第3話 通話相手は頼れる味方
――お腹が空いた。
「……ん……」
あたしはゆっくりと目をあけた。時計を見ると、十二時ちょうどだった。
(もうお昼だわ……)
「ふわああ……」
あたしはあくびをして起き上がった。
(あれ……トトは……?)
「トトー?」
「みゃあ」
あれ、廊下から声がする。あたしはゆっくりと立ち上がり、髪の毛を軽く整えてから歩き出した。トトは廊下にぽつんと座っていた。
「トト」
「みゃあ」
「あら」
トトが聖堂のほうへと行ってしまった。あたしも追いかけて聖堂に入った。今日も女神アメリアヌさまは絵画越しから笑みを浮かべている。
「トト、いたずらしちゃだめよ」
「にゃあ」
「うん?」
トトのいる場所の前にある椅子に、メモのようなものが置かれている。
(なにこれ)
あたしはメモをちらっと見てみた。
――テリー・ベックス。人狼がどこにいるか、メイドのサリアにきいてごらん。電話で話をきいてくれるはずだよ。
「……」
あたしはメモを拾って、裏を見たり横を見たりした。名前は書いてない。ただ、この文章だけが残されてる。
(……だれかのいたずら?)
人狼のことはジャンヌたちしか知らないはずなのに。
(サリアって……アメリがそんな人の名前を言ってなかったかしら?)
「……」
――気味が悪い。
「トト、これ、だれかのいたずらよね?」
「にゃー」
「このメモで遊んでいいわよ。あたしいらない」
「みゃあ」
「なによ。あんたもいらないの? ……そうよね。気色悪いもんね」
(……お腹すいた)
「トト、お昼にしましょう」
「みゃあ」
「ふわあ、おなかぺこぺこー!」
メモをエプロンのポケットにつっこませ、あたしがキッチンに行くと、トトも追いかけてきた。そうよね。あんたもお腹すいたわよね。なにかあるかしらと思って冷蔵庫をあけてみたら、あら、大変。なにも入ってない。
(……あ、そうだ)
あたしは思い出した。お腹が空いたら家においでって言ってた村人がいたわ。
(よし、お世話になりましょう!)
「トト、ちょっとお出かけしない?」
「……」
「お願いしたらランチをごちそうしてもらえるかもしれない。おなかすいたでしょう? いっしょに行きましょう」
あたしはトトといっしょに教会から出ることにした。
(……リードがないわね。勝手にどこか行ったりしないかしら)
「トト、あたしのとなりから離れちゃだめよ?」
「にゃあ」
「まあ、言うこときいたわ。あんた頭いいのね。いい子いい子」
トトの頭を撫でて、あたしはトトといっしょに歩き出した。
「見て。トト。木が揺れてるわ」
「にゃあ」
「森だらけね。草の音だらけで、木が歌ってるみたい」
「にゃあ」
「ねえ、トト、この世界でも唄あそびってあるの?」
あたし、いいのをひらめいたわ。
「きいててね」
あたしは息を吸って――唄った。
木がゆらゆら 踊ってる
草がさらさら 歌ってる
風は森へのスポットライト
観客はアトリに住む人たち
森は大スター気取り
今日も大演奏がはじまるの
まあ、すてき
「はあ。我ながらすばらしい唄を思いついてしまったわ。どう? トト」
「……」
「そうよね。素晴らしいわよね。さすがトト。わかってくれると思ってた」
分かれ道にたどり着く。……たしか、こっちの道だったはず。
(昨日ミルクを届けに行ったから、なんとなく覚えてるわ)
しばらく歩いていると、建物が近づいてきた。あ、そうそう。あの建物だわ。
(着いた)
古ぼけた大きな家の前に立ったあたしは、ドアをノックしてみた。
「ごめんください」
「はいはーい!」
返事のあと、ドアがあけられた。
「あら、お嬢さまじゃないの」
ジルがあたしを見て笑みを浮かべた。
「どうしたの?」
「あの、お昼ごはんを食べようと思ったら、教会になにもなくて……」
「あら、マルカーン神父ったら、気がきかないね。よかったらうちのおかゆ食べていく?」
「……いいですか?」
「もちろん。いつもつくりすぎちゃうのよ。せまいとこだけど」
「ぜひお願いしたいんですけど、あの」
あたしはトトを見せた。
「この子もいいですか? 妹のネコなんです」
「あら、かわいい。わたしも母さんもネコが好きなのよ。いいわ。ミルクを用意してあげる。入って。お嬢さま」
