第2話 白雪と薔薇紅は人魚好き


 子供達が滑り台を滑る。ブランコに乗るい。バルーンプールに入って、飛び跳ねて走ってふわふわ浮かぶ風船で遊び回る。そんなアトラクションだらけの施設の端で、ままごとをするおマセな双子がいた。


「おはよう。ハニー」

「おはよう。ダーリン」

「今日はお仕事にいかなきゃ!」

「おいしいパンをやいたから、がんばってね!」

「愛してるよ。ダーリン」

「わたしも愛してる」

「行ってくるよ」

「いってらっしゃい」


 双子がお互いに振り返った。


「つぎ、わたし、クモのお姫さま」

「じゃあ、わたし、アリの女の子」


 双子が寄り添った。


「おつきさまがきれいですね。クモ姫さま」

「そうだな。あーまいぜ」

「こんやは、いっぱいなかよくしましょうね!」

「そうだな。あーまいぜ」

「マッサージしてあげます!」

「そんなことよりも、あーまいぜ」

「きゃっ」

「おとななことしてあそぼうぞ」

「あーん! おとななことされちゃーう!」


 双子がお互いに振り返った。


「つぎ、わたし、せんぱい」

「じゃあ、わたし、ネコちゃん」


 一人が膝枕をして、一人が膝に転がった。


「おまえは、今日から、わたしのペットだ! なまえは、そうだな! まるだ!」

「あーれー! やめてください! プティーせんぱい!」

「メラ、なでしこでいきましょうよ」

「なでしこ?」

「おはなの名前よ? メラったら、しらないの?」

「はじめてきいたわ。なでしこね、わかった」

「はい。スタート」

「あーれー! やめてください! なでしこせんぱい!」

「今からおまえを愛して愛して愛しまくってやる!」

「はれんちなことは、おやめになってー!」

「こんにちは」


 声をかけると、遊び途中だった二人があたしを見上げた。あたしはにこりと二人に笑いかける。


「どうも。遊んでる最中に悪いわね。あたしのこと覚えてる?」

「だれだっけ? メラ」

「だれだっけ? プティ―」

「昨日、ネコの口をしてあなた達とお話ししたんだけど」

「あら、なーんだ! ネコのおくちのお姉さんだわ」

「でも今日は人のおくちをしてるわ。こんにちは、お姉さん」

「こんにちは、お姉さん」


 プティーとメラが笑顔を浮かべる。あたしは目線を合わせるため、地面に膝をつけた。


「ねえ、二人にお話しがあるんだけど」

「あら、メラ、お姉さんがお話しだって」

「あら、プティー、お姉さんがお話しだって」

「なにかしら?」

「なにかしら?」


 プティーとメラが瞳を輝かせてお互いの顔を見て、はっとして、もじもじさせながらあたしを見た。


「でも、知らない人とはお話しちゃいけないのよ」

「そうよ。ママが言ってた」


(教育が行き届いてるわね)


