第68話『茶番』



 ムルートの飛行ルートは正確に記録される。


 さすがに過去の飛行ルートが聖域になることはなく、予測進路を立てるのと生態を研究する一環で五年間は記録することになっていた。



 よって進路変更をした正確な座標は分かっており、当時観測していたイルリハラン軍の分隊は受け持ちの監視の任から離れて変更座標へと急行した。


 軍の任務でも相手は最低五十キロ離れた野生動物だ。襲われることがないから武装をする必要はなく、ムルートの近くで武装組織と戦闘が起きることもない。


 ゆえに高機動艇は軽装備で観測と通信機器ばかりが積んである。


 そんな観測隊十人二艇は、進路変更したポンと上空百メートルの位置に着いた。



「進路変更直上に到着。これより観測に入る」


 目標の場所は地平線まで続く森だ。巨木の森ではなく数十メートルの木々の森が人の手が加えられずに広がっている。


「出来れば平原の上で変更してほしかったな」


 観測隊の一人がぼやく。


「だからこそ何か仕掛けを仕込んだかもしれん。探索を開始する。全員バディの位置の把握は徹底しろ」


 観測隊の隊長が命令を飛ばし、運転手を除く八名のイルリハラン兵たちは浮遊高機動艇から降りて降下を始める。



 リーアンにとって森の中と言うのは未知の世界に近い。


 巨木林は間隔が広く地面からも高いので安心して木の下を移動できるが、数十メートルの普通の木の下はそうはいかない。


 地面からほど近い上に、間隔が狭くて薄暗く死角が多いのだ。


 リーアンは、グイボラに限らず様々な理由から普通の木の下は移動をしない。


 逆を言えば空からでは察知されにくいので、隠密行動には打って付けだ。


 安定した熱源が得られるところでは監視システムを設置できるのだが、今いる場所は安定した熱源がないため監視システムが設置されていなかった。


 完全に目視による確認をしないといけないから、たかが八人で探索するには広すぎる。


 ただ、ムルートの飛行ルートは正確につかめているので、探索範囲は森全体と言うわけではない。



 変更した点を出発点として角度の狭い扇状に調べる。


 ムルートの平均高度は三千メートル。巨大動物の全高は四十から五十メートル巨木でも二百メートルで、目の前に三千メートルを超える山があると高度を上げて山越えをする。


 考えるまでもなく、何かを避けるために進路変更をすることはないのだ。


 ならば餌を見つけて進路を変えたと考えられるが、森が健在であることを考えるとありえないとなる。


 草食動物ならいざ知らず、肉食の巨大動物が好んで歩みを阻む森を通ることはないからだ。


 餌を求めて入るとしても深入りをすることはなく、精々森の外縁から軽くしか入らない。


 よって餌を求めて進路変更した可能性は森を見ただけで無いとわかった。



「全員警戒を厳にしろ」


 八人は数少ない武装である小銃を手にし、肩に乗せてあるライトを点灯して森の下へと入る。


 間伐もされず自然に委ねている森の下は、折り重なった葉っぱによって夕暮れ以上に暗く、ライトを照らさなければ十分に視界が保てない。


 落葉樹かは分からないが、日が十分に地面に届かないため地面の草木は疎らだ。腐葉土で満ちていて、無数の虫やそれを捕食する十センチの超小型の動物位しか見えない。


