第6話 勝負の結果は?

 ジャンプ勝負が終われば、早くも次の勝負だ。


「次は腕立て伏せ勝負じゃい。勝負の時間は1分じゃい。この1分間に何回腕立て伏せができるかを競うんじゃい。もちろん、シキネは1人の腕立て伏せの回数、そっちは5人の腕立て伏せの回数の合計というハンデ付きじゃい」


「さっきは負けたけど、あれは昼食の鶏肉のせいで負けただけだ! 次は勝つ!」 


 言い訳の意味がよく分からないけど、シキネがやる気満々なのは分かる。

 腕立て伏せのスキルなんてないし、次の勝負は勝てないかも。


「みんな、準備するんじゃい」


 クロワに従い、リビングで腕立て伏せの体勢を整えるシェフィーとミィア、ルフナ。

 自宅に腕はないので、スミカさんは人間の姿で腕立て伏せだ。

 私も渋々、腕立て伏せの体勢に。


 シキネはクロワッサンを頬張り、ジャングルの土の上でうつ伏せに。


「準備オッケーだ!」


「私たちも準備完了よ」


「なら、さっそく腕立て伏せ対決をはじめるんじゃい! よぉい――」


 それからしばらく続く沈黙。

 心配になるぐらいの長い間を経て、クロワは叫んだ。


「スタートじゃい!」


 威勢のいい合図と同時に、私はシキネの姿を確認した。

 どんな勝負でも、敵を知るのは大事なことだ。

 どれどれ、シキネの腕立て伏せの実力はどんなものなのか。


「あれ? 動いてない?」


 不思議なことに、シキネは微動だにしていない。

 彼女は地面に手をついたまま、前衛的な銅像みたいに微動だにしていない。

 よく分からないけど、勝負あったかも。


 私は勝利に貢献するため自分の筋肉をフル稼働させた。


「ふん!」


 こんなに筋肉を使うのは何日、何ヶ月、何年ぶりだろう。

 あんまり久々すぎて、腕立て伏せを1回するのに全身の筋肉が大焦りしているみたいだ。


 胸が床に近づいた頃には、もう私の腕はプルプルと震えている。

 それでも必死に、私は腕を伸ばした。


「はあはあ……ようやく……1回……」


 息も絶え絶え、意識は朦朧。

 いっそ、ここで腕立て伏せをやめようかと私は思う。


 けれども私の隣には、一生懸命に腕立て伏せをするシェフィーの姿が。

 彼女も私と同じで、腕をプルプルと震わせ、呼吸を乱し、早くも限界寸前だ。

 限界寸前なのに、シェフィーは腕立て伏せを続けている。


――シェフィー、頑張ってるなぁ。


 そう思いながら、さらにシェフィーの隣を見てみると、そこには凄まじい勢いで上下するルフナが。

 体が上下するたび、ルフナの胸が大きく揺れている。


――クッ……負けられない……!


 シェフィーの頑張りとルフナの胸のおかげで、私は再び腕を動かす。


「はあはあ……ぐぬ……ぐぬぬぬぬぬ!」


 とりあえずは顎が床に触れるぐらいにまで体を下げた。

 次は体を持ち上げる作業。


「ああ……ああぁ……あへろにあ!」


 自分でもよく分からない掛け声と同時に、一気に腕を伸ばした。

 すると腕は伸びきり、体と床の距離は遠のいている。


「やった……!」


 なんと、私は2回目の腕立て伏せに成功した!

 これはもしや、自己新記録かも!


