第3話 3時間目、異世界の授業

 1時間目に続いて、2時間目の授業も大成功に終わった。

 授業の魅力というより、ルフナの魅力が中心だった気もするけど、成功は成功だ。


 問題はここから。


 3時間目を担当するのは、私だ。

 当然、私は緊張の中で吐きそうになっている。


「ウウ……ウウ……ワタシ、オナカ、イタイ……ケッセキ、スル……」


「大丈夫よユラちゃん、生徒のみんなは優しい子たちだから」


「……ダケド……ワタシ……」


「昨日、夜中までプレゼン資料? を作ってたじゃない。ほら、ユラちゃんの傑作をみんなに見せてあげましょう」


「……傑作?」


 たしかに、自分の作った〝作品〟を見せたい気持ちはある。

 スミカさんの説得に少しだけ緊張が溶けると、シェフィーの言葉が続いた。


「無理をする必要はありません。ユラさんはいつも通り、お話をすれば大丈夫だと思います。ほら、リラックスです! いつも通りのダラダラユラさんです!」


「勇気づけられてるのか貶されてるのか……」


 どちらにせよ、2人のおかげで心が少し落ち着いた。

 よし、たまには頑張ろう。


 3時間目がはじまる直前、私はテレビをテラスに引きずり出した。

 テレビに映るのは、私のパソコンと同じアニメキャラの壁紙だ。

 この時点で、テラスの前に集まった生徒たちがざわついてる。


「あの絵、すごくかわいい!」


「異世界の芸術なのかな?」


「氷の女王さん、どんな授業してくれるんだろう!」


 うう……なんかハードルが上がってるよ。

 約100人の生徒たちを前に授業するなんて、やっぱり私にはキツい。

 キツいけど、みんな楽しみにしてくれてるみたいだし、やっぱり頑張ろう!


 時計が3時間目のはじまりを伝えれば、私は生徒たちに自己紹介した。


「か、かかかかか、かかか、河越、ゆ、ゆゆゆゆ、由良です! よよよ、よろしく!」


 めちゃくちゃ声が震えてたけど、大丈夫かな?

 変な人だと思われてないかな?


 いや、絶対に変な人だと思われただろうから、みんなとは目を合わせずに授業しよう。


「ええと、その、なんだっけ……そうだ! 私は、私の世界について、みんなに教えようかなと思って……」


 ちょちょいとパソコンを操作し、数枚の写真をテレビに表示する。


「まずはこれ! これが、わ、私の世界の、有名な景色!」


 全部ネットから持ってきた写真だけど、商用に使ってないからアウトじゃないはず。

 私は写真を次々と切り替えながら、生徒の顔も見ずに解説をはじめた。


「こ、ここが私の住んでた街で、東京っていって、こっちは私の世界で一番すごい都市のニューヨーク、こっちが観光地で有名なパリ。で、これが富士山っていう山で、こっちがニュージーランドっていう国の綺麗な景色で——」


 詳しい説明はできないけど、写真が綺麗だから大丈夫、きっと。

 この調子で授業を続けよう。


「私の世界には有名な建物がいっぱいあって、これは法隆寺、これはケルンの大聖堂、これは紫禁城。これは世界で一番高い建物で、828メートルのブルジュ・ハリファ。それから——」


 小声で早口の解説をしていると、1人の生徒さんが言った。


「ユラ先生! 質問です!」


「は、はははっ、はい! なんでしょう?」


「そんなすごい建物がたくさんあるということは、魔法使いがいっぱいいるということなんでしょうか?」


「ああ、言い忘れてた。じ、実は私の世界、魔法って存在しないんだよ。私たちの世界は科学技術で成り立ってるんだ」


 実際、私も魔法は少しも使えないしね。


 ありのままの答えに、生徒さんはどんな反応を示すのか。

 ちらりと生徒さんの顔を見てみれば、生徒さんは目をまん丸にしていた。


「それは、ホントですか!? ホントに魔法がないんですか!?」


「ホントだよ」


「では、その繊細な絵や動く絵も、魔法ではないんですか!?」


「う、うん。これは写真や動画って言って、光をどうにかして作るものらしいんだけど、詳しいことは私もよく知らない。テレビとかパソコンの構造も知らないんだ。な、なんか、あんまり詳しいこと教えられなくて、ごめんね」


 先生なのに、教えられることが少なすぎて泣きそうだよ。

 そうやってネガティブになる私とは対照的に、生徒さんたちは目の色を変えていた。


「魔法ないのに、あんなすごい街が作れるの!?」


「ユラ先生のいた世界、すごい!」


「夢みたいな世界!」


 あれ? 意外と私の授業、興味を持ってくれてる。


 そういえば、生徒さんたちにとって私の世界は異世界なんだ。

 シェフィーやチルも私の世界に興味を持っていた。

 魔法が存在しないのに、遥かに発展した私の世界は、『ツギハギノ世界』にとってはファンタジー世界そのものなのかも。


 なら普通に私の世界の話をするだけで、すごい授業になるのかも。

 もうちょっと前向きに授業を続けてみよう。


「例えば私の世界では自動車がそこら中を走っていて、空には飛行機が——」


 これは日常生活のお話。

 元の世界で話したところで、誰も驚かないお話。


 それなのに、生徒さんたちは興味津々にテレビの画面に食いついていた。

 生徒さんたちが私の授業を喜んでくれて、大満足だよ。


 大満足の末に、ちょっと調子に乗る。


「じゃあ、この映像を見てみて」


 そして私がみんなに見せたのは、あるアメコミ映画のワンシーンだ。

 スーパーヒーローチームが大都会を舞台に、超絶アクションを繰り広げる名シーン。

 生徒たちは大興奮だ。


「異世界にはこんなすごい人たちがいるんだ!」


「人々を守るヒーローたち、かっこいい!」


「これだけ強大な敵にも負けないなんて……すごい!」


 どうしよう、みんなが素直に驚いてるんで、今さら作り物の映像って言えなくなっちゃった。

 うん、真実は黙っておこう。

 私の世界に対する大きな誤解を生んでしまったけど、バレなきゃセーフだ。


「次はこの映像。これはとあるスパイがロンドンの地下鉄で——」


 こうして私は、数多くの誤解を生む授業を進めていくのであった。

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