 探すのは人が立ち入らない原生林の中で不自然にある人工物。


 ムルートが進路変更させるのなら、使うとなればフォロン結晶石だろう。



 どれだけの量で誘導可能かは不明だが、するならそれくらいだ。


 工作員が条約を無視してムルートの進路上で待機し、フォロン結晶石を利用して進路変更させた。


 ムルートが気まぐれ以外で、餌を除く何かを求めて変更をしたなら人為的しかない。


 フェロモンもなくはないが、近づくことが出来る完全なる死骸からは腐敗が進んで抽出も出来ないし、これまた条約を無視して採取をしようとすると監視に気付かれる。


 遠距離誘導となるとフォロン結晶石しかなく、しかし今現在でも非常に高価な結晶石を安易に使えるとも考えられない。


 個人では用意できず、国家規模の力が無ければ難しいだろう。


 なんであれそれを仕掛けた装置があればムルートの進路変更は人為的であり、なければ気まぐれとなる。


 出来れば気まぐれであってほしいが楽観は出来ない。



 なぜそこまで人為的ではないかと警戒するのかは、過去の飛行ルートが証明している。


 餌を求めて浅く進路変更をすることはあれ、九十度近く曲がることは滅多に無いからだ。


 無論全く無いわけではないし、普段であれば特に気にもしない。


 異星国家ニホンに向かうから警戒をするのだ。


 軍人は一般人にはまず出来ない、地面に伏せることが出来るよう訓練を受ける。


 万が一にも来ないと知りつつも、地面からグイボラが飛び出て丸のみにされるのではないか、本能的に逃げろと命令してきても理性が抑え込んで地面に触れるまで降りることが出来る。


 冷や汗が出てきても、観測隊は地面すれすれまで近づいて人工物が無いかを探った。



「見渡す限りはないか」


 死角が多い分、人海戦術で臨まなければあったとしても見落としはありえる。


 だが時間がないので即応出来る少人数で事に当たるしかない。


「空から何か異変はないか? 送れ」


 隊長は空で待機する高機動艇に無線を飛ばす。


『各種センサーに感無し。見た目でも変化は見られません』


「分かった。引き続き監視を続けろ。終わり」


『了解』


 電灯から放たれる八本の光が薄暗い世界を照らす。


 出発点から離れれば離れるほど範囲は広くなる。危険はほぼほぼないとはいえ、死角が多い森の下では連携は取れない。



「各員、連絡を密に取れ」


 軍人である以上、こうした状況且つ少人数で活動する訓練は受けている。


 だから各員滞ることなく地面から木の上部まで光を照らし、異物が無いか確認して次に進む。


『人工物は見られず。不自然な跡もなし』


 各員からの報告が来る。


『木漏れ日も不自然に大きいものはなし』


『十時の方向に数十頭のサルの群れを発見。異常性はなし』


「工作員が軍人なら痕跡を隠しているかもしれない。問題ないからと見逃すな。わずかな違和感を全力で探れ」



 前提としてムルートの進路変更が人為的な工作によるものだったとして、変更後も工作員が残り続けることはまずない。目的が進路変更ならそれを調査しに来た者たちを始末する必要はないからだ。


