第13話 看病現場
( ˘ω˘ )
幻聴が聞こえる。
これは幻聴だとあたしはわかってる。なんだろう。何か、わかるのよ。意識があるというか、意識がある中で夢を見ているというか、そんな感覚。とにかく、ここは現実ではない。これは夢だ。あたしの記憶だ。
因縁の女の声だ。
「おっと、悪いね! 手が滑ったよ!」
ママの悲鳴が聞こえる。ママの頭に水をかけてきやがった。
(何するのよ! ママは体調が悪いのよ!?)
あたしは手を伸ばそうとするが、あたしの腕が動かない。イザベラはそんなあたしを見て笑う。楽しそうに。醜いデブのくせに。
(イザベラ……!)
――あっはっはっはっはっはっはっは!
(イザベラ!!!!)
(*'ω'*)
はっと、目を開けた。途端に喉に痛みを感じ、体中の怠さを感じ、……ベッドで寝ていれば、腕も動かなくて当然だ。
(どこ、ここ……)
ぼうっとしながら、見た事のない部屋の天井を見る。
(頭がぐるぐるする……。喉がイガイガする……。動けない。立てない。ああ、もう駄目……)
「……テリー?」
誰かがあたしの顔を覗きこんだ。
(ん?)
視界に入ってきたのは、まとまった短い金髪。胸を主張した魅力的なドレス。赤い唇。形の整った顔。全てを魅了してしまう月のように輝く黄金の瞳。
あたしは枯れた声で女を呼んだ。
「……ソフィア・コートニー。……ここ、どこ……」
「ソフィア・コートニーの部屋」
ソフィアがにこっと笑って、いつもの笑顔で答えられる。
「テリーが倒れて、お友達が困ってたから運んできた。私の部屋へようこそ」
「……お友達……?」
その瞬間、イザベラを思い出す。
(うわっ)
あたしはシーツに潜った。嫌なことを思い出したわ。
(イザベラが……この船にいる……)
どうしてくれようか。この恨み。この憎しみ。あの女の顔を思い出しただけでイライラしてくる。……その前に、……怠い。
「げほげほっ」
「ねえ、そのマスクどうしたの? 可愛いマスクだね。ネコの口みたい」
「おだまり……。げほげほっ!」
「メニーから聞いたよ。今朝になって急に熱が出たんだって?」
「はあ……。そうよ。とつぜんよ。でもあたしには、やるべきことがあるから……すう、はあ……。……むりやりふねにのったのよ。げほげほっ!」
「どうして無理矢理乗ったの? 屋敷に残っていればよかったのに」
「……げほげほっ」
「前言ってた、お婆様からのお告げ?」
「……だったら?」
「どんなお告げか、詳しく教えてくれる?」
「……あとからでいい? ……いまはむり……」
「うん。わかった。後でね」
「……げほげほっ! ……つーか、なんであいつらいないのよ……」
「ん?」
「キッドとリオン」
「ああ」
「さいあく。ずびっ、めまいはするし……ぐあい悪いし……ぜんぶあいつらのせいよ……あいつらがいないから悪いのよ……」
「テリー、大丈夫?」
「だいじょうぶに見える? げほげほっ!」
「マスクは取る?」
「……つけたままでいい。……鼻があったかくて楽なの」
「水は?」
「……あるなら、ほしい」
「待ってて」
ソフィアがグラスに水を注ぎ、ベッドの隣に設置された机に置いた。
「起きれる?」
「……あんた、じぶんのつかうベッドに、……はあ。……あたしをねかせたこと、こうかいするわよ……」
「テリーの菌なら喜んで引き受けるよ。私は君のものだから」
あたしは黙って手を差し出す。馬鹿な事言ってないで、早くグラスちょうだい。
「はい。どうぞ」
「ん……」
ごくりと飲み込む。ああ、喉が痛い!
