098 堂鉄と徐平、六鹿山に迷う・その5
不遜な怪我人は答えた。
「それは無理っていうものだ。
あの野盗どもが戻ってきていることも考えられる。
それに死肉を漁る野犬の群れもいる。
いまあそこへ戻るのはまっぴらごめんだ」
無意識に堂鉄の右手が着物の懐へと入った。
指の先が、允陶から託された巾着に触れる。
巾着を取り出し男の足元に置くと、言葉が勝手に口から出てきた。
「これは半金だ。
井戸にまで案内してくれれば、あとの半金を渡すと約束する。
確かめるがよい、黄金だ」
男は足元の巾着を見て、それから堂鉄を見上げ、また巾着に目を落とした。
しばらくして巾着を拾い上げると、その重さをゆすりながら
彼も黄金の重さは格別なことを知っている。
「へえ、この巾着は、女物の着物で縫ってあるのか。
あいつの帰りを待っている女がいるんだな……」
確かに慶央には英卓の帰還を待ち望んでいるものたちはいるが、その中に女はいない。しかし堂鉄はあえて黙っていた。
男は巾着を懐に仕舞いながら言った。
「行ってもよいが、見ての通りで、おれは刀は振るえない」
「お前の命は必ず守ると、この堂鉄が約束しよう。
そうだった、おまえの名前をまだ訊いていなかったな」
「蘇悦という」
男は立ち上がろうとして床に手をつき激痛に顔をゆがめたが、堂鉄の差し出した手は振り払った。
幸いなことに足に怪我はない。
冬の煌々とした月明りが、薄く積もった白い雪を照らす。
昼間のように明るいとは言えない。
しかし、堂鉄たちが身を潜めている木立ち、掘っ建て小屋のような家。
その中を、
堂鉄は、目の前のうごめくものたちの数を数えた。
三人が一つの松明の下で、死体の見分をしていた。
一人が死体をひっくり返して仰向けにし、もう一人が松明を寄せ、三人目がその顔を覗き込む。
「これは若くない、違う」
その声を、頬を突き刺すような冷たい風が堂鉄の元まで運んでくる。
死体と思えたものにまだ息があったのか。
立ち上がった男は若くないと言ったその顔を蹴り上げた。
断末魔のうめき声が静寂を破る。
あとは遠くに揺れ動く松明が二つ。
人の死肉を漁りに来た野犬の群れを追い払っているのだと思い当たるのに、しばらく時間がかかった。見分がすむまで死体を食われないための配慮だ。
「今のところ、五人か。こちらは七人……」
堂鉄は呟いた。
しかしこちらには場馴れしていない徐平と、なんとしてもその命を守らなければならない蘇悦がいる。
その時、小屋から一人の男が出てきた。
出てきたと同時に火の手があがる。
小屋の中を調べたあと、わざわざ火を放っているのだ。
若い時は戦場で、そしてこの三年は荘本家で修羅場は見てきたが、久々に堂鉄の胃が捻じれ、喉元まで苦いものがこみ上げてきた。
もう一度、彼は声に出して呟いた。
「やつらは一人として、生かしてはおけぬ」
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