 むしろムルートの気まぐれで変更したように見せるために不自然な痕跡は決して残さず、工作員が残っていたとしても隠れてやり過ごそうとするだろう。


 探索の命令に期限は設けられていない。数時間後にくる他の観測班と合流して探索任務は続く。


 完全な終了はムルート問題が解決するまでだ。


 もし見つかるのなら早めにしてほしく、しかし最後まで見つからないでほしいとも思いつつ、観測隊は探索を続けた。



      *



 夜間、電気のある日本やラッサロン天空基地は明るくとも、それらから離れると月と星空しかユーストルは照らされない。


 この日は新月らしく月はどこにも見えず、人工物が無い地域は漆黒の言葉が似合うほどに真っ暗だ。


 反面空を満たす星々は表現が出来ないほどの美しさを醸し出している。


 そんな漆黒の空に、緑と赤のライトの点滅とローター音を響かせながら移動する乗り物があった。



 日本国国防軍陸上自衛隊が所有するオスプレイだ。



 転移して以来幾度と日本のために貢献してくれたヘリと飛行機両方の機能を併せ持つ機体は、ユーストルの空を移動してぽつんと地面に見える明かり目掛けて移動をしていた。


 日本海側日本領ユーストルにある採掘現場だ。


 採掘場は二十四時間四百日活動をしており、レヴィニウム使用による発電機によって明かりが保たれている。


 その直上にはイルリハラン軍の飛行艦が一隻滞空していて、巨大動物や敵性戦力に即応できるように採掘場を見守っていた。


 採掘場にはライトアップされたヘリポートがあり、採掘場側の管制指示でオスプレイはヘリポートに着陸をする。



 後部ハッチが開くと国防軍隊員が手早く降りて、ヘリポートの隅で待機している貨物を機内に搬入する。


 貨物はむき出しの紺色の鉱石が貨物機用パレットに正方形で積み重ねられ、留め具によって固定されていた。


 リーアンから見れば欠片でも喉から手が出るほど欲しいと感じてしまう結晶フォロンだ。


 それが三つ。一枚当たり一トンあり、約三トン分の結晶フォロンがオスプレイへと移送される。



 その価値は現在の価額で約千五百兆円だ。


 額が額だけに想像しずらいが、日本の国家予算が約百兆円で、国の借金である国債が約千兆円である。


 つまり、今積んでいる物を日本円に換金出来れば、日本は国債を帳消しにした上に五年分の予算を得ることが出来るわけだ。


 経済で考えるとそう簡単な話ではないが、数字上ではそうなる。


 もちろん、この結晶フォロンは日イが共同で『管理』するものでどちらの所有物でもない。


 今回は作戦のために使用され、可能な限り損失することなく運搬することになっていた。


 可能な限りとは隊員が盗みを働くなどではなく、投棄のことを指している。



 作戦上、五百キロ級よりは数キロから十キロ単位の結晶フォロンを投棄する可能性があるからだ。だが高価なものを無秩序に投棄すると、後々面倒になるから可能な限りといいつつも、実質一グラムも損失は許されない。


 隊員たちはそれを十分に頭に叩き込んで準備をしていた。


 ムルートが円形山脈を越えるまで五時間を切っており、オスプレイの移動速度と給油を考えるとこんな真夜中の作業が強いられたのだ。


 隊員たちは例えどんな時間であっても与えられた任務を着々を進める。


 積み込み作業は十分足らずで終わり、荷崩れしないようしっかりと固定具でオスプレイに固定されると足早に離陸をした。


 元々オスプレイは高性能の輸送機として開発された物である。その性質ゆえに貨物量と移動量は折り紙付きだ。



 作戦の鍵である千五百兆円分のフォロンを乗せたオスプレイは、給油のため北海道の千歳基地へと直線距離で向かう。


 順当に行けばムルートが円形山脈を越えるよりも前に、オスプレイは転移して以来初めてユーストルを出るだろう。


 ある意味閉鎖された環境である円形山脈から、異星人由来の物が外界へと出るのだ。


 この情報は日本内外で大々的に報道される。


 日本国外ではイルリハランのみだが、これもまた日本が出した作戦の一環だ。



 法的に行動が可能でも世論の同意は取りずらく、同意を待てば最悪ムルートが日本に落ちてしまいかねない。それに伴う信者たちの傷心は計り知れず、実質無関係である日本のその恨みが集まる恐れがある。


 そんなグレーゾーンの縛りを軽減する作戦を、国防軍最高指揮官である佐々木総理は出した。


 日本国国防軍陸上自衛隊は、その命令に沿って作戦を実行する。



      *



 どう考えても茶番だ。



 羽熊は現在実行中の佐々木総理が出した作戦案をそう評価する。


 しかしながら、批判を避けつつムルートに実質干渉して進路変更するならこれしか思い浮かばないのも実情だ。


 羽熊はまだネットが繋がるスマートフォンを操作してあるニュース記事を見つけた。



『日本とイルリハランの信頼の表れか。国防軍による結晶フォロン輸送を実施』



 その内容は、且つて海上保安庁が行っていたプルトニウムの運搬のように、採掘された結晶フォロンの運搬を国防軍が行うと言うものだ。


 輸送先は北に千五百キロ離れた位置にある二級天空島マリュスで、そこでイルリハラン軍に引き渡される。この任務はイルリハランから日本に対する信頼の表れと、非浮遊機と向こうで称される航空力学を用いた航空機の検証が表向きだ。


