第10話 優雅な船の中


 あたしはパンフレットを見つつ、足を止めて、辺りをきょろりと見渡した。


(ここが図書室ね)


 誰が船の中で本なんか見たがるのかしら。……。あたしは手を伸ばした。『反抗期の娘を理解する10のこと。これであなたも娘を理解できる。』少しだけ読んでみた。二人で出かけて飲み食いしながら話し合う。……そうよね。やっぱり必要よね。……会えたらできるんだけどね……。あたしは本を棚に戻して図書室から出た。次。


(動物預かり施設)


 ……。

 あたしは中に入り、受付カウンターにいるクルーに訊いた。


「緑のネコはいないかしら。ドロシーっていうの」

「少々お待ちください。……うーん。ドロシーちゃんはお預かりしてませんね。迷子ですか?」

「妹のネコなのだけど、いないってことはあずけてないのね。あずけるよう伝えておくわ。どうもありがとう」


 いなかったか。チッ。あたしは歩き続ける。


(ラウンジ)


 バーがついたラウンジ。鏡のようにきらきら光る黒い石でできた床がとてもお洒落。バーはいくつもあり、その場所によって違う作りになっている。


(ダーツバー)


 ダーツとビリヤードとカウンターがある。大人はこういうところでお酒を飲みながら遊ぶんでしょうね。あたしもビリヤードできるのよ。元気であれば、アリスとニクスを誘って遊びたかったわ。


(カジノ)


 賭け事が嫌いならここには来ない方がいいわ。カジノは麻薬のように楽しいの。だから遊ぶ予算を決めてから挑むべきだわ。あたしのようなお金持ちでない限り、そうした方が自分のためよ。敗北者は心も財布も素っ裸にされてしまうから。


(美術館)


 美しい絵画が飾られている。……絵がわかる人にとってはなんて深い絵だろうって感想が出るのかもしれないけど、あたしには全くわからない。あたしはこっちの花の絵の方がいいわ。なんか、花の方が可愛いじゃない。


(展示館)


 様々な展示品が置かれている。これは……何のオブジェ?


(写真館)


 あら、美しい景色。白黒でもよく見えるわ。誰が撮ったのかしら。これはあたしも感想が出てくる。素晴らしい。あら、鼻水が出てきたわ。ずびびっ。


(スケート)


 ライトアップされたスケート場が展開されている。若いカップルがいたり、親子がいたり、みんな楽しそうに滑って遊んでいる。今、あたしの隣にニクスがいたら誘ってきたかもしれないけど、きっとあたしは断ると思う。ああ、寒い寒い。


(劇場)


 舞台演劇用に造られたのね。クレアが好きそうな場所だわ。ここで思うがままにキッド殿下物語を演じられたら、さぞ気持ちがいいことでしょうね。


(コンサートホール)


 基本コンサートを行うのはここ。ここで歌える歌手はよっぽどの幸運の持ち主だわ。


(レストラン)


 レストランは基本食べ放題。お腹がすいたらここで食べたらいいわ。あたしは食欲がないからやめておくけど。匂いがきついのよ。ああ、早く出ていこう。


(室内プール)


 夏でも冬でも対応できるように作られたプール。今の時期は外が寒いから室内プールは丁度良いかも。室内に入ると、とても暖かい。プールの水もさぞ温かいものになっていることだろう。だからみんな水着姿で泳げてるんだわ。


(展望台)


 ここから海の景色を見ることができる。……海しか見えないのに、誰が見たがるのかしら。


(子供の楽園)


 設置された長方形の窓から中の様子を見ることが出来る。バルーンプールやメリーゴーランド、ブランコに滑り台。まるで子供のためのアトラクションパーク。喉が渇いても大丈夫。ジュースは飲み放題。お腹がすいたら? 安心して。お菓子も食べ放題。……これもチケット代に含まれてるのよ。


(自然公園)


 自然に囲まれた船の中の公園。ベンチもあって水もある。恋人同士と腕を組んで歩くなら、ここをお勧めするわ。全て本物らしいわよ。土に木に虫。あら、あれ何かしら? ……げっ! 芋虫! あたしはそそくさと離れた。


