第1話 はじまりの光【キノ】

目を覚ましたメルが最初に見たものは、傍らで気絶し、倒れているキャンティーだった。

 そして、恐らく敵であろう、禍々まがまがしいオーラで身を包んだ魔女おんなと、それに対峙たいじする一人の老人おとこであった。

「キャンティーさん!?……いったい、何が起きたの……?」

 メルは一瞬呆然とした。しかし、すぐに自分のやるべきことを把握する。

「おじいさん、逃げてください!ぐッ……」

 メルは急いで立ち上がり、駆け出そうとするが、頭がついていかずによろけてしまう。

「お嬢さん。気持ちは嬉しいが、まだ君が勝てる相手ではないよ。そこでしっかりと見ていなさい」

 キノは優しく微笑む。

「そうですよ、メルさん。あの方は白の騎士団『月組』史上、最強とうたわれた男、キノ=デ=マウンテンさんです!」

 よろけているメルを支えながら、キーマは割れたメガネを光らせて言った。

「でも、相手もそうとう……」

 その瞬間、大気が震え、今まで体感したことのない緊張感が辺りを覆う。

 メルは思わず、尻餅を着いてしまった。

「話は終わったかのぉ?我は退屈しておる

 魔女は口を開け、あくびをしている。

「そいつは悪かった。じゃが、あくびはマナー違反ではないか!」

 キノは魔女に向け、銃を放った。

 しかし、魔女はそれを黒いオーラをまとった左手で払いのけてしまう。

「お主は少し勘違いしておる。我とお主の実力が今までと変わらないと、そう思っておる。しかし、現実ではお主は老いた。我は老いない。その意味が分からぬはずがない」

 そう言うと、魔女は左手をキノに向ける。

「《ヤミノムラクモ改》!!」

 左手の回りを渦巻く黒い曇から現れた、十本の漆黒の剣がキノに向かって飛んでいく。

「《ルータス・ホール・レイ》!」

 キノが引き金を引くと、銃口から散弾のようにとおの光が放たれる。そして、その光の一つ一つが魔女が放った剣と正面から衝突する。

 光の弾と闇の剣はお互いにその特性を打ち消し合い、無となり消えた。

「老いたとはいえ、流石だのぉ~」

 魔女はたのしそうに、嗤っている。

「マドレよ、老練ろうれんという言葉を知ってるか?」

「なんじゃそれ……知らぬなぁ」

 魔女は腕を組み、首をかしげながら言う。

「まあ、永遠の若さを持つお前が知らないのも無理はないか……。老いて尚、光輝く、わしら人間の強さを見せてやるぞ!」

 キノは左口角こうかくをあげ、不敵な笑みを浮かべると、銃身から光が失くなった弾倉だんそうを取り外し、ベルトについている五つの予備弾倉から一つを装填そうてんした。

 白い銃身が光り、「キュイーン」という音をあげた。




 魔女との死闘は、ここに来て一層激しさを増している。

予備弾倉も残りひとつとなった。


「いい加減くたばったらどうだァ!」

 魔女はまどろっこしい遠距離戦を嫌ったのか、左手を漆黒の剣に変える。

「《ヤミノミカズチ》!!」

 そして痺れを切らして、下半身を黒い煙に変えながら、まるで雷のような速さで斬り込んで来た。

「ぐっ!」

 キノはそれを間一髪でかわす。頬から血が流れ落ちる。

─十数年前よりもはるかに強くなっていやがるのぉ。こっちの予備弾倉も残り一つ……時間はかけられん。マドレが冷静じゃない、今がチャンスじゃな。

 キノは大きく深呼吸をした。そして、瞬きも忘れ、闘いを一秒たりとも目を離さずに見ていたメルをちらりと見た。

 お互いの視線が交差する。その間、わずか一秒。メルはキノの意思を確かに汲み取った。臨戦態勢に入る。

 覚悟は決まった。次に魔女が斬り込んできた時が勝負。

「上手くかわしたようだが、これならどうだ?