 というところで、クロワの声が家の外から聞こえてくる。


「1分が経ったんじゃい。みんな、そこまでじゃい」


「まだまだ! アタシはまだまだいける!」


「シキネの限界は知らんのじゃい」


「うおぉぉ!」


 猛獣みたいな雄叫びをあげるシキネは、それでもやっぱり微動だにしない。

 クロワはシキネを完全放置し、腕立て伏せの集計をはじめた。


「そっちのみんなは、腕立て伏せを何回やったんじゃい?」


「私は14回だったわ」


「わたしは……その……4回です」


「はいはい! ミィアはね、えっとね、ええと、数えてなかった!」


「ええ!? ミィア様、がむしゃらすぎます!」


「ミィアは18回だ。私が数えたんだから間違いない」


「おお~、さすがルフナ! ルフナは何回だった?」


「私は69回だ」


「69回!? 1秒間に1回以上じゃないですか!?」


「羊の騎士団たる者、これくらいは当然だ。むしろミィアを守るには、まだまだ修行が足りないくらいだぞ」


 ふむふむ、ルフナの筋力と体力、ミィアへの愛は本物らしい。

 しかも胸まで大きいなんて、やっぱりルフナは頼りになる最強ナイトさんだ。


 まあ、頑張りだけなら私も負けてないかな。

 ミィアが目を輝かせ、ルフナが興奮する一方、スミカさんはどことなく気を遣うように微笑みながら私に聞いてきた。


「ユラちゃんは? 腕立て伏せ、何回できたのかしら?」


 よくぞ聞いてくれました。


「2回!」


「ユラさん、すごく堂々と答えますね!」


 こういうのは勢いが大事だからね。


 ともかく、これで私たちの腕立て伏せの結果は出た。

 家の外からは、地面に伏せたままのシキネが大声でクロワに聞いている。


「おいクロワ! あいつらは何回だった?」


「スミカさんが14回、シェフィーさんが4回、ミィアさんが18回、ルフナさんが69回、ユラさんが2回じゃい」


「そっか! 合計は2000回だな!」


「何を聞いていたんじゃい? 合計は107回じゃい」


 はあぁ、と大きなため息をつくクロワに、シキネはニヒヒと白い歯をのぞかせていた。


 知能だったら私たちの方が圧勝だけど、腕立て伏せ対決の勝敗はどうなったんだろうか。

 スミカさんも同じことを思ったらしい。


「シキネちゃんの記録は何回だったのかしら?」


 この疑問に答えたのはクロワだ。


「2556回じゃい」


「「うん?」」


「2556回じゃい」


「「ううん?」」


 私とシェフィーの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。

 クロワは構わずシキネを立たせ、彼女の右腕を持ち上げた。


「腕立て伏せ勝負はシキネの勝ちじゃい」


「やったぜ!」


 大喜びするシキネ。

 リビングではミィアが頬を膨らませていた。


「うわ~ん、負けちゃったよ~!」


「ミィアを敗北させてしまうとは……私もまだまだみたいだなぁ」


 素直に反省するルフナだけど、反省しても意味がないような気がする。

 1分間に2556回の腕立て伏せなんて、1秒あたりの回数を考えるのも面倒な数字だ。

 2556回をカウントしたクロワも地味にすごい。


 シェフィーは頭を抱えながらつぶやいた。


「ちょっと意味が分からないです」


「私も。というか、シキネって勝負中は微動だにしてなかったよね」


「まさか……腕立て伏せが速すぎて動いてないように見えていたんじゃ!?」


 なるほど分からない。


 何はともあれ、私たちは腕立て伏せ勝負に負けた。

 つまり、勇者同士の勝負に私たちは負けたということ。


 勝負に勝ったシキネはテンション高めだ。


「これでアタシが2勝! 勝負はアタシの勝ち! イの勇者にもジュウの勇者にも勝ったし、これでアタシが最強の勇者だ!」


「当たり前の結果じゃい。というか、最強の勇者はウチじゃい。シキネはウチのクロワッサンを食べて、最強の勇者の力を得てるだけじゃい」


 ほおほお、どうやら私の推測は当たっていたらしい。

 ショクの勇者であるクロワのクロワッサンを食べることで、シキネはチートな勇者のパワーを手に入れていたということだ。


 にしても、クロワは勝負の間、審判役以外ずっと何もしていなかった。

 シキネに戦わせて本人は何もしない最強勇者なんて、ジュウの勇者は不思議な勇者だ。

 この辺り、シキネも気になっているらしい。


「なあ、クロワが最強の勇者なら、アタシは最強の何になるんだ?」


「ウチが最強の勇者、シキネは最強の勇者の最強の相棒じゃい」


「最強の勇者の最強の相棒!? うおお! かっけえ!」


 なんだか仲のいい2人だ。あの熱血な雰囲気は受け入れられないけど。


 しばらくすると、最強の勇者と最強の勇者の最強の相棒は、満足げに手を振って言いのけた。


「勝負、楽しかったぞ! じゃあな!」


「またどこかで会おうなのじゃい」


 唐突なお別れの挨拶。

 そのままシキネは、クロワを抱えた大ジャンプで私たちの前から去っていってしまう。

 驚くほど勝手な2人に、シェフィーたちも勝手な感想を口にした。


「あの2人は、一体何がしたかったのでしょう?」


「分からないけど、楽しかった~!」


「うむ、ミィアを楽しませるとは、なかなかの手合いだったなぁ」


 呆れたり喜んだり感心したり。

 スミカさんはいつも通りの微笑みを浮かべている。


「シキネちゃんとクロワちゃん、次はいつ会えるかしらね?」


「できれば会いたくない」


「あら? どうしてかしら?」


「また変な勝負をふっかけられる気がする」


 私の勘がそう告げていた。

 こんな訳の分からない勝負は、今回が最後にしてほしいよ。


 けれども、私の勘はこうも告げる。シキネたちとは近いうちに再会するかもしれない、と。

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