第49話『視察開始』



 日本列島全域で原潜の存在に驚愕しても、羽熊は騒動そっちのけで行動を続けていた。



 正直なところ、羽熊に核兵器と言う政治的カードを持たされても、どう使いこなせばいいのか分からない。あれはあれだけで最強クラスの効果を持つから、羽熊が使い道を考えてもより有効的になるとは思えなかったからだ。



 だから羽熊は仮説の説得力を上げるため、須田駐屯地内で活動する他の教授や准教授が作成した資料を読み漁った。


 資料ではなく直接聞ければより専門的な情報を得られる所、羽熊は敢えて人に聞くことはしなかった。



 もしこの仮説が事実だった場合、知っている人が多いのは危険と思ったからである。


 知る人間が少ないと言うこともこの仮説が正しいと政治的カードになりえ、保証こそ出来ないが羽熊は説明をした穎原にも知る人は少ない方がいいとも話している。


 テラバイト級の資料を記録させた外付けHDDをパソコンに取り付け、時間の許す限り続けた。



 生物学に遺伝学、異地の社会学や近代史等々。転移当初から並列で行ってきた各学者らによる成果は日本を救うに値するか。羽熊は眠気覚ましと栄養ドリンクをひたすら飲みながら確認する。



 ただ、さすがに地球レベルの事細かい資料はない。三ヶ月と言う短い期間で、尚且つ対話による資料だから詳細なものを用意する方が無理な話だ。


 それでも専門外の羽熊にとっては重要な資料だ。少なくともネット内で乱立する異地の情報よりは信用できる。



 その膨大な資料の中でほしいのは数個くらいだが、文字検索でもヒットが千や万単位なので大変だ。閲覧している中で、幾度と直接聞いた方が早いと思ったことか。


 日本とラッサロンで通信手段が確立したことにより、羽熊は以前のような交流地に行くことはなくなり、自室に閉じこもって資料と格闘する。


 リーアンに直接聞きたいことは、ルィルより貰ったレヴィニウム電源式無線機でルィルと直で話が出来た。ちなみにこれは通信が開通した際に、友好の証として日本から借りる形で使用している。


 無論、公用として使っていて私用では一度も使ってはいない。



 使えない理由も出来た。



 その代わり、羽熊の仮説は有力性を高めていった。調べれば調べるほど白地のパズルのピースははまっていく。


 あとはパズルの中心部にある『証拠』をはめ込めば、白地のパズルは一気に一つの絵となるだろう。



 もしかしたら全く違うかもしれない。この仮説は複雑で奇跡的な経緯を持って成り立っているが、実は関係なく異星人だからと言う単純な理由だってありえる。


 物理的核爆弾である核兵器を利用するか、それとも政治的核爆弾である仮説を利用するかは、実際にアルタランの日本委員会と対峙しないと分からない。


 少なくとも羽熊に出来る準備は正真正銘ここまでだ。



 調印式中断から五日後。ユーストル内にアルタラン保有の飛行艦が来た。



      *



 日本は基本的にラッサロンとばかり交流しているため、飛行艦は軍艦と言う認識を持っているが、それは誤解で非武装の飛行艦も当然ある。


 飛行艦は言ってしまえば飛行機と船を合わせたようなものだ。ならそこから軍の要素を取り払った飛行艦もある。



 和名にするなら艦ではなく船として飛行船とするべきなのだが、それでは従来の飛行船と混同してしまう。実のところ飛行船なんて転移以前でも日本で飛ぶことはない。けれど一般市民では飛行船と言えばそっちをイメージしてしまうため、日本は非武装の飛行艦を『浮遊船』とすることにした。



 軍は飛行、民間は浮遊とすることで区別を図り、総務省も飛行艦と浮遊船の区別は付けるよう各メディアに通告した。


 外見は飛行艦同様地球の潜水艦に近く、非武装を示すためか赤い塗装をしている。


 そして側面にはアルタランを表すのだろう、禍々しい胴長の生き物がウロボロスのような環の形をし、上下左右の位置で斜めに線が走って断裂。環の中心には背中合わせで膝を抱える男女のシルエットがあった。