「んぐっ」
「ん?」
「……のどいたい……」
「可哀想に」
ソフィアがあたしの頭を撫でた。
「他に必要なものはある?」
「……」
「吐き気は?」
「……」
あたしはこくりと頷いた。
「ゴミ箱いる?」
あたしは首を振った。
「そう」
ソフィアがあたしの髪の毛にキスをした。いつもならやめなさいと言うけど、今は言うのもしんどい。気力が沸かない。――頭が、ぼうっとする。
「テリー、顔色が良くないから、少し寝ようよ」
「……ん……」
ソフィアがベッドにあたしを寝かせた。ああ、……落ち着く。
「げほっ、げほっ……」
「テリー、熱い?」
「……ん……」
「可哀想に。こんなに汗かいて」
ソフィアの頬が緩む。
「拭いてあげるから待ってて」
ソフィアがあたしから離れた。待っててと言われたから待とうと思ってぼうっとしていると、急に瞼が重たくなってきて、あたしは目を閉じた。本能が言ってるわ。休みなさいって。だからあたしは本能に身を任せることにする。とにかく眠い。しんどい。重たい。疲れた。
あたしは眠る。
……しばらくすると、誰かの手があたしのドレスに触れてきた。
「テリー、脱がせるよ」
(……ん……脱ぐの……? ……勝手にして……)
ゆっくりとドレスが脱がされていく。
(……はあ……。……しんどい……)
リボンを解かれ、上着を脱がされ、チャックを下ろされ、どんどんベッドの下にドレスが落とされていく。
「……」
息を吸った誰かが呟いた。
「綺麗だね。テリー」
あたしの額に冷たい布が押しつけられた。驚いて、自然と体が跳ねた。
「っ」
「大丈夫。……汗を拭いてるだけだから」
酷く、落ち着く声があたしに囁く。
「体が熱いね。……可哀想に。……大丈夫。私に任せて、じっとして」
布が首に触れる。
「綺麗な首」
気配が近付く。
「ちゅっ」
「っ」
肌を吸われる。
「ふっ……」
「くすす。大丈夫だよ。テリー」
柔らかな胸があたしに押しつけられる。
「痕がついただけ」
指がなぞる。
「ここにもつけようね」
柔らかな唇が、あたしの肌を吸った。
「んっ……」
「ほら、ここにもついた」
「……すう……」
「くすす。ここ、見えちゃうね」
あたしの頬を、誰かが撫でた。
「いっそ、……見せてしまおうか。恋しい君」
唇が肌を吸う。
「あっ」
「しぃー……」
「ん……」
「テリー、……汗にまみれてしんどそうな君も、とても恋しいよ」
「すう……」
「ちゅ」
「んっ」
「くすす。……ここがいいの?」
「すう……はー……」
「テリー……」
冷たい布で体を撫でられ、それとは別に、胸元に柔らかいものがくっついて、離れて、またくっついて、離れて――。
(……、……なんか……寒い……)
ぶるっと体が震えた。
(サリア、寒いんだけど……)
あたしは目を開けた。ソフィアが微笑んでいた。
「……」
記憶が一瞬で蘇る。ああ、そうだそうだ。あたし、ソフィアのベッドで休んでたんだわ。……で、こいつなんでこんなに近くにいるの。でかい胸押しつけてきやがって。あたしは自分の状況を見た。あら、あらあらあらあらあら、これはどうしたことかしら。大変、大変。あたし、とってもはしたない恰好。……下着姿だなんて。
「……」
なんでソフィアのドレスが少し乱れてるんだろう。
「……あんた、なにやってるの?」
「テリー、寝てていいよ」
「いや、さむいんだけど」
「汗を拭いてたんだ」
「ああ、それはどうも」
「うん。じゃあ、続き」
「ちょっとまって」
「ん?」
「げほげほっ。ねえ、その手はなに?」
「ホックを外さないと、ブラジャー外せないでしょう?」
「いや、いらない」
「胸には汗が溜まりやすいんだよ」
「いや、だいじょうぶです」
「大丈夫。怖くないよ。恋しい君」
「あんた、なんかたくらんでるでしょ」
「企んでないよ」
「なんねんおまえを見てきたとおもってるの。ずびっ。おまえのよこしまな笑顔くらい、おみとおしよ」
「テリー」
「なに」
「良いもの付けてあげたよ」
「……あんた、まさか、またむねにへんなあと、のこしたんじゃないでしょうね?」
「見てごらん。ある?」
「……ん。ないわね」
「そうでしょう?」
「……ないけど、なんか……首元がすーすーするんだけど……」
「テリーの首は綺麗だね。ね。首がよく見えるドレスを着るといいよ」
「あんた、なにしたの?」
「くすす」
「ソフィア?」
「ちょこっと」
「なによ」
「贈り物」
あたしはソフィアの胸をがしっ、と掴んだ。
「あん!」
「てめえ! そこどきやがれ!」
「くすすす! テリーったら、激しいね!」
「ゆだんもすきもない! げほげほっ! どいて! あたしはかえ……」
ソフィアの目が光った。
「っ」
間近で見てしまったあたしは、くらりと目眩がして、また動けなくなる。
「こ、この……」
「ここまで弱った君を見たのは初めてかもしれないな」
ソフィアがあたしの上に被さった。おっぱいがむかつくほど押し付けられる。
「ぐっ……」
「ほら、大人しくして。体を拭くだけだから」
「だ、だから、いいって……」
ソフィアの指があたしの体をなぞる。
「ちょ、この……」
「抵抗出来ない君も、また恋しい」
「あっ」
布が汗を拭う。
「ちょ、どこさわって……」
「蒸れる所って汗が溜まるよね」
「ちょ、ちょっと、ほんとに……」
布が触れてくる。
「そ、ソフィア……!」
「どうしたの? テリー」
耳の中に熱い吐息がかかる。
「体が震えてる上に、……可愛い声なんか出して」
「っ」
撫でられる。
(まっ……)
そこにも、ここにも、あそこにも、
「あっ……!」
「テリー」
「そ、そこは、いい……!」
「何言ってるの? 手を離して」
「すっとぼけやがって……!」
「くすす。何の事やら」
「もういい。だいじょうぶ、んっ、だから……!」
「恥ずかしくないでしょ? 女同士なんだから」
「あんたのばあいは、ちがうのよ! げほげほっ!」
「くすす。大丈夫。落ち着いて。全部身を任せてくれたら良いだけだから」
「それがだいじょうぶじゃねえっつってんのよ! いいかげんにしろ! こら!!」
ソフィアの腕を引っぱると、ソフィアがバランスを崩した。
「っ」
(あ、やばっ)
ソフィアがベッドの上で受け身を取った。
(あれ)
なんとかの原理であたしが上になった。
(ふぁっ!!?)