「ありがとうございます」
ママが言ってたわ。甘えられるところは甘えておけって。
(これでお腹が満たされるわ。ま、家は汚いところだけど、背に腹は代えられないわ。ね、トト)
「ママ、お嬢さまが来てくださったよ! ほら、マルカーン神父のところに来た子たち!」
なかに入ると、小ぎれいな格好の老婆がいた。おしとやかな目をしていて、あたしを見ると、その目を女の子のようにきらきらと輝かせた。
「まあ、お会いできてうれしい」
かすれる声でそう言って、あたしに向けて足を進ませた。あたしはスカートを持って、ぺこりとお辞儀をした。
「はじめまして」
「噂で話はかねがねきいてるわ。お名前は?」
「テリーと申します。この子は妹のネコで、トトです」
「みゃあ」
「テリー。……花の名前だなんて、うらやましい。わたしはカルラ」
「教会になにもなかったんだって」
ジルが棚からミルクのビンを取り出した。
「マルカーン神父ったら、お客さまがいるんだから、ちゃんとお昼ご飯くらい置いておかなきゃだめよ。なに考えてるんだか」
「うふふ。独り身の男性だもの。それに、こうしてお客さまにお会いできたのだから、ご飯を置いておかなかったピーターに感謝しなきゃ」
「おいしいおかゆをごちそうするわ。座って待ってて。……トトだっけ? ほら、ミルクよ」
「みゃ……」
(メニーもどこかで食事してるのかしら?)
そんなことを思いながら椅子に座ると、となりにカルラが座った。
「よければ待ってる間、老人の話相手になってくださらないかしら?」
(え、めんどうくさ……)
「ええ。もちろんです」
あたしは数々のパーティーで身につけた愛想の良い笑みを浮かべてうなずいた。
「あなた、城下町から来たんですってね。わたしはこのかた、村から出たことがなくて。いったい、どんなところなのか教えてくれないかしら?」
「えっと……」
(どんなところ……?)
「……建物が大きいです。それと、人も多いですし、道にはここと違ってたくさんの馬車が走ってます」
「まあ。そうなの」
「お店もとても多いです」
「子供もたくさんいるの?」
「はい。噴水通りというところがあって、よくそこで遊んでる子たちを見かけます」
「まあ、素敵」
「それと大きな図書館もあります。あまり行ったことありませんが」
「お年寄りでも行けるのかしら?」
「あー……でも、行けたと思います。通路も広く作られてるかわりに手すりもあったりしてて、……神殿みたいな感じの作りをしていて……」
「もしかして、天井にはシャンデリアがあるの?」
「ええ」
「まあ!」
カルラがジルに笑顔を向けた。
「きいた? ジル。シャンデリアですって!」
「図書館にシャンデリアだなんてすごいわね。この村じゃ考えられない」
ジルがおかゆの入った皿をあたしに差し出した。湯気がふわふわと浮かんでいる。
「うちにあるのはいつだって糸車と畑だけ」
「それと正しさの鐘」
「お嬢さま、アトリの鐘みたいなのは城下町にもあるの?」
「いいえ。城下町には教会の鐘しかありません。それと、大きな時計台」
「ああ、やっぱり都会だね」
ジルが椅子に座って手を握りしめた。
「我らが母の祈りに感謝していただきます」
「わたしたちもアトリの鐘にはたくさんお世話になってるの。わたしが小さい頃からずっとね」
「最近もお世話になったのよ」
ジルがカルラを見た。
「ママのせいで」
「わたしは悪くないじゃない」
「マルカーン神父から新しい鍋をいただいたの。その鍋がね、これが使い勝手がよくて、大好きなおかゆが作りやすくなったわけ」
「呪文でも唱えればおかゆが出来上がるみたいに簡単なの」
「ママったら変な歌なんか考え出して」
「煮て鍋よ煮て。止まって鍋よ止まって」
「そうやって作って食べてるんだけど、この間ママが歌ってる間に作りすぎちゃって」
「歌をやめろって言うのよ。ひどい娘だと思わない?」
「歌なんか歌ってるから作りすぎるのよ」
「結局ピーターが正しい道へ導いてくれたの」
「砂時計をつけろって」
「あれいいのよねー」
「そもそもママが歌わなければいいのよ」
「老人の楽しみを取るだなんて許されないことよ。老人には時間が限られているのだから」
(……ん?)