(池)


 本物の池じゃないわ。自然公園にある水遊び場。濡れてもいい服で挑んでね。でないと、帰りは服が悲惨なことになるわよ。


(トラブルはゼロね)


 パンフレットを折り畳む。


(はあ。喉が渇いた。どこかでジュースでも飲もうかしら。で、ゆっくりと歩いて部屋に戻ろう)


「おや、もしや……」

「ん?」


 振り返ると、左右に分かれた立派なヒゲを見せた男と、その男の腕を組むご婦人があたしを見ていた。


「あ」

「ああ、やはり! テリー様!」


 ジェフが自分の奥様を連れてあたしに近付いてきた。


「Mr.ジェフ。それと、おくさま。げほげほっ! ……しつれい。ごきげんよう。あなたたちもいたのね。げほげほっ!」

「テリー様、いかがされましたか? 変わったマスクですな」

「ご無沙汰しておりますわ。何か、お顔色がお悪く存じますが……」

「はっくしゅん!」

「ああ、これは大変だ! おい、今すぐに医者を呼んでこい!」

「ずびび。……だいじょうぶよ。Mr.ジェフ。ただのかぜよ」

「お風邪でございますか!? ああ! なんてことだ! テリーさまがお風邪を引いてしまわれただなんて! お寒くはございませんか!?」

「おおげさね」

「そうよ。あなた。やめてちょうだいな。恥ずかしい」


 おろおろするジェフを放って、奥様があたしに眉を下げる。


「しかし、テリー様、やはりお顔色がよろしくありません。夫も心配していることですし、お部屋でお休みになられてはいかがでしょうか?」

「ずびび。ごしんぱいありがとうございます。ただ、げほげほっ、寝てばかりではより体にわるいかと、おさんぽをしてました」

「歩くことも大事ですが、休憩も大事ですわ」

「ええ。そのとおりです。……はあ。ここをあるいたらへやにもどるつもりです」

「テリー様!」


 ジェフがしゃがみ、あたしに背中を向けた。


「ジェフがお部屋まで連れていきます!!!!! さあ!! 私のお背中に!!!」

「馬鹿ね! あなた、やめてちょうだいな! こんな所ではしたない! 申し訳ございませんわ。テリー様」

「い、いいえ……」


 ――そうだ。ジェフなら詳しく知ってるかも。


「Mr.ジェフ、キッドとリオンが、げほげほっ、ずびびっ、来てないときいたんだけど」

「ああ、お二方の事ですか。誠に残念な事でございます。当日になってまさかのお風邪とは……」

「あなた、ストップ。……テリー様、そちらに椅子がございますわ。座って話しましょう」

「あ、……ありがとうございます。おくさま」

「とんでもない事でございます。……もう。あなたはこういうところが抜けてるのよ。テリー様はお具合が悪いのよ。しっかりしてちょうだい」

「も、申し訳ございません!! テリーさま!!」

「お水を……いえ、白湯の方が良いわ。それとブランケットのようなものも。あなた、頼んできてちょうだい」

「わかった。お前、テリー様を頼むぞ!」

「情けない顔してないで早く行ってきなさいよ。もう」


 ジェフがきりっとしながらも、急ぎ足でクルーを捜し始めた。奥様があたしに振り向く。


「度々申し訳ございませんわ。テリーさま」

「おかぜがうつりますので、ながいはしません」

「マスクをされてますもの。大丈夫ですわ。可愛いマスクでございますね」


 奥様と隣同士でふかふかの椅子に座る。あたしは奥様に愛想よく笑みを浮かべた。


「おきづかいありがとうございます」

「とんでもございませんわ。お薬は?」

「ええ、あさひるで、のんでいるのですが……」


 あたしは奥様を見る。


「まさかおふたりが、ふねにのっているとはおもわなかったもので」

「ま、あの人ったら、テリー様に言ってなかったんですね」

「いえ。あたしが」


 厄除け聖域巡りの旅に出かけていて、


「いそがしかったもので」

「そうでしたの。実はキッド様からせっかくだからと、労いの休暇をいただきまして、このような素晴らしい所に招待していただいたのです。ベックス家の船と聞いて驚きましたわ」

