第53話『決戦前』



「羽熊さん、ちょっとストレス値が高いですね。大変なのは分かりますが、少し休まないと危ないですね」


「休みたいのは山々なんですが、私にしか出来ないことばかりですので」



 世界の闇が凝縮した超国際会議から一日空けての須田駐屯地の医療室で、羽熊は医官に定期検査を受けていた。


 検疫は今なお続けている。これはリーアンでは数日の潜伏期間が、地球人では何倍何十倍にも膨れ上がる可能性を考えての事だ。


 もちろん現時点で原因不明の体調不良はなく、はじき出す数値は不眠不休と政戦の激戦地にいるからこそくるものばかりだ。



 はっきり言えば頑張り過ぎ。



 佐々木総理と打ち合わせをしたことしか話していないのだが、潜在的には羽熊の言葉次第で『日本』の未来が決まるのだ。無意識に色々と背負い過ぎてしまい、それが静かに羽熊の体を脅かしていた。



「しばらくは仕事を忘れて休養することを勧めます。ドクターストップとまでは行きませんが、このまま行きますと内臓の機能低下が考えられます。体重も落ちているので、なるべく食べて増やしてください」


「そうですね。最近は食べる時間も惜しくてゼリー飲料ばかりですし」


「ならなおさら食べてください」


「そうします」


 羽熊は医官に頭を下げ、医療室を後にする。



「はぁ……やっぱり言われたか」


 腹を摩りながら羽熊は呟く。


 調印式の前から忙しく、一日三回の食事の時間を削るべく栄養剤の入ったものばかりを食べてきた。


 ゼリー飲料なんて一回で二百キロカロリーもないのだ。基礎代謝だけで千五百キロカロリーも消費するのに、三回で六百以下ならそら落ちる。



「……さすがに食べないとな」


 言語学者としての仕事は大体終わり、あとはアルタラン決戦を乗り切るだけだ。


 分かってはいながらも、とてつもない状況に羽熊はいる。


 転移前は国立大学の准教授だったのに、今では異星の国際社会を相手に駆け引きをするのだから、本当に人生は分からない。


 せっかく流れは日本に来ているから、倒れて決戦に参加できないわけにはいかない。


 他の全てを捨てても体調を整える。それが今の羽熊の仕事だ。


 でもその前にタバコと、建物の外にある喫煙所へと向かって一服する。



「フー……」


 最近は忙しすぎて普段の半分以下しか吸えていないが、数を減らした分一本一本が美味しい。


「随分と変わったなー」


 吸った煙を吐き出しながら、来たばかりの頃と今の須田駐屯地を比べる。


 転移から大体三ヶ月半。浜辺だった二キロにも渡る接続地域は全て舗装され、境界線にはフェンスから壁へと更新されていた。


 ユーストル側にも建物がいくつも立てられ、その屋上には巨大動物撃退用音響兵器のLRADが設置されている。



 日本初の国境検問所。



 ハーフ問題から十分な機能は果たせそうにないが、それでも必要なものだ。


「フー……アルタラン決戦か……なにか見落としてるところはないかな」


 会議終了直後、日本委員会は会議の内容を一部伏せて発表した。


 農奴政策、ラッサロン独立、ハーフ問題の三点は伏せ、日本が存在し続けると治安とフォロンにどう影響するのかが中心となった。



 そしてアルタランを決戦場にする口実として、日本はレーゲンに謝罪を要求したとした。そうすることで世間に不信感を与えずに、アルタランに舞台を移すことができる。


 気になる決戦の日取りだが、ラッサロンが独立したことでハウアー国王が目覚める前にする必要がなくなった。


 急いだ理由はユーストルに陣取るラッサロン排除であり、それが不可能となった今、イルリハランのトップがハウアーだろうとリクトだろうと関係がない。



 向こう次第で近日中には開催されるだろうが、一週間二週間は開くこともあろう。


 それだけラッサロン独立は、日本に強い追い風となったのだ。


 なら日イ国交条約調印しきもと思うも、そのことについてリクト国王代理は何も言わない。


 世間への建前から、まだ調印するには早いとでも主張しているのだろう。


 グゥと腹が鳴る。


 不安は決してぬぐえないが、もう羽熊に出来ることは何もない。


 タバコを二本吸い、灰皿に捨てて食堂へと向かった。



      *



 ラッサロン浮遊基地は、指揮系統が変更されたにもかかわらず静かなものである。


 それも当然で、五万人も在任するのにエルマがトップと公表して流出しないはずがない。


 緘口令を敷こうと、誰かが密かにネットに流すことは出来てしまう。フィリア全体でネットが構築される以前なら問題なくても、現代ではかなり困難だ。



 しかもトップが、王室で大使とはいえ軍曹となると不満の声も出る。休職扱いとはいえ軍人がトップではシビリアンコントロールの問題も出るが、その上に王室があるからグレーゾーンと言える。


 エルマの言葉を信じれば、常軌を逸した命令は止められるため暴走はしないだろう。


 よってラッサロン浮遊基地で活動する兵士たちは、指揮系統が独立した事を知らない。


 一生涯そのことを知ることはないだろう。


 こればかりは対立状態であるイルリハラン政府と調整をしていて、従来の指揮系統は健在のような体制を維持している。



 ラッサロンも独立を公表されると面倒だし、イルリハラン政府も面倒ゆえにこうした形となった。


 しかしイルリハランがラッサロンもといハウアーの意向を無視する要請をすれば、リスク覚悟で離反してしまう。民衆に知らせずにことを済ませるには協力関係を強いるほかなく、世にも奇妙なつかず離れずの指揮系統が誕生したのだった。


