096 堂鉄と徐平、六鹿山に迷う・その3



 允陶の文に書かれていたそれを、堂鉄は行李の底で見つけた。

 男の大きい掌に載る大きさでずっしりと重い巾着だ。

 きっちりと締められている紐を開けなくても、中身の見当はつく。

 砂金であろう。


 允陶の文には、「ここぞという時に、惜しみなく使え」と書かれていた。

 

 目の前に迫ってきた男の目が物欲しそうに輝く。

 髭に埋もれた口が動く。


「これは、なんとなんと、美しい布で仕立てられた巾着ですなあ!

 私は見たことはありませんが、都の宮女の着物もかくやと思われます」


 そういうことに疎い堂鉄は允陶の文と巾着を懐に仕舞うと言った。


「あとの行李の中身は、我らには必要ない。

 そちらで勝手に処分してくれ」


 この駐屯地に再び戻ってくることはないとの決意だ。

 彼は言葉を続けた。


「兵士たちが襲撃された場所を知りたい」


「おお、それは、それは。

 すぐに部下に地図を書かせましょうぞ」







 これより十日前の慶央・荘本家の屋敷でのこと。


 萬姜を従えた白麗が、荘興の執務室に現れた。

 嬉児と遊ぶのに忙しい少女が、自ら思いついて荘興に会いに来るのは珍しい。

 

「これは、これは。よく来た。

 どうしたのだ、白麗?」


 少女は荘興と向かい合って座ると、手に持っていた美しく刺繍の施された緑色の布を差し出す。平身低頭した萬姜が言葉の不自由な女主人の代わって言う。


「お仕事中に、まことに申し訳ございません。

 お嬢さまがどうしても荘興さまに差し上げたいものがあると申されまして」


 少女から布を受け取った荘興はそれをじっくりと眺めると言った。


「これは巾着のようだが……」


「着物の袖や裾を切った布で、お嬢さまが巾着を縫われました。

 わたくしが教えてさしさあげますと、お嬢さまは器用に針と糸を使われます」


「そうか、そうか。なんとこれは美しい。

 大切に使うと約束しよう」


「それから、こちらはお嬢さまから允陶さまにでございます」

 

 萬姜はにじり寄って、同じように美しい青色の布を允陶に手渡す。


 しかしながら、自分の縫った巾着を二人の男が受け取ったのを見届けると、少女はぱっと立ち上がった。そして来た時と同じ慌ただしさで出て行く。


「お嬢さま、屋敷内を駆けてはなりません!

 はしたない行為にございますれば!」


 萬姜も慌てて女主人の後を追う。


「待て、白麗!

 茶でも飲んでゆけ。いや、甘い菓子でも……」


 引き留める荘興の声は少女の背中にも届いていない。

 やり場のない彼の無念は、萬姜に手渡された巾着を見つめている允陶に向かった。


「いつまで眺めているつもりだ?

 おまえはそれを家宝にでもするつもりか?」


 年甲斐もない八つ当たりだとは、言った荘興にもわかっている。







 その夜、燭台の灯りで、允陶は少女が縫ったという巾着をあらためて眺めた。


 美しい布だ。

 そして、裏布も当てられて縫い目も固く整っている。


 允陶は砂金が積まれた盆を引き寄せ、その砂金を巾着の中に詰め込む。

 巾着の口まできっちりと詰めたあと、紐で固く縛った。


「天よ。我らを良い方向に導きたまえ」


 声に出してそう祈る。


 


 


 

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