「ええ。げほげほっ! その、……どうですか? この船は」

「わたくし達、今まで旅行というものにあまり行った事がないものでして、とても有意義な時間を過ごさせていただいております」

「……そうでしたか。それは……よかった」


(ジェフ、いつも忙しそうだものね。ジェフにも家族サービスをする時間が必要かも)


 ……。


(あたしも今年で17歳になるし、……そろそろ仕事案内紹介所の仕事、習い始める時期かもね)


 風邪が治ったら考えよう。げほげほっ。あたしは微笑みながら奥様に言った。


「ふねではぜひ、おふたりのおじかんをおたのしみください。げほげほっ」

「ありがとうございます。でも、とても残念ですわ。キッド様とリオン様がいらっしゃれば、更に愉快でしたでしょうに」

「……ずびっ。二人とも、体調を崩されたとか」

「ええ。わたくしも夫から聞いているのは、今流行りのウイルス性の風邪にかかってしまったと」

「……」

「あら、もしやテリー様もですか?」

「……へっくしゅ! ……ずびび。……けさ、とつぜん、ねつがあがりまして……」

「まあ、そうでしたの。お気の毒に」

「ははにはとめられたのですが、どうしてもふねにのりたくて……」


 でないと破産の未来が待っているんだもの。あたしだって乗りたくなかったわよ。沈む船なんか。


(Mr.ジェフも乗ってたなんて……。またリスクが増えた……。彼がいなくなったら紹介所の未来も危うい。紹介所が無くなったらどうなる? いざという時のための資金が無くなる可能性もあるし、莫大な借金が出来る可能性もある。くそ……なんでこういう事ばかり起きるのかしらね)


 あたしが考えていると、奥様が心配そうな顔をして、あたしの背中を撫でた。


「どうかご無理をなさらず。白湯を飲んだら、少しは落ち着くかと存じますわ」

「ええ。ありがとうございます」

「寒い時期ですもの。お大事になさってください」

「ずびび。……はあ。できればげんきなままこのふねにのりたかったのですが……」

「仕方ありませんわ。人間はか弱い生き物ですから、ウイルスには勝てません」


(Mr.ジェフの奥様に会う度に思うけど、よくこんな良い人と結婚できたわね。Mr.ジェフって紹介所で働く前は何やってたのかしら)


 そんな事を思っていたら、ジェフが戻ってきた。


「ただいま戻りました! テリー様、クルーが白湯をお持ちくださるそうです! 寒くはありませんか!? ひざ掛けをお持ち致しました!」

「ああ、どうもありがとう」

「他に必要な物はありませんか!? 大丈夫ですか!? 体温計もいただいてきました! さあ、どうぞ!」


 体温計で測ってみる。赤い液体が上がってきて止まった。外して見てみる。38度2分。何よ。変わってないじゃない。


「38度2分!?」


 ジェフが地面に転がった。


「た、大変だ! このままでは、テリー様が死んでしまう! テリー様、部屋までこのジェフが運びます! おい、お前! 何を冷静に座ってるんだ! 今すぐにテリー様を運ぶぞ!」

「少しは落ち着きなさいよ。テリー様はご体調が悪いのよ。あなたがそんなに騒いだら、もっとご体調が悪くなるでしょうが」

「ああ、なんてことだ! 私には何も出来ない! テリー様、申し訳ございません! ジェフに魔法が使えたら、今すぐにでもあなたのご体調を治してあげるのに!!」

「一旦、座りなさいな。恥ずかしい。お止めなさい。下品ではしたないわ」


 奥様が呆れた顔でジェフに手を貸して、彼を立たせた。



(*'ω'*)



 ジェフと奥様と別れて、あたしはまた廊下を歩く。


(はあ……。エレベーターまであとちょっと……)


「メラー?」


(んっ)


