第13話 朝の仕事


 硬いベッドに慣れなくて目が覚めた。


「……」


 カーテンから漏れる太陽の光。見慣れない部屋。目の前でねむってるメニー。


(ああ、そうだった……)


 あたし、あなざーわーるどへ、転生してしまったんだったわ。


(……)


 あたしはねむるメニーの頭をなでた。おはようの代わりなの。あたし、良い子だから。


(……トイレ……)


「にゃー」

「わっ、びっくりした」


 ベッドの下にトトがいた。


「トト、メニーが起きちゃうから、静かにね」

「にゃ……」


 朝からトトと呼ばれて満足そうなネコちゃん。そうよね。あんたもその名前のほうが好きよね。あたしも満足して部屋から出ると、トトもついてきた。お手洗いに行って用を済ませて廊下に出ると、ドアの前でトトが寝転がって遊んでいた。あたしはやさしくトトのお腹をなでると、裏玄関から荷車を引きずる音がきこえた。


(ん……?)


 あたしがドアをあけると、荷車とロバをつなげていたピーターがふり返った。


「ん?」

「あ」

「ああ、これはこれは。おはようございます。テリーお嬢さま」

「……なにしてるの?」

「毎朝の仕事でして」


 ロバがつぶらな目であたしを見ている。


「これから必要な家の方にミルクを届けるんです」

「……ミルクなんてどこにあるの?」

「昨日ヤギがたくさんいた家を覚えてますか? あそこまで取りに行って、村を回るんです」

「へーえ」

「よければ朝のお散歩にいかがですか? 座る場所がないので、歩くことになりますが」


(……確かに、ここにいてもやることないのよね。ベッドは硬いし)


 あたしはうなずいた。


「いいわ。そこまで言うなら付き合ってあげる。着替えてくるからまってて」

「ええ。ごゆっくりどうぞ」


 あたしは足早にへやにもどり、自分のへやにあった服に着替え、……これがまた庶民みたいな服装で、文句を言おうとして、あたしははっとし、首をブンブンと振った。


(だめ! あたしは変わるのよ! 決めたじゃない! あたし、信念曲げない!)


 鏡の前でくるんと回る。


(ほら、庶民バージョンのあたしもなかなかかわいいじゃない。キッドさまがあたしに惚れてしまうのもわかるわー。あたしって罪な女)


 あたしはリボンを持って、外に出た。


「ピーター」


 あたしはピーターにリボンを差し出した。


「メニーが寝てるからあなたにやらせてあげてもよくってよ。ツーサイドアップ」

「ふふっ。わかりました」


 ピーターに髪を結んでもらい、あたしは二つの髪をふわふわと揺らす。今日もあたし最高にかわいい。


「行きましょうか」

「ん!」

「にゃあ」

「お前はだめよ」


 あたしはトトの頭をなでた。


「メニーが起きたとき一人だとかわいそうでしょ。お前はお留守番よ」

「みゃー」

「じゃあね。トト」

「……にゃ……」


 あたしは手を振ってトトに別れを告げた。

 ロバと荷車が動き出し、ピーターが歩き、あたしもうしろからついていく。

 今日は太陽が出て、とてもいい天気。

 おだやかな風が吹いて、のどかな景色が永遠とつづく。


(わあ……)


 しばらく歩くと、ヤギがいっぱいいる牧場についた。家の前で若い男たちが待機していた。


「マルカーン神父、おはよう」

「おはようございます」

「お? 昨日のお嬢ちゃんじゃないか」

「なんだ。ついてきたのか?」


 男たちが興味深そうにあたしを見てきたので、あたしはピタッと硬直した。庶民があたしに声をかけてきたわ!


(ママはいない)


 ここでなにをしても、叱る人はいない。でも、


(もし、ピーターが告げ口して、ママが)


 はっとした。あたしったら、またママを気にしてる。いいのよ、もう! 関係ないの! あたしは、あたしが生きたいように生きていくんだから! 叱られたって関係ないんだから! ……叱られないわよね……? 大丈夫よね……? ううん! 大丈夫よ! 庶民と喋るくらいなによ! 挨拶がなによ! だめって言うママなんかくたばればいいのよ! ……ほんとうにくたばったりしないわよね……? 今のは冗談なの。女神アメリアヌさま、わかってるわよね?