 外見上は変わらないので、業務自体も何も変わらない。違うとすれば交流がしなくなったことだろう。



 交流は互いが知らないがために国主導で行われていた。日本がこの地に来て三ヶ月半、途中政変がありながらも、大使館を設置して互いの通信機材を置くところまで来た。


 果てには日本とアルタランを含めた超国際会議を行ったこともあり、言葉を覚えるための交流はほぼほぼ終了となった。


 各分野の専門家同士の交流は、専門的なので前と変わらず対話が続けられる。



「ミアラ様、エルマです」


 日本大使館の一室。ハウアー国王が眠っている部屋の戸をノックして、返事を受けエルマは入る。


「む……」



 ハウアー国王が倒れた日の深夜に運び込まれ、以後厳選されたイルリハラン軍の衛生兵によって体調管理が続けられている。


 こればかりは日本領であっても日本医師が携われる案件ではないため、医師法と照らし合わせて管理をお願いしていた。


 ミアラ王妃は一度も大使館を出ることなく、ハウアー国王のそばに居続けている。


 統計学的には四週間は目を覚まさないのだが、個人差で早く目を覚ますことがある。その時にいないことを嫌ったのだろう。


 医療機器と共に宙に浮くベッドのそばにミアラ王妃は座り、その隣にもう一人男性がいた。



「叔父上……」



 自身の信条に従うあまり、色々と世界をかき乱すリクト国王代理がいた。


「叔父上、いらっしゃったのですか」


「あと二時間で出立だからな、一目兄上を見ようと思って立ち寄った。心配せずとも連れ帰りはせん」


「は、はぁ……」


「……まさか兄上がこんな手を打って来るとはな。全く以て想定していなかった」



「私も直前に聞かされましたから驚きました。いくらなんでも私に大権を持たせすぎです」


「そうだな。だが、それで昨日の会議は大きく変わった」


「……私は少し席を外しますね。三人で話をゆっくりとしてください」


 空気を読んだミアラが席を立つ。


「すみません」


「構いませんよ。夫もうれしいでしょうし」


 そう言ってミアラは部屋から出て行く。見て分かるが顔はさみしそうだった。



「リクト叔父上、せっかくなのでお聞きしたいのですが、どうして調印式を中断に?」


「演説と同じだ。お前からすれば考えが逆だから不満と批判しかしないだろうが、異星国家と国交を結ぶには三ヶ月では短すぎるとしか思えん」


「それは分かりますが、ハウアー国王も議会も通っていると言うのに、流れに逆らえば国民からも非難を受けますよ?」


「私一人の非難で最悪の事態が回避できるなら安いものだ」


 リクト国王代理もハウアー国王と似た考えを持つ。



「エルマ、お前は私が傍若無人な人と思っているかもしれない。実際、兄上が倒れてから昨日まではそう思われても仕方ないが、全ては国の安寧のためだ」


「傍若無人に見えるようにしていると?」


「正規の方法で纏まりつつある流れを変えるのだ。そうでもしなければ強引な変更は出来ん」


「その結果、叔父上の評価が下がってもですか」



「それで国の安寧が保証できるなら、地に付こうと構わない気概でいる」


「叔父上は、アルタランの農奴政策……ハーフ問題も知らなかったのですか?」


「一切聞かされていないな。むろん兄上に毒を盛ってもいないし、指示も示唆も、意思も持っていない」



 ここでしたと言えば逆にすごいと言えるが、親族だからか分からないが嘘はついていないと勘が告げる。



