第3話 勇者勝負は無駄じゃなかった

 自宅が大通りに到着した頃、シェフィーが私の袖を掴む。


「あの、ユラさん」


「どうかした?」


「地下水路を進むマモノって、きっと魚系のマモノですよね」


「たぶんね」


 私がそう答えた直後、私の袖を掴むシェフィーの手に力が入った。

 そういえばシェフィーは、魚を見るのも嫌なぐらいに魚が苦手だったっけ。


「大丈夫だよ。魚のマモノなんて、ガトリング砲で粉々に砕いて魚粉にして、ラーメンのダシにしてやるから」


「ユラさん……!」


「ま、魚のマモノを倒すのはスミカさんだけどね」


「うう……ユラさんは頼りになりそうで頼りにならないです……」


 正直なことを言うね。

 けれども、シェフィーの表情に少しだけ余裕が戻ってきた。

 今はこれだけでも十分だよね。


 さて、マモノとの追いかけっこはどうなったかな?


「敵の姿はレーダーで見えてる?」


「ええ、バッチリ見えてるわ。この『れーだー』っていうの、すごいわね」


 どことなくおばあちゃん感のする感想だけど、マモノとの追いかけっこは順調らしい。


 地下水路を進む敵を追った自宅は、お城へ伸びる地上の大通りを疾走中。

 自宅から生えた四本の脚は、人や馬車の隙間を踏みしめる。

 全速力で走る家の姿に唖然とする街の人たちを置き去りに、スミカさんは体を乗り出した。


「これなら追いつけそうだわ!」


「マモノに追いついたとして、地下水路にいるマモノをどうやって倒すんですか?」


「それは後で考えればいい」


「肝心なところがテキトーすぎませんか!?」


 シェフィーがツッコミを入れてきたけど、知らん。

 断じてマモノをどうやって倒すか考えていなかったわけではない。断じて。


「お城が近づいてきたわね。急がないと!」


 さっきまでミニチュアのようだったテイトのお城は、もうすぐそこ。

 それぞれに高さの違う5つの塔は、もう目の前。

 ここまでお城に近づいて、私はあることに気がつく。


「テイトのお城って、湖の中に建ってるんだ」


 対岸も霞むような広い湖。

 大きなお城は、その静かな水面に浮かぶように佇んでいた。


 となれば、お城までは長い橋を渡る必要がある。

 けれどもその当たり前の選択肢は、シェフィーの言葉にかき消された。


「お城につながる橋がありません!」


「ええ!?」


「あらあら、本当だわ」


「お城まで数百メートルあるよ!? 数百メートルも湖を泳ぐの!?」


「魚のマモノさんなら楽勝ね」


「スミカさんにとっては楽勝じゃないですよ!」


 シェフィーの言う通りだ。

 まだ『海は広いねツリー』は特定条件が揃わず解放できていない。

 今のスミカさんに湖を渡る術はない。


「大変よ! 魚のマモノさん、地下水路を超えて湖を進みはじめたわ!」


 畳み掛けるスミカさんからの悪い報告。


 私は必死に頭を動かした。

 自宅が湖に到着するまでは数秒程度だ。


 シェフィーは魔法陣が詰まったバッグを必死に漁っているけど、必死すぎて魔法陣を散らかしているだけ。

 湖には魚のマモノが作り出したであろう波が。


 必死に頭を動かした私は、結局は思いつきの提案をそのまま口にする。


「超ジャンプ! 超ジャンプスキルで湖を飛び越えよう!」


 至極単純な提案。

 魔法陣に埋もれていたシェフィーは「へ?」と変な声を出した。

 一方のスミカさんはニッコリと笑う。


「ナイスアイデアよ!」


 自分の提案とはいえ、それ、本気でやるの?