 さっきの双子の一人がいた。


「たいへん。あの子ったらどこに行ったのかしら。……あっ」


 白いドレスを着た少女、プティーがあたしと目が合い、ドレスを持ち上げ、お辞儀をした。


「また会えたわね! ネコのおくちのお姉さん! ごきげんよう!」

「ごきげんよう」

「ねえ、お姉さん、さっきお姉さんとしゃべってた、わたしと同じ顔の赤いドレスを着た女の子を見なかった? メラっていうの!」

「げほげほっ。さっきいっしょにいた子?」

「ええ」

「子供の楽園は?」

「あの子ね、途中で動物が見たいって言って、みんなのペットがいるところに行こうって言ってきたの。それでね、わたしも見たくなったから、いっしょに行ったの! そしたらね、わんちゃんがいたの!」

「げほげほっ」

「ネコちゃんもいたの!」

「ずびびっ」

「お魚さんもいたの!」

「はっくしゅん」

「お魚さんはね、セイレーンなの。お友だちになりたくて、メラは追いかけちゃった」

「ああ、そうなの。ずびっ。……それで、あなたの相方はどこにいったの?」

「消えちゃったの!」

「あー……」

「はあ。こまったわ。心配だわ。どうしよう。あの子、どこに行っちゃったんだろう」


 ……隠れんぼしてたらいなくなったのね。


(このまま放っておくのも感じ悪く見られるわよね。子供は正直だもの。……いざという時のために、印象は大事だわ)


「……んー……、お母さまは?」

「ママはマッサージルームでゆっくりしてるわ。だからメラが迷子になったなんて言ったら、わたし、叱られちゃう!」

「……げほげほっ。……わかったわ。とりあえず、いなくなった場所につれてってくれる?」

「うん! こっち!」


 プティーがあたしを連れ、廊下を進んでいく。赤い絨毯の広がる一本道。角を曲がり、また更に角。花瓶が置かれた横のドアに指を差した。


「そこのドア、開けたら物置きなの。でもね、本当は別の部屋につながってて、セイレーンはいろいろ持って入っていったの。メラは追いかけて、部屋に入った瞬間、ドアが閉まって、わたしも入ろうと思ったら、物置きだったの!」

「……げほげほっ」

「きっと異世界へのとびらが閉められてしまったんだわ。そうなったらメラはどういう行動をしてもどってくるのかしら。わたしだったらどうするかしら。メラとわたしは一心同体。だから行動も思考もきっと同じなはず。そうだわ。お姉さん、セイレーンをやって」

「……セイレーンをやるの?」

「そうよ。お姉さんがセイレーンになって、どこかに歩いていくの。わたしはそれを追いかけるから。そしたらきっとメラはその通りに動いてるはずだから、きっと見つかるわ」


(……ショーのために魚の格好をした役者を追いかけて行ったら、どこかに行っちゃった。……つまり、そういう事ね)


 あたしは一応ドアを開けてみた。中は物置きだ。他のドアはない。ここだけだ。なるほど。この子が見てない間に、どこかに移動しちゃったんだわ。


(はあ。いいわ。付き合ってあげる。どうせすぐ終わるでしょ)


「わかった。いいわ。じゃあ、あたしがセイレーンをやるから、追いかけるのよ」

「セイレーンはひれを引きずってたわ。でもとってもスピードが速かったの!」


(そうよね。子供は被り物だなんて思わないわよね)


 あたしは言った通り、セイレーンになってスタスタ歩いていった。プティーはしばらく立ったまま、距離を離してから追いかけ始めた。


(移動するって言ってもね……)


 船は基本的に一本道だ。あたしは角を曲がる。もう一つ角がある。そこを目指して歩く。角を曲がれば部屋が沢山あった。給湯室。休憩室。


(ああ、トイレがあるわ)


 セイレーンは、きっとトイレに行きたかったんじゃない? あたしは一番奥のトイレ入った。すると、廊下からプティーの声が響いた。


「まあ! 見失ったわ!」


 プティーがその場でうろうろ回った。


「どうしましょう! お姉さん!」


 ちょっと可哀想に思って、あたしはトイレのドアを開けた。


「あら、ここにいたのね! よかった!」


 ほっとしたプティーがあたしに近付こうとして、はっとした。


「……あれ、なにかきこえる」

「ん?」


 どこかで何かを弾いてる音が聴こえた。これは――ハープ?


