第3話 ようこそ『ヤミノ世界』へ

 メトフィアを倒すにしても、どうやって『ヤミノ世界』へ行くのか。

 そんな疑問に対するアイリスの答えは以下の通り。


「じょてーであるこのわたしと、まおーがいっしょなら、ふかのーなんてないわ!」


 うん、これだけだと答えになってないね。


 私たちがアイリスの言葉の意味を知ったのは、『西の方の国』の近くにある、とある湖に浮かんだ小島の上だった。

 小島の中心には小さな聖堂があり、そこには海底神殿にあったのとそっくりな転移魔法陣が。


 騎士団に囲まれ、アルパカに乗ったアイリスは声を張り上げた。


「ここよ! ここでわたしとまおーが『まほー』をつかえば、『ヤミノ世界』へ行けるわ!」


 自信満々なアイリスの言葉が響き、まおーちゃんもうなずく。


 まおーちゃんは今、小さな杖を握って、テラスにちょこんと座っていた。

 メトフィアに支配された『ヤミノ世界』で一番安全な場所はどこか、といえば、それは自宅だろう。

 だからこそ、まおーちゃんはルリとイショーさんから離れ、テラスに座っているんだ。


 自宅の隣に立つルリとイショーさんは、微笑みながらまおーちゃんに言った。 


「……いい子に、しててね……」


「スミカさんたちは優しいから、大丈夫よ」


「うん!」


 元気よく返事をしたまおーちゃん。

 ルリは今度はスミカさんに向かって頭を下げた。


「……まおーちゃんを、よろしく……」


「任せてちょうだい!」


 これまた元気よく返事をしたスミカさんは、まおーちゃんをそっと抱きしめる。

 そんな光景をリビングから眺めるのは、天真爛漫モードのミィアだ。

 王女様完全行方不明状態なくらいにくつろいだミィアは、のんきに笑う。


「えっへへ〜、まおーちゃんと一緒に大冒険だ〜!」


「小さな女の子に向かって微笑み、お菓子を食べながらソファの上に寝転がって足をぶらぶらさせるミィア……ああっ! この世の神秘! 尊い!」


 もう、自宅にいる2人はホントにブレないね。


 とにもかくにも、私たちは『ヤミノ世界』へと繋がる転移魔法陣の上にやってきた。

 転移魔法陣の上には、私たちを乗せた自宅と、パワードスーツ・イショーさんを着たルリ、クロワを背負ったシキネが並ぶ。

 少し離れたところにいる騎士団長さんは、そんな私たちに呼び掛けた。


「勇者様方、準備はよろしいか?」


「ええ、準備オッケーよ」


「大丈夫じゃい」


「いつでも行けるわ」


 連続する3人の勇者の言葉。

 それを聞いて、魔法陣のそばで胸を張っていたアイリスが、杖を振って叫ぶ。


「まほーじん、きどうよ! まおー!」


「うん」


「せーの!」


 アイリスと息を合わせるように、テラスに座っていたまおーちゃんも杖を振った。

 すると、転移魔法陣が鈍く光りはじめる。


 海底神殿の魔法陣とは違って、こっちの光は濃い紫色だ。

 シェフィーは興味津々な様子で外を眺めてる。


「これは……見たことのないタイプの魔法です!」


「色的に闇魔法ってやつかな?」


「はい、きっとそうです! はじめて見る魔法、きちんと観察しないとです!」


 目をキラキラさせたシェフィーは、魔法陣の光を脳裏に焼き付けていた。

 紫の光の向こうでは、両手を腰に当てたアイリスが偉そうにしている。


「いってくるのだ、ゆーしゃたちよ! じょてーであるこのわたしを、しつぼーさせないことね!」


 うん、絶対にアイリスを失望させはしないよ。

 だって、個性豊かな3人の最強勇者が揃っているんだからね。


 魔法陣から浮かび上がった紫の光は、ますます濃くなっていった。

 しばらくすれば、私たちは光に包まれ、アイリスの姿を見ることもできない。


 光は徐々に紫から黒へと変化していく。

 漆黒の光は、もはや光というよりは闇だ。

 外の景色はほとんど見えない。


「真っ暗だわ」


「でも、おウチは明るいよ!」


 ミィアの言う通り、自宅の明かりが闇を照らしている。

 おかげで私たちは不安に陥らずに済む。


 数分して、辺りを覆っていた闇が風に吹かれるように消えていった。

 ここでまおーちゃんが言う。


「てんい、できた。ここが『ヤミノ世界』、まおーたちの国」


 ついに私たちは『ヤミノ世界』へやってきたんだ。


 一体、まおーちゃんの住む世界はどんな場所なんだろう。

 私たちは一斉に窓の外に目を向けた。


 外に広がっていたのは、どこまでも続く分厚い灰色の雲に、黒い草木と岩に覆われた暗い大地の光景。

 全体的にどんよりとしていて、空気は重い。


 ただ、アルマジロみたいな動物がころころしてたり、コウモリみたい鳥がふわふわしてたりと、不毛な土地というわけではなさそう。

 世界を包む暗い印象は、きっとダークな色合いのせいなのかもしれない。


 はじめてだらけの世界に、私たちは感想を漏らした。


「凄まじい景色だ。『ツギハギノ世界』とは大違いだな」


「ちょっと不気味で、だけど魅力的な世界ですね」


「いいねいいね! ダークファンタジー感満載だね!」


 正直なところ、私はワクワクが止まらない。


 だって『ヤミノ世界』だよ?

 魔王が君臨し、マジューたちが住まう世界だよ?

 こんなのゲームやラノベ、アニメでしか見られない世界だよ。


 それが現実として目の前に広がってるんだから、興奮しないはずがない!

 非日常的な世界を眺める私の隣で、スミカさんは困り顔をしながら冷静に言った。


「どうやらみんなとは離れ離れになっちゃったみたいだわ」


「さっきの転移魔法陣、転移先が固定されていないランダム転移だったんですね……」


 たしかに、ルリとイショーさん、シキネとクロワの姿がない。

 まあ、ルリたちなら大丈夫。

 私たちは私たちのやるべきことをやろう。


「とりあえず魔王城を目指さないとね」


「まおーちゃん、魔王城へ案内してくれるかしら?」


「うん。こっちだよ」 


 こくりとうなずいて、まおーちゃんはダークな丘の向こうを指さす。

 スミカさんはまおーちゃんの指さした先へ自宅を動かした。


 そうして自宅は暗い大地をのしのし歩き、丘を越え、泥みたいな川を渡る。

 ついでに私はゲームに集中する。


 1時間くらい経った頃、ミィアがぴょんとジャンプした。


「見て見て〜! あそこに村がある〜!」


 ついに『ヤミノ世界』最初の村だ。

 村には一体どんなマジューが住んでいるんだろう?

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