 でも今さら他の選択肢を用意することはできないよね。


 私もシェフィーも腹をくくり、スミカさんの超ジャンプスキルに賭けることにした。

 街と湖の境に自宅が差し掛かると、その時が来る。


「えい!」


 やけに軽いスミカさんの掛け声と同時、自宅はお城に向かってジャンプした。

 外の景色は瞬時に大空へと変わり、お城は遥か下に。


 薄い雲を突き抜けた自宅は、今度は地上へと落ちていく。


「あわわ! やっぱり怖いです! この超ジャンプには慣れません!」


「私も!」


 相も変わらず抱き合う私とシェフィー。

 どうしてスミカさんは微笑みを崩さずにいられるんだろう。


 雲はだんだんと離れ、代わって徐々に近づいてくるお城。


「このまま着地に失敗して湖にポチャン、なんてことはないよね?」


「ユラさん! 怖い未来予想をするのはやめてください!」


「2人とも怖がらなくていいわよ。湖にポチャンしても、私は2人を守るわ」


「ありがたいですけど、ポチャンをしないと言ってほしいです!」


 涙目のシェフィーは正直者だ。


 とはいえ、私の未来予想は外れてくれた。

 私たちの恐怖とは裏腹に、自宅はあっさりとお城の敷地に着地する。

 アトラクション状態だった自宅からの風景は、お城の庭と湖を映す憩いの風景に塗り替えられていた。


「良かった……ポチャンはしなかった……」


「わりとギリギリでしたけどね……」


「フフフ、当てずっぽうでジャンプしてみたけど、うまくいって良かったわ」


「当てずっぽうだったんですね……」


 とにもかくにも、超ジャンプで湖を飛び越えお城に着地することには成功した。

 これで私たちも一安心。


 ただし、私たちの安心感はすぐに吹き飛ばされてしまうのだけど。


 突如、湖から巨大なナマズのようなマモノが飛び出してきた。

 真っ黒な体に水しぶきをまとい、赤黒い目を光らせたマモノは、じっとこちらを睨みつけている。

 そんな光景に私は思わず叫んだ。


「魚のマモノ! 忘れてた!」


「きゃああああ! 大きな魚です! 石化されちゃいます! 石化されたまま湖に沈められてしまいます!」


「落ち着いてシェフィー! 魚のマモノはヤクザじゃないから!」


 クッションをかぶりソファの上で丸まったシェフィーと、そんな彼女をなだめる私。

 珍しく声を荒げたのはスミカさんだった。


「シェフィーちゃんを怖がらせる子は、この私が許さないわ!」


 どうやらスミカさんの怒りは本物らしい。

 自宅のベランダにはガトリング砲が出現し、即座に砲口が火を噴いた。

 撃ち出された大量の弾丸は、至近距離で魚のマモノを食い散らかしていく。


 辺りに響くのは、怪獣の鳴き声みたいな発砲音、魚のマモノの断末魔。

 景色は完全に魚のマモノの解体ショーに支配されてしまった。


 クッションをかぶり目をつむったシェフィーは、怯えた表情で私の腕を掴む。


「ユラさん!? 外で何が起きてるんですか!?」


「ええと……」


「言い淀むようなことが起きてるんですか!?」


「手よりも大きい弾丸が、数秒で数百発ぐらい発射されて、魚のマモノをバラバラにしてる。魚のマモノはお腹が完全に破裂して――」


「あわわ! あんまり詳しく説明しないでください!」


 贅沢を言うね。

 まあ、この世界のマモノはグロテスクなことにはならないから大丈夫。

 実際に目の前の魚のマモノは、霧状になって散っていった。


 標的を仕留めたガトリング砲は動きを止め、静寂が帰ってくる。

 スミカさんはシェフィーのもとに駆け寄り微笑んだ。


「もう大丈夫よ。魚のマモノは私が退治したわ」


「本当ですか?」


「本当よ。ほら、外を見てみて」


 クッションをかぶったまま、ひょこっと外を覗くシェフィー。

 すると彼女は胸をなでおろし、最高の笑顔をスミカさんに向けた。


「すごいですスミカさん! ありがとうございます!」


 続けてシェフィーは言う。


「ところで、あの方は?」


 窓の外を見てみると、そこにはアルパカに乗ったドレス姿の幼女が。

 幼女は私たちと目が合った瞬間、ピンク色の長い髪を揺らし、胸を張って声を張り上げた。


「ふん! 『じょてー』であるわたしが、あんたたちをほめてあげるわ! かんしゃしなさい!」


 ちょっと何を言ってるのか分からない。

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