 一人で悶々と考えていると、男たちが笑いながら会話をはじめた。


「おい、クロス、怖がってるじゃないか」

「おれかよ」

「兄さんたちは顔がいかついからな」


 あたしが考えてる間に荷車にミルクが乗せられる。


「マルカーン神父、頼みます」

「今日も女神アメリアヌさまの祈りのもとに。……テリーお嬢さま、行きますよ」

「へ!?」


 あれ!? 庶民たちがいなくなってる!


(……挨拶くらいしてあげればよかった……)


 ふたたびロバが歩きはじめた。荷車が動き、あたしは車輪の動きに歩幅をそろえた。ゆっくり確実に前へ前へと進んでいき、畑を通り過ぎ、ぽつんと建っていた小さなぼろ家の前で止まった。ピーターがドアをたたいた。しばらくして、婦人がドアをあけた。


「ああ、神父さま。おはようございます」

「おはようございます。ジル」

「あらま、昨日のお嬢さんじゃないの。おはよう」

「!!」


 庶民が貴族のあたしに挨拶をしてきたわ!


(悪役令嬢からあたしはいい子の聖女になるのよ! 愛想よく……!)


「お、お……」


 あたしは勇気を出して庶民に挨拶した。


「おやすみなさい!!」

「あらあら! 夜が来ちゃったよ!」


 ジルと呼ばれた婦人がげらげらと笑いだして、あたしは言い間違ったことへの羞恥から顔が真っ赤になり、堂々とピーターの背中にかくれた。


「ぐすん! ぐすん! ぐすん!」

「ジル、人の失敗を笑うのは失礼ですよ」

「あはははは! ごめんごめん! むかしのわたしを思い出すよ! 大丈夫よ。わたしはよく他人さまにママって呼んでたわ!」

「……」

「わたしはジル」


 ジルがあたしに笑顔を浮かべた。


「ようこそ。お嬢さま。アトリの村へ」

「……」

「今日のミルクを届けに来ました」

「いつもありがとうございます。これでおいしいおかゆが作れるわ!」

「今日も女神アメリアヌさまの祈りのもとに」

「じゃあね。お嬢さま。もしよかったら、お腹が空いたときにでもうちにいらっしゃい。おいしいおかゆをごちそうするわ」

「……はい」


 ――庶民と必要のない会話ができたわ!


(さすがあたし! すごすぎる!)


 拳を握って、次の場所へ出発する。畑の景色がつづく。家にたどりつき、また好奇心の目で見られて、あたしはピーターの背中に隠れ、ピーターが苦笑しながらまわる家に祈りを捧げる。それから村の広場に行き、年老いた人の家をまわり、ミルクを届け、祈りを捧げる。井戸に水を汲みに来た女の子がピーターと歩くあたしを見て、バケツを持って近づいてきた。


「ねえ、あんた」


 あたしはちらっと女の子を見た。あたしと同じくらいの子だ。


「きいたわよ。あんた、テリー・ベックスさまの関係者なんでしょ。だからきのう、リオンさまと喋ってた。でもね、距離が近すぎるのもどうかと思うわよ。とくにこんな小さな田舎町で、あんな堂々と……」

「アルガン、やめなさい」


 ピーターがあたしの前に出た。女の子はムッとした顔でピーターを睨んだ。


「神父さま、わたし、なにもしてないわ。ただ、その女がリオンさまとどういう関係か知りたかっただけよ」

「それを知ったところで君はなにも得をしない。畑の調子はどうだい?」

「畑仕事なんてつまんないわ。わたしはそれよりもリオンさまに色目を使うそのメギツネが気になるの」

「アルガン、その呼び方は聞き捨てならないな」

「だって」

「人には敬意を払うべきだ。君がメギツネなんて言われたらどう思う?」

「なによ。神父さまはその女の味方なわけ? いいわよ。どうせ悪役はわたしよ! べーだ!」


 アルガンが舌を出して、逃げていくように行ってしまった。ピーターがあたしに振り向く。


「申し訳ございません。テリーお嬢さま」

「かまわないわ。あたしに嫉妬してしまう気持ちはわかるもの」


 だって、あたし、すごく魅力的で美人で良い女だもん。


(わかるわー。あたしに嫉妬してしまう気持ち。今はこんな格好してるからテリーだって気づかれなかったけど、そうよね、やっぱり、隠しきれないものがあるわよねー。……はあ……。あたしってほんっとに罪な女……)


