう抑制を掛けてきた。


 この防護板のアイデアも、国防軍目線からすれば国と国民を効率的に守れるので良いと思えても、考え方次第では見張られていると不満が出るかもしれない。


 万人が受けいれられるアイデアが出れば楽だが、それは絶対に出ないのだ。



「そこの部分は事前に考えうる問題に対処して、それでも出る問題に改めて対処するほかないですね」


「あと、こういった道具は映画では定番なので思ったのですが、電波ジャックみたいな感じでドローン全機が敵軍に操られるってことはありえませんかね? もしくはドローン自体が意思をもって勝手に動き出すとか」



 映画やゲームではむしろないほうが不自然な問題だ。



「そう言った物はフィクションの中だけで、現実にはまず出来ません。が、そもそもフィクションのものを現実にするのですから、出来る前提で考えねばなりませんね。万が一の場合の対処は組み込みたいと思います」



 他にもグイボラの生態を利用した潜水艦に代わる地中潜航艦も面白かったが、ドローンのアイデアが後のアイデアをみな飲み込んでしまった。


 三時間近くにわたって繰り広げられた会議。ロマン会議は成功と言って差し支えないまま終わった。



 実際に浮遊化は防衛大綱が定まり、予算が計上されてから動き出すが各社それぞれ動くことだろう。気体フォロンの無い国内では役には立たないが、日本領ユーストルは大変魅力な市場だ。


 今後接続地域だけでなく、定期船が出来て本土と異地の行き来がしやすくなれば町が出来て都市へと発展していくことを考えれば、企業にとって乗らない手はない。


 もしかしたら派生でとんでもない新技術が生まれることもある。


 日本にはそれだけの地力があるのだ。



「それじゃ雨宮、俺は先に行きますね」


「おう、元気でな」



 これから雨宮たち三自衛官は、各々が見てきた異地を今回の会議や新たに出るだろうアイデアを実現するため中核となっていく。


 また異地に訪れることはあるだろうが、しばらくは須田駐屯地に残ることはない。



「四ヶ月、お疲れさまでした」


「なに、また会うさ。戻るなら乗ってきた公用車でな」


「一度首相官邸に寄って挨拶するよ。官房参与に任命されてから一度も行ってないから」



 本来なら任命されたらすぐに行くべきなのだが、なんやかんやで今日まで伸びてしまった。


 佐々木総理は理解をしてくれていても、その周囲まではそうはいかないので一度挨拶しなければならなかった。



「事故るなよ」


「分かってるよ。それじゃあ」



 雨宮は握り拳を作って突き出し、羽熊も拳で軽く押し付けた。


 そして羽熊は会議室を後にする。



「羽熊博士」


 会議室を出るや名前を呼ばれ、羽熊は声のする方向に向く。


 そこには背広を着た白髪が見える男性がいて、羽熊はすぐにその人が誰かを察した。


「こんにちは、鍬田さん」


 羽熊に声を掛けたのは防衛省に勤める鍬田美子の父だ。



「博士が今日装備庁に来ると聞いて来たんです。いやぁ、娘がお世話になってます」


「いえ、元気のいい娘さんで、彼女がいるだけで明るくなりますよ」



 と社交辞令をとりあえず言っておく。はっきり言って迷惑と言ってやりたいが、そこそこいいポストにいるから逆らうだけ面倒になる。


 スムーズに仕事をするなら仕方ない処世術だ。



「すまんね、忙しいのに娘の勉強を見てもらって」


「理解はします。ですが彼女だけ優遇すると他の人から不満が出ますので、終始と言うわけにはいきません。ある程度のところで区切りたいと思っております」


「最低限何も見ないで日常会話が出来るところまでは見てもらえるかね」


「……分かりました」



 営業スマイルで返すが、内心は不満でいっぱいだ。楽になった部分をそのまま鍬田の指導で埋められ、尚且つ無報酬なのだから抱かない方がおかしい。


 しかしここで爆発させては積み上げていったものが全て崩れてしまう。



「礼はいずれしよう。まあ君なら娘ともっと仲良くしてくれてもいいがね」


「それはありがたいお言葉ですね」



 否定しても肯定してもめんどうなことは流すのが一番だ。



「すみません、先を急いでおりますのでこれにて失礼いたします」


「ああ、すまないね、呼び止めてしまって」


「いえ、それでは」



 長居をすると問題が舞い込みかねず、羽熊は鍬田父に会釈をしてその場を離れた。


「……普通娘を任せることを言うかな」


 社交辞令なのか本気なのか親子共々よくわからず、とにかく忘れることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る