第12話 思い出1
「お出かけしましょう」
「やったー!」
「メニーは行かないの?」
「テリー、メニーは行かないのよ。家のことをしなくてはいけないから」
「そう」
あたしはメニーにきいた。
「ねえ、メニー、お買い物に行くんですって。なにか買ってきてほしいものはある?」
「……」
「あたしはね、ドレスとくつを買うの。メニーはどうする?」
「……だったら」
メニーが答えた。
「お姉さまの頭にあたった木の枝を、わたしにくれる?」
「木の枝? そんなものでいいの?」
「うん」
「あんた、変わってるわね。わかったわ」
三人で馬車に乗り、街へと出かける。あたしとアメリが好きなだけお買い物をする。豪華なものを身に着けて、豪華な身なりをする。堂々と胸を張って、貴族と平民の違いを見せつける。
歩いているときに、あたしの頭に木の枝が降ってきた。痛いと思って見上げたら、空がとってもきれいでね、あたし、足元に落ちた木の枝を拾ったの。メニーが木の枝がほしいって言ってたわ。これでいいや。
「あ、でも」
あたしがメニーになにかをあげるならいいわよね。あたしはお菓子を指さした。
「ママ、お菓子がほしいの。チョコレートがいいわ」
「お菓子はだめよ。体に悪いもの。ドリーにケーキを作ってもらいましょう」
「はーい」
でもあたしは悪い子だから、ママとアメリが見てない隙にドリーム・キャンディと看板が書かれたお店に入って、お菓子の棚からチョコレートを持っていった。
「これ、ちょうだい!」
「はいよ。袋はいる?」
「このままでいいわ!」
「はい、どうも! まいどね!」
にこやかにほほえむおばさんからチョコレートを受け取ったあたしはかわいい鞄のなかにいれて、ママたちのところにそれとない顔でもどっていった。
屋敷に帰ると、さっそく部屋の掃除をしていたメニーをつかまえて、裏庭につれていった。
「メニー、これ木の枝よ」
「ありがとう。お姉さま」
「ねえ、あんたおなかすいてない?」
「え?」
「あたしはすいたわ」
あたしはハシバミの木に唱えた。
「ゆすって、ゆすって、若い木さん、銀と金を落としておくれ」
あたしはロープをとめがねから外し、バスケットを下ろした。そこには、銀と金の袋に包まれたチョコレートが入っていた。
「あら、チョコレートだわ!」
あたしはそれを手にのせて、メニーに差し出した。
「あたしいらないからあげる!」
メニーがあたしを見た。あたしは笑顔で言った。
「あげる!」
「……ありがとう。お姉さま」
メニーがチョコレートを受け取った。
「魔法の木もきっと機嫌が良かったのね。だからチョコレートをだしてくれたんだわ」
「……ありがとう」
「溶けないうちに食べて」
「お姉さまも食べて」
「あたしはいらないわ。お腹いっぱいなの」
「……それじゃあ……」
メニーがチョコレートを食べた。すると、大きな目がもっと大きくなって、ほおをゆるませた。
「おいしい」
「あたしに感謝して食べてね」
「うん。ありがとう。お姉さま」
その夜、ママに言われた。
「テリー、メニーにお菓子をあげてはいけません」
「え? どうして? ママ」
「体に悪いからだめよ」
きっとアメリがチクったんだわ。最悪。
「ちがうわ。あたし、メニーに頼まれたの。だから買ってきてあげただけなのよ」
「まあ、そうだったの?」
「そうなの。あたしは、メニーに言われたから買ってきてあげただけなの」
「テリー、メニーを呼んできて」
「はーい」
メニーにママが呼んでると言って、ママの部屋につれていった。あたしはどんな話をするのかと思って、好奇心からその場に残って、ドア越しから会話を聞いた。
そしたらね、
悪魔の声がきこえたの。
――お菓子をねだるなんて、なんてはしたない子なの!
――ちがいます! わたし、そんなこと言ってません!
――おだまり!!
なにかを叩く音。あたしがきらいな音。あたしは口をおさえた。叩く音が聞こえる。あたしは顔を青ざめた。悪魔の声がきこえる。あたしは魔法にかけられて動けなくなる。
そして、こう思ったの。どうしてこんなにメニーが怒られるの? って。
ママは前までメニーに笑顔だったじゃない。一体、なにがおきたの?
