荘興、喜蝶の名を白麗と改める
072 荘興、喜蝶の名前を白麗と改める・その1
慶央は青陵国の南の端にあって暖かい地ではあるが、冬ともなれば雪はちらつく。
むさくるしい男ばかりが出入りする荘本家のつましい正月行事も終わった。
あとは梅の蕾の膨らみに、春が来るのを待つのみだ。
「喜蝶さま、今朝は一段と冷え込む。
はよう、こちらに参られて、火鉢で手を炙られるとよい」
萬姜を供として朝の挨拶に顔を見せた髪の真白い少女に、荘興は言った。
衿と袖口に白いもこもことした毛皮をあしらった綿入れの上着。
その下は本人の好みを押し通した相変わらずのズボン姿ではあるが、そこは彩楽堂の主人と萬姜が知恵を寄せ合って、上質な絹で美しく仕立てている。
「喜蝶さまに、干していた着物を盗られた」という洗濯女たちの訴えもなくなり、忙しい允陶の手を煩わすことが一つ減って、めでたしめでたしだ。
しかしながら、うなじが丸見えの短い髪だけはどうしようもない。
それでもなんとか作り上げた小さな髷に簪を挿したり赤い紐を飾ったりと、毎朝の萬姜が工夫を重ねている。
五年の間もさまよったという西の果ての国からの長旅の疲れもとれたようで、数か月前よりも顔も体も少しふっくらしてきたような……。
細くはあるが、その体は女らしく丸みを帯びてきたように見える。
その美しい顔に、梨佳が化粧を施してやることがある。
その時は、白い顔の形のよい眉の下の金茶色の目がよりいっそう強調されて美しく輝き、可愛らしい唇は艶やかさを増す。
そのような姿形の少女をみれば、妻の李香を見送り荘本家の跡目も定まった後に、少女を抱くと決めたはずの荘興の心も大きく揺らぐのだった。
荘興の言葉に素直に従い、少女が横に座る。
「寒くはないか?」
そう言うよりもはやく彼の手は伸びて、乱れてもいない少女の衿元の白い毛皮をかき合わせる。
この少女のどこに触れれば、自分の男のこの手はそしてこの心は満足するのか。
部屋の入り口で平伏していた萬姜が顔をあげた。
女主人の着付けのどこに落ち度があったのかと、怪訝な表情だ。
萬姜の視線に、名残惜しくも少女の衿元から手を離す。
そして、机の上に視線を戻して、思い出した。
「おお、そうであった。
これを、ぜひに、喜蝶さまに見てもらおうと思っていたところだ」
机の上には、白い紙に黒々とした墨の跡も鮮やかな書き付けが、何枚か広げてあった。
「昨夕から、喜蝶さまの新しい名前を考えていたのだ。
いくつか、書いてはみたが……。
今朝も考えて、この名が一番よいと思う」
―― 白麗 ――
そう書いた紙を少女の手の上に載せる。
不思議なものを見たというように、少女は真白く短い髪の頭をかしげた。
やがて、紙を上下にひっくり返した。
そして次は、紙を裏返して掲げ持ち、透かすようにして眺める。
まったく字というものを知らない幼子のような仕草だ。
最後に、「これは、何?」と言いたげな可愛らしい笑顔を見せた。
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