第46話

「ごめん」


龍一は謝った。


「龍ちゃんは、悪くないよ」


歩が小さく笑う。

その笑顔は龍一が今まで見てきた中で一番切なかった。


「うん」


放送が流れる。


「本日、草薙蘭さんの日本選手権の試合があります。

 皆さん、心から応援よろしくおねがいします!」


女子生徒の声が響く。


「こんな放送流れるんだね」


歩がそういったときには、切ない表情は消えていた。


「そうだね」


「応援行こう?」


「え?」


「校門に行こう?

 さっきバス着てたし」


「でも、僕なんかが行っても」


「じゃ、私が行きたいから付き合って!」


「えー?」


歩は龍一の手を握りしめる。

そして引っ張る。


幼い頃から歩には手を一派られ歩いてきた。

でも、この日だけはなにかが違った。



――校門



「蘭!がんばって!」


女子生徒がそういって蘭の背中を押した。


「……うん」


蘭の心はモヤモヤだった。

柔道をやっても楽しくない。

あのとき、蹴ってしまった龍一のつらそうな顔だけが目に浮かんだ。

あれ以降、蘭にとって柔道は八つ当たりのようだった。

だから、楽しくない。


「元気ないぞ?キスしようか?」


女子生徒がそういって蘭の体を抱きしめる。


「キスはいいよ」


「あ……」


龍一は思わず声を出す。

蘭は見てしまった。

龍一と歩が手を握りこの場所にきたところを。


「……龍一くんと歩ちゃんだー」


女子生徒がそう言って手を振る。


「え?知り合いなの?」


「うん!ちょっとね!」


女子生徒が誇らしげに笑う。


「あの……頑張ってね」


龍一がそういうと蘭はぎこちなく笑う。


「頑張る」


自分は上手に笑えているのだろうか?

蘭はそれだけが気になっていた。


「……うん」


龍一は緊張してなにも言えない。


「無敗の女王の蘭に敗北はないよー」


女子生徒がそういうと蘭は戸惑う。


「そんなにプレッシャーを与えないでよ。

 緊張する」


蘭の顔が涙目になる。


「大丈夫!蘭ならできる!」


女子生徒が笑うと蘭も笑った。

龍一は蘭の笑顔を久しぶりに見た気がした。

柔道の練習の時。

蘭は全然楽しそうに見えなかった。

だから不安だった。

自分のせいだと感じていた。


バスのクラクションが鳴り蘭はバスに乗った。


そうして、はじまる試合。

そして終わった試合。


蘭は負けた。

何度も味わった敗北の味。

でも、今日こそは勝たなければいけない試合だった。


欄は泣いた。

ただただ泣いた。

恋にも負けて試合にも負けて……

自分になにが残っているんだろう?

そう思った。

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