「あたしはテリーよ」

「テリー?」

「お姉さんの名前?」

「そうよ。テリーっていうの」

「メラ、きいた? お花の名前だわ」

「王子さまがお好きなお花の名前よ」

「キッドさまもリオンさまも好きって言ってた」

「名前を知ってるから、もうお友達ね。お菓子でも食べて、一緒にお話ししない? セイレーンについて聞きたい事があるの」

「「セイレーン?」」


 セイレーンの名前を出せば、二人の目の色が変わった。白いドレスを着たプティーが興奮気味に言ってきた。


「セイレーンがどうしたの?」

「あら、だめよ。プティーったら。お客さまには礼儀正しくしなきゃ」

「そうだわ。おともだちならなおさら」

「「お話のパーティーしなきゃ!」」

「わたし、お菓子用意するから!」

「わたし、ジュース用意するから!」


 二人が一斉に駆け出し、メラはお菓子の山を広げ、プティーは三人分のジュース持ってきて、小さな椅子に座り、あたしを歓迎した。


「かんぱいしましょう!」

「かんぱい!」


 プティーが白いジュースを飲み、メラが赤いジュースを飲んだ。そして、メラがカップを置き、お菓子の袋を開けて紙皿に移し、あたしに差し出した。


「はい。テリーお姉さんどうぞ」

「どうぞ」

「どうもありがとう」

「それで、テリーお姉さん」

「セイレーンのおはなしってなあに?」

「わたし、赤いバラのおはなしもいいと思うの」

「わたし、白いバラのおはなしもいいと思うの」

「ごめんなさいね。薔薇は綺麗だと思うけど、あたしは青い薔薇が一番好きなの」

「プティー、青いバラですって」

「青いバラなんて見たことないわ」

「好みはそれぞれあっていいと思う。だからこそ、三人に共通してるセイレーンについてお話をしない?」

「「セイレーンのおはなしならまかせて!」」


 二人がもう一度ジュースを飲んだ。


「なにからおはなしする?」

「なにからおはなししましょうか?」

「昨日、セイレーンを見たって言ったわね」

「そうよ。メラったらついていっちゃったから」

「だって、おともだちになりたかったんだもん」

「ねえ、メラ」


 呼ぶと、メラがまん丸の目をあたしに向けた。


「聞かせて。セイレーンを追いかけた時、物置きに入って、……あなた、どこに行ってたの?」

「あのね、わたしね! 海のなかのおしろにいってたの!」

「……海の中の……お城?」

「すっごく広かったわ! わたし、お城は行ったことないの! もうすこし大きくなったら行けるようになるって、ママが言ってた! でも、セイレーンについていったら、わたし、お城に行っちゃったの!」

「わたしも見たかった!」

「プティーもいけるわ! またセイレーンを見つければいいんだから!」

「ねえ、そのセイレーン」


 三人でチョコレートをつまむ。


「どんな姿だった?」

「おさかなさんみたいだった!」

「うん。尾びれがついてたわ!」

「でも足もついてた!」

「伝説はほんものだったの!」

「かんどうしちゃった!」

「わたしも!」

「……魚の姿で……足があったの?」

「うふふ! テリーお姉さん、セイレーンを見たことないのね」

「うふふ! 教えてあげるわ!」


 メラとプティーが紙を出し、クレヨンで描き始めた。メラの絵に集中する。これは……鳥?


「セイレーンは、うまれたとき、とりさんだったの。空をとんでたの!」


 プティーの絵に集中する。これは、魚?