あたしは二人を見回した。
「あの、きいてもいいですか?」
「うん? どうしたの?」
ジルが笑顔であたしを見てきたので、お言葉に甘えて質問を投げる。
「この家、他にも人がいるんですか?」
「え?」
「車椅子があるから……」
部屋の隅に置かれた車椅子のことをあたしが言うと、ジルが「ああ」と言った。
「前に、ママが使ってたのよ」
「ええ。もう必要ないけどね」
「少し前までママの足が悪くてね。健康になってくれてよかったわ。あの鍋で作ったおかゆのおかげかしらね?」
「うふふ! ……そのうちまた使うかもしれないから置いてあるのよ」
「そうでしたか」
家具にしては車椅子を置くなんて変わった人たちと思ったけど、そういうことね。なるほど。納得した。
「ママ、しばらくは健康でいてね」
「わからないわよ。年寄りはいつ寿命がきてもおかしくないから」
おかゆを食べながらカルラがため息を吐いた。
「ランチを食べたら……ばばさまのお墓に花を添えに行かないとね」
「ええ。あのばばさまが死ぬとは思わなかったわ。不老不死かと思ってた」
「命あるもの死が存在するものよ」
「お嬢さまは会った? あのひねくれたおばあちゃん」
「ええ」
あたしはこくりとうなずいた。
「ジャンヌの付き合いで、昨日お会いしまして……」
「そうかい。昨日会っての今日かい。きいた?」
「ええ。亡くなったそうで……」
「家が火事になったそうだよ」
「火の元は気をつけないとね」
「そうよ。人ごとじゃないんだから。ママも気をつけてね」
「わかってるわよ」
「お嬢さまも神父さまに言っておいたほうがいいわ。あの人、ほら、……ここだけの話、ちょっと抜けてるでしょ?」
「ピーターは小さいころからそうだったわ。どちらかというと、兄のデヴィッドのほうが活発的だったわね」
「デヴィッドさんね」
ジルが肩をすくませた。
「わたしはあまり思い出がないけど、太ったやさしいおじさんだったのは覚えてるわ」
「ばばさまのついでに、デヴィッドの分も花も用意しましょうか」
「ええ。このあと行きましょう」
ジルがうなずくと、カルラがあたしを見た。
「テリーさん、あなたはこのあとどうするの?」
「このあとは……」
……本当なら、今日の予定は決まってたの。メニーを連れて、キッドさまに婚約解消をお願いしに行こうと思ってた。
(だけど、キッドさまも人狼を信じてるみたいだし)
(メニーはジャンヌたちとキッドさまのところに行っちゃったし)
(このまま追いかけていくのもいいけど、訪問して三人がいなかったら? キッドさましかいなかったら、あたし、またはれんちなことをされかねない!)
(となると、あたしがやることは一つだけ……)
――リオンさまに会いに行きましょう!
(キッドさまと婚約解消する宣言をきちんとしておかないと! あたし、フリーなの!)