 間違いなくグイボラの絶滅を象っているのだ。男女二人はアダムとイヴか、単にリーアンの象徴。恐らくリーアンは生きてグイボラは死んだと言う意味合いだろう。


 アルタラン発足がグイボラ絶滅だから、初心でありその事実を重んじている表れだ。


 その自信が、初の異星国家への間違った対応を促してしまった。


 種族として最悪の天敵を文明の力で絶滅させたのであれば、その文明に過信して当然だ。なら同じ文明国である日本も対処できると考えて不思議ではない。



 けれど日本人はリーアンを好んで食べる獣ではない。


 今はにらみ合っていても、必ずや手を握り合うことができる。


 それが人間社会と言うものだ。


 視察団の母艦として来たアルタラン保有浮遊船は、ユーストルに入域するとまっすぐラッサロン天空基地に着陸した。



 滞在期間は五日間で、その間に日イでつながりのある所を見るらしい。


 アルタランからラッサロンに視察の連絡が来たのは四日前。たった四日で視察の調整をするのは無茶も良い所だが、その無茶をこれまで何度もしてきたからか慣れたもので、イルリハランとラッサロンは四日で調整を済ませた。


 初日はラッサロン基地で意識調査を行い、三日で地質調査や接続地域など日本側を、最終日はアルタラン、イルリハラン、日本による政府レベルでの会談を行う予定だ。



 公表している限りでは、フォロン結晶石の扱いとアルタランが日本を国家として承認するかの議論を行いたいとか。


 実のところ、アルタランは日本を国家としてまだ承認していないのだ。


 それ以前に、正式に国家と承認しているのはこの世界でイルリハランだけである。


 近隣や、影響の低い国は日本を国家として承認する動きがあるらしいが、正式に承認しているところはまだない。



 それでも一ヶ国が承認している以上、国際社会の同意とは関係なく日本は『国』として最低限活動できる根拠は得た。そしてアルタランも日本を国家として認めれば、国交条約を結ぶ以上に堂々と活動が出来よう。


 が、それは建前で、実のところ日本に難癖付けて地下資源採掘を強要してくるはずだ。


 ハウアー国王が目を覚ますのが倒れてから約三十日後。視察最終日から残り二十日間で既成事実を作り、意識が戻り職務に戻れる頃にはどうしようもない状態へとするのがアルタランの魂胆だ。



 リクト国王代理はその流れに便乗する形で、イルリハランに多く利益をもたらすようにしたい。


 ラッサロンも日本と深く交流しているから主なメンバーが来るとはいえ、指揮系統のトップがアルタランよりでは味方にはならないだろう。


 アルタラン籍浮遊船が着陸してから丸一日と過ぎると、ラッサロンから浮遊船が浮上した。


 同時にソルトロンも離陸する。


 目的地は日本列島を挟んだ反対側、フィリア史上初めて結晶フォロンの大鉱脈を発見した地質調査場所だ。



 地質調査自体はすでに何ヵ所も行っており、その全ての地下五十メートル前後で結晶フォロンが見つかっている。


 第一回地質調査場所は、そのまま掘削作業を始めて簡易ながら施設が設けられている。流通ルートを考えると元日本海側ではなく元太平洋側がいいのだが、レーゲン絡みのため解決するまでは保留となった。



 そして日本にとって結晶フォロンは超物質だ。既存の採掘方法で問題ないのかを探るため、試験的に最初の調査場所で採掘をすることとなったのだ。


 その採掘現場近辺に設置したヘリポートにはオスプレイが二機止まり、高級背広を着た一団が革靴で草原を歩いて施設へと向かって歩く。その中にはいて当然の如く羽熊も混ざっていた。