「でも、羽を取ったの。セイレーンは、海が好きだったから」

「セイレーンはね、もともととりさんだったから、お歌がすっごくじょうずなの!」

「そのお歌をきいたおさかなさんたちはすっごくよろこんで、セイレーンとなかよくなったの!」

「そしたらね、いつかセイレーンは女神ってよばれるようになったの」

「セイレーンは美人なの」

「ただ、セイレーンはちょっとこわいの」

「人間の男の人をね、おぼれさせるのが趣味なの」

「でも、おさかなさんだと、男の人は寄ってこないでしょ?」

「だから、半分人間のすがたをして、男の人を手まねきするの」


 プティーが尾びれの部分を、メラが人間の部分を描いた。


「ママが言ってた」

「このすがたのことを」

「「人魚っていうんだって」」


 長い髪。上半身が裸。下半身は魚。女の人魚の絵が描かれた。


「テリーお姉さん、人魚ってね、すごいのよ。いっぱい伝説があるの」

「人魚を食べると、ふろうふしになれるんだって」

「ふろうふしって知ってる?」

「永遠に生きていられるのよ」

「しかも、食べたらその見た目のまま生きていけるんだって」

「「でも、わたしたちは望んでない」」

「メラは大人になる」

「プティーも大人になる」

「大人になったらママとクマさんとなかよく暮らせる」

「王子さまがむかえにきて、結婚できる」

「子どもはいっぱいつくるの!」

「いつかまごができるわ!」

「わたしたち、しあわせになって、天国にいくの!」

「そういう予定なの」

「だから永遠なんていやだわ」

「来世でも双子になるの」

「ふたりはひとつだもの」

「「だから趣味もいっしょ」」

「わたしたち、セイレーンの物語が大好きなの」

「クマさんが教えてくれたの」

「とりはにげられるけど、魚にとってクマは天敵だから」

「いざっていうときは、クマさんを呼ぶの」

「呼べないときは、絵を描いて見せるの」

「どうだ。クマさんがやってくるわよ!」

「わたしたちにひどいことしたら、クマさんが来るんだから!」

「そう言ったら、悪いものはにげていくの」

「クマさんはいつだって味方よ」

「わたしたちを守ってくれるの」

「でも、テリーお姉さん、かんちがいしてほしくないのは、わたしたちのクマさんが特別ってだけなの」

「クマさんはね、普段はとっても凶暴で、あぶないの! わたしたち、一度クマさんじゃないクマさんにおそわれたことがあるの!」

「それをクマさんがたすけてくれたの!」

「だから、クマさんはすごく凶暴で、おっかないの」

「わたしたちのクマさんが特別なの」

「でも、それもクマさんに教えてもらった。なにもしなければクマさんたちはわたしたちをおそうこともないの」

「あれはちょっとはしゃぎすぎちゃったから」

「ね」

「おさかなさんはとりさんがすっごく苦手なの。食べられちゃうから」

「おさかなさんはクマさんがすっごく苦手なの。待ち伏せされて、食べられちゃうから」

「でもセイレーンはとりさんは平気。だって、もともととりさんだったんだもん」

「でもセイレーンはクマさんはだめ。だって、もともとクマさんじゃなかったんだもん」

「クマさん相手じゃ食べられちゃう」

「だからセイレーンにクマさんを見せちゃだめよ」

「おびえちゃうから」

「セイレーンは男の人を海におぼれさせるけど、女の子はおぼれさせたことないの」

「だからわたしたち、おともだちになれると思うの」

「おともだちになったら、いっしょにお茶するの!」

「お菓子も食べたいわ!」

「セイレーンってお菓子食べるのかしら」

「食べるわよ。たぶん」


 ……セイレーンは元々鳥だった。そこから魚となった。鳥は魚を食べる。クマは魚を食べる。セイレーンは鳥は平気だけどクマは駄目。食べられてしまうから。


(なるほど。だからクマのお守りなのね)


 あたしは絵に指を差した。


「二人が追いかけたのはこのセイレーン?」

「これは、人魚よ」

「セイレーンは……」


 二人がクレヨンでつけ足した。人魚の絵がどんどん鮮やかになっていく。


「こうなってて」

「ここもあったわ」

「これと」

「これも」

「それと」

「あれと」

「「こんな感じ! うん! かんぺき!」」


 あたしは完成した絵を見た。そして、――自然と表情が険しくなった。


 口に鋭いギザグザの歯が並び、腕が数本あり、水が滴り、尾びれがとても長く、人の足が存在する。まるで怒っているような人魚の顔。さっきまでの可愛らしい人魚はどこにもいなくなっていた。手に何かを持っているようだが……特定できない。指を差す。


「これは何?」

「なんかね、いろいろ持ってたの」

「うん。もってた」

「とりさんとか」

「……鳥さんをもってたの?」

「うん」

「それと、魚さんも持ってた」

「ろうそくも」

「……?」

「セイレーンはね、きっと、絵を描きたかったのよ」

「わたしたちのクレヨンをあげたら、きっとよろこぶわ!」

「……」

「それと、これがね」

「そうなの。びっくりなんだけどね」

「すごくぬるぬるしてそうだった!」

「すごく濡れてそうだった!」

「びっちゃびちゃなの!」

「きっと、水槽に入ってて、抜け出してきたんだわ!」

「あーあ、また会いたいわ」

「おともだちになりたいわ」

「いっしょに絵を描きたいわ」

「描きたいわ」

「……これ、すてきな絵ね」


 あたしは絵を持った。


「貰ってもいい?」

「いいよ!」

「かわいいでしょ!」

「ええ。すごく……」


 不気味な人魚の絵。


「気に入ったわ」


 あたしの笑みを見て、双子は満足そうに手を叩き合って喜んだ。



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