 ピーターが石の道を進んだ。日陰となってうすぐらい道の奥に、一軒の人形店が建っていた。窓辺にかざられた人形があたしを見てほほえんでいる。


「ゼペットさん」


 ピーターがドアを叩いた。


「おはようございます。ミルクを届けに来ました」


 しかし、ドアはあかなかった。


「こちらに置いておきます。今日も女神アメリアヌさまの祈りのもとに」


 ドアの前にミルクを置き、ピーターが振り返った。


「さて、お次は空き家です」

「空き家?」

「ええ。王族の方々がいらっしゃる空き家に届けるよう、きのうヒョヌさんから言われてまして」

「なんですって!?」


 あたしはひとみをかがやかせて、ピーターの横に並んだ。


「ピーター! はやく行きましょう!」


(リオンさまが朝の鍛錬をしてるかもしれない!)


「王族は朝ごはんが早いってきいたわ! 行きましょう!」

「ええ」


 空き家の道へ歩く頃、だいぶ日が昇ってきて広場に人が増えてきた。通りすがりにみんながピーターにあいさつする。やっぱり田舎って人が少ないからみんな顔見知りなのね。すごい。都会じゃ見られない光景だわ。ゆっくりゆっくりかたい土の道を進んでいくと、建物の並びに宿があった。立派な馬車たちはどこか別の場所に移動しているようだ。


 兵士が空き家の前に立っていて、ピーターがミルクを持って兵士の元へ近づいた。


「おはようございます」

「おはようございます。なにかご用ですかな?」

「村長からのはからいで、ミルクを届けに来ました」

「おお、それはご苦労さまです」


 兵士がピーターを見て、ロバを見て、ちらっとあたしを見て、――直後、ぎょっと跳ねて、あわてて背筋をのばした。


「こ、こ、これは、テリーさま!」


 急にあいさつしてきたものだから、あたしもおどろいて背筋を伸ばした。


「お、おはようございます!」

「ききましたよ! 崖から落ちたって! ジェフさまが報告をきいたとたん、あまりのショックで泡吹いて失神されて馬で運ばれて入院されたんですよ!?」

「……?」

「ああ、ともあれ、お元気そうでよかったです! これで紹介所は安泰です!」


(……なんの話かしら?)


 とりあえず、あたしは強くうなずくことにした。こく!


「リトルルビィでしたらキッドさまのいらっしゃる空き家ですよ。みなさんほんとうにテリーさまを心配されてました。ご無事で何よりです。だけど、いやいや、まさか、こんなことになるなんて。……なんとか今日中に岩をどかせられたらいいのですが……」

「おい、なにをしてるんだ」

「ああ、ヘンゼル。神父さまがミルクを届けにいらした。見てみろ。テリーさまもごいっしょだ」

「おお、これは」


 横から来た兵士に、赤いバラが差し出された。


「ふっ! 麗しきプリンセス、ごきげんよう」


(まあ、きれいな花)


 あたしはおずおずと兵士を見た。


「ふっ! 昼間の君も素敵だが、朝の君も朝日の光に照らされてとてもまぶしくかがやいている! まさにビューティフル!」

「……あの、……それ、あたしのこと言ってるの?」

「もちろん! あなた以外にいるものか! 美しいあなたにはこのバラがお似合いだ。さあ、受け取って!」


(……そんなこと、言われたの初めて……)


 情熱的な言葉に、あたしの胸がどきどきして、やさしくバラを受け取った。


「……ありがとうございます」


 うつむいてか細い声でお礼を言うと、空き家のなかから勢いよく黒髪の男が飛び出してきた。


「兄さん! 朝からなにやってるんだ!! リオンさまはまだおねむり中なんだぞ!!」

「グレタ! 見てわからないか! プリンセスにバラを送っていたのさ!」

「ああ! ニコラじゃないか! おはよう! 今日も素晴らしい朝だな!」

「グレタ! おれは赤いバラの君とすてきな挨拶をかわしていたんだ! 邪魔をするな!」

「兄さん! ニコラの顔を見てみろ! 困ってる顔をしてるじゃないか! 困らせるなと何度も言ってるのに!」

「グレタ! おれじゃないもんね! お前が出てきてからニコラの様子が変わったんだもんね!」

「兄さん!」

「グレタ!」

「「ディス・イズ・ア・ビューティフル・ローズ!!」」

「お騒がせして申し訳ございません……。ミルクをお受け取りします……」


 最初に声をかけた兵士が申し訳無さそうにミルクを受け取り、あたしとピーターは空き家から離れた。あーあ、リオンさまに会えなかったわ。残念。ロバが荷車を引きずっていく。ミルクはまだ残っている。


