第5話 優れた支配者の条件

 開かれた扉の向こうには、長い長い岩の通路が伸びていた。

 これまでのダンジョンとは違って、より闇の深い、狭い通路だ。

 吹き出す冷たい空気と、強い光を当てても先が見えない暗さが相まって、不気味さが何倍にも増している。


 何か現世とは違う雰囲気すら感じる扉の向こうが、私は怖くて仕方がない。

 だから、シュゼとチルが扉の向こうに足を踏み入れたのが、心配で仕方がない。


「あの2人、大丈夫かな? なんか、あの通路って人が入っていい場所じゃない気がするんだけど」


「私も同感よ。通路の奥から吹きつけてくる空気、今までに一度も感じたことのない冷たさだわ。まるで死者の世界の空気がやってきたみたいにね」


「謎のマモノであるユーレイ……呪文にあった『現世と冥界の境』っていう言葉……使者の世界みたいな空気……」


 これだけオカルトな単語が並べば、もう危険なレベルだよ。


 もしかすると扉の向こう、本当に冥界に通じてるのかも。

 だとすれば、やっぱりシュゼとチルを止めないと。


「ねえスミカさん、2人を呼び戻そう」


「それが良さそうね」


 お姉ちゃんとして、そして保護者としての意見が一致した。


 さっそく私たちは2人を呼び戻そうと、慣れない大声を出そうとする。

 けれど、大声を出す前にシュゼとチルはテラスに戻ってきた。


 シュゼの手には、シュゼの顔と同じくらいの大きさの、トゲトゲした石の塊が。


「刮目せよ! これこそが、この私の求めていたびっくり魔法石だ!」


「通路にいっぱいあったのです。探す必要もなかったのです」


「運命による導きが、この私の野望に応えた結果である。ククク、ククハハハハ!」


 無邪気に笑って、すごく嬉しそうな顔をするシュゼ。

 なんだか、こんなにかわいい影の支配者になら、支配されてもいい気がするよ。


 リビングに戻ってきたシュゼがびっくり魔法石をテーブルの上に置くと、チルがワクワクを含んだ口調で言った。


「今はこのオレンジの光に当てられて、びっくり魔法石は青く光っているのです。でも、例えばテレビの前にびっくり魔法石を置くと、こうなるのです」


 よいしょっとテレビの前に運ばれるびっくり魔法石。

 すると、びっくり魔法石はテレビに映った映像の色とは真逆の色で光った。


 テレビが緑の森を映せば、びっくり魔法石はピンクや紫に。

 テレビが青い海を映せば、びっくり魔法石はオレンジや赤に。

 テレビが星空を映せば、びっくり魔法石はゴマおにぎりみたいに。


 当てられた色と逆の色で光るだけなのに、見ていて飽きない。

 たしかにこれは『びっくり』だね。


「キレイ……」


「こんな素敵な石をプレゼントしたら、シェフィーちゃんも喜ぶわ!」


「だろうな。しかも、父から譲り受けし『アクセサリー製作キット』を使えば、すぐにでもびっくり魔法石をアクセサリーに生まれ変わらせることができる! 待っていろ宿敵女神! すぐにでもこの私の支配下に置いてやるからな! ククク、ククハハハ、ハーハッハッハ!」


 ますますシュゼのテンションが上がっていく。


 シュゼはバッグからいくつかの道具――アクセサリー製作キットを取り出した。

 私にくれたネックレスも、あのキットで作ってくれたのかな。


「さあ、儀式のはじまりだ! 宿敵女神をも屈服させる――」


 そこで言葉も作業も途切れた。

 なぜなら、地鳴りのような重低音の呻き声が、洞窟中に鳴り響いたから。

 もしや地獄から鬼が這い出してきたんじゃないか、と思うような呻き声だ。


 私とシュゼは思わずスミカさんに抱きつく。


「なななな、何!? 今度は何!?」


「つ、つつつ、ついに邪神が現れたのか!? こ、ここここの私を倒すために!?」


「フフフ、2人とも私が守ってあげるわ。ほら、いい子いい子」


「大変なのです。大量のユーレイが、強い光も気にせず、こっちにやってくるのです」


 チルの言う通りだった。

 ユーレイたちは、苦手なはずの光を振り払い、雪崩みたいに襲ってくる。


 もちろんシールドがあるから、私たちは無事だ。

 でも、あっという間にシールド全体にユーレイが張り付き、自宅は囲まれちゃった。


「なんで!? どうして!?」


「ずいぶんと必死であるな。ユーレイたちめ、死兵と化したか」


「ユーレイは最初から死兵だと思うけど……なんて言ってる場合じゃない! どうする!?」


 焦りは増すばかり。

 それも、洞窟が崩れるような音と振動が響けばなおさら。

 いよいよマズい状況で、スミカさんが気がついた。


「あら? ユーレイさんたち、何か言ってないかしら?」


「え?」


 言われて耳を傾けると、たしかに何かが聞こえる。

 ほとんど雑音に近いけど、間違いなく人間の言葉だ。


《カエセ……カエセ……》


《ダイジナ……モノ……カエセ……》


《イキテル……ヒトノモノ……ジャナイ……カエセ……》


 脳みそをかき回すようなユーレイたちの言葉は、そんな言葉だった。


 大事なものを返せ。


 彼らが言いたいことはすぐに理解できた。


「まさかユーレイたち、びっくり魔法石を取られて怒ってる!?」


「たぶんそうだわ! ユーレイさんたちにとってびっくり魔法石は宝物なのよ!」


「困ったのです。魔法石を手に入れるため、交渉しなきゃいけないのです」


 びっくり魔法石を手に入れる難易度が一気に上がっちゃった。

 それでもチルは状況を打開しようと頭を抱えるけど、シュゼはそんなチルに言う。


「交渉の必要はない」


「シュゼ様?」


「びっくり魔法石をユーレイどもに返してやれ」


 あっさりとした答えを口にし、シュゼはニタリと笑って続けた。


「この私は影の支配者だ。影の住人であるユーレイたちから宝を奪うほど無粋ではない。何より、冥界の魔法石を使っては、宿敵女神に呪いのアイテムを渡すようなものだからな。それはこの私の野望と相容れぬ」


 言い切って、シュゼはびっくり魔法石を手に取る。

 そしてそのままテラスに立ち、声を張り上げた。


「びっくり魔法石、お前らに返す!」


 ユーレイに近づくのは怖かったらしく、シュゼはポイっとびっくり魔法石を投げた。


 放物線を描き、地面に落ちたびっくり魔法石。

 と同時、地面の一部が生き物みたいに動き出す。

 地面に落ちたびっくり魔法石は地面に呑み込まれ、姿を消した。


 これに呼応してユーレイたちも去っていき、狭い通路への扉も閉じられる。

 ようやく光を弱めても怖い思いをしなくて済むようになって、私は大きなため息をついた。


「はぁ……助かった……」


 安心できる時間って最高だね。


「にしてもシュゼ、魔法石を返しちゃって良かったの?」


「問題ない。優れた支配者の条件は、決断力が早いことだ。この私は、あの状況で即座にびっくり魔法石を返すと決断した。後悔はない」


 ならいいんだけど。


 目的のものは手に入れられなかった。

 もうダンジョンに用はないし帰ろう――と思ったのだけど、スミカさんは困り顔。


「ええとね、落ち着いて聞いてちょうだい。さっきの騒ぎで洞窟が崩れたみたいで、帰り道がなくなっちゃったのよ。私たち、閉じ込められちゃった」


「ええぇ!」


 一難去ってまた一難って、まさにこのことだね。

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