メニーの泣きながら謝る声がきこえてくる。
あたしはそっとママの部屋から離れた。
それから、あたし、メニーと少し話しづらくなっちゃって。
だって、なんて声をかけていいかわからない。
(でも、家族なのにいつまでもこんなんじゃだめよね)
謝らなきゃ。
メニーは今日も階段を掃除している。
あたしはひらめいた。……メニーをおどろかせよう! 部屋からびっくり箱をもってきた。気付かれないように抜き足差し足忍び足で近付いた。そして、メニーを呼んだ。
「ねえ、メニー」
「え?」
メニーがふり向いた。あたしはしめしめと思って、箱をあけた。なかからクモのおもちゃがメニーに向かって飛び出した。
「きゃっ……!!」
メニーがおどろいて、後ろに下がった。
(やった!)
やーい。メニーの間抜け面! うふふ! って笑おうとしたら、――メニーが階段から転げ落ちた。
「あっ!」
あたしは手を伸ばしたけど間に合わない。メニーがごろごろと転がっていく。
「あっ、っ、あっ……」
あたしが声を出すうちに、メニーが一番下まで無様に落ちた。呆然として動けないでいると、廊下からメイドが駆け込んできた。
「メニーお嬢さま! ああ、なんてこと!」
メイドがあたしを見上げた。
「大丈夫です……」
メニーが言った。
「わたし……大丈夫ですから……」
「手当をしましょう!」
メイドが一瞬あたしを軽蔑するまなざしで見上げ、すぐにメニーに視線をもどした。
「さあ、こちらへ!」
メイドがメニーをそそくさと連れていった。まるであたしからメニーを離れさせようとしているみたいに。
(あ、あたしも、行かなきゃ……)
「テリー!」
うれしそうなアメリが向こうから歩いてきた。
「ママがお買い物に行くんですって! 支度して!」
「あ、あたし、行かない……」
「え?」
「め、メニーが、階段から落ちたの、だから、あたしも行かなきゃ……」
「え! 階段から落ちたの? どんなふうに? いいな! わたしも見たかった!」
「え?」
あたしは顔をこわばらせた。
「なに言ってるの。アメリ。メニーが階段から落ちたのよ。あれはきっと、ケガしてるわ」
「わたしには関係ないもん」
「な、なんでそんなこと言うの! ひどい!」
あたしはなみだを落とした。
「ぐすん! ぐすん!」
「ママー! テリーがまた泣いたー!」
「ふええん! うええん!」
ママが来たからあたしは事情を説明した。あたし、ママにすごく叱られると思ったの。妹になんてことするのって言われると思って。でも、ママはこう言った。
「テリー、今後は気をつけなさい」
……。
「それだけ?」
「さあ、お買い物に行きましょう。好きなものを買ってあげるわ」
「ママ、メニーにお医者さまを呼んであげて。お願い」
「くすりがあるから大丈夫よ」
「階段から落ちたのよ。きっとケガしてるわ」
「テリー、大丈夫よ。メニーはね、大げさなところがあるの。だからくすりで大丈夫なのよ」
「でも」
「テリー」
はっとした。ママが悪魔になってあたしを見下ろしている。
「お買い物に行くわよ」
「……はい。ママ」
あたしはママに従った。
いつもの道を馬車が歩く。
ドリーム・キャンディと書かれた看板が掲げられたお菓子屋が、あたしの視界に入った。チョコレートを買ったお店だ。
でも、あたしは目をそらした。
ママはときどき悪魔になるの。
あたし、ママがこわいの。
叱られたくないの。
だから、あたしは目の前だけを見た。
ママの言うことが正しいの。
きっとそうなの。
あたしは従うわ。
はい、ママ。
「やあ、テリー。ボクが見えるかい?」
「……」
「ふうむ」
「……」
「こら、ジャック、やめるんだ。手を出したら痛い目にあわせるよ」
「……」
「はあ……。……ジャックはいいカモがもどってきて興奮状態だし、テリーはこんな調子だし、……またこの村にもどってきてしまうし……。……城下町ならともかく、ここで大きな魔法は使えない。ふうむ。……しばらくは様子見だな」
――ケケケケ!!
「ジャック、もどるんだ。さあ、行って。いい加減にしないとボクも怒るよ」
オオカミの遠吠えがきこえる。
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