――テリー、ほんとうはぼくは、君のことが……。
――あん、そんな、リオンさま……♡
(ぽっ♡)
「その、少々……用事がありまして……」
「あら、そうだったの」
「ええ、とても……大切な用事ですの……♡」
「あら、そろそろ村長たちの会議が終わる頃かしらね」
時計を見ながらジルがおかゆを食べた。
「マルカーン神父を見かけたら言ってやりなさい。おしゃべりばかりしてないで、体を鍛えなさいって」
「あはは! それはいいわ。ピーターは細すぎて心配になるもの」
(……もう食べれるかしら)
あたしは少し冷めた頃に口のなかにおかゆを入れてみた。田舎にしては、なかなかの味だった。
(*'ω'*)
昼食を済ませ、あたしはジルとカルラにお礼を言い、トトと連れてふたたび外の道を歩き出した。
「ねえ、トト、ちょっと付き合ってくれない?」
「にゃ?」
「あたしね、これからリオンさまに会いに行こうと思うの」
トトが静かに足を止めた。
「それというのもね? あたし、キッドさまの婚約者らしいんだけど、キッドさまはただのすけべな傲慢王子さまだから、やっぱりあたしと彼じゃ相性が合わないと思うの。だから、ちゃんと婚約解消しないといけないんだけど、ちゃんと婚約解消するってことを、その、伝えに……行こうかなって……」
――テリー、じゃあ、君は王妃の座を捨てるというのか。
――王妃の座なんていりません。あたし、他に好きな人がいるから……。
――好きな人だって……!? ……そうだったのか。……よかったら、その相手がだれだか教えてくれないかな。ああ、いや、違うんだ。嫉妬とかじゃなくて、その、だれなのかなって思っただけさ。
――リオンさま……。
――君の好きな人は……だれなんだい?
「それはもちろんリオンさまに決まってますわ!!」
きゃーーー!
「リオンさま、すきぃいいいい♡♡!!」
妄想にもだえていると、あたしの隣にだれもいないことに気づいた。
(ん?)
「トトー?」
あたしがふり返ると、トトが足を止めて、その場でじっとあたしを見ていた。
「トト、どうしたの。行くわよ」
その瞬間、トトが突然別の道を走りだした。あたしはぎょうてんして、思わず二つの髪の毛が逆立った。
「きゃーーーー! トト! どこ行くの!?」
トトは素早く走っていく。
「待って、トト!」
あたしはトトを追いかける。
「あたし走るの苦手なの! 過呼吸持ちだから! ねえ、待ってよ!」
トトが道を走る。村人たちが歩いてるところをくぐりぬけ、村人たちがおどろく。
「うわっ!」
「なんだ!」
「ごめんあそばせ!」
あたしは道を走り、トトを追いかける。トトはジャンヌの屋敷を目指して走っていた。
「トトー!」
「はあ。いい天気だこと」
屋敷の使用人のマローラがドアを開けた直後、マローラの足の間をトトが通った。マローラがおどろいて悲鳴を上げた。
「ぎゃあああ! なんだい!?」
「ああ、あの、その、うちのネコが、あの!」
「あら、これはこれはお嬢さま!」
「失礼するわ!」
あたしはエントランスホールに入り、辺りをきょろきょろと見回した。すると、トトが左の道を走っていた。
「トト!」
トトが走る。
「待ってぇー!」
トトが止まった。
「はあ、ふう、はあ……!」
あたしはふらふらとその場で止まった。膝に手をおいて、息を整える。
「もう。トトのバカ! どうして急に走ったりするの? あたし、ふう、過呼吸持ちだから、早く走れないのに!」
「みゃあ」
(うん?)
