074 荘興、喜蝶の名前を白麗と改める・その3
「はい。
そのご準備で、允陶さまが忙しくされています」
「知っているのであれば、話は早い。
この宴は荘本家の根城をここに構えた時から催している。
慶央でことのほか懇意にしてもらっている親しいもの達や、身内を招く。
長男の健敬や、李香は無理だが、本宅からは康記や義弟の園剋が来る。
萬姜、健敬には会ったことがあるな?」
「はい、何度か。
健敬さまから、じきじきにご挨拶していただき恐縮いたしました」
「あれは気性のよい男だからな。
しかし、康記と園剋には会ったことはないだろう?
わしが煙たいのか、それとも含むところがあるのか、あの二人はいろいろと理由をつけて、この数年は梅見の宴にすら顔を見せぬ」
「まあ、そのような……」
「しかし、今年は来るに違いない。
いや、あの二人に限ったことではないな。
今年の宴は今までになく参することを望むものが多く、それを角が立たぬように断るのに、允陶が頭を悩ましているとか」
「それは、荘興さまのご人徳なればこそ」
「萬姜、勘違いをするな。
このわしに、そのような人徳などがあるものか。
皆、喜蝶さまの……」
そこで言葉を切った荘興は、一呼吸おいて「白麗の……」と言った。
少女の新しい名前を呼ぶのに、さまづけはしない決めていたようだ。
「白麗の顔を、皆、一目見たさに来るのだ。
李香の作らせたという着物も、もうじき彩楽堂より届くだろう。
当日は、皆が息をのむほどに、おまえの手で、白麗を美しく着飾らせて欲しい」
「そのような大役をこのわたしに……」
「これは、おまえにしか出来ぬことだ。
優し気な顔立ちをしてはおるが、なんのなんの。
気に入らぬとなれば梃子でも動かぬ白麗の強情さは、おまえも重々承知であろう?」
そう言って荘興は誘うように笑ったので、つられた萬姜も微笑んだ。
そして二人は同時に、優し気な顔をした強情な少女へと視線を向ける。
大人二人が自分のことを話して笑い合っているようだとは理解できても、その内容までは知ることは出来ない。
荘興への挨拶はすでに終わっているはずだ。
嬉児が待っている部屋に早く帰りたい。
今日は何をして遊ぶ?
「これはこれは、大人の話に長くつき合わせてしまったようだな。
すまないことをしてしまった」
そう言いながら、少女がまだ手にしている『白麗』と書いた紙を取り上げようとして、はたと荘興には閃くものがあった。
「萬姜、さきほど、白麗は絵が描けると言ったか?」
「はい。いまは外は寒うございますので。
お嬢さまと嬉児は、部屋の中で絵を描いて遊んでおられます。
お嬢さまの絵はそれはみごとなものでございます。
日向で丸まっている猫など、ほんとうに今にも動くかと。
ご覧になられますか?」
途中から、萬姜の声は彼の耳に入っていなかった。
……なぜ、今まで、思いつきもしなかったのだろう。
絵が描けるのであれば、字も書けるであろうことを……
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