「だがニホンが切り出したハーフ疑惑を聞くと、悔しいが全ての辻褄は合う」


「……それで叔父上、昨日、日本と接してどう思いましたか?」


「先進国の要因を持っているのはよく分かった。異星人として区別すると痛い目に遭うな」



 大抵は日本と接しない人は低く見るが、一日でも接すれば誤解であることが分かる。


 リクト国王代理も同じように考えを改めてくれたようだ。



「映画のような超文明は持っていませんが、かと言って甘く見ると痛い目に遭います」


「エルマ、バスタトリア砲搭載特務艦を本国に指揮権を返すんだ」



 国王代理として、これだけは帰るまでに解決しなければならない案件だ。


 バスタトリア砲は秒速三百から三千キロに掛けて巨大な砲弾を発射できる巨砲だ。


 世界憲章によって一ヶ国一門のみとしてるので、イルリハランが保有しているバスタトリア砲はラッサロンにある一隻のみとなる。


 逆に言えばユーストルの抑止力は十分でもイルリハランの抑止力が低下してしまう。


 今の時代で、これを機に狙う国はいないがパワーバランスが乱れているのは事実だ。



「日本に牙をむかれるのが恐ろしいですか?」


 リクト国王代理は目で肯定する。



「核兵器の保持と第二の効果は私も知りませんでした。一体何発の核兵器を持っているのか知りませんが、効率的に使えば主要各国の政府を破たんさせることは可能でしょうね」



 各国の首都級浮遊都市上空で爆発し、機能不全をして落ちれば主要国の政治はマヒしてしまう。経済も揺らいで悪い方へと傾いていくはずだ。



「叔父上、前々から言っていますが私は日本に魂を売ってはいません。安全保障に関わる重大な兵器を保持していると宣言した以上、相応の距離は必要と考えます」


「ならアルタランが求める武装放棄を支持しろ。味方となるラッサロンから言えば、向こうも妥協をするはずだ」


「いえ、しないでしょう」



 エルマは即答する。



「日本にとっては対外に強く申し出られる唯一の抑止力です。あらゆる部門で力不足のいま、一つでも武力以外の盾を手にしない限り放棄はしないでしょう」



 イルリハランで言えばバスタトリア砲を捨てるようなもの。まずありえない。



「そして日本は核兵器は使わないでしょう。奇襲を掛けて使えば圧倒的優位には立てますが、世界征服は絶対に出来ません」



 なぜなら空を飛べる以上、都市と言う都市を落としても生き残る人は大勢いる。全世界で電子機器喪失は大変な痛手でも、絶滅さえしなければ負けはしない。



「リクト国王代理、最早世界は望もうと望まなくとも日本を中心に回っています。そして果ては発展か疲弊の二つです。その事実を受け入れ、世界は選ばなければなりません」


「……世界が富む発展か、病む疲弊か」


「私はそう受け取っています」


「なぜお前に王位継承権がないんだろうな」


「王位とは無縁だから今ここにいられるんです。王位継承権を持っていたら、私は軍人にもならずにイルフォルンで公務に就いていましたよ」



 王室でありながら王位継承権を持っていない。それゆえにエルマは今ここにいる。


 もしエルマが最初からここにおらず、王室ではなく別の外務省の官僚らが来ればこの形には決してなっていなかった。



「それもそうだな……」


 リクト国王代理はエルマの目を見る。



「歴史の転換期には自ずと適任者ばかりが集うと言うが、私はその適任者ではないのだろうな。兄上が私の行動を読んだうえでお前に任せて今の状況なのなら、それが正解なのだろう」