トトが台に登った。そこには電話機が設置されている。
「……」
――テリー・ベックス。人狼がどこにいるか、メイドのサリアにきいてごらん。電話で話をきいてくれるはずだよ。
「みゃあ」
「……なーに? 電話しろって言いたいの?」
トトはおとぼけた顔で首をかしげる。
「……まあ、確かにメイドじゃなくて、ママに用がないとも言い切れないんだけど……」
村の出入り口が岩で塞がれて祭の日まで合流できそうにない。
(たしかに、その連絡はしてないからするべきなんだけど……)
「でもね、トト。あたし、電話番号知らないから、無理なの」
「みゃあ」
――オオカミ、オオカミ、ヤギを食べるよ、ヤギ飼い少年、おもしろがって、うそをつく、みんなはぎょうてん、たいへんたいへん、オオカミだ、さわぎにさわぐ、そのすがた、おもしろがって、うそをつく。
「ほら見て。メモにも書いてない……」
あたしはポケットに突っ込ませたメモを持ってトトに見せつけるように広げると――番号が書かれているのを見つけた。
「……あれ、書いてある……」
「にゃー?」
「え? さっきまであった……?」
「みゃーお」
「……まあ、番号が書いてあるなら……してあげなくも……ないか……」
(……この世界のママは、メニーのことも心配してるみたいだし。状況を伝えてあげたほうがいいわよね)
メモに書かれた番号通りにあたしは指を動かした。
ダイヤルを回して、受話器から電気音が流れる。だれかが受話器に出た。
『はい。宿屋ローズマリーです。ご予約ですか?』
「……あ、えっと、……あの、そちらに泊まってるベックスの者に用があるのですが……」
『ああ、わかりました。念の為お電話いただいてるお客様のお名前をおうかがいしてもよろしいでしょうか』
「テリー・ベックスです」
『テリー・ベックス!?』
電話の相手がぎょっとした。
『キッド殿下の婚約者の!?』
「……えっと……」
『ああ! おまちください! テリーさま! いいえ! 姫さま! 少々お待ちを! えー! ……アーメンガードさまに、御用でございますね!』
「ああ、えっと……」
『少々お待ちを!!!!! ……だれかアーメンガードさまを呼んできてくれ! テリーさまからのお電話だぞ! 未来のプリンセスだ!!』
『店長、アーメンガードさまとアメリアヌさまでしたら、先程出かけられましたよ』
『なに!? いないのか!?』
『あんたが受付してたじゃないですか。10分前のことを忘れたんですか?』
『あ! そうだった!!』
受話器が耳に押し付けられる音がきこえた。
『申し訳ございません。テリー姫さま! お母さまとお姉さまは、お留守のようでございまして!』
「……じゃー……サリアはいる?」
『はい?』
「メイドのサリアはいる?」
『少々お待ちを!!!!! ……おい、メイドはいるか!? サリアという者だ!』
『さがしてくるんでチップもらってもいいですか?』
『お前、従業員のくせにわたしにチップをねだる気か!?』
『嫌なら店長行ってくださいよ』
『ああ、わかったよ! あとで渡すから……』
『今でお願いします』
『……ちくしょう!』
『まいどです』
『いじわるっ!』
(……この宿、従業員管理が大変そう……)
受話器をもったまま待っていると、しばらくしてから足音がきこえた。
『店長ー、部屋にいました』
『でかした! ……姫さま! えー、メイドの者が部屋にいたようでございますので、お電話を切り替えさせていただきます! 少々おまちください!』
電話の線が切り替わる音が聞こえた。そして、次には息を吸う音。――女の声。
『お待たせいたしました』
あたしはやっぱりその声を知らない。
『サリアです』
ただ、声だけを聞く限り、メイドにしては、しっかりしてそうだという印象を感じた。
『お久しぶりです。テリーお嬢さま』
「……」
『奥さまからご無事であることをうかがってました。……ほんとうによかった』
「……」
『……そちらでトラブルがあったときいておりますが、大丈夫ですか?』
「……あの」
『はい』
「あなた、うちのメイド?」
『……』
「……あー、その……、あたし、……崖から落ちたショックで、記憶の一部を失っちゃったみたいで! ……あたし、あなたのことを覚えてないの」
『……さようでしたか』
「ええ」
『奥さまには』
「言ってないからだまってて」
『かしこまりました』