あたしがソフィアの上に跨って乗る形になった。あたしもソフィアもきょとんと瞬きする。
(ええええええええ! 何これ! 形勢逆転!?)
はっ!
(こ、これは、今までからかわれてきた鬱憤と、体をべたべた触られた仕返しをするチャンスじゃ……!)
「ふ、ふふふふふ……!」
あたしはマスク越しで、にやりと悪どい笑みを浮かべた。
「ソフィア、あんたがわるいのよ……? ずびっ、よくもいままで、さんざんあたしをからかってきてくれたわね……」
ソフィアがはっと目を見開いた。
「すこしくらい、いたいめみても、自業自得よね!?」
あたしがくわっと手を広げると、ソフィアの頬が赤らんだ。
「……痛いこと、するの?」
(……ん?)
何この雰囲気。ソフィアが切なげな表情で目を潤ませる。
「……ん。……いいよ。……テリーなら……」
(え?)
その瞬間、ソフィアが肩と谷間を見せていたドレスの布をぐっと下に下ろして、――巨大な胸をドレスの外に解放させた。それを見たあたしは頭の中で羞恥という火山が爆発し、目玉が飛び出て、絶叫する。
「ぎゃああああああああああああ!!」
――パパ、どうしてこのおしゃしんのおねえさん、おっぱいを出してるの? へんな顔してるわ!
――テリー、これは見てはいけない大人の本だよ。どこから持ってきたんだい? ほら、パパに返しなさ……。
――ダレン。
――アーメンガード。違うんだ。話し合おう。これは、バドルフがからかってきて、あの、……違うんだ!
(お、大人の本!!)
このおっぱいは見てはいけないものという本能が動き、あたしの顔を両手で隠した。
「あ、ああ、あ、あんた、きゅ、きゅきゅきゅ、急に、いったい、なにを!」
あたしの手がソフィアに導かれ、触れた。もにゅ。
「ぎゃあああああああああああ!! おまえええええええ! 早く、そのぅおっぱいを、しまいなさあああああああい!!!」
あたしの手が動くと、ソフィアの肩がぴくりと揺れた。
「あんっ」
「こ、こら! げっほげほっ! へんな声だすんじゃないの!」
「テリーったら、……っ……激しい……」
「おまっ、なにを! ぐっ! ……手がむねからはなれないだと……?」
「やだ。テリーの……えっち」
「うるせえ! なにがえっちだ! げほげほっ! てめえがあたしの手を押さえつけてるからはなれないだけだろうが! はなしなさい! ばか!!」
「サリア! あの部屋からお姉ちゃんの声がする!」
突然、部屋のドアが乱暴に開けられた。
「お姉ちゃん!」
そこには真剣な顔をしたメニーが立っていた。
「そこでなにっ……して……」
あたしとソフィアの視線がそっちに向けられる。メニーと目が合う。その後ろからサリアがのんびり歩いてきて、にこっと笑った。あの笑み、知ってるわ。ようやく見つけた。お仕置きです。っていう笑顔だ。
「……お姉ちゃん」
メニーが暗い声で訊いてきた。
「ソフィアさんと何してるの?」
「はっ!!」
不埒な姿のあたしに胸を触られているソフィア。あたしの手首を掴む手は、抵抗しようとしていたもののように見えるこの光景。
「違う!!!!!!!」
あたしの手が簡単にソフィアの胸から離れた。
「メニー! サリア! これは、違うの!!!!!!」
ソフィアが恥ずかしそうにメニー達に背中を向けて、ドレスを直しながら呟いた。
「テリーったら……、……強引なんだから……」
「てめっ……!」
「は?」
青い片目がぴきりと痙攣して、メニーがあたしに視線を向けた。
「お姉ちゃん、どういうこと?」
「いや、だから! ソフィアのへやで、やすんでて……!」
「なんでソフィアさんの部屋で休んでるの?」
「いや、だから、あの……その……ぐあいが、わるくなって……」
「テリー」
メニーの後ろに立っていたサリアがあたしを手招きした。
「こちらへ」
「……」
「早く」
「……」
「ただちに」
「……」
あたしはのそのそとソフィアのベッドから下りて、ふらつきながらもゆっくりと慎重にサリアの前に来て、立ち止まった。
「覚悟は良いですね?」
「……サリア、あたし、びょうにん……」
サリアがあたしにとんでもない頭突きをかました。
「っ」
マーメイド号ツアーミッション、お散歩してから部屋に戻る。
ミッションよりも、あたしの頭がクリアになっていく。
(……痛いわよ……。サリア……)
あまりの痛みとショックで、あたしははしたない姿のまま意識を失った。
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