(5)海の淵。ふかい波。


 次の日は朝一番に街の病院に行って、母さんと一緒に祖父をお見舞いした。少しやつれていたが、元気そうだった。

 それが終わって帰って来た後、近くの図書館に出かけて課題を進めていたが、大して能率も上がらない。お昼過ぎには祖父の家に帰った。

 遅めの昼食を食べた後、母さんが昼寝すると言い出したので、僕は海に出かけることにした。どうせ同じ退屈なら、せめて海で時間を潰したかった。


 水着に着替え、祖父の家の物置から引っ張り出したボディボードを抱えて浜に到着したのは、昨日よりは少し早い15時だった。遊びに来ている子どもや家族もいる中で、ひとりで来ているのは僕ぐらいのもの。肩身は狭いがどうしようもない。

 それからはひたすらボディボードを使って遊んだ。ただ波に乗って、海面を滑るように運ばれて、あほみたいに浜辺に打ち上げられたら、もう一度沖の方へざぶざぶ歩いて行って、波を待つ。

 笑っちゃうぐらい何の生産性もない遊び。

 ちょうどいい波を捕まえて、浜辺までざざーっと打ち上げられた時、こっちを見下ろすヨーコと眼が合った。昨日と同じ、黒い競泳水着姿の彼女。

「こんにちは、ヨーコ」

「……ひとりで楽しそうだね、海斗」

 半分軽蔑されているようだったが、気づかないふりをして「これからまた泳ぐの?」と訊いてみた。

「まあね。こっちからあの島まで泳いで行って、また帰って来るつもり」

 昨日の今日なのに、本当に毎日やっているんだと感心してしまった。

 思い切って訊いてみようかな、と思ったのも、そういう感動の延長線上だった。



「――ヨーコは、海泳ぐの、怖くないの?」

「え?」

 ヨーコはきょとんと眼を丸くした。「怖いって意味がよくわからないけど。もしかして海斗は怖いの?」

 ばかじゃないの、と言われたみたいな気がした。

 泳げる人からしたらそういう感覚なのだろうか。

「足が着かないところを泳ぐのって、怖さしかないでしょ」

「なんで?」

「だって、溺れたらそのまま死ぬやん……」

「そりゃ溺れたら死ぬでしょ、お風呂でだって」

「離岸流とか……」

「島まで真っ直ぐ泳げば大丈夫だよ」

「サ、サメとか……」

「ぶっ!」

 ヨーコは思い切り吹き出した。「フカがこんなとこにいるわけないじゃん! サメ映画の見過ぎ!」

 けらけらと爆笑していたが、僕が割と真面目な表情をしているのに気づいて、ヨーコは笑うのを止めた。

「……え、本当にそんな理由で海が泳げないの?」

「いや、その、サメが怖いっていうのはさすがにあれだけど……なんて言えばいいのかな」

 海への怯えが全部サメに集約されてしまうのもシャークに障る


――ふざけるのはさておき、僕にとってはサメだって海に感じる怖さを構成しているパーツのひとつだった。

 サメが怖い――というよりも、足も着かない水の底で得体の知れないものが潜んでいる“かも知れない”――ということが、僕には怖いのだ。



 ◆

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