「……それで、……えっと、トラブルについて、ママに伝えてくれる? なにも心配いらないわって」
『かしこまりました』
「その、ちょっと村の出入口にね、大きな岩が落ちて、それを片付けるのに時間がかかるみたいなの」
『ええ』
「でも、星祭までにはなんとかなるみたいだって、言ってたわ!」
『かしこまりました。それではそのように伝えておきます』
「……」
『ご用は、以上でよろしいですか?』
「……えっと……」
あたしは不審がられないように周りを見回した。だれもいない。トトがあたしの足元でじゃれてるだけ。
「サリアと言ったわね。あなたにききたいことがあるんだけど」
『ええ。なんでしょう』
「……えっと……」
あたしはメモを見た。
「人狼のいる場所って、わかる?」
『……』
「……今、あたしのこといかれてるって思った?」
『話を詳しくきいてもよろしいでしょうか?』
「ええ。完全にいかれてるわよね。あたしもそう思う。……安心して。これはただのヒマつぶしのゲームよ」
『さようでございますか』
「人狼ってわかる? オオカミ人間のことよ」
『ええ。存じ上げております。……どういう状況ですか?』
「……えっと……舞台はアトリの村なの……。……で、……村では……その、前から言い伝えがあって、白い狼が現れたら村に災いが起きるの。それで、……現れる前から、村では変わったことが起きてて……作物が育たなくなって、体調不良者が増えたの。でも、解決して、……解決したと思ったら白いオオカミが村に現れて……それから、えっとね……病気で死んだ人がいて……それが、人狼の細胞が目覚めたからじゃないかって……」
『人狼の細胞、とは?』
「なんか、言い伝えでね、ここはむかし西の国って呼ばれるところで、悪い魔女に支配されてたんだって。で、その魔女から受けた呪いですがたを変えられた人がいたらしいんだけど、急にその呪いを受けた人の子孫のなかに残された細胞が目覚めて、オオカミになったんじゃないか……って」
『……』
「……いうゲームね?」
『なるほど。興味深いゲームですね』
「メニーが本気出しちゃって。もうメラメラ燃えてるの。それで、あー、ほら、あたし、お姉さんだから、その、ヒントくらいあげたいじゃない? わかる?」
『さすがはテリーお嬢さま。メニーお嬢さまのために自ら動くなんて、素晴らしいです』
「そうでしょ! あたしもそう思うの! えへへ!」
『質問をしてもよろしいですか?』
「ええ! いいわよ!」
『作物が育たなくなって、体調不良者が増えたと仰せでしたね。どうやって解決したんです?』
「……さあ? 知らない」
『わかりました。……次に、病気で亡くなった方がいらしたと仰せでしたが、他にも同じ病気で亡くなった方はいましたか?』
「……あー、でも、たぶんね、一人じゃないのよ。なんか言ってたわ。たしか、えっと、だれだっけ。名前は知らないけど、えっと、なんかね、言い当てちゃうおばあちゃんがいたんだけど、その人が昨日火事で亡くなったの」
『言い当てる?』
「そう。たとえば……右足に気をつけなって言われたら、右足がケガしちゃうの」
さん、に、いち。
『おケガは大丈夫ですか? テリーお嬢さま』
「ん? んー。……もう痛くないから平気」
『お辛いようでしたら、座ってくださいね』
「んー……」
あたしは電話の横に置かれていたイスに座った。
(……あれ、なんであたしがケガしてるってわかったのかしら……?)
……まあ、いいや。
あたしはケロッとして続けた。
「それでね、その言い当てちゃうおばあちゃんが、別の人にもなにか言ってたみたいで……その人たちにもなにかあったみたい。詳しくはきいてないわ」
『でしたら、まずそこを調べていただけますか?』
「あたしが?」
『アトリにはまだ入れないので、わたしが行くわけにもいきません』
「たしかに」
『できますか?』
「それ調べたらわかるの?」
『お約束はできませんが、できる限りはお力になります』
「そう。……ふーん。わかった。じゃあ、調べてくるわ」
どうせ暇だし、お散歩がてら探偵ごっこして遊びしましょう。ね、トト。にゃー。
『ああ、テリーお嬢さま、一つ注意が』
「ん?」
『村のどこに人狼が潜んでいるかわからない状況かと思います。声をかける相手はお気をつけください』
「そこは大丈夫よ。あたし、信頼する人しか声をかけないもの」