 北東方向には、わざわざ北海道側を迂回してきた浮遊船とソルトロンが見える。



「予定通りだな」


 袖をめくって腕時計を目にするのは外務大臣の飯田聡志。


 佐々木総理は先の原潜の公表による後処理のため、東京から一歩も出られない。視察最終日は出て来るらしいが、この日は来れないので飯田大臣が来た次第だ。



「飯田大臣、分かっているとは思いますが、外国人を相手にする感覚でお願いします」


「ご心配なく。何度かエルマ大使やルィルさんとお話をしていますので、どういうものかは分かっています」



 異星人でありながら地球の外国人と同じ感覚で話せる。


 現場組では熟知していることでも、一度も対話をしたことがないと分からないことだ。どうしても異星人と言う潜在意識があって畏怖してしまうが、実際に話せばなんてことはない。


 飯田大臣は羽熊の知る限り接続地域には一度も来ていないから、ちゃんと話せるか不安だった。けれど杞憂のようだ。



「そうでしたか、失礼しました」


「いえ、それでも羽熊博士には敵いません。間違いの指摘と通訳はお任せします」


「分かりました」



 これは公式の接触なので広報のカメラが来る。向こうの好きなように編集されるとはいえ、向こうから無礼なことはしないだろう。


 飯田大臣は地球時代、レヴィアン問題の中で難しい外交を指揮してきたベテランだ。羽熊以上にこういう手合いは経験しているはずなので、作法よりは間違えずに通訳を心掛けようと意識する。



 採掘現場は日本とイルリハランの共同チームで行うため、地上から三メートルほどある足場が何ヵ所か設置されている。


 建物も接続地域の交流用プレハブ小屋をベースに作られ、外側から直接出入りできるよう出来ていた。


 ただ、建物の方は取り壊しを前提としているので広さはさほどない。そのため足場の方でアルタランと初接触することとなった。



 アルタラン保有浮遊船は採掘現場から少し離れたところで停まり、ほどなくして飛行車が三台発艦した。


 飛行車は足場の真横に着けると、向こうのSPであろう背広を着た人が降りると後部ドアを開ける。


 浮遊船のすぐそばに停まるソルトロンからも正装をした兵たちが出てきた。中にはルィルの姿も見える。



 お互いにこの手の仕事には引っ張りだこだ。



 飛行車から最初に降りて来たのはモーロット・レスファー。世界連盟安全保障理事会、議長国の世連大使だ。


 地球の安保理と違って異地の安保理には拒否権がなく、理事国自体他薦によって選ばれることから地球以上に民主的と言えよう。


 それでも会議をするのならば仕切る立場が必要で、異地の安保理では議長の役割を持つ国がある。この議長国、理事国の一員なので投票権があるのだが、議長決議以外では投票しない決まりがある。



 と言うのも、議長と言う立場から中立でなければならず、可否に関わらず議長国が普通に投票してしまうと、否決された場合少々問題を起こしてしまう。


 それを回避するため、議長国に限っては可否が同数の場合にのみ投票することができるらしい。


 当たり前だが、国連を含めて視察などは職員は来ることあっても大使が来ることはない。ましてや実際にテーブルに着く、現安保理の世連大使が来る事はなおさらない。



 それは羽熊が思い付いた、世間に公表できない秘密があると言う可能性を高める。秘密を知らない職員に任せられず、秘密を共有する日本委員会が来て漏えいを防ぐつもりなのだ。


 これならこの四面楚歌の状況でも一発逆転は出来る。


 仮説が正しければ、だが。



「初めまして。日本国、外務省大臣、飯田聡志です」


 飯田大臣はまずはと日本語で挨拶をし、すぐに羽熊が通訳する。握手のための手は出さない。


「世界連盟、安全保障理事会、議長国を務めています。モーロット・レスファー大使です」


「おお、安保理の議長が自ら視察とは、我々の母星の国連でもないので光栄です」



 そこで飯田大臣は右手を高く上げる。


「常在菌などへの免疫は問題無いと確認されています。アルコール消毒もしてますが握手は出来ますか?」


 牽制か、飯田は営業スマイルで握手を求めた。知っているのか知らないが、広報がいる中で握手と言う一般的なあいさつを拒むのは難しい。


 握手自体はあいさつとして地球も異地もあるから、拒むと言うことは仲良くする気がない現れだ。あからさまではなく、事実上の農奴政策状態にしたいはずのアルタランとしては露骨な拒否はしたくないだろう。



