099 堂鉄と徐平、六鹿山に迷う・その6



 徐平がすくっと立ち上がり、弓に矢をつがえて放つ。


 それを合図に、堂鉄は次の死体の見分にとりかかった敵の三人に向かって走る。

 二人が彼に続き、あとのものは野犬を追い払っているものと小屋に火を放った敵へと走っていった。


 徐平の次々と放つ矢が空気を裂く。


 そのたびに「うわっ!」と短い悲鳴が上がる。

 矢の一本で絶命させるのは難しいが、手なり足なりに当たれば確実に戦力は削れるのだ。


 敵三人のうち堂鉄が一人を一刀のもとに斬り捨て、もう一人の敵はあとから来た二人に囲まれている。


 もう一人いたはずだと振り返ると、松明を投げ捨てた敵が徐平に向かって走っていくのが見えた。徐平の手にすでに弓はなく、抜き払った刀が冴え冴えと青く光るのが見えた。


「徐平を守れ!」


 堂鉄の声に呼応して、仲間の一人が敵の後を追う。

 しかし間に合わないと知って、持っていた刀をその背中めがけて投げつけた。

 背中に刀を刺したまま敵は徐平に向かってたたらを踏む。


 容赦なくその敵を真正面から袈裟掛けに斬り下ろす徐平の姿が、影絵芝居の一幕のように月明りの下に浮かび上がった。


……斬ったか。

 馬鹿め。

 返り血をまともに浴びたな……


 徐平の無事を目の端で確かめた堂鉄は、次の敵に向かって走った。


 家に火を放ったものはすでに雪の中に倒れていた。

 残りの二人は、戦意を失ってじりじりと後退し逃げ道を探っている。


 そのうちの一人が背中を見せたので、堂鉄は彼の胴を手加減することなく刀で払った。臓腑を溢れさせて、彼の体の上下はほぼ離れたことだろう。

 そして敵の最後の一人は、胸に深々と刀を突き立てられて絶命した。


 こちら側の不意打ちということもあって、勝負はあっけなくついた。


「英卓を放り込んだ井戸は、あそこだ」

 暗闇から姿を現した蘇悦が指差して言った。







 蘇悦の言ったとおりの浅い空井戸だ。

 蓋を外して一人が飛び込み、若く痩せた男の体を押し上げる。


 雪の上に横たえたその男の息はまだあったが、意識はない。

 そしてこれも蘇悦が言ったように、肘上に矢が刺さったままで、その上に一太刀浴びせられたようで、左腕はまったく力なく捻じれていた。


 運悪く火矢であったので、油と着物と肉の焦げた臭いが鼻を突く。


 それでも止血の布がきつく巻かれているのを見ると、蘇鉄という男は口の利き方は乱暴だが、英卓を弟のように可愛がっていたと言ったのは本当に違いない。


「蘇悦さん、世話になった。

 約束の半金は必ず届けさせる。

 手下のもの二人をつけるので、十分に気をつけて山寺に戻られよ」


 堂鉄がそう言うと、蘇悦が答えた。


「おれは、もう、ここは引き払うつもりだ。

 傷が治れば、荘本家にこちらから訪ねて行く。

 英卓のことも気がかりだからな。

 半金の黄金はその時にもらうことにしよう」


 堂鉄は意識のない英卓の体を肩に担ぎ上げた。


 千松園で関景が「英卓が嫌がれば、担いででも連れ帰ってこい」と上機嫌で言ったが、まさかこういう形で担ぐことになるとは。





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