「ピーター、これはどこの家?」

「テリーお嬢さま、忘れてはいけません。キッドさまにまだ届けていないでしょう?」

「ああ……」

「せっかくのお客さまですから、おもてなしをしませんと」

「……この村の人たちはおせっかいね。他所から来たのに大切なミルクを届けるなんて」

「この地はアメリアヌさまに救われた地。人に親切をする行為を忘れません。だからこそ正しさの鐘がある」

「アトリが国だったときに王さまが建てたんだっけ?」

「ええ」

「発想力が豊かな人ね。城下町にはそんなのないもの」

「平和を求めた王さまだったそうですよ。とても心優しい人だったときいてます。……ただ」

「ただ?」

「唯一、……女癖が悪かったと……」


 ああ、そうだ。とピーターが思い出したように言った。


「もしお時間があれば、教会に歴史の本があります。星祭のことも詳しく載ってるので、読んでみてはいかがでしょうか」

「……そうね。ここにいる間はすごく暇になるだろうし」


 ああ、そういえば、


「忘れてた。デヴィッドに会わないと」


 ピーターがだまった。

 世界は違えど、ここにデヴィッドがいるのは間違いなさそうだし、挨拶くらいはね。


「ピーター、彼はどこに住んでるの?」

「……朝食を食べたら会いに行きましょうか」

「ええ。久しぶりに会いたいわ。デヴィッドったらダイエットは成功したの?」

「……」

「あ」


 壮大な麦畑。あたしはピーターに振り返った。


「ここの近くだわ。あたし、きのう、この道を見たもの」

「ええ。この先ですよ」


 しばらく歩いていくと、空き家に到着した。空き家の周りには麦畑しかない。ピーターがドアをノックした。


「おはようございます」


 ピーターが声を上げるとしばらくしてドアがあいた。開けた人物を見て、あたしは思わずぴたっと固まった。なめらかな金髪に、吸い込まれてしまいそうな黄金のひとみ。そして、――胸。


(チッ)


 あたしは一瞬だけ自分の胸を見た。


「おはようございます」


 キッドさまの部下であり、……多分、愛人であろう金髪女がかわいい笑みをピーターに向けた。ピーターがお辞儀をする。


「おはようございます。わたくし、この村の神父のピーターと申します」

「朝からごくろうさまです」


 金髪女がちらっとあたしを確認したのを見て、あたしは瞬時に思った。……今、この女からにらまれた! あたしはむっとほおをふくらませて、腕を組んだ。なによ!


「せっかくのお客さまですから丁重にもてなすように村長から言われておりまして、ミルクをお持ちしました。アレルギーなどでなければ、ぜひ」

「ありがたくちょうだいします。きのうの夕方あたりも、生活用品や食材を村の方がわざわざ届けてくださって。ご親切なご対応、感謝いたします」

「それはよかった。他に足りないものがあれば、なんなりと言ってください。お困りごとがあれば、広場にございます、アトリの鐘を鳴らしてください。わたしがすぐに向かいますので」

「わかりました」


 黄金のひとみがふたたびピーターの荷車の横にいたあたしを見た。それも、思いきりばちんと目があった。


「っ」


(なによ! さっきからチラチラチラチラ見てくれちゃって! にらまないでくれる!? キッドさまに会いに来たと思ってるの? ざんねんね! あたしに下心はないの! あたしは朝の散歩がてら、ついてきただけよ! なめないで!)


 ――なんてことは言えず、あたしはすぐさまロバに顔を向け、ロバの頭をなではじめる。おー、よしよし。おまえ、なんだか汚い子ね。


「……」

「重たいので、お気をつけください」

「ええ。ご親切にありがとうございます」


 金髪の女がミルクのビンを受け取った。


「それではわたしたちはこれで」


 ピーターがもどってきた。


「さあ、お嬢さま、帰りましょう」

「……もうおしまい?」

「ええ」

「そう」


 あたしは女に見せつけるようにつやのある髪を払った。


「じゃあ、行きましょう。ピーター」

「お嬢さま」


 美しい声に呼ばれて、あたしとピーターが振り返った。

 金髪女が空き家の柵に肘を乗せ、あたしを見おろしている。その顔を見て、――あれ? と思った。


(……この女、会ったことある……?)