 実際はムルートの側を意図的にだが意図せずに飛び、ムルートと最短距離のところで後部ハッチが開くトラブルが起こる。



 日本はムルートが飛んでいることは知っていても、そのムルートが異地社会で重要な立ち位置など知らないし、イルリハランからもその情報は聞かされていない。


 マリュスへの飛行ルートはこれまた信頼として日本に任せるため、イルリハラン側もまさか日本がムルートの側を飛行するとは考えていない。


 と言う互いに情報を公表して無いことを利用して知らないフリをし、偶然、意図せず、仕方のない状況でムルートを誘導してしまった、とするのが佐々木総理の案だ。


 言ってしまえば日本の政治の常とう手段をしてしまおうと言うのだ。


 政治家が何かしらの疑惑が掛けられると、証拠が出ない限り「記憶がございません」「そのような記録はありません」と言う常套句で報道陣や国会の答弁から逃げることが多々ある。


 記憶と言う実証できない物では、無いと言えば無いのだ。逆に今まで無いと言い張っていたのに記録が出て来ると、何倍にも返って来て非難されて辞任など素直に認めた方が軽かったことも多々ある。


 危険な賭けであるが、佐々木総理はムルート相手にそれをしようとしたのだ。



 この案は一発勝負であり、時間が掛かればかかるほど「知らなかった」が通用しなくなる。


 今だったらムルートの情報が伝わらなかったと言い逃れができ、イルリハランから日本に対しての通信でムルートの記載のあるものをすべて削除してしまえば物的な証拠もない。


 幸いアルタラン総会でもイルリハランは日本に対処を要請したとは一言も言ってはいないし、大使自体にも伝えてはいなかった。


 日本も国内でムルートの報道はしていないので、異地側から見ると日本はムルートをまだ知らないのだ。



 ただし、異地社会もバカではない。すぐにそれを狙っての作戦行動と見抜くだろう。


 日本も見抜かれると承知しているが、政府レベルでの非難は無いと踏んでいる。


 なぜならこの話に乗らないと終わる宗教問題が無駄に長引き、様々な問題にも派生して収拾がつかなくなるからだ。最初の問題を見て見ぬふりをすることで問題の派生を防げるならどの国もする。