「違うと思います」


「なに?」


「ラッサロン独立はイルリハラン政府からの縛りから逃げるためじゃありません。逆です。ラッサロンの責任をイルリハランが負わないようにするためです」



 ハウアー国王が健在でいればラッサロンによる抵抗はそのまま続く。それだと責任もイルリハランに行ってしまうが、現政権の前の政権の指示で独立してしまえばイルリハランに責任は問われない。


 問われるならば勅令を出したハウアーと最高指揮官となったエルマとなる。


 ラッサロン独立は日本の援護もあるが、自国の責任逃れもある。


 エルマはともかくハウアーに責任が来るのは避けたいが、根拠となる勅令がハウアーしか出せないし、原則勅令監査委員会は責任を問われない。


 だから責任を取るのは二人だけ、国としては幸いと言える。



「まあ、この状況となれば責任事態発生はしないでしょうけど」


「フッ……よくもまあギリギリのところを狙ったな」


「偶然にもラッサロン独立と、日本のハーフ疑惑が追い風となりました。どちらが欠けてもこうはならなかったでしょう」



「私はまんまと道化となったわけだ」


「いえ、きっと信じていたんだと思います。あなたならきっとそう動くと。だからイルリハランは責任から逃れられて、戦争と言う最悪の手段を回避しつつあるんですから」


「兄上には敵わんな」



 リクト国王代理は苦笑する。


 色々な人がそれぞれの思想を元に動いて、社会となり今と言う結果に繋がる。


 今は平和か戦争かの二択にこれたが、一つ誰かが違う行動を取れば戦争一択だったかもしれない。



「リクト、エルマ、失礼します」


 ノックが二度して、ミアラ王妃が入る。


「リクト、出立の準備が整ったそうです」


「もうそんな時間ですか。では帰るとしよう」


「送ります」


「いや、いい。ところでエルマ、兄上に毒を盛った医師はまだこの基地に?」


「取り調べのため懲罰房に入れています」



 ハウアー国王を昏睡に陥れた複合毒は、生鮮食材全般に元々盛られたこと、ハウアー国王の専属医師が盛ったことで効力を発揮した。


 当然、国王に毒を盛ったから業者は徹底的に家宅捜査をするのだが、表向きは過労なので情報省が秘密裏に調べることとなった。実行犯の医師はラッサロンで盛ったため取り調べを行っている。



「何かわかったか?」


「動機はハウアー国王を害するのではなく、日本への友和政策を止めたかったことが分かりました。外部、おそらくはレーゲン当たりと思うのですが何かを吹き込まれたのでしょうね。ハウアー国王に忠誠を誓っているからこそ、日本よりの政策をなんとしても止めたくて盛ったと言っているそうです」