 ……気のせいかしら。あたし、この女、どこかで見た気が……。


「髪の毛についてるその虫は飼ってるの?」

「……えっっっっっっ!?」


 その一瞬であたしの顔が青くなり、あたしは全力でピーターを見上げた。


「ピーター!!」

「えっと」

「取って!! 早くぅ!!!!」

「どこですかね?」

「はやくーーーー!!」

「くすすっ」


 女が階段をおりてきて、華麗に土の上を歩き、あたしの肩をだいてきた。


「っ」

「ここだよ」


 あたしの目の前に、白くて長い指がのびた。あたしの横髪から出てきたてんとう虫をその指に乗せ、あたしから離す。


「かわいい子」


 女がてんとう虫を見ながら言って、あたしの肩から手を離した。


「もう大丈夫」

「……ふん」


 あたしは顔をふいっとそらし、そっけない態度で言った。


「ありがとうございます。おかげで助かりましたわ」

「とんでもないことです」


 くすす。


「それでは、道中お気をつけて」

「良い一日を。今日も女神アメリアヌさまの祈りのもとに」


 ピーターがあたしの背中に手をそえて歩き出す。ロバもゆっくりと荷車を引っ張っていく。ちらっと振り返ると、笑顔の女は手を振っていた。


(……どういうつもり? 自分は敵じゃないわアピール?)


 ……はっとした。


(間違いないわ! あたしが油断したところで、キッドさまとあんなことやこんなことをしようとしてるんだわ!)


 あーーーー! ふしだらすぎる! あの金髪女も、キッドさまも、最低!


(メニーとお昼にあの家に行って、キッドさまに婚約破棄したいって伝えなきゃ! あたし、悪い男にはぜったいつかまらないんだから!)


 あたしは背筋を伸ばして前を向き、一本道を歩いていく。




 その背中を、黄金のひとみが見つめる。


「うーん、なんだろう。なんか敵対視されてる気がする……」


 テリーったら、いけない子。わたしとの記憶をなくすなんて。


「わたしは、こんなにも君が恋しいっていうのに」


 呟き、胸にミルクのビンを押し付けた。



(*'ω'*)



 家に帰ると、メニーがすでに起きていた。

 外にトトを連れて歩いていて、あたしたちが帰ってくるといっしょに朝食を取った。

 目玉焼きをのせたパンをナイフとフォークで食べながら、ピーターが言った。


「このあと、デヴィッドに会いに出かけましょう」

「わかりました」


(……たまごをのせるとちがうわね……)


 パンはぱさぱさしてるのに、たまごがあるとちょうどいい。


(味が濃厚だわ……)


「ピーターさん、なにかお手伝いできることはありますか? 岩がどけられるまでヒマでしょうし、部屋も貸していただいていて、申し訳ないので」

「とんでもないことです。ぜひゆっくりされてください。教会には本が沢山ありますので、それを読んでいただいても結構です。それでもヒマだというのであれば……聖堂の掃除を頼めませんか? よろしければの話ですが」

「掃除でしたら、ぜひ。ね。お姉ちゃん」

「え?」


 あたしもやるの? という目で見ると、メニーに言われた。


「お姉ちゃん、働かざる者食うべからず」

「なにそれ」

「ことわざだよ」

「あたし、ゆっくりしたいわ。歩いて疲れたの」

「ピーターさん、掃除させてください。それくらいならできますので」

「無理はなさらないでくださいね。お二人は大事なお客さまですから」

「そうよ。メニー。それに今日は忙しいじゃない。ほら、昨日も言ったでしょ? キッドさまに会いに行かないと……」


 ――そのとき、アトリの村に鐘の音が響き渡った。


「おっと」


 ピーターがおどけた顔をした。


「すみません。仕事が入ったようです」

「また昨日みたいなことするの?」

「ええ。今日も困っている人がいるようです」


 ピーターが急いで朝食を片付けた。


「お二人とも、支度ができましたらアトリの鐘にいらしてください。デヴィッドに会いに行きましょう」

「わかりました」

「はーい」

「ああ、それと!」


 ピーターが銀貨を置いていった。


「花を買ってきてくれませんか?」

「花?」


 あたしは聞き返すと、メニーがすぐにうなずいた。


「わかりました。花ですね」

「すみません。お願いします」


 ピーターが飛び出すように教会から走っていってしまった。あたしはメニーをを見た。


「お兄さまと会うために花を用意するなんて、ピーターは律儀ね」

「……花屋さん、広場にあるよね」

「多分ね」

「朝食が終わったら支度しようか」

「ええ」


 あたしとメニーがゆっくりと朝食を味わった。



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