 国はとにかく国益のない問題は関わりたくないし作りたくもない。宗教はある意味国益とは無縁なので、国レベルでは日本の建前を本音として受け取るはずだ。


 さすがに多くの国が不問にしてしまえば、世界最大の宗教組織とはいえムルートが無事なら非難は大きくならない。


 この方法に二度目はないが、二度目が来る頃には何かしらの対策案が出るだろう。


 今回は前例がなく準備不足から仕方なかったとしても、次回は同じようになっても日本に責任はない。


 対策を施さなかった異地社会に責任があるからだ。



 よって茶番なのだ。


 しかしながら、世界は案外茶番を利用して成り立っていたりする。茶番だからとして見下しては柔軟な世渡りは出来ない。


 この作戦で問題があるとすれば進路変更の原因が自然的ではなく人為的であり、工作側が武装勢力を保有していることだろう。


 ムルートをわざと死なせて日本の全責任を押し付けるか、目の前にある三トンの結晶フォロンを狙うために移送させるまでを狙ったか。


 羽熊が今いる場所は、丁度日本海の真上を飛んでいる作戦行動中のオスプレイの中だ。


 機長を含め搭乗員は全員マルターニ語が出来るが羽熊ほど流暢ではないため、目的地でトラブルが起きた際に対処するように、佐々木総理が指示をしたのだった。


 作戦要綱の言い出しっぺでもあるため、最終的な責任は政府が取ると言うものの最低限のことはしてほしいということだろう。



 採掘場から離陸したオスプレイは一直線で航空自衛隊の千歳基地に向かい、給油をすると北東方向へと進む。


 北東方向にあるのは長年北海道と日本政府が苦悩を重ね続け、先日ついに実効支配を取り戻した北方地域だ。


 転移以前では限られた遺族しか渡航が出来なかった北方地域は、施政権を元々の北海道に戻したことで自由な行き来が可能となった。


 もちろん共に転移した元ロシア人の家々を奪うことはしない。秩序を守るためにもそのまま住んでもらった方が安全だし、日本としては自由に行き来できる方が重要だ。



 今のところ海上保安庁による物資の輸送を定期で行い、合わせて海上自衛隊がロシア兵の武器の回収をしている。


 施政権が日本に移ったことで法律もロシアから日本に移り、当然ロシア兵は武装勢力と見るので武器の回収は必然だ。


 反抗勢力を野放しにしていいはずがない。


 そんな静かな戦いを繰り広げる北方地域を眼下に起きながら北東を進み、日本の海と異地の境である崖を越えてユーストルへと行く。



 オスプレイの左右斜めには、それぞれ一機の戦闘機が同行していた。


 ステルス戦闘機のF‐35である。


 すでに転移当初で活躍した米軍所属のF‐22と違い、F‐35は正式契約で航空自衛隊に配備されたステルス戦闘機だ。


 属する軍によって仕様は変わるが、海軍仕様では垂直離着陸が可能で改修次第では海上自衛隊のいずも型にも配備可能と言われている。それによって物議を交わしたが果たして購入するには至らず、日本が保有しているのは空軍仕様の垂直離着陸が出来ないタイプだ。


 オスプレイは基本輸送機なので自衛の武装はほとんどないため、護衛としてF‐35が同行する。


 ただし、F‐35は滑走路が無いマリュスに着陸することは出来ず、公式にはいつ輸送するのか機密なので日イの境界線で引き返すことになっていた。


 航空機にとって十キロはあっという間だ。北海道上空から同行するF‐35は日イ境界線を越えるまでに「健闘を」と通信して引き返し、オスプレイ単機でユーストルの空を飛行する。


 運搬する物が物なだけに護衛は絶対に必要なのだが、世間向けの作戦上単機でなければならない。



 ムルートに最短でも一キロ以下にまで偶然近寄る必要があるのに、重武装した戦闘機が随伴していたら成功の如何に関わらず強い批判が来る。


 公式に純粋な輸送機であるオスプレイが単機で行うからこそ、この作戦は実行可能なのだ。


 だが搭乗員は堪ったものではない。敵対勢力がいるのかどうかすら不明な状態で、護衛無しの上国家予算の十五倍以上の資源を持って移動するのだ。


 敵側からすればこれほどのカモはこの世にいないと言っていい。


 軍人であれば全員が、自然か人為かの確たる証拠が無ければ動けないと判断するだろう。



 なのにオスプレイは円形山脈まで百キロの位置を移動している。


 確たる証拠を得られなかったのに、急がなければならないのは地理的状況のせいだ。


 地図では北方地域が北東の方に突出しており、予測進路が変わらなければムルートは関東方面に向かうだろう。そうなってしまうと避難する方角がレーゲンしかないのだ。


 南に進めば接続地域に最接近し、ハーフ問題や武力衝突から国交はおろか交流すら何一つないレーゲンに軍用機を飛ばすのは到底無理な話で、イルリハランからレーゲンに秘密裏の交渉をすることも現在では出来なかった。



 よってムルートを安全に進路変更させるには、採掘場側でも十分に離れた円形山脈の外側でなければならないのだ。


 ある意味最大の問題であったGPSは、それと同等のイルリハラン製民生品の機器を乗せることで解決している。


 いくらなんでも日本側にとって未調査の土地を、GPS無しで飛ぶことは出来ない。しかし電源問題が解決していることもあり、オスプレイにイルリハラン製のGPSを後付けで乗せることは苦労しなかったようだ。


 オスプレイは地球の空を飛ぶように予定されたルートを飛行する。



 東の空が次第に白みだして地形が見え始める頃、オスプレイは平均標高五千メートル、最大ではエベレストをはるかに超える一万二千メートルもある円形山脈に差し掛かった。


 円形山脈の山々は富士山のようにごつごつとした石や岩に覆われた山肌をしており、その山頂には雪が降り積もっている。


 日本人としては二度目、日本として自力では初めて、ユーストルを閉鎖環境にする円形山脈を越える。


 同行する陸自の隊員は記録に残そうと窓にカメラを近づけて撮影をする。



『レーダーに感あり』



 山頂を越えると同時に機長から連絡が来た。


 イルリハランからの連絡でここら近辺で浮遊しているのは、ムルートと民間のムルート観察班しかいないことが分かっている。ムルートの他に巨大鳥もいないので、反応があったならば高確率でムルートだ。