「これから共に活動するのですから当然です」


 モーロットも営業スマイルを見せて握手に応じた。


 握手に応じるためにはリーアンは高さを変えなければならない。平均身長二メートルで、地面から足まで一メートルなら、肩の位置は床から三メートル近い。



 ならば一七〇センチほどの地球人の差し出す手に応えるため、床に近い高さまで下げないとならないのだ。


 普段羽熊達もいつもよりは手の位置は高くしているが、元々大地から数メートル高い位置なのでルィルたちは近い目線まで来てくれる。


 しかしアルタランとは水面下で対立姿勢だから、飯田大臣は地球人に対しての高さで出した。その高さで応えるには、モーロットは足場に触れるギリギリまで高度を下げなければならない。



 つまり、国際的にも上に立つアルタラン安保理議長国を、わずかとはいえ下におろさせたのだ。


 高低差はあらゆる意味で優劣を生み、同じ目線となって同等となる。


 初手としては最善手だろう。



「我々も数十万年前、ご存知と思いますが、グイボラと言う邪悪な怪物が誕生した頃は同じく地に付いていました」


「知っております。この広大にして偉大な大地全域で死の恐怖におびえるのは、とてもではありませんが想像できません。ましてや原始的な生活をしていた中での恐怖はなおの事でしょう」


「そのため、皆さんより高い位置にいることはご了承ください。大地からは高くとも、元来床に近い生活もしないものですので」


「理我々とあなた方は生活姿勢が根本から異なります。目線の違いでの優劣はないと理解しています」



 物理的に高さを下げ、立場的にも高さを下げた。


 さすが外務大臣と言うところだ。


 モーロット議長は床から二メートルほどの、普段のリーアンの高さまで上がる。



「失礼ですが、ササキ首相がこの場に来られないのはなにか理由が?」



 安保理議長国が来ていながら日本国首相が来ないことに不満を抱くも、それはこちらのセリフだ。


 そもそも三日前に視察に来ると言う連絡をラッサロン経由で来たばかりで、スケジュールを調整する方が無理な話である。


 ましてや先日の原潜の公表で、国会から離れることは当分不可能だ。


 日本初の核兵器保持を考える以上、核三原則修正か破棄に国会通過は必須であり、国民投票レベルの国民的判断もしないとならないだろう。



「総理は不安定な国内情勢を正すため、不眠不休で執務についています。最終日は都合は付けられますが、それ以外は私が政府代表で対応させていただきます」


 三日と言う短期間で調整する前提の尋ねに、飯田はきっぱりと無理と伝える。


「五日間と言う短い間ですが、ニホンの存在がこの社会にどれだけ影響を及ぼすのか確認させていただきます。イルリハランから提供される情報と、現場の反応は同じなのかどうか。あなた方がいることによって経済はどう変わるのか。我々とあなた方は共存できるのかなどですね」



 イルリハランとは昼夜問わず二ヶ月近くかけて交流して互いを理解してきた。それを情報提供があったとはいえ五日で理解するなどふざけているにもほどがある。


 明らかに日本を理解する気が無く、すでに答えが出ていると吐露しているようなものだ。


「そうですね。この三ヶ月近い交流で、我々とリーアンは信頼関係が築けると確信できました。この星の国際組織のアルタラン、それも安全保障理事会が我が国を認めてもらえれば、他の国々も受け入れてもらえるでしょう」