『信頼している人こそが人狼の可能性もございますから』
「サリア、……これはゲームよ」
『ええ。ゲームは本気でしませんと』
「……たしかに」
『わたしのほうでも、調べられそうなことは調べておきます。なるべく宿にいるようにいたしますので、いつでも電話をかけてください。待ってますから』
「わかった」
『うふふ。なんだかハラハラドキドキしますね』
「……ん」
『それでは、がんばってください』
「……ありがとう」
『ご武運を祈っております』
「……じゃ、失礼するわ」
あたしは受話器を置いた。そして……脱力してため息を吐いた。
「調べるって言ったけど……トト、どうしよう」
「にゃあ」
「ジャンヌたち、どこ行ったのかしら。キッドさまたちのいる空き家にまだいるかしら? ああ、でも、いなかったら……あたし、次こそキッドさまに、あんなことやこんなことをされかねないわ! きゅるん!」
「……」
「んー……どうしましょう」
あたしはちらっと廊下を見た。ちょうどマローラが廊下の掃除をしに箒を持ってきていた。あたしの足がゆっくりと歩み寄っていく。
「ねえ、マローラ」
「あら、お嬢さま、お電話はお済みですか?」
「ジャンヌに会いたいんだけど、帰ってきてる?」
「ジャンヌお嬢さまですか? いいえ。まだ帰ってきてませんよ。エンサンのところではございませんかね?」
「……わかった。ありがとう」
……帰ってきてないか。
あたしはトトを連れて、屋敷の前に出た。
「トト、メニーの場所わからない? 匂いとか、ね、あんた動物だから、できるでしょ? 本気出して? 本能を呼び覚ますのよ」
「にゃー」
トトがその場に倒れて、太陽にお腹を見せた。
「あ、こら、こんなばっちいところで寝ないの!」
「コケコー!」
「おいおい勘弁してくれって。もー。アトリの鐘でも鳴らすかー?」
「ゲコッ」
「こらこら、動くなって!」
ニワトリを歩かせ、頭にカエルを乗せた青年と目が合った。
(ん? なに? 一目惚れされた?)
「おう。お嬢さまじゃねえか」
青年がニワトリの集団とともにあたしに近づいてきた。頭に乗ってるカエルが喉を鳴らす。
「そんなところでなにやってるんだ?」
「……だれですか?」
「オレオだ。一回会っただろ。ほら、あんたともう一人が神父さまの荷車に乗ってさ」
(……会ったっけ?)
「コケー!」
「きゃっ!」
「こら!」
ニワトリに鳴かれておどろけば、オレオが指を鳴らした。
「だめだろ! もどってこい!」
「コケッ、コケッ」
「悪いな。お嬢さま、こいつら言うこと全くきかなくて」
「……ん……」
「今日はテリーさまはいねえのか?」
「え?」
「テリーさまだよ。キッドさまの婚約者なんだろ? あの金髪のお嬢さま」
あたしはきょとんとまばたきした。
(……この人、メニーとあたしを勘違いしてるの?)
「あんだけきれいな顔してたら、そりゃあキッド殿下も黙ってないよなぁ。すごく……きれいだったもんな……」
オレオがメニーを思い出してうっとりした。あたしではなくメニーを。別にこの人のことなんてなんとも思わないけど、……なんかちょっと……むかつく。
「あの、……ジャンヌをさがしてるんですけど……」
「ジャンヌ? ああ、あいつならエンサンと向こうの道を歩いてたよ。キッド殿下もいたな」
「えっ」
「あっちの道ってことは……」
オレオの顔がすこしだけ曇った。
「人形店……」
「人形店?」
「……。ま、とにかく、あっちの道に行ったよ」
(……なんだろう)
人形店に行ったら、悪いことでもあるの?
(なんか、変な感じ……)
「わかりました。行ってみます」
「おう。道に落ちてるヤギのうんこに気をつけてな」
「ま! なんて下品な!」
「コケコッコー!」
「ケロケロケロケロ! クワックワッ!」
「クワーーー!」
「うるせーなー。大合唱するんじゃねえよ。もー!」
オレオがふたたびニワトリとカエルを率いて歩きだす。あたしは教えられた方向を見た。
(人形店か)
罪滅ぼし活動ミッション、情報を収集する。
(この間、ミルクを配りに行ったところね。……ジャンヌたち、人形店になんかなんの用事かしら?)
「とりあえず、行ってみないとわからないわね。トト、行こう」
「にゃー」
トトが大きなあくびをして、起き上がった。
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