 さすがにレーダーに反応があっても、大まかな大きさ程度しか分からない。



『反応は二つ。一つは二百メートルを超え、一つは十メートル程度。飛行艦か巨大動物と思われる』



 機長は言葉を選んで報告をする。


 空自の航空機は事故が起きた際に調査をするため、音声や機体数値を記録するブラックボックスがある。機長の言葉はそのままブラックボックスに残るので、ムルートなど知らないはずの言葉を言うわけにはいかないのだ。


 これは羽熊を含む作戦を実行する隊員全員に厳命されており、私語も極力誰も言わない。



『脅威の判断はないため、予定のルートを飛行する』



 異地的には大変な脅威であっても、日本からすればただの巨大生物だ。威嚇をすることもなければ攻撃をすることもなく、五十キロ以内に入ってはいけないと言う考え自体ない。


 近寄れば避ける。それだけだ。


 本当に茶番だ。



 地平線から太陽が昇り、超広大で自然豊かなフィリアに光が満ちる。


 基本的に異地社会は資源以外地上には干渉しないから、見渡す限り緑ばかりだ。


 水が行き届かないところは荒野や砂漠になるだろうが、十分な水の循環が自然的に完成しているのだろう。海から一万キロ近く離れているユーストルでも、日本全国のダムを満たすだけの雨が定期的に降るのだから、地球の気象とはずいぶん違うのが伺える。


 そう考えながら窓の外を見ていると、真っ青な空に一点異物があることに気付いた。


 明らかな人工物で、見る見るうちに近づいてくるのが分かった。


 おそらく民間のムルート監視企業だろう。


 近づいてくる飛行車はバス並の大きさで、カメラやパラボラアンテナなど機器が多く取り付けられている。



『我々はムルデアラー社です。ニホンの非浮遊機に告ぎます。この先は聖獣ムルートの非干渉空域であるため、即刻退去を要請します』



 無線は通じないのでスピーカーでそう通告してきた。


 事前情報でムルデアラー社みたいな民間企業が、例えムルートに誰かが近づこうとしてもそうした要請が出来ないことは知っている。


 排除可能なのは警察や軍と言った治安維持組織で、民間が出来る権限はないのだ。


 つまり、日本はこの通告に従う義務はない。


 それは向こうも分かっているのに通告をしたと言うことは、日本を下と見ている証明だ。



『我々は日本国国防軍陸上自衛隊である。当機は作戦行動中であるため、その要請には一切従えない。これはイルリハラン王国、ハウアー国王陛下の許可により行われている』



 日本はあくまでムルートに関することは何も知らず、尚且つ両国のトップによって行われている。逆に要請を受理してしまう方が問題だ。


 ここまでは想定の範囲内で、機長は毅然と要請を却下する。


 オスプレイが軍用機であることは転移当初から伝えられているだろう。だから無茶はしないだろうが、企業としてではなく信者として観察に加わっていると危険だ。


 最悪体当たりや身を挺して壁になる可能性がある。


 オスプレイは構造上、左右のローターのどちらでも使用不可になると墜落しかない。


 ローターは無防備なので、無理にそこに突っ込めば飛行車も壊れるがオスプレイも落ちてしまう。


 熱狂的信者であれば自爆テロも厭わないことは地球史が証明している。こればかりは国の許可と軍用機と、五十キロ圏内にいち早く入るしかない。



 ただ、ここまでも想定内であるため、機長はオスプレイを上昇させた。


 飛行車の高度は三千メートルで、オスプレイは七千五百メートルまでは上昇が出来る。しかし飛行機と違って与圧が効かないから、飛行車が追ってこれない高度までくれば安全なのだ。


 飛行車も負けじと上昇をするもしばらくして上昇しなくなった。限界に達したのだろう。


 いくら速度で負けても高度で勝ればどうしようもない。高度が上がるほど温度は低くなり、富士山よりも高いので息苦しいが、地球時代にそれ以上の高度を経験したことがあるので耐えられた。


 そして飛行車は追いかけることも止めた。


 ムルートから五十キロ圏内にオスプレイが侵入したのだ。



 意図しながらも意図せずに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る