 堂々と飯田はモーロットの建前に本音で返す。


 知らない人から見れば穏やかな会話でも、裏から見ればせめぎ合いと言える。


 政治と言うのは毎度ながら息苦しい。


「出来ればゆっくりとお話をしたいところですが時間がありません。早速ですが地質調査の視察を開始しても?」


「……ええ、構いませんよ」


 モーロットは明言を避け、時間が無いことを理由に話を進めた。


 飯田大臣もそれに答え、応対する人が交代する。



「ここを案内させていただきます、経済産業省、鉱物資源課の柳村と申します」


 挨拶こそ外務でも現場は経産の管轄だ。当然地質調査を始め採掘事業は経産省の仕事だからその閣僚が対応する。


 柳村は日本人らしいお辞儀をし、こちらと手で示して足場から移動をする。



「早速ですが柳村さん、フォロン結晶石は確かに地下五十メートルにあるのですか?」


 とルィルがモーロットの言葉を日本語に訳して話す。


「説明よりは実物をお見せした方が早いです。こちらに」


 地上から二メートルほど浮いてついてくるリーアンに羽熊は少し大きめの声で訳し、ある大型のプレハブ小屋二階へと向かう。



 このプレハブ小屋は研究施設となっていてクリーンルームが備え付けられている。その部屋に入るため、一階でも二階でも必ず着替えてから入らないとならなかった。


 十五分くらいかけて入った六十畳はあろう広い部屋には、採土された土壌が三本ずつケースに収められ、日イの地質学者たちが共同で機械を前に研究を行っていた。



「これが地下六十メートルから採掘した結晶フォロンです」


 研究のため採土した土壌は土壌コアサンプラーと呼ばれ、深さによって異なる土を調べることができる。


 目くらいしか露出をしない日本の地質学者は三本の土壌コアが入るケースを持って来てテーブルの上へと置いた。


 深さは六十一メートルから六十三メートルより採土されたもので、その全てが紺色の鉱物だ。


 部屋の中に入ったアルタランの人々は食い入るように見る。



「一本が約八キロありまして、イルリハラン通貨で八兆セム相当となります」


 羽熊の説明を聞いて、数人のアルタラン職員が失神した。


 日本円にして一本四兆円。それが一ケース三本で十二兆円。それだけでなく五十メートルからは全て結晶フォロンだから、言ってしまえば五十兆円がこの部屋にあると言うことになる。


 砂粒一つ拾って売るだけで遊んで暮らせるんだから失神もそらする。


 それだけ結晶フォロンは世界規模で産出量が少なく、採掘する人はさらに少ない。


 さすがにモーロット議長も驚きの顔を隠せず、ルィルに狼狽しながら話しかける。



「これが調査した場所全てであるのですか?」


「あります」



 日本側からすれば簡単に見つかったため実感は少ない。しかし異地側からすればとんでもないことだ。


 人口四十億人いるなかで、実際に地下資源を採掘する人は万にも届かないらしい。どれだけ優遇にしようと地上に降りるくらいなら他の安月給か無職のほうが良いと言うくらい、リーアンは地上には近寄れないのだ。



 昔はグイボラを絶滅するために地中を探査する技術を有していたみたいだが、グイボラ探査と地質調査は違う。その上絶滅させた百年前の技術では精度が低すぎて分からなかっただろう。


 それ故に世界的戦略物質であっても年間産出量は十三トン前後とあまりにも少なかった。


 それが日本の存在、ユーストル内に大鉱脈があることから百倍から千倍と増える可能性があれば、世界が騒ぐのも当然だ。


 モーロットは震える手で結晶フォロンを触ろうとして、柳村が手を伸ばして制す。



「すみません。現在結晶フォロンに触れていいのは研究員のみです。当然持ち帰りも出来ません」


 一グラム五億円もするのだから、こっそり持ち帰られてはたまらない。そのためポケットがない服を着て、帰る時も必ずエアシャワーや粘着ローラーで掃除をした上で脱ぐのが義務付けられている。