「そうだわ。ドアが閉まる前、ハープの音がしてた。メラはきっと、ハープの音が鳴ってる先にいるに違いないわ! お姉さん、行きましょう!」


 プティーがあたしの手を引っ張り、廊下を進んだ。すると、廊下の奥から、赤いドレスを着たプティーと同じ顔のメラが走ってきた。


「あら、プティー!」

「あら、メラ!」


 二人が手を繋いだ。


「びっくりしたわ! 急に戻れなくなって!」

「見つかってよかったわ! セイレーンはどこ?」

「あの子ったら、どこかに行っちゃったの! さがしてたらハープが鳴って、帰り道を教えてくれたの。だから帰ってきたわ!」

「あん、もう。無事でよかった!」


(……子供は想像力が豊かでいいわね……)


 これからハープの演奏会でも始まるのかしら。二人が抱きしめ合うのを眺めていると、二人があたしに振り返った。


「お姉さん、ありがとう」

「どういたしまして。げほげほっ」

「あら、ネコのお口のお姉さんだわ」

「そうよ。いっしょにメラをさがしてくれたの」

「あら、やさしいお姉さんでよかったわ」


 メラがあたしに駆け寄ってきた。


「お姉さん、お礼にこれあげる」

「ん?」

「さがしてくれてありがとう!」


 あたしは受け取ってそれを広げてみると、魚を咥えるクマの絵が描かれたハンカチだった。お守りの次はハンカチなのね。見下ろすと、メラが微笑んでいた。


「わたし、いっぱい持ってるからあげるわ」

「クマさんはね、みんなをまもってくれるの」

「だから大切にしないとだめよ」

「家にもいるの。大きなクマさんなのよ」

「冬は冬眠をしにご実家に帰られるの」

「だから今のうちにおじいちゃまとおばあちゃまに会いに行くのよ」

「四月までには戻らなくちゃね!」

「ね!」

「……とりあえず、見つかってよかったわ」


 あたしは子供の楽園まで二人を送った。


「ずびびっ。ママがくるまでここをはなれちゃだめよ。げほっ、げほっ」

「わかったわ」

「お姉さん、ありがとう」

「セイレーンを見かけたらわたしたちがここにいるって伝えてね」

「ええ、伝えておく」

「行きましょう。メラ」

「行きましょう。プティー」


 二人が仲良く中へ入っていく。子供って元気で羨ましい。


(はあ。頭くらくらしてきた)


 また熱が上がってきたかもしれない。もういい加減に部屋に戻らないと。サリアもきっと起きてるわ。


(パーティー会場ではママもアメリもメニーも、なに食わぬ顔をして楽しんでるんでしょうね。くそ。あたしがこんなにも鼻水と咳で苦しんでるっていうのに。はあ! あたし、可哀想!)


「はあ……」


 壁一面のガラス窓から海の景色が見られる大広場まで戻り、ふわふわの椅子に座る。あたしは病人だから、部屋に戻る前にちょっとの休憩は必要よね。


(あー、いいわぁー。この椅子ぅー)


 まるでクッションで包まれるような椅子。


(あー、これー、人が駄目になるやつー)


 ふあああああ。いいわーーー。溶けていくー。寛いでいるとクルーが歩いてきた。


「お客様、よろしければこちらのアイマスクシートはいかがでしょうか。瞼裏が温まりますよ」

「げほっ。いただくわ」


 ふーん。どんなものかしらね? 形はただのアイマスクっぽいけど。あたしは耳にかけ、シートで瞼を温める。最初はなんて事ないと思っていたけれど、もう、つけてしまったら止まらない。


(あーーーいいわーーーこれーーー)


 海の音、人の声。まさにここは優雅なビーチ。瞼はぽかぽか。


(ああ……)


 だんだん眠くなってくる。


(……あ……)


 意識が遠くなっていく。


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