097 堂鉄と徐平、六鹿山に迷う・その4
地図に描かれた 見回りの兵士たちが襲撃を受けた場所から、まだ深く山に分け入って三日目の夕刻。堂鉄たちが険しい山道を登っていると、下って来る兵士たち数人と出会った。
急いでいる様子だったが、呼び止めて銭を渡す。
一人の兵士がためらいながらも口を開いた。
「我々は、先日の襲撃の経緯を調査していたのだが。
偶然にも、この先にある小さな坑道を野盗が襲っているところに出くわして、激しい斬り合いとなった。
野盗どもは追い払ったが、多数の死者が出た。
命からがらに逃げてきた怪我人たちはこの先の村にいる。
自分たちは駐屯地本営まで戻って、これからの指示を仰ぐところだ。
探し人がいるとのことだが、おまえたちも来た道を引き返したほうが身のためだろう」
兵士が言ったとおりに、小さな村の山寺の御堂は怪我人で溢れていた。
横たわったものの足の上に他のものの手が載る有様だが、ここにいるものたちは皆、命が助かったのだから誰も文句は言わない。怪我の手当てが終わり、重傷のものたちを医師のいる山里までどのようにして運ぼうかと思案の最中だった。
うめき声・叫び声・泣き声が一つとなっていた。
痛みにのたうち回るものともう動けないもので溢れるさまは、地獄絵図を切り取ったかのようだ。
怪我人を踏まないように気をつけながら御堂に一歩足を踏み入れ、堂鉄は大きな声で言った。
「荘英卓という若者を、誰か知らぬか?」
そしてまたもう一歩足を踏み入れ、同じ言葉を叫んだ。
応える声がすぐ横から聞こえてきた。
「英卓なら、知っている」
その言葉に堂鉄の屈強な心臓がどくんとひとつ跳ね上がった。
入口の柱に背中をあずけた男が堂鉄を睨みつけていた。
彼は頭に頭巾のように布を巻き、坊主の袈裟のようにこれまた血に染まった布を体に巻き付けていた。
頭と肩に怪我を負ったのだろう。
堂鉄は彼に近づいて言った。
「英卓さまを知っていると言ったな。
おまえの名前は何という?」
「名乗るなら、そちらが先というのが筋だろう」
口の利き方も横柄だが、その目は相変わらず堂鉄を睨み続けている。
正規軍の兵士の恰好ではないところから見て、傭兵だろうと堂鉄は思った。
それにしても、この目つきはなかなかの肝の据わりようだ。
「おれの名は、荘本家の魁堂鉄という。
訳あって、荘英卓という若者を探している。
居場所を知っているなら教えてもらいたい」
「人にものを訊きたいなら、そうこなくちゃねえ。
そうか、荘本家か。
あいつは荘本家のお坊ちゃんという訳か。
どうりで育ちがいいとは思った。
しかし、やつなら、今は井戸の中か、あの世かのどちらかだな」
「どういう意味だ?」
「やつはまともに火矢を受けたうえに切られた。
可愛そうに、あれじゃ、あの左手は使いものにはならんだろうな。
しかしながら、おれもこのざまだ。
担いで逃げることもできぬから、やつはとりあえず井戸の中に放り込んだ。
心配するな、ちょっと見では気づかれぬ底の浅い空井戸だ。
蓋をしておいたから、今夜の冷え込みも
やつとは一年の付き合いだ。
弟のように可愛がってきた。
明日の朝になれば探しに行くつもりではいる」
「明日では遅い。
いまから、一緒にいってもらおう」
英卓を放り込んだという井戸の場所も知らなければ、二十歳になった英卓の顔を知るものも堂鉄たちの中にはいない。
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