「俄かには信じられなかったが、まさか本当にフォロン結晶石の大鉱脈があったとは……」


「一体地下何メートルまで鉱脈が続いているのか分かりませんが、ユーストル全体に至れば実質無尽蔵と言えるでしょう」


 ここユーストルは地殻変動で出来たのではなく、二億年前に落ちた巨大小惑星によって出来たとされる。そして世界各地で石油等地下資源を少数でも行っていることを考えると、巨大小惑星が落ちたことでこの星にフォロンが生まれた可能性がある。


 ならここ以外では結晶フォロンが微量ずつでしか採掘されない説明が出来た。



「日本が来てからわずか三ヶ月で……日本は一体どれだけのフォロン結晶石を国内に運んだんだ?」


「いえ、国内には持ち込んではいませんが?」


「なに? それはなぜ?」


 宝が目の前にあって持ち帰らないのは馬鹿と言える。だからかモーロットは当たり前にして当たり前ではない質問をした。



「結晶フォロンがこの社会に於いて最重要物質であることは承知しています。そのため取り扱いは慎重しなければなりません。まだ我が国とイルリハランでは結晶フォロンの取り扱いの規定を設けておりませんので、研究のみとしてこの敷地から出さないことを暫定処置としています。よって、いくら採掘しようと両国共に持ち帰りはしません」



 これがお互いに不満を膨らませず不測の事態を防ぐ最善手だ。


 日本としても本土に持ち帰って精密検査をしたいが、異星人に渡してどんな魔改造をしてしまうか分かったものではない。逆にイルリハランも大量に持ち帰ったら経済が混乱する。


 被害を最小限とした取り決めが定まるまではユーストルから出さないこととなり、定まる前に今日を迎えてしまった。


 だからお互いに正真正銘の宝があっても持ち出さないのだ。


 モーロットはそれからも質問を続け、他の安保理や職員も各自動いて主にイルリハランの学者に質問を投げかける。通訳は日イの兵士たちが対応する。



「日本も可能であれば浮遊艦や浮遊都市の建設を?」


 しばらく質問が続き、モーロット議長の質問は飯田大臣に向けられる。


「浮遊化はこの社会で活動する上では欠かせません。自己開発にしろ、技術提供にしろ、独自の浮遊都市や浮遊船等の建造はするでしょう」



「ではバスタトリア砲も?」


「そのことについて私は答えられません」


 異地社会最強の兵器については総理が判断するため、外務大臣が答えるわけにはいかない。なによりそんな重大な言質を、視察初日に取らせるわけもない。


「重要な事です。ユーストルの一部を領土としている日本が、際限なくフォロン結晶石を採掘すれば、秘密裏にバスタトリア砲搭載浮遊艦を何隻も建造する可能性が出ます」



「バスタトリア砲は一ヶ国一門とすることを、憲章によって記載されていることは聞いています。ですが私はバスタトリア砲についての発言許可を貰っていません。今この場で、バスタトリア砲についての方針は答えられないのです」


 何度聞かれようと飯田大臣はきっぱりと返す。


「なら我々は日本はいずれバスタトリア砲を保持をすると言う前提で動かなければなりません」


「何度も言いますが答えられません。それが今の方針です」


「……いいでしょう」



 さすがに羽熊もバスタトリア砲の保有に関しては何も知らない。それ以前に検討しているのかも怪しい所だ。核兵器はうなぎ登りで保有するべきとなっているが、さらに異地側最強兵器を持つことまで認めるかは意見が分かれそうだ。


 モーロット議長はこれ以上追及しても答えないとみてやめ、柳村に振り向いて掘削方法などを聞き始めた。


 本当、息苦しい。ネクタイを解きたいがそれはできず、じんわりと額から汗が流れ落ちる。


 と、ルィルと目が合った。



 大変ですね。



 そう言っている気がして、羽熊は苦笑で返した。


 これがあと四日。ストレス過多で胃に穴が開かなければいいのだが。


 けれど最終日は首脳陣が一同に会する。


 そこで決着だ。これ以上外部から余計な介入を許さず、一発逆転で終わらせる。


 羽熊はそう決意を胸に通訳の仕事を徹底した。

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