 その何かは頑なに言わなかったが、もしかしたらハーフの件かもしれない。



「そうか。エルマ、お前も気を付けろ。兄上の意思を汲んでいるお前も狙われるかもしれないんだからな」


「はい」



 とはいえ、この段階でエルマが退場しても流れはもう変えられない。独立自体は有効だから、エルマの下となる基地司令へと指揮権は移るだけだからだ。


 そうしてリクト国王代理は部屋から出て行き、すれ違うようにしてミアラ王妃が中へと入る。



「……なんだか憑き物が落ちた感じね」


「ふっきれたのかもしれません」


「まったく、貴方のおかけでみんな大変よ」



 言ってミアラはハウアーの手を握る。



「そうですね。でも良い意味の大変です」


「エルマ、まだ若いのに大役を押し付けて申し訳ないけどがんばって」


「その一言でがんばれます。それでは私もこれで失礼します」



 エルマがここに来たのはハウアー国王の様子を見るためだ。秘密ながら正規の最高指揮官となった今、時間はいくらあっても足りない。


 これ以上長居はせず、エルマはミアラに挨拶をして日本大使館を後にした。



      *



 レーゲン共和国、首都指定浮遊都市サンロール、大統領官邸。



 ウィスラー大統領は本日の業務を終え、寝室にて晩酌をしていた。


 未婚であるウィスラーは一人、椅子に座り目の前のテーブルに置かれた写真を眺める。


 テレビもつけず、音楽も鳴らさず、十万人が住まい活動を続ける生活音を聞きながら酒をたしなむ。



 時折グラスの中の氷が動いて音が部屋中に響く。


 壁に掛けられているテレビは大きく破損しており、例え電源を入れても点くことはないだろう。


 グラスに入った酒を飲み干し、再び注いで満たす。



「さすがは……と言うべきか」



 会議が行われた昨日のうちに、世界の闇と称して差し支えない会議の内容は入ってきている。


 まだニホンの要求に沿う形でアルタランに向かう判断はつかしていないが、ここで逃げたら肯定してしまうようなもの。それだけでなく、ここで動かなければ恥以外にない。


 ウィスラー自身はどれだけ恥辱にまみれようと構わないが、愛するこの国が辱められるのだけはさせない。



 そしてリーアンの存続は何を犠牲にしてでも維持しなければならない。


 そのためにニホンが転移してくる前から準備を秘密裏に続けてきた。


 なのにニホンはわずかなヒントを元に見出してしまった。ニホン委員会がリークするはずがないから、自力で見出したとすればさすがとしか言いようがない。



 だが、このことは委員会含め誰にも知られずに、ユーストルを実効支配してニホンを封じ込めたかった。今も継続して委託している外部の妨害工作も、ウィスラーから出していることは知られないようにしている。


 そこまでしなければリーアンは必ず滅ぶ。


 世界からすれば大資源の眠るユーストルを狙う国としか思われないだろうが、そのことを世界が知るよりかははるかにマシだ。



「……母さん、私はどうしたらいいんだ」



 テーブルの上に置かれた、大人の女性と子供の男の子が並んで写る写真を見て嘆く。


 たった一枚、この世に残るウィスラーの母の写真だ。



「世界は破滅に向かってきている。そうならないようして来たのに……」



 手に持つグラスがブルブルと震える。



「……!」



 一つ案を思いつく。


 一発逆転で、ニホンに向かいつつある流れを一気に変えることができる方法が。


 ウィスラーは寝室のある棚へと向かい、引き出しを開ける。


 中には電子キー式の金庫が置かれ、暗証番号を押すと鍵が開く音がした。



 ふたを開けると、そこには一丁の古いリボルバー式の拳銃が収納されていた。


 七十年以上の年月が過ぎたような経年劣化をしており、弾薬や内部機構こそ密かに作らせたもので使用には差し支えないが、外見は古いままだ。


 忌まわしき父が所持していたとされる、この星で製造されなかった名も知らないリボルバー式拳銃。


 それをウィスラーは手にし、リボルバーに一発弾丸を込める。



 そしてそれをこめかみに押し付けた。



 ここでウィスラーが永遠に退場してしまえば、ニホンが持つ最大の政治的カードが無くなる。そうなればニホンは自身が言った、農奴政策を受け入れると言う発言を実行しなければならなくなる。明確な死因が分かる自殺であれば司法解剖は行わないし、偽装を疑うニホンは遺伝子情報を得ることが出来ない。


 ニホンが政策を受け入れると宣言する当たり、かなりの確信があってのことだ。そうでなければ、国を売るような宣言は絶対にしない。



 しかし逆に考えると、ニホンが強気の根拠がそこしかないと言っているようなものだ。


 なら、その根拠の実証を出来なくしてしまえば、ニホンは自ら首を絞めることになる。


 いまさら自分の命が惜しいとは思わない。この地位に上るために何人を墜としたか数えきれないし、先の戦闘を含め独断で何百何千もの兵を戦場へと送った。


 共倒れと言う形になるが、立場としての責任、呪われた自身の役目を果たし、リーアンの未来を守るなら今ここで――。



 ウィスラーは引き金に指を掛けた。

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