「《ヤミノミカズチ 弐ノ段》」

 魔女は右手も漆黒の剣に変え、深く体を沈み込ませた。

 そして、先よりも速く斬り込んできた。

「くそッ!」

 キノは左手の一撃を間一髪かわす。

「甘い!隙だらけだぞォ!」

 魔女の右手の剣が、キノの右目を切り裂いた。赤い血がキノの視界を覆い尽くす。

「ぐァッ。置き土産だ、こいつでも喰らっとけ!」

 キノは「ズキンッ」という痛みに耐えながら、ベルトの左に装着してあった閃光玉を魔女に向かって投げつける。

 激しい光と爆風がそこを中心に一瞬で広がり、辺りを包む。

「ぐアアアァァァァッッ!!痛い痛い!!許さん、許さんぞォ!!」

 爆風によって立ち込めた土煙の中で、魔女は強い光を浴びたことにより肌を焼かれ、膝を着いてもがき苦しんでいた。美しかった容姿は見る影もなく醜い。

 一方で、爆風に飛ばされ転がり魔女と距離を置いたキノは、すぐさま立ち上がって、最後の弾倉を装填すると銃を構えた。しかし、引き金を引こうとするも、落下の際に地面に打ち付けた右腕に激痛が走る。

「ぐッ……!うおおおおおおッッ!!」

 キノは叫ぶことにより、アドレナリンを最大限に出して痛みを和らげる。

「《ルータス・ホール・レイ》ッ!!!」

 放たれた十よりも多い、数多あまたの光が弧を描き、悲鳴をあげる魔女に全方位から襲いかかる。

「こんなところで死んでたまるかァァ!!」

 魔女は両腕をクロスさせながら、上半身を屈めて力を込める。そして、叫びながら勢いよく体を起こし、力を解放する。

「《ヤミノハゴロモ》オォッ!!」

 その体から噴出した黒い煙は魔女を囲むように覆い、数多ある光の弾を全て吸収してしまった。

「ダメか。あとは頼むぞ……」

 キノは痛む腕を抑え、既に銃を地面に落としてしまっている。

「ハァ……ハァ……」

 キノの渾身こんしんの攻撃を防ぐために、かなり多くのエネルギーを使ってしまった魔女は、肩を大きく揺らし息を切らしている。

「キノォ、お前の負けだ!我にはまだ、一発剣を放つ力がある!」

 魔女が叫ぶ。

「いいや……俺達の勝ちだ」

 黒い煙が晴れていく中で、魔女の瞳に映ったものはボロボロになったキノの姿ではなく、鬼気迫る表情で斬りかかってくるメルの姿であった。

「これで終わりよ。魔女!」

「《双桜ニ閃壱式そうおうにせんいちしき 八重裂やえざき》」

 二つのピンク色の閃光が交差し、魔女を斬り裂く。

「やりましたよ……キノさん」

 そう言って笑うと、メルはその勢いのまま地面に倒れた。

「よくぞやってくれた、若い力よ。あとはわしに任せておけ」

 キノは震える腕で銃を拾い上げ、天を仰ぎ気絶している魔女の元に向かった。そして、両腕でしっかりと銃を抱えて照準を魔女の頭に絞る。

「これで本当に終わりだ。魔女よ……」

 キノが引き金を引こうとした、その瞬間。

「じいちゃん!そんなとこで何やってんだよ!?」

 声の方を振り返るとそこに立っていたのは、ずぶ濡れになりながらキノを追ってきたルーであった。

「ルー、どうして……!?」

 思わぬ人物の登場にキノは動揺し、一瞬魔女から意識を外してしまった。目を覚ました魔女は、その一瞬を見逃さない。

「がはッ……!」

 キノの胸そして、口から深紅の血が止めどなく流れていく。魔女の漆黒の剣に変わった右手は、キノの心臓を正確に貫いていた。

「じいちゃぁぁんッッ!!!」

 ルーの叫び声はむなしく暗闇にこだました。


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